ヘッドは “ネック端上の構築物”であるということ

ネック端から ペグボックス部を製作中の チェロ・ヘッド

弦楽器のネック端 ( Neck end )とリレーションするヘッド基部には、表情豊かな響きのために 緻密な工夫がなされていました。

“Coptic lute sound board” ca.500 AD.

“Coptic lute sound board” ca.500 AD.

「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」 西暦700年~750年頃 ( 全長108.1cm、最大幅30.9cm )

Zanetto Micheli (ca. 1489- after 1560 ) “Viola da gamba head” Brescia.  ( fitted to Gaspao cello of similar period. )  1560年頃

Late 17th Century,  Theorbo or Chitarrone

Late 17th Century,  Theorbo or Chitarrone

 

“Theorbo”  Giorgio SELLAS,  Venetia, 1626年

Matheus Buchenberg ( 1568 Rome -1628 ) “Theorbo”,  Brussels 1610年頃
Length of the fretted strings and of the diapasons are approximately 990mm and 1710mm. The bowl is approximately 710mm, wide 435mm, deep165mm.

Matheus Buchenberg ( 1568 Rome -1628 ) “Theorbo”,  Brussels 1610年頃

“Cittern” possibly by Petrus Rautta ,  England  1579年

それは、外力が加えられても接合部が変形しない剛接合( 一体化するようにした接合方法。)ではなく、狭隘部にみられるように ピン接合( 部材同士を一体化させずに留める接合方法。)のような構造に似せて彫り起すことで、回転運動などの揺れを誘導するイメージであったようです。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan  1770年頃

Violin,  Markneukirchen 1920年頃.
A fiddle used by Jerry Rivers (1928-1996), around 1950.
“ with Hank Williams( 1923-1953 )! ”

それを、引いて言えば・・ ヘッド部においても揺れの基本原理は『ねじり』によるものだということを証しているとも感じられます。

ブロー・ノックス /  WLW “ダイヤモンド・アンテナ”基部 1933年

因みに 私はそれを考えるとき、類似した事例として ブロー・ノックス・デュアル・キャンチレバー・タワー 、別名 “ダイヤモンド・アンテナ” ( Blaw-Knox dual cantilevered towers.  A.k.a. “Diamond antenna”. )を思い浮かべます。

“ダイヤモンド・アンテナ”は多数建設されていて、たとえば 1933年にハンガリー・ブタペスト(  Lakihegy )に建設されたものは 314.0m( 1,031 フィート )という高さで、これは当時のヨーロッパでは 最も高い構造物だったそうです。

その” Lakihegy ” タワーは ドイツ軍により破壊されてしまいましたので、その竣工翌年である 1934年にアメリカ・オハイオ州 メイソンに WLWアンテナとして建設され 今も現存する “ダイヤモンド・アンテナ”を具体例としたいと思います。

この WLWアンテナは 高さが 831フィートで竣工して、その後の事情により 227.5m( 747フィート )に改造されたそうです。

Blaw-Knox dual cantilevered tower, “WLW”.

先にあげさせていただいた、”この ダイヤモンド・アンテナ”の設置作業写真で確認できるように、上部に置かれた 226m程もある構造物 136t の荷重はこのフレキシブル・ベースの一点で支えられています。

このために台座部は 落雷などの厳しい自然現象にも耐え、また 塔全体をアンテナとして機能させるために 地面から絶縁されていなければならないなどの条件もクリアーした上で、300t 以上の負荷がかかっても破損しないように設計されているそうです。

ともあれ・・ ここで 注目したいのは、基礎部が 部材同士を一体化させずに留める接合イメージ( ピン接合 )となっているとき『ねじり』が誘導されやすくなり、対となっている構造物上部の水平変形( 運動 )が 大きくなるということです。

●  支持ケーブル 2段型( “Diamond antenna”, Support cable 2-stage type )

●  支持ケーブル中央型( “Diamond antenna”, Support cable central type )

