前投稿ページ
● モダン弓の製作方法が “簡略化”された時期と、その後について
弦楽器の特質を考えるときには、まずは 弦が “緩む” ことで波のような “運動”をし、それが進行波、反射波となり振動するということが 基礎条件として思い浮かびます。
私は、それと同様に 響胴を構成する 表板の共鳴部 ( 変換点 )が “緩む”ことで 響きが生じている。いうことも大切だと考えています。
そこで この投稿では、ヴァイオリンや チェロの共鳴音( レゾナンス )が 増減する条件について考えてみたいと思います。
では、先ず 振動を目視できるチェロの表板で、共鳴部のひとつ( +位置 )が “緩む”様子を確認してください。
参考とするのは 下のリンク動画で『 0:24 』の位置から『 1:24 』までの1分間の部分です。
www.facebook.com/CellistAmitPeled/videos/498893131566443
私は 表板のこのような振動現象が、共鳴音を生み出していると考えています。
また、このような表板の”緩み”は、ヘッド部やネック部、響胴などそれぞれの部材がねじりを生じながら揺れることで誘導されていると理解してます。
●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて
Old Italian cello head, 1700年頃
Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )Cello head
JIYUGAOKA VIOLIN Cello head, 2021年
JIYUGAOKA VIOLIN Cello neck ( This is a guideline for ridge lines and valley lines. ) 2021年
Old Italian Cello, 1700年頃 / ネック整備 ( 2023-9-27 JIYUGAOKA VIOLIN )
I reshaped the ridge line and valley line of the existing neck.
Old Italian Cello, 1700年頃 / ネック整備 ( 2023-9-27 JIYUGAOKA VIOLIN )
Gioffredo Cappa ( 1644-1717 ) Cello, “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo 1696年頃
Gioffredo Cappa ( 1644-1717 ) Cello, “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo 1696年頃
Matteo Gofriller ( 1659-1742 ) Cello, “Jacquard Bergonzi” Venice 1710年頃
Matteo Gofriller ( 1659-1742 ) Cello “Jacquard Bergonzi” Venice 1710年頃
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Violin, Cremona 1690年頃
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年
Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) ‘Guarneri del Gesù’ Violin, “Kochanski” 1741年
The angle of the top of the peg box is great.
ここで、ヴァイオリンなどの音響メカニズムを列記してみます。
① 弦の振動がヘッド部をねじりながら 揺らします。そして この応力により 下のX線動画のように ネックブロックの回転運動が起こり、これが反復されます。
X線によるヴァイオリン鏡像ですから 手前がE線で 奥がG線側となっており、ネック・ブロックがねじりを反復しているのが 確認できます。チェロも同様な揺れ方をします。
② そして、 ネック・ブロックと”対”をなすエンド・ブロックとの間で生じた軸を中心として 回転運動が起こり、表板が斜めに押されるように緩むと共に、アッパー・バーツ側とロワー・バーツ側 が 主に対角で交互に振動します。
③ 先ほどの演奏動画で 観察していただいたチェロ表板の共鳴部( +位置 )のように、 表板が”緩む”と”戻る”という上下動をくり返し 細やかな振動が可能となります。
④ 弦の振動を直接受けたF字孔端内側の空気の粗密波が、振動する響胴のなかで 固有振動が近い”表板のピット部( 変換点 )”を中心として共鳴現象( 空洞共鳴 )をおこします。
⑤ この共鳴音( 2次振動系 )と、弦振動から駒を経由しF字孔が振動した( 1次振動系 )粗密波とが合わさって『音色』となり、F字孔から吹き出すように まわりの空間に広がっていきます。
⑥ なお、1つの波源から出て、2つの異なる経路を通って伝播した波はその相関性により きれいな干渉が起こりやすいそうです。そして、そうでない場合は双方の波が競合し 同期現象が起こります。
Arthur Richardson( 1882-1965 ) Cello, Devon 1919年
それから、弦楽器に塗られたニスには 柔らかさや、被膜の厚みによって振動した痕跡が残るタイプがありますので、そのニスひび割れによっても上記の仕組みは確認できます。
Antonio Stradivari ( 1644-1737 ) Violin ” Habeneck”, Cremona 1734年頃
( この画像は高解像度となっていますので、拡大してご覧ください。)
Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 ) Violin “Expo. de Bruxelles 1910”, Milano 1910年
Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 ) Violin “Expo. de Bruxelles 1910”, Milano 1910年
補足説明となりますが、弦楽器の ニスひび割れに関しては、下の投稿リンクが参考になると思います。
● ヴァイオリンの音は 聴くほかに “見て‥” 知ることが出来ます。
