弦楽器の共鳴音( レゾナンス )が増す基礎条件とは

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●  モダン弓の製作方法が “簡略化”された時期と、その後について

1.   表板の共鳴振動について

弦楽器の特質を考えるときには、まずは 弦が “緩む” ことで波のような “運動”をし、それが進行波、反射波となり振動するということが 基礎条件として思い浮かびます。

私は、それと同様に 響胴を構成する 表板の共鳴部 ( 変換点 )が “緩む”ことで 響きが生じている。という事も大切だと考えています。

そこで この投稿では、ヴァイオリンや チェロの共鳴音( レゾナンス )が 増減する条件について考えてみたいと思います。

では、先ず 振動を目視できるチェロの表板で、共鳴部のひとつ( +位置  )が “緩む”様子を確認してください。

参考とするのは 下のリンク動画で『 0:24 』の位置から『 1:24 』までの1分間の部分です。

www.facebook.com/CellistAmitPeled/videos/498893131566443

私は 表板のこのような振動現象が、共鳴音を生み出していると考えています。

また、このような表板の”緩み”は、ヘッド部やネック部、響胴などそれぞれの部材がねじりを生じながら揺れることで誘導されていると理解してます。

2.  弦楽器の “ねじり”設定

●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

Mandora   ca. 1420
Medium:Boxwood, rosewood, ebony  /  Accession Number:64.101.1409  /  Location:On view at The Met Fifth Avenue in Gallery 684

これは メトロポリタン美術館に収蔵されている 1420年頃に製作された”Mandora” です。

一見すると、自由奔放な形状として作られたように見えます。

しかし、そうではなく‥  15年ほど前に 私は この”Mandora” の画像を検証していて、響胴部の”非対称”とされている”角部”などが、ディバイダー( コンパス )を用いて定めた“対称”基点から コーディネートされていることを見出し、本当にショックを受けました。

“Mandora” 1420年頃  L 360 W 96 D 80 ( 83 )  /   Weight 255 g  /  The Metropolitan Museum of Art

ヴァイオリンなどを、”対称形状”で製作されたと 多くの人が思い込んでいる状況ですので、ルネサンス期に製作された この”非対称形状”の弦楽器が『 正確な座標マークから コーディネートされた可能性がある。』という事実が暗示していることは大きいと思います。

つまり、指板、響板以外が “一木造り( いちぼくづくり )”の この”Mandora”は、 彼らが”ねじり”を意識して弦楽器を製作していたことを証している可能性があるからです。

“Mandora” 1420年頃  L 360 W 96 D 80 ( 83 )  /   Weight 255 g  /  The Metropolitan Museum of Art

なお、この設計思想は この”Mandora” が製作されてから 240年以上後のクレモナでも受け継がれていました。

例えば ガルネリ工房で 1600年代後半に製作され、後に”ロシアン・コレクション”となった “Pochette”は、”Mandora” と同様に 指板、表板、小部品 以外が “一木造り( いちぼくづくり )”となっていますので 製作時の構想が確認できます。

“Mandora” 1420年頃  &  “Pochette” 17th century  ( Guarneri school )

そこで、詳細データから 全長 360mmと 全長 384mmの両者を 同じ長さとして”比較図”に置くと、全長に対して ヘッドと ネック、そして胴長の関係が 同じであることが判ります。

弦楽器におけるこれらの条件設定が、ディバイダー( コンパス )などを用いながら 深い思慮をもって選ばれていたのは、言うまでもありません。

POCHETTE ( Guarneri school )   17th century
“Exhibition 1988 – Russian Collection 2004”  No.131
Body length 205.0mm
Upper 84.0mm
Waist 72.0mm
Lower 93.5mm
Head 85.0mm
Neck 94.0mm
Mensuration 90.0mm

POCHETTE ( Guarneri school )  17th century
“Exhibition 1988 – Russian Collection 2004”  No.131

このように 一見した印象も製作された時期も違うのに、両者を比較すると 類似した条件設定がたくさん見つかります。

その中でも特に 回転軸をリレーションさせる”ねじり”設定に、私は 製作者達の強烈な意思を感じます。

私が検証した結論として言えば、少なくとも 19世紀初頭までは、弦楽器のヘッド部や ネック部には”ねじり”を誘導する工夫が積極的になされていたようです。

それは 一台の弦楽器の場合でも、設計段階から 対称基点を少しだけ移動した非対称バランスや、素材特性を考慮しながら動的平衡状態を目指して”パティーナ( Patina ) 加工”まで駆使されているので、驚くほど多くの痕跡として見ることが出来ます。

例えば、私が  “三日月型切除( クレセント・カット )”と表現している、スクロールを人間の頭部に例えれば左後頭部をすり減ったように削る加工痕跡も そうだと思います。

これは オールド・ヴァイオリンなどで容易く見つけられますが、私は これを 製作時の最終段階で試奏しながらなされたと考えています。

Antonio Stradivari( ca.1644-1737 )  Violin,  “Lipinski” / “Tartini ( 1692-1770 )”  Cremona, 1715年

“Guarneri del Gesù” ( 1698-1744 )  Violin, “Baltic”  Cremona 1731年頃

“Guarneri del Gesù” ( 1698-1744 )  Violin, “Baltic”  Cremona 1731年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1658年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1658年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1658年頃

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin, “ex Hämmerle” 1709年

その判断ですが、例えば ストラディバリウス “ex Hammerle” 1709年 ”の スクロールは 渦部( Volute ) 一段目のエッジ( First turn / Chamfer )が “激しく摩耗”しています。ところが  2と番号をふった 二、三段目のエッジ( Second turn / Final turn / Comma / Eye )は 最初の面取りそのままです。