この時に重要なのは、その “ダイヤモンド・アンテナ”は 支持ケーブルが取り付けられた 支線塔( Guyed mast )であるということです。

下図のように、強風や地震などにより支線塔に生じる 水平変形は『節』となる支持ケーブルの取り付け方で大きな違いがでます。

私は、 2段以上の支持ケーブル付きとして設計された“ダイヤモンド・アンテナ”に生じる『スネークダンス』と言われる変形モードを、特に興味深いと感じています。

ちなみに 五重塔のような多層塔でも、強風や地震時に構造体の上方( 相輪側 )になるに従い揺れが大きくなる基本モードのほかに、地震の揺れが細かく加速度が大きい場合には『スネークダンス』モードを観察できるそうです。

ですが、五重塔は 外見上の印象が似通っている割には『くせ者 』で、 下図のように”心柱”の条件設定ひとつとってもバリエーションが多く、因果関係は判断しにくいと思います。

ついでにもう一項目いくと・・ この表から 先端に行くほど”腹”として揺れるはずの屋根に乗せられた寺社瓦や檜皮、木板などの荷重条件を頭に置いたうえで、そのゆれ方を想像してみてください。難問であることがすぐにわかります。

さて、ここから シンプルな“ダイヤモンド・アンテナ”の変形モードの話に戻りましょう。

私は ヴァイオリンや チェロのヘッドに生じる振動モードのひとつは、取り付けられた複数のペグが 支線塔の支持ケーブルと同じように”節”として機能する『スネークダンス』モードだと考えています。

●  ヘッドとペグ位置の関係

●  ペグボックスの折れ線 ( 勾配面合成線 )について

他のモードを含めて考えても、基礎部となるネック端と ペグボックスが繋がっている部分を『 ピン接合のように・・ 』とまではいかなくとも、狭隘部を設けるなど 多少でも 回転運動が生じやすいようにするだけで、構造物上部、特に頂点にある渦部( ボリュート )の振動は確実に激しくなります。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan  1770年頃

左右の接続面を形成する それぞれの端面角度と、ナット基部の厚さ( ネック端面と ヘッド端面の距離 )が同一であると仮定した場合、上の2014年製チェロのように フロアー木理面から 少し離れた位置( 13.0mm / 47.0mm )に回転軸があり、狭隘部の幅が 28.0mm : 31.6mmと差がすくなければ 接続部の回転運動は思わしくありません。

これに対し、1770年頃のチェロのように ほぼフロアー木理面の位置( 7.6mm / 42.6mm )に回転軸が置かれ、その幅が 23.2mm : 28.6mmと十分に”くびれ”ていれば 接続部が破損することなしに良質な揺れを生じさせることが可能になります。

なお、ヘッド下側端面からのヘッド突起部( Duck tail )の高さ( 水平方向 )は 、2014年チェロが 17.4mm、1770年頃のチェロは 17.0mmで、2017年チェロは 17.5mmでした。

まあ・・ 何事においてもそうですが、対となり揺れるバランスは重要です。

特に、大きめの渦部( ボリュート )であることに加え、この Bayern で製作された2017年製チェロのように、回転軸がフロアー木理面よりかなり高い位置( B 19.5mm / 49.0mm )とされ、狭隘部の幅も 21.9mm : 31.58mmと 過剰に不安定であれば そこから折れることさえあります。

このように ヘッド基部では ネック端 A とヘッド端 Bフロアー面で重なるように接合されていると 見なすことができ、その狭隘部と断面形状などで 渦部( ボリュート ) の”回転運動”を 誘導できることがわかります。

また 別に投稿する予定ですが、 私は ヘッド部からネック部、そして指板までの構造は カンチレバー橋 ( cantilever bridge ) と似通っているとすら考えています。

  

この視点から ヘッド基部を観察すると、他店舗で購入されたチェロですが 修理依頼により 私が切断した 2011年製の回転軸の下端からの高さは 14.1mm / 47.2mm で、狭隘部も 26.9mm : 32.1mm と広いために振動しにくく・・

右側に並べた 1870年頃に製作されたチェロのそれは ストレート型のうえに 21.6mm : 30.1mm と狭く・・ 狭隘部もデフォルメされていることからよく振動するものの、不安定であることが分かります。

その結果 このチェロは、私が販売してから28年後である 昨年( 製作されてからおおよそ150年後にあたります。) のことですが、ヘッド基部が破損してしまいました。

