アンサンブル・クラスの ご案内

初めて楽器を持ってから3年くらい。

音の鳴らし方も知らなかった頃と比べると教則本も2巻、3巻と進みレパートリーも増えてきた。ポジション移動、ビブラートといった技巧も一通りやってみた。ちょっと自信もついてくるけれど、まだまだピンとこない部分も沢山ある。でも、そろそろ憧れだったアンサンブルも参加していいのかな?と市民アンサンブルを調べてみたりして。

気にはなるけれど、合奏初心者の自分が入って上手くやっていけるかしら?と一歩踏み出す勇気が持てずにいる、そんな方。

趣味と思って習いはじめて、もう20年以上になる。

学生オケに参加して以来すっかりオーケストラの魅力の虜となり、今もアマオケで年2回の演奏会に向けて毎週稽古場に通う日々。たまにオケ仲間とカルテットを組むのも楽しいもの。

室内楽にはオーケストラとはまた違った喜びがあるけれど、誤魔化しの効かない難しさもあるなぁ。レッスンも受けてみたい気もするけれど、全員の日程を合わせて先生に打診をしてとなると意外と面倒かも...と思っているベテランさんも。

プロの演奏家と一緒に演奏する
アンサンブル教室

QSEミュージックアカデミーは音楽が好き、人生で1度はアンサンブルを組みたいと思っている、そんな大人向けのアンサンブル教室です。
一番の特徴は講師と一緒に演奏できること。講師が後ろでチェックしていてコメントを出す形式ではなく、全パートにメンバーとして配属されます。楽譜に書いてあることを忠実に実行するだけではなく、お互いの聴きあいと生徒さんの意見を大切にして〈それらを音楽として纏めるにはどうしたらよいのか〉を目の前で講師陣がやって見せることが肝心だと思っています。
プロの演奏の音を間近で聴きながら充実した経験を重ね、対等な立場で意見を交換して皆で一緒に成長しましょう!
メインである弦楽合奏の他に、希望される生徒さんには講師を交えた四重奏等のレッスンにも対応しており、現役の演奏家による生きたノウハウを学ぶことが可能です。
QSEミュージックアカデミーはアンサンブルの楽しさを一人一人が実感できる場所を目指しています!

 

【募集要項】

•オーディション等はありません、まずは無料体験にお越しください。見学も可能です。
•楽器を習い始め、合奏にチャレンジしてみたい方、楽器経験がありブランクがある方もお気軽にご参加ください。
•練習日時は、毎月1回、日曜日10時〜13時で行います。
•練習では、プロ講師が必ず一緒に演奏するので、安心して演奏に参加することができます。

参加資格

•弦楽アンサンブルで演奏してみたい方
•楽器を持っている方
(楽器の相談も承ります)
•楽器経験がある方※初心者は要相談

応募パート

•バイオリン
•ビオラ
•チェロ
•ピアノ

練習場所

•巣鴨のレンタルスタジオ
(スタジオフォー)アクセスはこちら

練習日程

•毎月1回、日曜日10時〜13時

参加費

•初回 入会費(年会費)5,000円、継続年会費1,000円
•練習毎5,000円(スタジオ代、楽譜代込み)
•コンサート代目安15,000円 ※参加自由

その他

•コンサートは年2回、夏、冬で1回ずつ実施する予定
(参加自由)

楽しいのは勿論、音楽で一番大事にしなければならない音作り、
基礎の技術や正しい音楽性、様々な点で上達できる事間違いなし!
まずは無料体験に是非お越しください。

以下のバナーから、アンサンブル公式ホームページにリンクできます。

エーゲ海 キクラデス諸島の”偶然”について

● 『 大理石 』を用いて表現されたもの

ヘレニズム時代( 紀元前323年頃紀元前30年 )の大理石彫像のなかでも有名な『 ミロのヴィーナス 』や『 サモトラケの ニケ 』は、エーゲ海にある キクラデス諸島の パロス島で切り出された大理石を削って製作されたそうです。

キクラデス諸島は、ギリシャ神話のアポロンとアルテミスの生地と伝えられ「神聖な島」とされたデロス島と、その周りに島々が並んでいることから 「キクラデス ( 囲んでいる )」と呼ばれています。

このキクラデス諸島で 大理石材が彫像に用いられるようになったのは”偶然”とは言えないのかもしれません。それは、この地域の複雑な地質構造によってもたらされた結果‥ という捉えかたが出来るからです。