この不自然さが “クレセント・カット”を人為的な加工であると推測する状況証拠です。

なお、赤色部にあった”レセント・カット”は、近代以降の修復者によって埋められています。ですから、製作時は もっと削ってあったと考えられます。

もし・・  チューニングでスクロールに触れたことが “激しい摩耗”の原因だとしたら、 一段目のエッジ以外が無傷である この景色はあり得ません。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  Cremona 1714年

Antonio & Girolamo Amati  Violin, “The King Henry IV” Cremona  1595年頃

因みに 名器の中に僅かな数だけ見ることが出来ますが、スクロール部全体に”摩耗したかのような加工”をすると、このような景色となります。

よく見ると分かるように、このヴァイオリンも “クレセント・カット”が 少し埋められていますが、それ以外は ほぼ製作時の状態が残されているようです。

Antonio & Girolamo Amati  Violin, “The King Henry IV” Cremona  1595年頃

現在でも、二段目のエッジ( Chamfer of Second turn )に設定された”段差”が 健在なのが すばらしいと 私は思います。

下のチェロ・ヘッドのように同じ位置が三角形に埋めてあると、後の人には そこに何があったか・・ 分からなくなってしまいますので。

さて、その点よりも さらに重要なことですが・・ ヴァイオリン属の中でも、ヴァイオリン、ビオラは 演奏者がスクロールに触れることがある訳ですが、チェロのスクロールには人が触れることは殆どありません。

ところが、この 1742年製 “Montagnana cello” のようにオールド・チェロの中には 前出のストラディバリウスのヴァイオリン・スクロールと同じように、二、三段目はそのままで”一段目を激しく摩耗させた” ものが存在します。

さすがに、このレベルの加工が成されたものは 非常に少ないのですが、視覚的に”非調和”となる設定としてでも、音響的に”最上の結果”が追求されていることが、本当にすばらしいと思います。

これが、”パティーナ( Patina ) 加工”という”響き”を目的とした加工技術で、オールド弦楽器には このような工夫がたくさん施されています。

●  摩耗したように加工する “パティーナ加工” について

しかし 時が経ち、この加工技術は忘れられ、それを摩耗と思い込んだ人の手で 修復されたものが出現する時代となりました。

恐らく最も有名なヴァイオリンは、クレモナ市に展示されている 1715年製とされる ストラディヴァリウスの “Cremonese” でしょう。

このヴァイオリンを過去に遡って検証すると、1972年にニューヨークで出版された “Violin Iconography of Antonio Stradivari” の 453ページに 現状のように “クレセント・カット”が埋められた写真が掲載されていますので、それ以前になされた仕事のようです。

それから、弦楽器の”ねじり設定”を考えるときに 必ず頭に浮かべる  “The Smithsonian collection”の チェロがあります。

ブロック側からネックに打ち込まれた西洋クギのおかげで、 ヘッド部とネック、響胴の関係が 製作時のオリジナル状態で保たれている重要な楽器です。

ご覧のように、ヘッドのみならず ネック部も含めた全体で”ねじり”を生じさせようとする意図が満ちていると思います。

“The Smithsonian collection” with the label of JB Tononi of 1740.

“The Smithsonian collection” with the label of JB Tononi of 1740.

3.  渦部( Volute )とペグボックス部の”境界線”

さて、話は変わりますが、オールド弦楽器を観察すると 渦部( Volute )とペグボックス部の接続位置に“境界線”があり、ボリュート部( Volute )は この境界線を”基礎部”として立ち上がっているとの見立てが成り立ちます。

このときに、ボリュート部の上段( Second turnまたは Final turn )は、一段目( First turn )の”基礎部”真上に 外接円のように置かれています。

ここで、その境界線に関することを “基準線”という表現で まとめてみました。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ),   violin   1555年頃

アンドレア・アマティが製作したヴァイオリンで、この”基準線”の位置を見てみると、焼いた冶具でつけられた線状と点状のキズが目にとまります。

また、基礎部の参照点 としたところには河岸段丘のように段差が彫ってあり、そこにキズ状の加工が施されています。

この二つの要素を 他のヴァイオリンと突き合わせてみました。

これは、ヘッド端であるナット位置を揃え、”基準線”を赤線で入れたものです。等倍図ですので 左端の線は “Guarneri del Gesù” Violin,”Carrodus”1743年の トップ位置で、黄色線は 1555年頃のAndrea Amati  Violinの スクロール端位置です。

詳細に観察すると、キズ状の加工などが 似通っていることが分ると思います。


なお、”基準線”や “参照点”にある このようなキズ状の加工も、私は 最終的な調整として施されたものである可能性が高いと考えています。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) ,   violin  “Joachim / Elman”

また、キズ状の加工がされた弦楽器のうちで、1722年のストラディバリウスのように ペグボックスの内側まで回り込んでいるものは 留意する必要があると思います。

当然ですが、この位置では 何かにぶつけて付いた傷跡である可能性がほとんど無いため、これらが人為的につけられた可能性を示しているからです。


Antonio Stradivari,   violin  “Joachim / Elman”  1722年

ただし、これも状況証拠としては 良いのですが、私が これらの”キズ”を意図的と判断した根拠は別にあります。

10年程前のことですが、私は それを、1780年頃製作されたこのヴァイオリンヘッドで確認しました。

このヴァイオリンのボリュート基礎部は、前出のクレモナ派のものと類似していました。

先ず “参照点”のキズですが、このヴァイオリンでは 打撃痕や引っ掻きキズ状ではなく この様に立体的に彫り込んであります。

それでは、基準線についてはどうでしょうか?

