Tonometer  - A    L

弦楽器製作における 失われた技術について

■ はじめに

ルネサンス終わりの 1500年代の中頃ヴァイオリンという楽器は生まれました。そして、その後に改良が進むとともに普及しましたが‥  残念ながら 1800年代初頭には  ”オールド・ヴァイオリン”の製作者は激減することとなり、ついには絶えてしました。


” Bel Canto ” ( ベルカント / 美しい歌 )

https://www.youtube.com/watch?v=hjAHUkIfK24

その復活をめざす私は ストラディヴァリウスや ガルネリ・デル・ジェス の響きを賛美しますが、私の弦楽器研究においてはそれらを神秘的なものとすることで思考停止に陥らないように心がけながら研究を進めました。

その研究の結論を これから『 弦楽器製作における失われた技術について 』というテーマで随時投稿したいと思います。

私は 近代( 1918年以降 )となった頃から ”オールド・ヴァイオリン” を代表とする ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器が製作できなくなったのは それらが持つ『音の数』を十分に意識できなくなったことが最も大きな原因であると考えています。

Pipe organ during assembly Ube Catholic Church - 3A Pipe organ during assembly Ube Catholic Church - 1A

 パイプオルガンのパイプ数について

そこで『音の数』というイメージを理解するために  ”オールド・ヴァイオリン” 型である弦楽器が製作されたのと同時期に黄金期を迎えた パイプオルガンを思いおこしてください。
クララ聖堂 - A L
パイプオルガンという楽器は大きさがさまざまで、パイプの本数が比較的に少ないポジティフ・オルガン( 小型の据え置き型パイプオルガン )なども含めてそう呼ばれています。

上写真のパイプオルガンは パイプの総数が 224本で、オルガンの音色選択機構のボタン( ストップ )を4個備えています。因みに大きさは 高さが 110cm、幅が120cm、 奥行は90cm( ベンチを含めると150cm )です。

また大型のパイプオルガンでは 表側に輝いているプリンシパル系パイプの裏側に金属製や木製パイプが何列も並んでいて、パイプ数は合計で数千本という楽器も珍しくはありません。

日本では 1973年の NHKホール竣工時に大型パイプオルガンが設置されたことが口火となり、ホールを建設する際にパイプオルガンを設置するブームが起こり 1980年代から 90年代には年に 20~30台、年によっては 40台近い数のパイプオルガンが新設されましたので 沖縄から北海道まで ホールや教会、学校などで目にすることができると思います。

NHKホール パイプオルガン L
このNHKホールのパイプオルガンはドイツのシュッケ社のもので パイプ数が 7,640本、ストップ数が 92個、5段鍵盤だそうです。

そして 下写真の サントリーホール( 1986年竣工 )のパイプオルガンは パイプ数 5,898本、ストップ数 74個で 4段の手鍵盤と足鍵盤を備えています。
G11
この他の事例をもう少し列記いたします。

  • 1991年 東京芸術劇場             パイプ数約9,000本ストップ 126個1992年 愛知芸術文化センター パイプ数 6,883本  ストップ 93個 1993年 宮崎県立芸術劇場   パイプ数 4,035本 ストップ  66個1995年 京都コンサートホール パイプ数 7,155本 ストップ  90個 1997年 すみだトリフォニー       パイプ数 4,735本 ストップ  66個1997年 東京オペラシティ            パイプ数 3,826本 ストップ  54個 1998年 新潟市民芸術文化会館  パイプ数 4,843本 ストップ  69個

この10台のパイプ総数の平均は約5,400本となります。

ところで『音の数』をイメージしていただくためにまず パイプの総数などをあげましたが、念のために申し上げれば パイプオルガンは通常の場合 それらを同時には使用しません。

パイプオルガンは まずストップによって特定のパイプ列を発音可能な状態にし、次に鍵盤を押して 特定のパイプに空気を送り込み、そして音を出すという仕掛けになっています。
演奏者はこの 2段階の操作をするなかで 使用するストップを適度な数だけ選んでいます。

ですからパイプオルガンはパイプが何千本あっても ストップがすべてオフであれば 鍵盤を押しても音は出ないようになっているのです。
サントリーホール パイプオルガン - 3 L
またパイプオルガンには 箱蔵のようなスウェル・ボックスの中に一定数のパイプ群を納め、その箱前面のスリット部のシャッターを開閉して「音量を調節する機構」が取り入られたものがあります。例えば‥  サントリーホールのパイプオルガンでは演奏台の左右の赤い部分がスウェル・ボックスのシャッター部分です。

