弦楽器を研究し見出したこと。( ネック部についての考察 )

1. 【  オールド・ヴァイオリンを取巻く状況について  】

”The Secrets Of The Violin”
Documentary ( Stradivarius, Guarneri del Gesù )

これは 第2ドイツテレビ( ⓒZDF )が放送したストラディバリウスやガルネリウスに関するルポルタージュ番組ですが、『 Machold Rare Violins 』の事件を通して 現在の弦楽器業界の立ち位置の不安定さがよく示されていると 私は思います。

Betrugskrimi um kostbare Geigen
( 貴重なヴァイオリンに関した詐欺犯罪 )
Der tiefe Fall des Stradivari-Dealers
ストラディバリ・ディーラーの深い闇 )
Schloss Eichbüchl , Austria
( アイヒビュル城 )

In seiner Branche war er der Star: Dietmar Machold handelte im großen Stil mit wertvollen Violinen. Er verdiente Millionen und kaufte sich ein Schloss. Doch dann überreizte der Stradivari-Händler, ging Pleite, er steht unter Betrugsverdacht. Die Geschichte eines Absturzes.
( その業界で、彼はスターでした。:   Dietmar Machold氏は 貴重なヴァイオリンなどの売買で世界的に活動しました。その結果 彼は何百万ドルも稼ぎ、1997年には城さえも買ったのです。 しかし、その後 ストラディバリウスの運用に失敗し、破産し、詐欺の疑いにより逮捕されました。 ある破滅のお話し。)

Dietmar Machold ( 1949 – ) in seinem Heim  /  Schloss Eichbüchl( D.マホールド氏、自宅にて –  アイヒビュル城  )
The business was ordered to be closed down on February 4, 2011.

残念ながら ZDFのドキュメント番組でも言われているように、『オールド』とよばれる弦楽器の価値評価は まだ定まっていません。

それは、クリスティーズ ・オークションで 4億5031万2500ドル (  約508億円 )で落札された レオナルド・ダ・ヴィンチの油絵などに代表される 絵画の世界とくらべると 明らかだと思います。

『 サルバトール・ムンディ ( Salvator Mundi ) 』 66 cm x 45 cm  Leonardo da Vinci ( 1452-1519 )

このような混乱は、オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器が  創作されたものと、それを丁寧に写したものから成り立っていたところに、大量の贋作が製作され その一部が真作と信じられてしまった事が端緒となり 生じてしまったと考えられます。

また、本物の名器であったとしても‥  弦楽器としての仕組みを理解していない弦楽器工房の仕事により、製作時のクオリティーを発揮できないオールド・ヴァイオリンも数多くあり、それも評価の難しさにつながっているようです。

私は、この状況を改善するには オールド・ヴァイオリンなどの特徴を明確に捉え、その変遷を時間軸のなかで整理し、そこから得た知見から音響システムの仮説を確立し、それを実証できるヴァイオリンやチェロ、ビオラを製作する必要があると考えます。

この投稿では 弦楽器専門家の皆さんの 一助となることを願い、私が研究で見出した事柄から 弦楽器の音響システムについてお話ししたいと思います。

2. 【  ネックと 指板は、ある意味ではヴァイオリンの本体です  】


私は オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器では 弦の振動が『 それぞれの部品 ( 部分 ) 』を振動させ、そして それらの波が加算される現象が あの響を発生させていると考えています。

これについて少し考えてみたいと思います。
たとえば 水面波は閉じていないと そのまま拡散していきます。

しかし、これが閉じていると複雑な波に変わります。これを波動方程式を用いてシュミレーションすると このようになります。

ノイマン境界条件は変数に勾配を与えたものだそうです。勾配というと難しく聞こえますが、変化率と同じ意味で使われています。

では、『 ヴァイオリンの響胴においての境界条件はどうでしょうか?』これが、私の現在の研究課題ですので 後日 ご報告が出来ると思います。ともあれ、オールド・ヴァイオリンなどの響やレスポンスなどに関する特質は ある程度の説明は出来ます。