私は これを確認するために、 月面のクレーターの凹凸が見えるような条件、 つまり水平方向から光をヴァイオリンのヘッドに当てた写真を撮影しました。


“オールド・バイオリン”などのヘッドを 光線角度を意識して撮影すると このように起伏に富んだ彫り込みを見ることが出来ます。

さて、基準線の位置を拡大してみましょう。

先ほど 私が、基礎部には河岸段丘のように段差が彫ってあり、それが機能しやすいようにキズ状の加工が施されていると表現した様子を知ることが出来ます。

有り難いことに ピンで入れられた加工まで確認でき、人為的であることに疑いの余地がない証拠写真が撮影できました。
Nicolò Amati ( 1596–1684 ) ,  Violin  Cremona  1648年頃

このように検証すれば、スクロール基礎部の彫り込みは、穏やかな起伏に彫られているものなど いくつかのバリエーションがあることも分り、興味深く観察することができると思います。

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )、  Violin  Cremona  1658年頃

そして、このようなボリュート( Volute )”基礎部”の加工は、当然ですが チェロ・ヘッドでも確認できます。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )  Cello, Milan 1770年頃

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )  Cello, Milan 1770年頃

それから もうひとつ申し添えておきますが、スクロール左右の不連続形状は”対称”ではありません。

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ),   Violin  Napoli  1737年
Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) ,  Violin  Napoli  1737年

また、ヘッド長に関しては、冒頭で “Guarneri del Gesù” Violin,”Carrodus”1743年と、1555年頃のAndrea Amati  Violinの スクロール端位置の差を2本の接線で表しましたが、この条件も 音響的に重要だと思います。

ボリュート基礎部の基準線や参照点は “Guarneri del Gesù”  や、18世紀に栄えたナポリ派のように、スクロールの全長が数ミリほど長かったり 喉が深く切り込まれていても、その位置は 同じ比率とされている場合が多いようです。

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ),   Violin  Napoli  1737年
ヘッド長さ 108.8mm 、スクロール幅  35.1 mm、アイ部幅 40.8mm

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ),   Violin  Napoli  1737年

J. & A. Gagliano ( J. 1726-1793 & A. 1728-1805 ),  Violin  Napoli  1754年
ヘッド長さ 109.4mm 、スクロール幅  34.6 mm、アイ部幅 35.8mm

4.  スクロールの揺れ方を 調べる方法

この動画は、『すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。』が視覚的に感じられるので、私の お気に入りです。

さて、ヴァイオリン属も、ヘッド部と響胴部は 弦とネック部を介して 同様にエネルギーのやり取りをやっていると、私は 考えています。

その仮説の入り口は、オールド弦楽器のヘッドに残った振動痕跡にありました。

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

私は、2003年から、弦楽器に塗られた厚く柔らかいニスや、極端に硬いニスなどに入った”ニスひび”などの検証を始めました。

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

それは、ヘッド部と響胴を目視で確認しながら 写真に赤線をいれていく地味な作業でした。

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

ところが 枚数を重ねるうちに、ヘッド部に入る”ニスひび”には、年輪などの木理と “対”となる部位の関係製、中心軸の位置取り、そして表面形状などが 反映したパターンがあることが分りました。

 

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

そして、それらは オールド弦楽器の非対称性や複雑な表面形状とも合致していることを確認するに至りました。


● ハンマーで打撃音を楽しんだら ボリュート( Volute )が折れた!

若気の至りでスクロールを破損させた動画から拾ったもので、”木理”が アウトラインより重要であることが分ります。このヴァイオリン・ヘッドが割れた位置は、水平方向の 重要な軸線となっています。

結果として、その後のスローモーション・カメラの普及により 動画として それを見られるようになりましたので、私の仮説が正しいことを重ねて知ることとなりました。

私は、オールド弦楽器の ヘッド部と 響胴部が振動しているとき、そのエネルギー量は 全く等しいと思っています。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )  Cello, Milan 1770年頃

お陰さまで それ以降は、例えば ヴァイオリン・スクロールを削る時には、 オールド・ヴァイオリン達から 私が採取したモデルの1つである「 非対称スクロール渦部 “N型”パターン」を 迷うことなく用いています。

スクロール渦部 ( side ) “N型”

ところで、”対”を成している・・ということを応用すると、ヴァイオリンやチェロの響胴はそのままでも、 振動特性に優れた ヘッド部に替えれば より豊かな響きにできる。という整備が成り立つことになります。

着手まで紆余曲折はありましたが、私は、この究極の裏技が成り立つことを “望外の依頼”によって、結果として 実証させていただきました。

2014年2月に、私は 顧客のバイオリニストから、1922年頃に製作されたヴァイオリンのバスバー交換整備を依頼され、喜んでいただきました。

ところが、この方は”直感力”が優れていて、その直後から『私は、響胴やネックなどには あなたのお陰で満足しています。ただ、私のヴァイオリンに取り付けられたヘッドは 響胴のキャラクターと合っていないと感じます。』と言い出されました。

2021-4-24   Alcide Gavatelli ( 1874-1950 ) Violin, Riobamba 1922年頃

それは、ヘッドやネックも 1922年頃のオリジナルである このヴァイオリンを演奏していて 浮かんだイメージだそうで、この頃から 私の工房に立ち寄る度に、この響胴に”調和するヘッド”を作る仕事を相談されるようになりました。

2021-4-26 17:29   “New head, neck and fingerboard” made by JIYUGAOKA VIOLIN.