冒頭の演奏動画で、Amit Peled氏が使用している Matteo Goffriller ( 1659–1742) が製作したチェロの、アッパー・バーツ低音側にある2重ジョイントの”巾接ぎ”のです。もう一度、演奏動画にもどり この”2重巾接ぎ”の部分を見ると、これが機能していることが分ると思います。【 0:41 】辺りからをお勧めします。
Old Italian Cello, 1700年頃
また、冒頭の演奏動画で共鳴部のひとつ( +位置 )のすぐ下側に”ダンパー部”の窪みが写っていますが、オールド・チェロでは10ヶ所程の主要窪みのうち、表板右上コーナー近くのこのダンパー部と、左下コーナーの右下にあるダンパー部の2つが最重要な窪みとなっています。
Antonio Amati & Girolamo Amati / Cello, Cremona 1622年 – Hendrik Jacobs (1639-1704 ) Violin, Amsterdam 1690年頃
Janos Starker 1964年 : 彼が使用しているチェロも”巾接ぎ”がされていました。
●『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。
2023-11-24 10:38 Joseph Naomi Yokotai Cello、表板重量 1623.2g
さて 本題ですが、ここから 響胴に生じる回転運動( ねじりモーメント )の軸を、表板が接着されている基準面( horizontal reference plane ) や、ネック軸などとの関係性で捉える考え方についてお話しさせていただきます。
“Josef Schuster Cello” Rudolf Schuster 1990年
ニスのヒビ割れ拡大図
ニスに入ったヒビ割れを何台も検証していくと、ネックが接続された部分の側板で、 ニスひび割れが 下写真のような『X型』となっているものに出会います。
“Josef Schuster Cello” Rudolf Schuster 1990年
“Roderich Paesold Cello” Bubenreuth 1999年
“Karl Hofner Cello” Erlangen, 1970年頃
私はこの『X型』のニスひび割れは響胴が左右にねじりを繰り返しながら揺れたことで生じ、その 回転中心点に Z軸が位置していると思っています。
また、ネック接続部の側板だけでなく このチェロのようにC字部コーナー側板にも同じような『X型』のニスひび割れパターンが確認できたりもします。
このチェロの場合で言えば、ニスひび割れから推測して 上図赤点が X軸が貫通する回転中心点と考えられます。
( 側板にはコーナー部や F字孔も関与しますので ニスひび割れは複雑ですが、それらの要因を読み解き 区別することは可能です。)
“Karl Hofner Cello” Erlangen, 1970年頃
このように『X型』のニスひび割れから、響胴がねじり( Twist )を反復しながら揺れたということと、回転運動( ねじりモーメント )の軸がそこにあると考えると、6面が相互に関係するイメージが思い浮かべやすいのではないでしょうか。
私は、響胴は箱状のものですから、ルービックキューブ ( 3×3 ) にある X軸、Y軸、Z軸が繫ぐ『それぞれの面にある中央ブロック』のふるまいと同じように、響胴でも それぞれの軸辺りで “連動”しながら回転運動を反復していると考えました。
オールド弦楽器は、表板が素速く”緩む”とともに、細やかにモードの反転が起こる条件設定とされており、それにより振動エネルギー消費が抑制され、効率よく共鳴部が歌うことで 豊かな音色を生み出せていると思われます。
これを実現しようとした私は、まず最初に『 音のレスポンスが素速いかどうか。』という要素は、それなりに向上させる余地があるのではないか?と考えました。
そして、回転中心となり”節”の役割を果たすゾーンを、ルービックキューブのように素速くリレーションするように工夫することで 一定の効果があることを確認しました。
Old Italian Cello, 1700年頃 / ネック整備 ( 2023-9-27 JIYUGAOKA VIOLIN )
それでは 響きを改善するための具体的な工夫のひとつを、チェロを例としてあげてみます。
私は、演奏者が敏感に響きのコントロールが出来るように、回転運動( ねじりモーメント )のための Z軸( 下図点E )を 少し裏板寄りの位置に置きます。
- ネック接続部尾根( 下図線分A-B )と 斜めに接合された不連続面をなす( 線分C-D ) の交点Eは、その下の参考図のように 側板高さの 2/3位置が収まりが良いですが、可能であれば その位置より1.0~2.0mmほど表板から離します。( 側板117mmで、基準面から78mmの 下例を削り込み形状を修正し79.1mm程とするイメージです。 )
- この時 ネック接続部尾根( 線分A-B )は 上から見て”右回転3.8度”程傾けます。
- 響胴との接続部でのネック形状は 上から見たときに “台形”ではなく『 三角形であるかのように 斜めに切断( 線分C-D )された 2つのヴォールト構造物が微妙な角度違いで不連続面として組み合わせてあるかのような形状 』とします。
- 裏板ボタン部の幅は 28.0~29.0mmで良いと思います。
Cello neck connection point “右回転3.8度”イメージ図
2017年製チェロ 修理前の設定 ( Neck connection point “右回転1.5度”)
この設定は、ネックの回転運動軸( 下例で例えればモーター軸 にあたります。)と、響胴側中心軸( 上図点E )の “ズレ”が大きくなった結果、”偏心重り”が揺れるのと似て・・ 響胴側の振動が より激しくなり、レスポンスが改善するとともに キャリング・パワーが増加します。
このようなアプローチを続けながら、”連動”しながら回転運動の反復が素速くできる条件設定を求めて、ヘッド部、指板、駒、魂柱、テールピース、エンドピン、テールガット関連なども検証しつつ、本丸である響胴の設定条件については 特に注意深く観察しました。
因みに 私は、 演奏者が瞬間的に響きをコントロールするということから、この”素速さ”というイメージは 邦楽で用いられる小鼓( こつづみ )の調べ緒( しらべお )の締め具合や感触と共通していると考えており、実際の仕事でもその”繊細さ”を参考にしています。