エーゲ海や その周辺の 複雑な地質構造をイメージするには、 ペロポネソス半島のコリントス地峡に開削された運河の掘削崖を見ることが 最も簡単な方法です。

この コリントス運河では、上図のように 急傾斜した正断層が狭い間隔で何本もならんでいる状況を知ることができます。

そして、キクラデス諸島には このコリントス運河の掘削崖より 複雑な地質構造をした島がいくつもあります。

キクラデス諸島の地質図

このことにより、 キクラデス諸島には 大理石を採掘できるパロス島をはじめ、ナクソス島には コランダムエメリー鉱山があり、ミロス島では 古くから黒曜石が採掘され、そして仕上げ研磨材としての軽石が採れるテラ島 ( サントリーニ島 ) まであるのです。

Emery was also probably used as a drill, as an engraving tool or as a surface polisher. Emery powder was very effective as an abrasive for the initial working of the marble.

Theran pumice soaked in water is an excellent material for the final polishing of the surface, and the same is true for sand mixed with water.

Modern marble quarry on Naxos

Marble from the Isle of Paros in Ancient Greece

   Marathi,  Ancient Marble Quarry

パロス島や ナクソス島で採掘される大理石は 変成岩 ( 火成岩や堆積岩などの地層が地殻変動による熱や圧力を受けて再結晶化し、変化したもの。) に分類され、モース硬度は3~4であるとされています。

モース硬度とは 1822年に、ドイツの鉱物学者 フリードリッヒ・モースが「 二種類の石をこすり合わせて、どちらに傷がつくかで硬さを判断する」とした硬さの基準で、もっとも硬い石を 硬度10 とし、もっとも柔らかいものを 硬度 1という数値であらわします。

現在、地球上でもっとも硬い鉱物は モース硬度10 であるダイヤモンドで、最もやわらかい鉱物は 硬度1 の滑石であるとされており、参考までにあげれば 人間の爪の場合は 2.5ほどの硬度になるそうです。

なお モース硬度の「 硬さ 」は、割れにくい硬さ(靭性)ではなく「 引っかいた時の傷の付きにくさ 」を示すものなので、例えば 地球上にある天然物の中で最も硬いとされる ダイヤモンドでもハンマーで叩くと砕けます。大理石も同じように砕くことは可能ですが、そこは「 岩石 」である訳ですから 削るのは容易ではありません。

そこで、モース硬度が3~4の大理石にキズをつけたり削ったりするのに用いられたのが、旧石器時代から よく知られていた モース硬度5の 黒曜石 ( オブシディアン  /  Obsidian ) です。

ミノア文明の都市である クレタ島のイラクリオンで発見された、ミロス島から 紀元前3000〜2300頃に輸入され 使用された黒曜石製石器

そして‥ モース硬度に着目すると、パロス島と 狭い海峡をはさんで 8kmほどの距離で隣り合っているナクソス島に コランダム ( Corundum ) や、エメリー ( Emery ) の鉱山があることが 驚きをもたらすと思います。

これらの鉱石は、大理石彫刻において”最高の働き手” として重要なのですが、それらも含めて必要なものが 同じ地域で入手できるというすばらしい “偶然”が キクラデス諸島には あったからです。

Emery Mine   /  Naxos island Emery Mine   /  Naxos island

因みに‥  近年ですが、ギリシャ地質学会は ナクソス島で採掘されたとされているコランダム ( Corundum ) や、エメリー ( Emery )のなかに、サモス島で採掘された “Samian Emery” が 一定量 含まれている可能性があるとして、その検証を提言しています。

Emery deposit of Samos (  “Samian emery”  /  Geological Society of Greece )

しかし、同じエーゲ海で、ナクソス島から北東方向 100km 程に位置する サモス島も 古代の交易圏でしたので、キクラデス文明に寄与したという点での違いは ほとんど無いと思われます。

コランダム は比重が 4.0 で、酸化アルミニウム の結晶からなる鉱物です。そして 純粋な結晶は無色透明ですが、結晶に組みこまれる不純物イオンにより色がわかれるために 天然コランダム鉱石は 宝石として加工され、ほとんど同じ鉱物ですが ルビー、サファイアなどと呼び分けられています。