この提案は どの工房でも、当然 お断りしますよね。私も そうしました。

それでも、4年間程に渡り、度々 お願いされて、2018年頃に、『今は、時間的に受けられないのですが、どこかで予定が入れられる状況になったら、そこそこ費用が必要なのを承知の上で 強く希望されるのであれば・・ご相談できるかもしれません。』と応えてしまいました。

それからの3年間も、度々 催促され続け 遂にですが 2021年4月に今月後半までに 取り替えるヘッド、ネック部を製作する約束を交わしました。

2021-4-27 17:09

そして、不幸なことに適合しなかった場合も考慮して オリジナルのヘッド、ネック部はそのまま保存し、”接ぎネック”ではなく 写真のようにネック、指板も一括で製作して この整備を仕上げました。

ヘッド部で変更した条件は沢山あるのですが 1つだけ言うと、元のヘッドは ボリュート基礎部の幅広過ぎる設定が “ねじり”を呼び込めない状況を招いていたので改善しました。

先ほど、“境界線”あるいは”基準線”としてご説明した、渦部( Volute )と ペグボックス部の接続位置の条件が、響胴の設定条件と対応するように スッキリさせた訳です。

因みに、私は これにも”非対称スクロール渦部 “N型”パターン”で彫ったスクロールを適用しました。

2021-4-30 10:11   Alcide Gavatelli ( 1874-1950 ) Violin, Riobamba 1922年頃    “New head, neck and fingerboard” made by JIYUGAOKA VIOLIN

この仕事は、自作ヴァイオリンを作るよりも難易度が高く 多少スリリングでした。

しかし、響胴側はそのままで、ヘッド部の振動条件を向上させれば 共鳴現象が豊かになり、ヴァイオリンの響きは格段に良くなる。という仮説の実証事例となり、とても良い学びがありました。

5.  スクロール背面の 不連続面設定について


道路の合成勾配

それから、不連続面設定によってヘッド部で “ねじり”が誘導されているという事についても お話しておきたいと思います。

例えば “オールド弦楽器”で、ヘッド部の背中側を 頂点側からエンドピン方向に見ると、カーブが連続する道路の合成勾配のように 基準線の手前が左傾斜で 基準線を越えると →右傾斜 → 左傾斜 → 右傾斜 と変化させて『ねじり』を誘導しているものが多いようです。

Matteo Goffriller (1659–1742) Cello, Venice  1710年頃

●  スクロール基礎部のキズについて

Nicola Gagliano ( 1675-1763 ) Violin, Napoli  1737年

それを、このヴァイオリン・ヘッドで撮影してみました。

まあ・・ 難しいですね。このように、ヴァイオリンは チェロと違って合成勾配が撮りにくいので、① 基準線の手前の左傾斜  ② 基準線を越えた位置の右傾斜  ③ 谷底までの 左傾斜  ④ 右傾斜の ダック・テイル部 ( Duck tail ) とそれぞれの部位を狙って撮影し、順にならべてみました。

①  逆方向からの写真ですが、基準線手前の左傾斜です。

②  基準線を越えた位置の 右傾斜は、こんな感じです。

③  そして、やはり逆方向で 谷底あたりの左傾斜のクローズアップです。

④  ダックテイル ( Duck tail )は どちら側から撮影しても、右傾斜が分るように撮るのは 難しいと思います。

一応の参考としてあげますが、ヘッド端部は 逆方向からはこのような様子で、頂点側からだと 下のように見えます。

Nicola Gagliano ( 1675-1763 ) Violin, Napoli  1737年

この不連続面加工で大切なポイントのひとつが、ペグボックス部の傾斜を変化させ『折れ線 ( 勾配面合成線 )』が 彫り込まれていることです。

Antonio & Girolamo Amati  Violin, “The King Henry IV” Cremona  1595年頃

Antonio & Girolamo Amati  Violin, “The King Henry IV” Cremona  1595年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1684年 

Andrea Guarneri  Violin head 1684年 – Cello head 1696年

当然ですが、ペグボックスの面取部の 焼き入れされたピン・マークなどは、水平方向の座標点でもありますので、上のヴァイオリンとチェロで示したように縦方向の比率を表してもいますが、同時に立体的な設定として”勾配面合成線”の目印も兼ねているのです。

Giovanni Battista Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

Matteo Goffriller (1659–1742)   Cello,  “Carlo Bergonzi”  Venice  1700年頃

“Gioffredo Cappa” Chiaffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello, “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo  1696年頃

また、このような 勾配面合成線 などによる不連続面設定を知っていると、”パティーナ( Patina ) 加工”が控えめとされている オールド弦楽器のスクロール設定も 読み解けるようになります。

Old Italian Cello, 1700年頃

Old Italian Cello, 1700年頃

Old Italian cello head, 1700年頃

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )Cello head, Milan 1770年頃

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violoncello “Barjansky”,  1690年頃

J. & A. Gagliano ( J. 1726-1793 & A. 1728-1805 ),  Violin  Napoli  1754年

J. & A. Gagliano ( J. 1726-1793 & A. 1728-1805 ),  Violin  Napoli  1754年

J. & A. Gagliano ( J. 1726-1793 & A. 1728-1805 ),  Violin  Napoli  1754年

JIYUGAOKA VIOLIN   Cello head, 2021年

6.  ヘッドとペグ位置の関係

 