このように パイプオルガンの場合 パイプ総数が直接的に演奏時の『音の数』にはなりませんが、音響的な条件を達成するために それぞれのパイプの役割が意識され‥  ていねいに製作され、 それが この総数につながったという事実は  ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器の響きをイメージするときにも役立つと‥  私は考えています。

私は、パイプオルガンという楽器は  ルネサンス期の教会音楽において複数の旋律を それぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和させて重ね合わせる技法に対応し、その後に 和音と和音を連結して音楽を創る『和声』の発想が普及していったためそれらの音楽的要求にも応えたことでバロック期の完成形となり ‥それと 同時期に完成された ”オールド・ヴァイオリン”型の弦楽器にもその発想が影響したと思っています。

■ ピアノの弦数について

■『 オールド・ヴァイオリン 』型の弦楽器と科学史

■  ”オールド・ヴァイオリン” などの ”秘密”について

私は この投稿の冒頭で ”オールド・ヴァイオリン” を代表とする ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器が製作できなくなったのは それらが持つ『音の数』を十分に意識できなくなったことが原因‥  と述べました。

このため 私はそれを証明するために 弦楽器の響きを 数値などのデータをもとに言語化して定義する手法なども含めて検討してみました。しかし、残念ながらそのどれもが 私には不適当と感じられたのです。

Umgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg L
そのとき一枚の写真が 私の目に留まりました。 それは、私にとって頭の痛い問題が一つ解けた瞬間でした。

現代において‥この画像の チェロやヴァイオリンの響きをイメージできる人はどれくらいいらっしゃるでしょうか?
残念ながら この画像から響を予想できる人はとても少ないのではないかと 私は考えています。

そして、私は この状況が 弦楽器にまつわる ”秘密話”を生みだす土壌となったと思っています。

この写真は 1909年頃にユトランド半島の 小さな町 ブレデブロ( Bredebro of Southern Denmark )で撮影されたようです。ここは 1866年にドイツに併合されたドイツ北端の都市フレンスブルク( Flensburg )から北西に30㎞ほど離れた場所です。

Umgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg - A L
左側の女性が構えるチェロのF字孔部に ひも状( 中古プレーンガットかもしれません。)のものが張ってあるのがわかります。

Umgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg - B L
それは駒が立っている表板部をくぐって魂柱を回り込んでいると判断できます。   Umgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg - E Lそして下写真のように、右側ヴァイオリン奏者の男性のヴァイオリンにも 同じようにひも状のものが張ってあります。

念のために申し上げれば『 楽器商の作った”伝説” に このひも状のものを魂柱が倒れた時や、位置をアジャストするために魂柱に結んである。』としたものがあります。これは皆さんも あとで実験すれば すぐに分かるはずですが‥  この説明は間違っていると思います。 Umgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg - D L さて本題です。
私はまず ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器が持つ響きの特質を証明しようと思います。

そこで私は、そのはじめとして響胴の共鳴現象を 実験者に聴き取っていただく『 かけ糸実験 』を提案します。 ”オールド・ヴァイオリン”などの 弦楽器の響きは F字孔へりの振動音と表板の4分割振動などにともなう響胴内の共鳴音のふたつがF字孔から空気の疎密波としてひろがることで生じています。

私はこの『 かけ糸実験 』で  F字孔へりの振動音と 響胴内の共鳴音のふたつが聴き取れることにより 皆さんにその意味を理解していただけると信じます。

Violin Made in West Germany - Antonius Stradivarius 1713 - 1950年代 - 2 L
私はこの実験写真のために バイオリン2台とチェロ1台を使用しました。最初のバイオリンは 1950年代末にドイツで製作したとされているもので 状態が良ければ 市場価格は 3万円~6万円位のありふれた楽器です。 もうひとつのバイオリンも よくある新品廉価品で Otolier という名前で製造・販売されているものです。

Violin Made in West Germany - Antonius Stradivarius 1713 - 1950年代 - 1 L Violin Made in West Germany - Antonius Stradivarius 1713 - 1950年代 - 6 L
また、私が使用した糸は特別に準備したものではなく、ふだん弓の毛替えで使用している麻100%の太糸でたまたま身近にあったものです。

この実験では『 とりあえず糸はゆるく 』を意識しながら、片側のF字孔から内部に垂らした糸を 魂柱のエンドピン側を回り込ませながら反対側F字孔から編み棒などを使いひき出して 響胴を一周するようにまわし 裏板側ですぐほどけるように軽く結んでください。

『初心者用』と銘打ったバイオリンは 響胴部が 振動しにくい ただの丈夫な木箱になっています。ですから これらは”かけ糸”が無い そのままの状態で鳴らすと本来は表板が共鳴音を生じさせることで消費する分のエネルギーまでもが すべてF字孔に流れ込んでしまってF字孔が過剰反応を起こし耳障りな音を出します。