ヴァイオリンは 水面波以上に 振動がすばやく伝わる剛体で、しかも複数の部品で構成され 固有振動が複雑に絡み合っています。

そこで シュミレーションのために、まず偏心おもりが取り付けられたモーターを思い浮かべてください。偏心モーターは 回転する偏心おもりの強烈な遠心力によって 激しく震えます。これを 弦楽器の振動する弦の代わりに波源としてイメージします。

最近では 偏心モーターも 小型化され量産されていますので、これを利用した製品の入手は容易となっています。

因みに、私は このお話しをするために 下写真の玩具を一つ ¥1,280- ほどで購入しました。

ヘックスバグ ナノ( Hexbug nano )

言うまでもなく 弦楽器の仕組みはこの玩具より複雑ですが、”干渉” に関しての現象は類似しているので 体験しやすいのではないかと私は考えました。

この ヘックスバグ・ナノは 小型の偏心モーター( 1.7g )を用い、それに対となる部品( LR44ボタン電池  2.0g )を置いて シーソーのように揺れながら激しく振動する 設計になっています。

このお話しをする時に、私は 偏心おもりとモーターをお客さんの手のひらの上に置かせてもらっています。

そして この 0.6g しかない偏心おもりが 組み込まれた 7.6gの製品が生みだす振動を 想像していただくのです。

そのあとで ヘックスバグ・ナノを手のひらに置いてスイッチを入れ実際の振動を体験し、偏心おもりが『 それぞれの部品 ( 部分 ) 』を振動させ、閉じた系なので それらの波が加算され激しい振動となる現象をイメージしていただきます。

この 偏心おもりと全体の関係は、下のパフォーマンスで用いられている水鳥の羽とそれ以外の関係に似ているかもしれません。

Tobias Hutzler – BALANCE

フォトグラファーでありディレクターであるトビアス ( Tobias Hutzler )さんによって制作された このショートフィルムは、RIGOLOサーカスの共同設立者の一人であるマディール ( Mädir Eugster ) さんのパフォーマンスを記録したものです。

この動画では、支点を挟んで太い植物の枝と 軽やかな水鳥の羽が『 際どく 』つり合うように組み上げられたオブジェが 調和した状態で自立し、最後に羽が落ちるとともに崩壊するまでが 映像におさめられています。

Alexander Calder( 1898-1976 New York )
Martigues – standing mobiles 1966年

さて、先ほど私は オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器では 弦の振動が『 それぞれの部品 ( 部分 ) 』を振動させ、そして それらの波が加算される “干渉” が あの響につながっているとの考えについて触れましたが、この現象はそもそも 1つの波源から発し、2つの異なる経路を通って伝播した波に起こりやすいとされています。

少なくとも オールド・ヴァイオリンなどの振動の仕方と ヘックスバグ・ナノの振動には共通する要素がみられるのではないかと 私は思います。

ヘックスバグ・ナノは 両端部が重心を挟んで隣接するくらいに近い設計となっています。その為に上のシーソーのように両端部は支点をはさんで殆ど “アソビ” が無く揺れているようです。

 

同じように両端が揺れるとしても 音叉のように “アソビ” を設けバネ的な揺れかたとなるように工夫してあれば 揺れたときの持続時間は 皆さんがご存じの通りです。

そして、天秤棒の場合はもうすこし揺れが多くなります。

これは 葛飾北斎の 『北斎漫画』内の部分抜粋で、女性達が井戸から水を汲み 天秤棒で水桶を担いで運んでいる版画です。

このように 両端の水桶の揺れを調和させる天秤棒の “アソビ” は、実際に経験がなくても イメージし易いのではないでしょうか。

それから最期に、すこし極端なゆれかたですが ボディーブレードを事例の一つとして挙げておきたいと思います。

BodyBlade( 2分53秒辺りから ボディーブレードが揺れる様子が出てきます。)