私達の耳は、空気の粗密波である音を 鼓膜が受けて振動し、それに付着している3つの耳小骨( ツチ骨 – キヌタ骨 – アブミ骨 )が “てこ”の原理で、元の振動を 約3倍にして蝸牛に伝えることで聞き取っているそうです。

ですから、こんなに小さい耳小骨ですが 増幅器の働きをしていると言えます。

そして、ヴァイオリンや チェロのヘッド部にも 同じように増幅器としての役割があると捉える事ができます。

先ほど、ヘッド部では勾配面合成線を彫り込んだ不連続面加工が大切であるとのお話しをさせていただきました。それは土台としての条件で、それが最終的に機能するには ペグ位置が”ねじり”において効果的であることが必要なのです。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Cello, “Gore-Booth” 1710年 LOB 756-3415-229-437 / Arching hight  F. 24.0mm – B. 29.5mm /  B.Stop 407.0mm

そこで先ず、ペグ位置に関しての考え方を暗示する”印”を、ストラディヴァリのチェロ “Gore–Booth ”で見てみましょう。

この”印”を 若い頃の私は『2番線と4番線のペグホールの中心はライン上で、1番線と3番線は外接円として穴をあける。』とだけ解釈していました。

しかし 音響上の評価以前に、この位置に ペグを取り付けると、2番線がナットの溝からペグまでの間で3番線ペグや1番線ペグと接触する状態となることで混乱していました。

現代では、この状態を嫌い “ブッシング”と呼ばれる修理によって ペグホールを埋めた上で、穴の位置を移動することが一般的に実施されていたからです。

Giuseppe Gagliano 1726-1793  &  Antonio Gagliano 1728-1805   Violin, Napoli 1754年

因みに、これは1999年に・・私が 3番線ペグホールと1番線ペグホールを移動したヴァイオリンです。このヴァイオリンには 私の仕事より前にも 同様なブッシングが行われていました。

私が埋めた3番線ペグホールと1番線ペグホールは、上の仕上がり後写真の赤円部分で、その下には ブッシング作業のはじめにコピー機で直接横にした状態でコピーし、それに エンピツと赤ペンで “修正位置” を検討した資料を置きました。

それから 下に、別の”ペグ位置移動”の事例もあげてみました。

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Ferdinando Gagliano  ( 1706-1784 )  Violin, Napoli  1761年

これは、1980年に出版された 弦楽器写真集 V.E.Bochinsky “Alte Meistergeigen / BandⅤNeapel Schule”の123ページから引用したもので、Ferdinando Gagliano( 1706-1784 )の ヴァイオリン ヘッドです。

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左のブッシングが私の仕事で 右写真のブッシングは「 私以外のだれか・・」 な訳ですが、比較すると 会ったことがない兄弟達の類似した仕事ぶりが うかがえると思います。

私は 今でも、穴の直径を小さくするブッシング修理は 頻繁にやっていますがオールド弦楽器の “ペグ位置移動”は 1999年の この仕事を最後に完全に止めました。

残念ながら 私が実施した”ペグ位置移動”によって、このオールド・ヴァイオリンの ヘッド部は 振動が減少し、それまでの響が少し薄くなったからです。

もちろん家一軒ほどの価格で販売した名器ですから、美しい高音域の響は 作業前と変わることはありませんでしたが、”ペグ位置移動”前後で比較すると 低音域の一部の共鳴音が消えていることが識別できました。

このツラい経験により、ペグ位置によりヘッドのゆれ方の差が生まれていることに気づき 検証を進めることになりました。

その結果、ヴァイオリンや チェロのヘッド部は 4本のペグにそれぞれの役割があり、”増幅器”のようなものであるという仮説にたどり着きました。

そして そこに至る 最初の読み解きは、冒頭のチェロ “Gore–Booth ” 1710年の ペグボックス側面の”印”( 線分 A )は、対となる 線分 B を暗示していると考えたことでした。

ここから、ペグボックスは、線分 A のライン上にある2番線ペグと4番線ペグが”節”を担当し、線分 B 1番線ペグと3番線ペグが”腹”としてゆれるのが”ねじり”に寄与していると考えたのです。

因みに、推定ですが 1710年製 チェロの場合は ペグボックスの”ねじり”のためのペグ間組み合わせ角度( 線分 Kと 線分 Lの交差角度 ) 145.1°で、18世紀中期の それが強化されたこのヴァイオリンは 140.9°として製作されたようです。

その様に深い意図をもって製作されたヴァイオリン・ヘッドで、下図のよう”ねじり”角度 160.3°としてしまった私の判断は 適切ではありませんでした。

Gio Batta Morassi ( 1934-2018 ) Violin, Cremona  1994年
Each peg spacing from the nut position.  /  N 17.0 – 15.0 – 19.0 – 16.8

それから、上事例とは真逆に “ペグ位置移動”が上手くいった例も挙げておきたいと思います。

新作で購入された方が 28年程そのままで使用された このジョ・バッタ・モラッシー氏が製作したヴァイオリンは、ヘッドの”ねじり”角度 152.4°となっていました。

Gio Batta Morassi ( 1934-2018 ) Violin, Cremona  1994年
Each peg spacing from the nut position.  /  N 17.0 – 13.826.013.8 

数年前のことですが、私は このヴァイオリンにブッシング修理をして”ねじり”角度145.8°に変更しました。

この事例は、ペグ間組み合わせ角度の変更のみではありませんでしたので、レスポンスなどが改善された因果関係は 端的には立証されていませんが、ヘッドの振動はあきらかに良くなりました。