苅田蒔絵小鼓 ( かりたまきえこつづみ ) / 1611年頃
調べ緒( しらべお )は、麻の繊維でできたひもです。小鼓は”縦調べ( たてしらべ )”で2枚の革を胴に固定し、”横調べ”で革の張りを緩く整え、最後に持ち手部分にかける正絹製の組紐である”小締”を結んで組み上げられています。
小鼓を打つときの”調べ”は生命の綱と言われます。調べをもった手の動きを革に伝える敏感な働きをしているからです。
雷雲蒔絵鼓胴 ( らいうんまきえこどう ) / 1430年頃
この投稿は『弦楽器の共鳴音( レゾナンス )が増す基礎条件とは』ということで、響きを改善するための工夫について書こうとしましたが、だいぶん長文となりましたので、最後に”ほとんど知られていない音響加工”についてお話しいたします。
これは、弦楽器製作技術として象徴的といって良いくらいだと 私は思っています。まさに『神は細部( ディテール )に宿る』です。
古の弦楽器製作者は 響胴のバランスを完成状態から逆算して、響胴の表板がまだ接着されていない製作途中のタイミングでも、繊細なバランス調整をしていたようです。
端的にいえば『運動の中心位置をどこに置いて、部材間にある対のバランスを調和させるか?』という事だと思います。
私は 2002年に、プレッセンダー( Giovanni Francesco Pressenda 1777-1854 )が 1837年に製作した ヴァイオリンの表板を、整備のために外したときに、響胴内部を観察していてその加工に気がつきました。
そもそも、弦楽器は完成している本体に弦を張る工程で 魂柱や駒を立てるためにバランスを調べるだけでも、難易度は高いと思います。
私の場合でいえば、楽器を水平に保持してゆらし、まず重心位置とその”かたまり量”を読み込みます。
そして、運動の中心が重心近くにコンパクト( ヴァイオリンの理想イメージは『おおよそ長径9cm、短径3cm程のラビーボールを長くしたような形状で雲のような集合体なのに質量は 30g位の塊。』といった感じ・・です。)に集まるように工夫します。
それにより、飛行機の操縦特性がよくなるのに似て、弦楽器の場合にも響きのレスポンスが良くなります。
旅客機は 主翼のドア位置が重心位置として設計されており、それを挟むように重量物である前後のエンジンが配置されています。因みに人間が一人、一番前の席から一番後ろの席まで移動するとと重心位置が約12mm 変化するそうです。
重心位置は離陸時の Stabilizer Trim Setting にも関係しますので、B747 にはノーズギアにセンサーがあり、重心位置を感知しており、その測定結果と Stabilizer Trim Setting の間に矛盾があると警報が鳴るくらい重要とされているそうです。
作業要点をいうと、私が 弦楽器を水平に保持しながら揺らすときには、魂柱位置はもとより 必要度に応じてその他の条件設定を工夫して、重心位置とその”かたまり量”を旅客機の空間位置でたとえれば、車輪や 床下の貨物室の高さに可能な限り集めます。
それから 魂柱位置や、指板端の加工などの設定条件の変更によって 重心位置とその”かたまり量”を少しずつ旅客機の客席フロアーの高さまでそのまま上昇させます。
理想としては、旅客機を横から見たときの客席のヘッドレストの高さ( 表板と側板の 接着面 / horizontal の位置 )くらいまで重心の”かたまり量”が 上がった状態にすることを目標としています。
回転運動( ねじりモーメント )の軸に関する資料
“Cittern” Rafaello a Urbino, 1538年頃
このシターンは、すばらしいことにボディとネックが 1 枚の木から彫られています。つまりヘッド部とネック部、そして響胴の”ねじり”においての関係性は製作時のまま保存されていると考えられます。
また、黎明期のヴァイオリン製作者アンドレア・アマティ ( Andrea Amati ca.1505–1577 ) がクレモナに工房を設立した頃に製作された楽器であることも、意味深いと 私は思っています。
Total length 972.5 mm / Back length 432 mm / Lower bout width 308 mm / Head length 280 mm / Neck length 307.5 mm / Vibrating string length 615.6mm
“Cittern” Rafaello a Urbino, 1538年頃
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Violin, Cremona 1690年頃
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年
“Cittern” Rafaello a Urbino, 1538年頃
“Cittern” Rafaello a Urbino, 1538年頃
Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年
Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年
Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年
Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan 1770年頃
ネックの取り付け角度が変更された、現在の状態
響胴のネック埋め込み部に残った痕跡から推測される、元のネック取り付け位置
Old Italian Cello, 1700年頃 / 2023年にネックを取り付け直したチェロ
Violin, Markneukirchen 1920年頃
“製作時ネックが保存されているヴァイオリン”
バロック時代のネック・ブロック
Old Italian Cello, 1700年頃
Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan 1770年頃
【 すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。】シラ書 ( 42章24節 )
2023-11-28 Joseph Naomi Yokota