このように色彩的に多くのバリエーションを持つコランダム鉱石ですが、特記すべきは モース硬度が ” 9 “であることです。

つまり、この鉱石は ダイヤモンドについで高い硬度のため「 他のほとんどの鉱物 」を削り取ることが出来るのです。

また、エメリー鉱石は 比重が 3.75 ~ 4.31 の 鉄に近い質感の鉱石で、 コランダムに 磁鉄鉱、赤鉄鉱、スピネルなどの不純物が含まれたものです。このため エメリー鉱石も 極めて硬く ( モース硬度が 7~9 ) 、石器として使用されただけでなく 砂状や粉末状にして研磨材としても 重用されました。

Emery of Samos ( Geological Society of Greece )

なお、日本では エメリーや、柘榴石 ( ガーネット  /  モース硬度 6.5~7.5 ) を粉末にした研磨材をどちらも「金剛砂」と呼んで使用していました。

 

ともあれ、ヘレニズム時代 ( 紀元前323年頃~紀元前30年 ) に キクラデス諸島において『 ミロのヴィーナス 』や、『 サモトラケの ニケ 』が製作されたということは、人間の営みを考えるときにとても興味深い事実だと思います。

そこで その源流を探ると、ヘレニズム時代より 更に 2800年程遡った時期に 黒曜石や コランダム鉱石、エメリーなどを用いて大理石を削って『 偶像 』が制作されていた‥ という事実にたどり着きます。

これらは総称して『 キクラデス文明 』( 紀元前3200年~紀元前2300年頃 ) と呼ばれています。

“Cycladic Idol”  from Amorgos,  ca.2700B.C.~2300 B.C.
Marble, High150cm ( Largest known example of cycladic sculpture ).  National Archaeological MuseumAthens .

この文明では キクラデス諸島の島々で出土した数多くの『 キクラデス偶像 ( Cycladic Idol ) 』が その象徴としての役割を果たしています。

In 14 December 2010,  a marble female figure dated to circa 2400 B.C. and attributed to “The Schuster Master” was sold in New York ( Christie’s ) for $16,882,500 (  ¥1,410,701,700  ) , a world record for a Cycladic figure at auction.   High 29.2cm.

たとえば、高さが 30cm程である このキクラデス偶像は、2010年に開催されたクリスティーズのオークションにおいて、日本円換算で 14億1千万円で落札されており‥  私は、それを 本当に意味深いことであると思っています。

大理石偶像 ( Cycladic Idol ) の製作実験

ところで‥ このようなキクラデス偶像ですが、 肝心な事柄である『 なぜ製作されたのか?』が判明していません。このため現在でも、その出土状況なども含めて研究が続けられています。

なお、発掘された場所に関してですが、たとえば キクラデス偶像を分類するための名称のひとつが ナクソス島の埋葬遺跡である “Spedos” に因んだ “スペドス型” であるように、おもに墓地の遺跡から出土しているようですが、現在も発掘が行われているテラ島 ( サントリーニ島 ) のアクロティリ遺跡のように、火山灰などに埋まってしまった街区から 発掘されたという事例もあります。

The ancient buried city of Akrotiri, Thira ( Santorini ).

アクロティリ遺跡は 紀元前1628年頃の大噴火 ( ミノア噴火 ) によって埋もれてしまった街です。

このアクロティリ遺跡の発掘現場で、近年のことですが‥ 火山灰に埋まっていたキクラデス偶像が掘り出された時の様子をご覧ください。

現在の “Akrotiri Museum ( アクロティリ遺跡 )” は屋根が設けられ、遺跡の間にある通路を移動しながら見学できるようになっています。

この時の調査対象は、中央部にある箱状遺物の内部で、調査のはじめに箱のフタ部分が取り除かれました。

この箱状遺物の中には、火山灰に埋もれるように また箱が入っていました。

そして、慎重に内箱の中の火山灰を吹き飛ばしていくと、土砂の中から キクラデス偶像の頭部が見えてきました。

その後の発掘作業によって、埋まっていたキクラデス偶像の全容が確認できるまでになりました。

この箱状遺物の調査は ここまでで、今後の発掘方針が決まるまで 一旦 そのままで保存することが決定されました。

盗掘されるなど 様々な事情により、キクラデス偶像は出土状況が不明な場合が多い‥ という中で、この アクロティリ遺跡での出土事例は、『 キクラデス文明 』を解明するための重要な記録となったそうです。

因みに 下写真は 上記調査の後ですが、アクロティリ遺跡の近くのエリアで、同じように二重になった箱状遺物のなかから 別のタイプのキクラデス偶像が発掘された時のものです。

このように 箱状遺物からの出土事例が 複数あるという状況を、 私も興味深く感じています。

“Box situation”   :   The statuette was found in a clay box placed Russian-doll-style within another, It is the second statuette of its kind revealed boxed up at the site. Aegean city of Akrotiri.