このヴァイオリンは、 所有者の方が新作の時から 合奏に使用されていたそうですが、その評価は 下のメール文面(抜粋) のようなもので、費用をいとわない徹底的な整備を依頼されました。

この楽器は
これまで一度も手を入れたことがありません。
音は大きくはあっても固さが目立つ楽器で、
音色や響きは一本調子で、手こずらされる印象です。

さすがに、当初は 私も 依頼を受けるか逡巡しました。

全体に丈夫過ぎたことで、表板が平らに変形し魂柱が食い込み レスポンスも鈍くて、弾き込んでも鳴るようにはならない 見本のような状態だったからです。

Gio Batta Morassi ( 1934-2018 ) Violin, Cremona  1994年

このように、『現代製作者』の作品で バスバー交換や、ネック角度、指板設定、ペグ位置などの変更、そして 駒、魂柱などを製作するという・・ とても希なケースでしたが、”ペグ位置移動”は 確実にレスポンスの改善に寄与してくれたと思っています。

Gio Batta Morassi ( 1934-2018 ) Violin, Cremona  1994年

ここで、ペグボックス部の”ねじり”に関する基礎原理をまとめたいと思います。

平行した線分 A線分 Bを目安に1番線 -3番線ペグ間を十分確保した上で ペグが取り付けられる時、その2本の線分の距離が離れるほどペグボックス部の”ねじり”が大きくなり、これによって弦のゆれが増幅されヘッド部が激しく振動します。

それは、ペグボックス部の本質的な仕組みが 線分 K線分 L 上にあるペグ・グループの応力が 一定角度で交わる設定にあり、”ねじり”はそれを反映するからです。

また、この設定とペグボックス部の勾配面合成線などは対応していると考えられます。

Andrea Amati( ca.1505–1577 ) Violin, “Charles IX” 1564年頃

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Cello, “Gore-Booth” 1710年

Giuseppe Gagliano( 1726-1793 )  &  Antonio Gagliano( 1728-1805 ) Violin, Napoli 1754年

ともあれ、ペグボックス部に配置されたペグのはたらきによって弦振動が増幅されて ヘッド部が激しくゆれ、”対” となってゆれる響胴の良質な響きを生みだすという仕組みは ほんとうにすばらしいと思います。

7.  ネック部尾根線と断面形状


JIYUGAOKA VIOLIN   Cello neck ( This is a guideline for ridge lines and valley lines. )  2021年

ところで、最近では”接ぎネック修理”が普及したため 19世紀中期以前のヴァイオリンやチェロで 製作時のネックを殆ど目にしなくなりました。

“The Smithsonian collection” with the label of JB Tononi of 1740.

そのために、このような非対称ヘッドと 非対称である響胴を繫ぐネック部の条件設定を気がつかない人が増えてしまったと思います。

“Coptic lute” ca.500 AD.  Similar in shape to the long lutes of Egypt and Mesopotamia.

ネックなどの軸組に関しては、例えば 1500年程前に製作された コプトの人々が用いた”Coptic lute”は、一見すると 木の枝を響胴部と組み合わせたように思われますが、実際は 枝状部も響胴とおなじ木の塊から彫り出した “一木造り”であるように、観察するのに注意深さが求められます。

因みに、私は ヘッド部とネック部、そして響胴の関係性を考察するために、水平方向だけを2.5倍に拡大するなどの 画像加工も駆使しています。

そして 私見ですが、材木特性などを考慮すると この事例の曲がって見える”枝状部”は 製作時の条件設定が保たれている可能性が高いと判断しています。

このように、”一木造り”であることなどにより ネックの初期設定状態が推測できるものは貴重です。

「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」  西暦700年~750年頃 ( 全長108.1cm、最大幅30.9cm )

「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」  西暦700年~750年頃

それとは逆に、東大寺 正倉院に収蔵されていた「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」は 後世に数度の修復がなされた記録もあり、ネック( 頸 – くび )の軸組に関して、現状から 製作時の設定を推測することは難しいと感じます。

琵琶は、頸(くび)が固定されているタイプと、胴から頸(くび)を抜いて分解できる組み立て式の”継ぎ琵琶”と があったりしますので、ネック設定が変更されている可能性を 念頭に置かないといけないので 少し厄介なのです。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin, “Soil”Neck ( Length 122mm )  1714年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin, “Soil”Neck ( Length 122mm )  1714年

このような昨今ですから、2018年に六本木のアークヒルズで展示されたこともある、有名なストラディバリウス “Soil”から外されたヴァイオリン・ネックは 貴重な資料だと思います。

POCHETTE ( Guarneri school )  17th century
“Exhibition 1988 – Russian Collection 2004”  No.131

“Cittern”   Rafaello a Urbino,  1538年頃

また、黎明期のヴァイオリン製作者アンドレアアマティ ( ca.1505–1577 ) がクレモナに工房を設立した時期にイタリア中部 Urbinoで作られた、表板以外の ボディとネックが 1 枚の木から彫られている “一木造り”のシターンなども重要な資料だと思います。

National Music Museum (NMM)

一部に破損修理がなされていますが、ヘッド部とネック部、そして響胴の”ねじり”においての関係性は製作時のまま保存されています。

Total length 972.5 mm / Back length 432 mm / Lower bout width 308 mm / Head length 280 mm / Neck length 307.5 mm / Vibrating string length 615.6mm

“Cittern”   Rafaello a Urbino,  1538年頃

     

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin head,  Napoli 1737年  /  “Cittern”head,  Rafaello a Urbino 1538年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1690年頃

“Cittern” /  Rafaello a Urbino,  1538年頃 Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年 Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年

