ペグボックス床( Pegbox floor ) の形状


良い響きの”オールド・ヴァイオリン”や “オールド・チェロ”の ペグボックスは、はじめから『ねじり』が生じるように彫られています。特に、このチェロのような アグレッシブな弦楽器は 基本原理が明快です。

 

このチェロは “Tononi family”とするより、”Dom Nicolo Amati” と呼ばれる  Nicola Marchioni( 1662-1752 )が、1740年頃にBologna で製作したとするほうが 適切だと思いますが、ブロック側からネックに打ち込まれた西洋クギのおかげで、 ヘッド部とネック、響胴の関係が 製作時のオリジナル状態で保たれている重要な楽器です。

“The Smithsonian collection” with the label of J.B. Tononi of 1740.

“The Smithsonian collection” with the label of J.B. Tononi of 1740.

ご覧のように、ヘッドのみならず ネック部も含めた全体で『ねじり』を生じさせようとする意図が満ちていると思います。

“Cittern”  possibly by Petrus Rautta,  England 1579年

“Cittern”  possibly by Petrus Rautta,  England 1579年

NHK交響楽団のチェロ奏者が使用していた このチェロは、現在・・ 正面ネック傾斜角度は 2°右傾きとされていますが、1987年の接ぎネックまでは ネック巾がもっと狭くて、その上 少なくとも 3.5°以上は右側に傾けてありました。

Old Italian Cello  ca.1680 – 1700 ( F.734-348-230-432 / B. 735-349-225-430 / stop 403 /  ff 100 )

冒頭に例示したチェロは 流石に極端であると思えますが・・  弦楽器において、このような『ねじり』を生じさせる試みは 古の時代より連綿と続けられていました。

「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」 700年~750年頃 ( 全長108.1cm、最大幅30.9cm )

Cello with a lion’s head

●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

そのために、ヘッド部を考察するには この視点が不可欠だと思われます。

たとえば、Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) Violin, “Charles IX” 1564年頃 と、 Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin, “Cremonese” 1715年の X線画像を見ると、立体である関係で多少斜めに写るとしても、 左右のアイ( Two eyes )が 甚だしくズレていますので 非対称のバランスを知ることができます。

このように『ねじり』の仕掛けという切り口からヘッド部を観察すると、興味深いことがいろいろ分ります。

ペグボックス部は、構造上でいえば 壁( Pegbox wall ) 勝ち仕様で、床勝ちではありませんがが、梯子状のものをのぞいて・・ 床( Pegbox floor )には それぞれの壁のねじりが生じるポイントを規定し連動させる役割と バネ的な働きがあると考えられます。

“Ladder” or “Open”  Floorless peg box

因みに、『ねじり』に関して優れた特性をもつ梯子状ペグボックスのチェロには、現代に至るまでのどこかの時点で このように塞がれてしまい、一見しても区別できないものまで含めて良いと思います。

“Retrofit floor”

“Retrofit floor”

以前、東京都交響楽団の首席奏者が使用していた このチェロは、ご覧の通り、ハッキリとした非対称ヘッドとなっています。

このチェロのように、接ぎネックなどによってモダン・チェロに改変されていても “オールド・チェロ”としての様子は、表板に残ったネックの固定痕跡や、側板の接ぎ ( このチェロは例外で、カール模様によって接ぎが目立たなくなるように、ネック埋め込み線より深いこの位置が選ばれたようです。)などから、ネックは 図示したように 4°程度は傾斜させて取り付けられていたと推測できます。

“オールド・ヴァイオリン”では、ペグボックス床部( Pegbox floor ) が 梯子状にされているものは少ないですが、ペグボックス部の背中側を 頂点側から顎当て方向に見ると、カーブが連続する道路の合成勾配のように 基準線の手前が左勾配で 基準線を越えると →右勾配 → 左勾配 → 右勾配 と変化させて『ねじり』を誘導しているものが多いようです。

Nicola Gagliano ( 1675-1763 ) Violin, Napoli  1737年

それを、このヴァイオリン・ヘッドで撮影してみました。

まあ・・ 難しいですね。このように、ヴァイオリンは チェロと違って合成勾配が撮りにくいので、① 基準線の手前の左勾配  ② 基準線を越えた位置の右勾配  ③ 谷底までの 左勾配  ④ 右勾配の ダック・テイル部 ( Duck tail ) の順にならべてみました。

①  逆方向からの写真ですが、基準線手前の左勾配です。

②  基準線を越えた位置の 右勾配は、こんな感じです。

③  そして、谷底あたりの左勾配のクローズアップです。

④  ダックテイル ( Duck tail )は どちら側から撮影しても、勾配が分るように撮るのは 難しいと思います。一応の参考としてあげますが、ヘッド端部は 逆方向からはこのような様子で、頂点側からだと 下のように見えます。

Nicola Gagliano ( 1675-1763 ) Violin, Napoli  1737年

この不連続面加工で大切なのが、ペグボックス部で斜めに勾配を変化させ『折れ線 ( 勾配面合成線 )』が 彫り込まれていることです。

Giovanni Battista Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

 

Domenico Montagnana( 1686-1750 )  Cello,  Venezia  1742年

Matteo Goffriller (1659–1742)   Cello,  “Carlo Bergonzi”  Venice  1700年頃

“Guarneri del Gesù”   Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) Cello,  1731年

“Gioffredo Cappa” Chiaffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello, “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo  1696年頃

“Gioffredo Cappa” Chiaffredo Cappa ( 1644-1717 ) Cello, “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo  1696年頃

Matteo Gofriller ( 1659-1742 ) Cello, “Jacquard – Bergonzi”  Venice 1710年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1690年頃

Michele Deconet ( Worked at Venice, 1722-1785 ) Violin,  1750年頃

このようなヘッドを観察していただければ、ペグボックス部で斜めに勾配を変化さた『折れ線 ( 勾配面合成線 )』により、ヘッド部の “回転運動”が誘発されているという解釈はご理解いただけると思います。

私は 既に十年以上前から、ペグボックス部で斜めに勾配を変化させ『折れ線 ( 勾配面合成線 )』としての機能を持たせたヘッドを製作していますので、その効果は十分理解しています。

ですから、弦楽器製作者の方には、当然ながら その検証実験をお薦めします。

また、弦楽器製作者ではない方のために、 前投稿の『 “オールド・ヴァイオリン”の 音響システムについて 』で 輪ゴムを用いた実験を提唱させていただきました。

下にリンクを貼っておきましたが、3番線のペグに輪ゴムを掛け ヘッドの揺れをサポートするこの実験こそ、ペグボックス部に生じる『ねじり』を増やす事で すばらしい響きに繋がることを証明するために考案したものでした。

お役にたてれば幸いです。

 

2022-4-23        Joseph Naomi Yokota

 

 

● “オールド・ヴァイオリン”の 音響システムについて