現在までの研究で判明しているのは、キクラデス偶像は かなりの数量が出土していて、そのタイプは 紀元前2700年頃を境として 前の500年間後の400年間に 分けることが出来るということです。

それが、グロッタペロス ( 初期キクラデスⅠ   紀元前3200年~2700年頃 ) とケロスシロス ( 初期キクラデスⅡ  紀元前2700年~2300年頃 )です。

これらの分類名も、偶像が出土した重要な埋葬地から付けられています。なお、残念なことに、キクラデス初期の居住地は 地震や火山の噴火のために ほとんど発見されていません。また、キクラデス偶像のほとんどは これらの期間だけで製作されたようです。

キクラデス偶像は おもに女性をモチーフとしており、表現手法としては 石の単純な加工により偶像としてのイメージを付与したものから、人体をリアルに表現したものまでありバリエーションは豊富でした。

また 科学的分析によると、大理石の表面は鉱物ベースの顔料( 青の場合はアズライト、赤の場合は辰砂 )で着色されていたようです。

さて‥ 長文となりますが、ここで このような遺物が 『 現在でも “重要”とされている 』本質的な要素について 触れておきたいと思います。

ヨーロッパを中心とした西洋の思想史を “ヘブライズム”と “ヘレニズム” とに整理し、この ふたつの思想が作り上げたのが 現在のヨーロッパ世界であるという考え方があります。

“ヘブライズム”と “ヘレニズム” はともに「人間の完成、あるいは救済」を究極目標としている点では共通していますが、その立ち位置はまったく異なっています。

ヘブライズム ( Hebraism )

西洋の精神史をかたちづくる伝統的思想で、約言すれば『 聖書 』に発する世界観であり、ひいてはキリスト教の世界観を意味しています。

これは、神との一致において 知よりも実践を重んじ、深刻な罪の意識をもち、自己克服によって平安を求める努力をする‥ “神への立ち返り” である『 回心 』を特徴とし、人が “一神教” の立ち位置で森羅万象と向き合い、神への感謝の内に生涯をいきることを理想としています。

その導き手となる『 旧約聖書 』は長い期間 ユダヤ人社会のなかで受け継がれてきましたが、口頭伝承以外は禁止されていたために ユダヤ教においては 『 旧約聖書 』を 「タナハ」=「聖書 」と呼ぶほかに「ミクラー」( Miqra )=「朗誦するもの」とも呼ばれているそうです。その口頭伝承が文字にされ、最終的にはヘブライ語( 一部にアラム語を含んでいます。 )の 聖典として、ユダヤ人はもとより異邦の民にも伝えられました。

このような伝承方法が採られたために『 旧約聖書 』が、いつ頃成立したのかなどの推測は ほぼ不可能なようです。まあ‥ そもそも、冒頭の『 創世記 』からはじまる モーセ五書などは 時代特定には 馴染みませんし、その必要性が全くないのは 皆さんがご存じのとおりだと思います。

しかし、その後に続く『 ヨシュア記 』や『 士師記 』からは、その記述に 具体的な事件がふえていき、”最後の士師”である サムエルのところから『 サムエル記 』に移りながら、イスラエル部族連合体が王制国家に移行した顛末が記されています。

このサムエルが サウルをユダ王国の初代国王に指名し、そのサウルが統一王国完成の途上で戦死したので、ダビデがユダ王国の第二代国王に就き、その後に領域を広げ エルサレムを王都と定めてイスラエル王国 ( イスラエル・ユダ連合王国 ) の礎を築いたとされています。

「イスラエル」とは ユダヤ民族の伝説的な始祖ヤコブが “神から与えられた名前” に因んでいますが、このイスラエル王国の建国あたりから 現在の歴史認識と符合する内容が多くなりますので ある程度の年代特定はできるようになります。

Graphical overview of Jerusalem’s historical periods

これによって、キリスト教がヨーロッパ世界に据えられるまでを見てみましょう。

現在でも諸説ありますが‥ まず はじめに、ユダ王国が建国されたのは 紀元前1021年頃と推測できます。そして、何度かの遷都のあとで エルサレムを王都として 紀元前1003年頃 にイスラエル王国 ( イスラエル・ユダ連合王国 ) は 成立したと考えられます。