Cittern / possibly by Petrus Rautta, England 1579年

オルファリオン( Orpharion )  /  Francis Palmer,  London 1617年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Guitar,  “Sabionari”  Cremona 1679年

      Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Guitar,  “Sabionari”  Cremona 1679年

Antonio de Torres guitar  1882年

それから、伝統的にネックが大切にされているギター系では、アコースティック・ギターはもちろん、歴史が新しいエレクトリック・ギターでさえ、ネック形状などの設定に優れた要素をいくつも見ることが出来ます。

“1930’s Gibson guitars” ( 33 L-00 with flat-bottomed socket and a 34 Smeck with its more typical dovetail socket )

もちろん 新しくとも 弦楽器ですから、ネックが そのキャラクターに大きく影響することを製作者が理解していたためではないかと思われます。

その 一例としてあげれば、Stratocasterは 1954年に、上図4番の “Hard V”タイプや 2番の”Soft V”タイプのネックで生産が始まり、メイプル 1ピースネック最終年の 1959年頃に製作された Stratocasterは 上図3番の”Oval”とよばれる ラウンドグリップとして製作されるといった変遷を辿ったそうです。

専門外で恐縮ですが、豊かな響きや 俊敏なレスポンスを狙うのであれば”V”タイプが 良さそうと、私は思ったりします。

Fender Stratocaster  1956年製
Fender Stratocaster  1956年製   3450g
Fender Stratocaster  1956年製  3450g

2004年6月に オークションハウスの Christie’sで、95万9500ドル( およそ1億520万円 )の価格で取引された Stratocaster 1956年製 “Blackie”のネックは、オークション・カタログの写真から判断して “Hard V”で、尾根線が 0.5°傾けてあるようです。

Eric Clapton  “Blackie”   Tribute Stratocaster  1956年製

そして、ヴァイオリンや チェロでもネック断面形状が重要なのは同じだと思います。

因みに これは、私が 2005年に製作したヴァイオリン op.1 の指板規格や ネック断面、そして参考とした他のヴァイオリンのネック断面をコンターゲージで記録した研究ノートの画像です。

私は、三角形の角部とそれに直交するように連なる尾根線の関係を工夫して”ねじり”を誘導しています。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

また、別の参考例ですが、製作時そのままで保存された このチェロ・ネック尾根線は 赤点線の位置でした。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan 1770年頃

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan 1770年頃

それから、私が頼りにしている このチェロは、前所有者である 東京都交響楽団の首席チェリストが 1980年代初頭に購入する遙か前( 1930~1950年頃 W.E.Hill & Sons での仕事と推測します。)になされた継ぎネックで そのまま使用されています。

ネック尾根線は 赤点線のところで、その上下端位置に針で焼いたマークが残されています。音響的にも演奏にも細やかに対応した すばらしいネックだと、私は評価しています。

Old Italian Cello, 1700年頃 / ネック整備 ( 2023-9-27 JIYUGAOKA VIOLIN )

そして 当然ですが、私は これらのチェロと同様な軸組で製作されたヴァイオリンも探してみました。

 

しかし その試みは難航し 、モダン期後半から”かさ上げ整備”が盛んに行われた影響で、この Enrico Marchetti ( 1855-1930 ) が1886年に製作したヴァイオリンのように、オリジナル・ネックであっても 製作時の軸組を反映しているかを 正確に判断出来ないものが殆どといった状況でした。

Enrico Marchetti ( 1855-1930 ) Violin, Torino 1886年

ただし、1900年辺りからは、Gaetano Gadda ( 1900-1965 )が 師匠である Stefano Scarampella ( 1843-1925 )が他界した頃に製作したヴァイオリンのように “ミント・コンディション”の楽器で “ねじり”設定としての軸組を 沢山知ることが出来ました。

Gaetano Gadda ( 1900-1965 ) Violin, Mantova 1925年頃

なお、ヴァイオリンや チェロのネック尾根は、響胴から見て右方向に振ったものが多数派ですが、下の1910年製ヴァイオリンのように、指板を 少し1番線( 高音 )側を向かせた上で ネック尾根は逆に低音側に向けた”Cittern”   Rafaello a Urbino,  1538年頃と同じ”ねじり”設定の楽器も それなりに製作されたことも確認出来ました。Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 )  Violin, “The World Exhibition of Brussels 1910”  Milano 1910年

有り難いことに、私は 上にあげたような”ねじり”を誘導するネックを参考として 依頼されたオールド弦楽器の整備を行っていますが、常に良好な結果を得ています。

8.  ボリュート( Volute )部などの”歪め方”

ストラディバリウスを用いた振動データー動画で、ヘッド部は グラフィック化された上部1/4辺りの黒線より上側にあたり、指板端側、ネック部とともに”ねじり”が確認できます。

さて、”ねじり”設定について 触れておきます。これは”力のモーメント”とも言いますが、回転軸を中心に力が伝わる現象のことを指しています。

弦楽器では これが不可欠で、例えば エジプトにおける古い時代のキリスト教徒である”コプト教徒”の間で受け継がれた 西暦500年頃の弦楽器”Coptic lute sound board” のように、素朴とも言える構造の弦楽器ですら、ナット角度や 糸巻きの位置設定で工夫された軸線が ネックに対して傾けてあります。

“Coptic lute sound board” ( Similar in shape to the long lutes of Egypt and Mesopotamia )  西暦500年頃

これにより 弦の振動が持続し易くしてあると言うことを、ご理解して頂けるでしょうか。

“Mandora” 1420年頃  L 360 W 96 D 80 ( 83 )  /   Weight 255 g  /  The Metropolitan Museum of Art