ヘッド下側端面からの突起部( Duck tail ) 付け根が 21.6mm  の狭隘部とされ、ナット基部 30.1mm から『ストレート』に応力がかかる設計ですから、耐用年数が短くなるのは仕方がなかったようです。

 

   

これは 非常に希なことですが、ネック端面でちぎれてしまったので、緊急修理としてニカワで接着した直後の様子です。

この後で、私は ネック部を切断して 下写真のように”接ぎネック修理”に取りかかりました。

このように、”ピン接合的条件”が 過剰であった場合は、当然ながら破損のリスクは高くなり、このような大修理が必要となったりします。

近代以降になると、”オールド弦楽器”は それらを心配するあまり、下写真のアンドレア・ガルネリ作とされる チェロのように 指板が厚くされ ナットも変えられて・・・ ヘッド端とネック端の接続部が “剛接合”のように改変されてしまうことが日常化してしまいました。

Andrea Amati ( ca.1505-1577 ) Cello, “The King”  1570年頃

比較すればすぐに確認できるのですが、”接続断面” を最小限とすることで得られる自由度は 音のレスポンスや残響に直接反映しますから、頑丈にされたことによる音響的ダメージは大きいと思います。

しかし、現在では ナットの厚さが 9.0mm以下とされたチェロを目にすることが減ったために、ナットの厚さは 9.0~11.0mm 辺りまでに達し、ナット幅もペグボックス端の幅と同じにされたものが多数派となっています。

Andrea Amati ( ca.1505-1577 ) Cello, “The King”  1570年頃

この他にもいろいろありますが、私は それらを考慮して弦楽器の条件設定を考え、ネック端から 積み上げるように削り進めて、最終的に渦部( ボリュート )までがリレーションするように作っています。

●  弦楽器のヘッド端に与えられた役割について

アンドレア・アマティが製作して フランス宮廷に納められた ヴァイオリンと テナー・ビオラの渦部( ボリュート )を、同じ長さとして比較すると、ヘッド長とヘッド端部までのペグボックスが同様の比率とされた事がわかります。

William Forster Ⅰ( ca.1713-1801 )  Violin,  1740年頃

また、ナット端に連なる 両ペグボックス壁の厚さの差は大切です。

ここが ヘッドという構造物の基礎であると考えると、ヘッド端部の角度も 製作者の意図を反映したものであることが想像しやすいと思います。

The Tartini’s Violin Nut ( Ebony / Probably about 4mm thickness ).

それから 現在、トリエステの音楽院に収蔵されている タルティーニさんが使用したストラディヴァリウスから外された 厚さ 4mm程のヴァイオリン・ナットから、ヘッド接続部の面積を推測すると 興味深いことが思い浮かぶのではないでしょうか。

そして、チェロ・ナットも 同じように薄かったという状況証拠となる楽器は、まだそれなりの台数が遺されています。

Antonio Stradivari (ca.1644-1737 ) Cello, “Ex Cristiani” 1700年

Antonio Stradivari (ca.1644-1737 ) Cello “Vaslin – Composite” 1730年頃

因みに、パリの楽器博物館に収蔵されている マッテオ・ゴフリラが製作したとされるチェロに取り付けられた 厚さが 7.2~7.5mm のナットが、私に最初の気づきをもたらしました。

Matteo Goffriller (1659–1742) Cello, Venice  1710年頃 , Collections of the Music Museum – Philharmonie de Paris.

Goffriller’s cello nut thickness seems to be 7.2~7.5 mm.

Nicola Albani   Cello, Milan 1770年頃

This cello nut is  L 44.6mm x W 10.0mm x H 9.0mm.