このようにF字孔だけがノイジーに叫ぶ状態の楽器が、”かけ糸”をした状態で鳴らすと共鳴音とF字孔の”ふたつの響き”として音色が確認できますので 感動的で楽しいのではないかと‥ 私は思います。

Otolier violin - A L Otolier violin - K L それでは、皆さんの お手元に ヴァイオリンなどがあるようでしたら‥ こんな感じで 実験してみてください。

Otolier violin - H L
実験手順は ① はじめにそのままの響きを確認する。② かけ糸有りの状態で鳴らし、A~D部の振動とそれに関係する響きと、F字孔 1~4部の音に耳をすませる。③ かけ糸を外してA~D部とF字孔 1~4部の音を再度確認する。④ もう一度 ①~③をくり返す。以上です。

Otolier violin - K L
この実験はバランスが適切に保たれている 特別な ”オールド・ヴァイオリン” たとえば 1700年に製作されたストラディヴァリウス ”ドラゴネッティ( Dragonetti )” のように演奏者には下のイメージのように聴こえる弦楽器では意味がありませんが、バランスが調和していない ”オールド・ヴァイオリン” も含む それ以外のほとんどのヴァイオリン族で 共鳴音の増減が体験できるはず‥ と私は考えています。

Otolier violin - M L
それから 下写真は チェロの実験例です。
このチェロは 2012年製のようですが 最近チェロを始めた方が 東京都内の店舗で新品として購入されました。ラベルにあるように GLIGA という商品名のゲムス( Gems )シリーズで、実売価格が20万円台前半くらいの『商品』でした。

なぜ そう呼ぶかというと‥ 悲しいことに チェロを習い始めようとこれを購入した方が自宅に持ち帰り鳴らしてみたところ 結構なビリツキ音がしたそうです。このためこの楽器は 私の工房に修理依頼で持ち込まれました。

GLIGA Cello 2012年 gems Ⅰ- A L
このチェロは 楽器として鳴らして音の確認をするあたりまえの仕上げが実施されていませんでした。なぜなら ビリツキ音の原因は 左側F字孔の上部が 塗装をしたときにくっ着き、そのままで弦を張られた状態で展示され続けたことによるものだったからです。

私は このチェロの整備を ¥50,000- ( 税込 ) の『基礎整備』として担当しました。 そして お客さんにお渡しするときに この『 かけ糸実験 』を ご本人の目の前で実演して その響を確認していただきました。
GLIGA Cello 2012年 gems Ⅰ- C L
下に写真をならべましたように、実験用糸は バイオリンの場合と同じく麻100%の太糸を使っています。
GLIGA Cello 2012年 gems Ⅰ- N L

この実験では 「 糸を取りあえずゆるくかけてください。」と指示しましたが、私が糸の張力を変えながら試したところ 軽く絞めこむ方が共鳴音がふえる楽器がいくつもありました。

つまり「 取りあえずゆるく‥」は 楽器が傷まないように‥ という話ではなく、『 楽器によっては 糸で強い圧力が加わると振動しにくくなる( 幾何剛性 )現象が起こり まれに響きが聴き取りにくくなることがありますので それを避けましょう。』という提案です。

そもそも 私は、この『 かけ糸実験 』で 表板F字孔部が傷むような絞め方は想定していません。張力のかけ過ぎは 絶対さけてください。これらの実験は皆さんの自己責任において実行するわけですから 適切な状況判断をお願いいたします。

因みに このチェロの所有者の方は『 かけ糸実験 』による響きの差を聴いてすぐに「 私は100年前の人達のように 糸をかけたままで使おうと思います。 」と言われて、この状態で持ち帰られました。

GLIGA Cello 2012年 gems Ⅰ- M L
Antonio Stradivari  Violin 1703年 - 1 L

冒頭でのべましたように、私は 近代( 1918年以降 )となった頃から ”オールド・ヴァイオリン” を代表とする ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器が製作できなくなったのは それらが持つ『音の数』を十分に意識できなくなったことが最も大きな原因と考えています。

そこで 私はその研究報告のはじめとして ヴァイオリンや チェロを用いた実験により『 二つの響きの合成音 』が弦楽器の響きにつながることを 皆さんに実体験していただくことを選びました。

私は これにより  ”オールド・ヴァイオリン” 型の弦楽器が持つ響きの特質のひとつは『  F字孔へり部と響胴部の表板共鳴音が音色を構成している。』ということを皆さんにご理解していただけると信じます。

なお、この続きはこれから随時 投稿していこうと思いますのでよろしくお願いいたします。

2016-7-20  Josef Naomi Yokota