このように中央部を節として “対” となった両端にゆれが生じるように工夫すると ゆれが持続する時間を長く出来ます。

さて、ここでオールド・ヴァイオリンを眺めてみてください。

私は ヴァイオリンなどの弦楽器は その発明時から ( A )ヘッドと ( B )響胴 は”対”でゆれるように設計されていたと考えています。

さらに、これに ネックと指板を加えた関係性を検討した 私の結論が『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』という言葉になりました。

私は “オールド・ヴァイオリンの 響”に直結する要素を ヘッド、ネック、指板、響胴と分割した場合、おおよそ‥ ヘッド 30%、ネック 25%、指板 15%、響胴 30% と考えるのが妥当ではないかと思っています。

ネックと指板部は その構造から一つとみなせますので 合計して 40%と考えると、上図のように “腹”であるヘッドと響胴からなる両端部より “節”であるネックと指板部が ヴァイオリンの揺れにあたえている影響のほうが大きいという解釈が出来ます。

3. 【 ネック部の役割が大きい事を 実際に証明してみましょう 】

まず、設問をさせてください。
『 ① ここに 一台のヴァイオリンがあります。その”響”を改善するために 弦楽器工房で駒を製作してもらいました。そのあとで試奏した状況を想像し、元の駒での鳴り方を100%として 改善した結果を‥たとえば 115%とか 120% などとあり得そうな相対的値であらわして下さい。

② 次に、 駒を魂柱に置き換えて同じ想定をします。魂柱を新しく製作した結果‥ どれくらいその響を改善できるでしょうか? これも、相対的な値で答えてください。 』

さて、この設問をしたのは ここで所要時間 3分程のネック部の手入れを皆さんに提案するためです。これは オールド・ヴァイオリンだけではなく、普及品のヴァイオリンでも ビオラや チェロでも効果が確認できます。

おそらくこの実証実験で塗布する前後を相対的に評価すると、皆さんが先程の設問で考えた数字より、この実験の結果のほうが評価は高くなると思います。

なお、この実証実験には 恐縮ですが ワニス用のコパイババルサムが 5ml ほど必要となります。私の場合は 下写真のピュア・コパイバを使用していますが 、どうしても入手できない場合は 効果に多少の違いはありますが 亜麻仁油( リンシードオイル Linseed oil )で代用してください。

私はこの コパイババルサム ( CopaibaBalsam ) を 株式会社タッノヤ商会から購入しました。

コパイババルサムは、コパイフェラ ( マメ科 ) から採れる高粘度樹液で、古くから陶磁器の絵付けや油彩メディウムの添加物、そしてヴァイオリンのニスや 木工ニスなどとして利用されてきました。近代では合成樹脂が登場するまで光学レンズやプレパラートの接着剤としても使用されたのが知られています。

油彩に必須の揮発性溶剤であるターペンタイン ( テレピン ) は、このバルサムを蒸留して製造され、蒸留後に残った固形物は松脂 ( ロジン )となり、ヴァイオリン弓の馬毛に塗ったり 野球のロジンバッグのようにすべり止めとして利用されています。

なお、多少ややこしいですが アロマ市場では逆に バルサムから蒸留で得られた精油 ( 揮発性油 ) の方に『 ○○バルサム 』と名付けられて流通しています。これは高粘度の樹液であるコパイババルサムとは違うものです。


この 実証実験のために準備するのは、写真のようにヴァイオリンなどの弦楽器と ティッシュペーパー数枚と ふき取り用の布、 筆ないしは綿棒 そしてコパイババルサムです。


さて、この実証実験の作業は簡単です。
私のイメージでは、コパイババルサムで ネック部を 1~2分トリートメント ( treatment )してあげて、その後に べたつかない程度に拭きとって仕上げるだけです。
コパイババルサムは 上図の赤色部分に、筆や綿棒でこんな感じに塗ります。