それから 例外となりますが、このチェロ・ナットは1900年頃に ロンドン、ヒル商会の工房で作られたと推測されるもので、ペグボックス端の幅 48.5mm のところに ナット幅が 44.6mm とされ、ナットの厚さが 10.0mm でも面取で丸くされた形状もプラスとなり、”ピン接合的”要素が 十分確保されています。

なお このチェロは、梯子状ペグボックス( “Ladder” or “Open”  Floorless peg box ) で製作されたものの、現代に至るまでのどこかの時点で開口部が塞がれた楽器ですから 10.0mmは それを反映していると考えられます。

“Ladder” or “Open”,  Floorless peg box

私は、ネック接続部の『ふたつの端面角度』を あまり傾斜させない方が ヘッド部の揺れが大きくなりやすいと考えており、ネック端面とヘッド端面の角度の関係を、ナット剥がれなどを過剰に心配することなく 平行に誘導しやすい この面取加工のナットを自作チェロでも 採用しています。

This is my favorite nut standard. Nut thickness 9.0 mm.

ただし、私が製作する チェロ・ヘッドは 床( Pegbox floor )がありますので 、はじめの段階では ナット基部の厚さを 9.0mmからスタートします。

そして、ペグボックスの削り込み工程の角度調整で 8.8mm を経ながら渦部( ボリュート )に向かって彫り込んで行き、その後で やっと揺れ方の調整として ネック端面の傾きをヘッド端面と平行に近くなるように調整することで最後は 8.5mm となります。

Domenico Montagnana( 1686-1750 ) Cello, Venezia  1735年

Domenico Montagnana( 1686-1750 )  Cello,  Venezia 1742年

Division Viol ( Body length 647mm ) , “School of Tielke” 1720年頃

Giovanni Francesco Pressenda( 1777-1854 ) Cello, Torino 1828年~1830年頃

Giovanni Francesco Pressenda( 1777-1854 ) Cello, Torino 1828年~1830年頃

Giovanni Francesco Pressenda( 1777-1854 ) Cello, Torino 1828年~1830年頃

Francesco Guadagnini ( 1863-1948 ) Cello, Turin  1888年

Francesco Guadagnini ( 1863-1948 ) Cello, Turin  1888年

Francesco Guadagnini ( 1863-1948 ) Cello, Turin  1888年

Annibale Fagnola ( 1865-1939 ) Cello, Turin 1904年

そして 私が知る限りでは、トリノ派として名を残した ファニョーラさんが 1904年に製作した チェロの 厚さ 5.5mm というナットが最も薄い事例となります。

Annibale Fagnola ( 1865-1939 ) Cello, Turin 1904年

Annibale Fagnola ( 1865-1939 ) Cello, Turin 1904年

彼の探究心を 私はリスペクトします。

ところで 興味深いのは、トリノで ファニョーラさんが 製作活動に勤しんでいたこの時期に、フランス東部 ミルクールにあった  J.T.L.社( Jérôme Thibouville-Lamy & C. ) で、ネック端に『フレキシブル加工』がなされた 1/4サイズ( 267.0mm )の ヴァイオリンが作られたという事実です。

この ” Le Parisien ” シリーズは 1902年から1909年の期間に製作されたようですが、私は ヘッド接続部が折れた このヴァイオリンは その初期に製作されたのではないかと推測しています。

そのヴァイオリンを、私は 1996年に販売しましたが、破損したのは 販売してから2年ほど後の1998年のことでした。

このヴァイオリンは 製作されて 90年以上に亘って破損なしで使用出来たのですから一定の評価は出来る訳ですが‥  私にはこのやり方は 『絶対』真似ができません。

ただし、状況証拠として この時期に ネック接続部の『不安定化』を積極的に考えた人が存在していた事実は重要だと思います。

 

これらが この投稿のテーマである『 ヘッドは ネック端という基礎の上に構築されている構造物に似ている。』という視点です。

Alessandro Gagliano (1640–1730)  Cello, Napoli  1724年

Alessandro Gagliano (1640–1730)  Cello, Napoli  1724年

Domenico Montagnana( 1686-1750 ) Cello,  Venezia 1742年

Domenico Montagnana( 1686-1750 )  Cello, Venezia 1742年

そして ネック端( k ) を基礎とみなすと、その上にあるペグボックス部から先が、振動を拡大させたり持続させるための機構であることが見えてきます。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ),   violin   1555年頃

 

 

【 すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。】シラ書 ( 42章24節 )

2022-12-12       Joseph Naomi Yokota

●  ヘッドとペグ位置の関係

●”不安定( 自由度 )”によって得られる豊かさについて