ふき取りもこんな感じで、必要な作業時間は 塗るのに約2分で拭くのに1分程で十分だと思います。そして、試奏をしてください。トリートメント前と比べて “響”が改善されたことが すぐに判断できるでしょうから、その結果を大いに楽しんでください。

私は、この実証実験によって『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』という表現を、皆さんに完全に同意していただけるものと信じています。


それから念のために申し上げておきます。この検証実験の効果は短期間で完全に無くなることはありませんが、おおよそ一週間ほど経過すると多少効果が薄れたことが確認できると思います。

先程、私はこの実験のためにコパイババルサムが入手できなかった場合には 亜麻仁油( リンシードオイル Linseed oil ) をお勧めしました。どちらも乾性油ですが、リンシードオイルは ボイルではなく生でも速乾性で、コパイババルサムは遅乾性という特徴があります。

乾性油とは 空気中で徐々に酸化して固まる油の呼びかたで、酸化値が高いほど速く乾きます。そして残念ですが このようにネック部に塗布して得られた材料工学で言う『 可塑剤 』的な効果は、この空気中の酸素との反応が進むと同時に失われていきます。

この実験はあくまで ヴァイオリンなどの ネックと指板部が “節”として機能している事を、その響の変化から証明するためのもので、弦楽器の “恒久的”メンテナンスとしてお勧めしたものではありませんので ご了承ください。

4. 【  ギタリストは それを知っていました  】

話はすこし変わりますが、私はギタリストの感覚をすばらしいと思っています。この投稿で『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』とした表現は 私が10年程前に考えたことですが、この仮説を考えていたその頃 私の工房にプロ・ギタリストの方が立ち寄って下さいました。

彼はエレキトリックギターが専門でしたが、私のヴァイオリン研究の話を聴いた後で『僕はあなたの言うことが分かります。』とサラッとおっしゃいました。私は『 ‥? 』でした。

彼はそれに続けて『僕はエレキトリックギターのギタリストなのでなおさらですが、エレキトリックギターは ネックが本体だと思っています。』と話してくださったのです。私は それに衝撃を受けました。


同じような話はその後もありました。
例えば、最近では昨年10月の “野口英世記念 ばんだい高原国際音楽祭”に ヴァイオリニストのアシスタントで行った私の娘が、クラシックギターの ギタリストである 松尾俊介さんに ヴァイオリンの “継ぎネック “の話をしましたら‥ 彼は『 えっ! ネックを取り換える?そんな事をしていいの? 』と、本当に驚かれていたそうです。

そして続けて『 クラシックギターだとネックは本体だから、自分にはネック交換は考えられない‥。』とのことだったので、『 それでは 川畠さんの 1770年製の G. B.  ガダニーニ作 ヴァイオリンで 継ぎネックを確認してみましょう。』ということで、それを確認して『本当だ‥。継ぎネックになっている!』と 納得されたそうです。


さて、こちらとあちらの差ですが オールド・ヴァイオリンやオールド・チェロの世界では継ぎネックは常識とされています。
例えば上写真は 1900年代初頭に継ぎネックのために切り落とされたストラディヴァリウスのものです。

このヴァイオリンは ストラディバリウス ”Soil” と呼ばれている 1714年製作のもので ユーディ・メニューイン ( 1916-1999 )さんが 1950年から1986年まで使用し、その後はイツアーク・パールマンさん ( 1945 –   )が使用したので有名です。

これは現在クレモナの博物館に展示してありますが、わずかな例外を除いてほとんどの名器のオリジナルネックは全部または一部が切り落とされ失われました。
そして、この時に指板も同じ運命をたどりました。


私は ギタリスト 松尾俊介さんの弦楽器に対する感覚は すばらしいと思います。ヴァイオリン工房で継ぎネックは日常的におこなわれていますが、彼が感じたように それは音響的なリスクをともなっているのです。

 

エレキトリックギターは1920年代にロサンゼルスでジョージ・ビーチャム( George Delmetia Beauchamp 1899-1941 ) が発明したとされています。


 

 

 

 

2018-6-17  Joseph Naomi Yokota