Mario Brunello

Giovanni Paolo Maggini( 1580- ca.1633 ) “Mario Brunello” Cello head,  Brescia
Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello, “Jean-Guihen Queyras”  Saluzzo  1696年頃

Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello,   “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo  1696年頃

Matteo Gofriller ( 1659-1742 )  Cello,  “Jacquard Bergonzi”  Venice 1710年頃

Matteo Gofriller ( 1659-1742 )  Cello “Jacquard Bergonzi”  Venice 1710年頃

このように スクロール部は”ねじり”を生じやすいように工夫がなされていますが、それはペグの取り付け角度まで 及んでいました。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

例えば、このチェロは 響胴も含め、 ヘッド、ネック部、指板の他に A線ペグとG線ペグまで 1890年頃に作られた時のままでした。

その上に 特記すべきは、ペグを取り付ける為の “ペグ・ホール”まで 原型をとどめていたことです。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

このために、ボリュート( Volute )部だけでなく、ペグの取り付け角度まで “ねじり”に貢献する工夫が この頃までなされていたことを証明する大切な実例となりました。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1690年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 ) Violin,  Milan 1740年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 ) Violin,  Milan 1740年頃

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) ‘Guarneri del Gesù’ Violin, “Kochanski” 1741年

The angle of the top of the peg box is great.

●  “オールド・ヴァイオリン”の 音響システムについて

9.  二つの振動系統と音色

ここで、ヴァイオリンなどの音響メカニズムを列記してみます。

① 弦の振動がヘッド部をねじりながら 揺らします。そして この応力により 下のX線動画のように ネックブロックの回転運動が起こり、これが反復されます。

X線によるヴァイオリン鏡像ですから 手前がE線で 奥がG線側となっており、ネック・ブロックがねじりを反復しているのが 確認できます。チェロも同様な揺れ方をします

② そして、 ネック・ブロックと”対”をなすエンド・ブロックとの間で生じた軸を中心として 回転運動が起こり、表板が斜めに押されるように緩むと共に、アッパー・バーツ側とロワー・バーツ側 が 主に対角で交互に振動します。

③ 先ほどの演奏動画で 観察していただいたチェロ表板の共鳴部( +位置 )のように、表板が”緩む”と”戻る”という上下動をくり返し 細やかな振動が可能となります。

④ 弦の振動を直接受けたF字孔端内側の空気の粗密波が、振動する響胴のなかで 固有振動が近い”表板のピット部( 変換点 )”を中心として共鳴現象( 空洞共鳴 )をおこします。

⑤ この共鳴音( 2次振動系 )と、弦振動から駒を経由しF字孔が振動した( 1次振動系 )粗密波とが合わさって『音色』となり、F字孔から吹き出すように まわりの空間に広がっていきます。

⑥ なお、1つの波源から出て、2つの異なる経路を通って伝播した波はその相関性により きれいな干渉が起こりやすいそうです。そして、そうでない場合は双方の波が競合し 同期現象に陥り振動が単純化されます。

10.  ニスに残る振動痕跡について

Arthur Richardson( 1882-1965 ) Cello, Devon 1919年

それから、弦楽器に塗られたニスには 柔らかさや、被膜の厚みによって振動した痕跡が残るタイプがありますので、そのニスひび割れによっても上記の仕組みは確認できます。

Antonio Stradivari ( 1644-1737 ) Violin ” Habeneck”,  Cremona  1734年頃

( この画像は高解像度となっていますので、拡大してご覧ください。)

Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 ) Violin “Expo. de Bruxelles 1910”,  Milano 1910年

Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 ) Violin “Expo. de Bruxelles 1910”,  Milano 1910年

補足説明となりますが、弦楽器の ニスひび割れに関しては、下の投稿リンクが参考になると思います。

● ヴァイオリンの音は 聴くほかに “見て‥” 知ることが出来ます。

11.  表板の上幅広部( 低音側 )に見られる音響設定

冒頭の演奏動画で、Amit Peled氏が使用している Matteo Goffriller ( 1659–1742) が製作したチェロの、アッパー・バーツ低音側にある2重ジョイントの”巾接ぎ”の画像です。もう一度、演奏動画にもどり この”2重巾接ぎ”の部分を見ると、これが機能していることが分ると思います。【 0:41 】辺りからをお勧めします。

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1658年

Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Violin, Cremona 1658年

指板E線側右外では 時折目にしますが、アンドレア・ガルネリは 反対側の 線分Nとバスバーが交わる交点外側に『小指の先が入るくらいの窪み』を彫り込んだヴァイオリンすら製作しています。下図でこの位置を確認してください。

Giovanni Grancino ( 1637-1709 )   Cello, Milano 1696年

12.  表板の上幅広部( 高音側 )にある 共鳴部と窪みについて

Old Italian Cello, 1700年頃

Matteo Goffriller ( 1659–1742)  Cello, “Amit Peled”

また、冒頭の演奏動画で共鳴部のひとつ( +位置  )のすぐ下側に”ダンパー部”の窪みが写っていますが、オールド・チェロでは10ヶ所程の主要窪みのうち、表板右上コーナー近くのこのダンパー部と、左下コーナーの右下にあるダンパー部の2つが最重要な窪みとなっています。

Antonio Amati & Girolamo Amati / Cello, Cremona 1622年  –   Hendrik Jacobs (1639-1704 ) Violin,  Amsterdam 1690年頃

1971年10月24日 “国連の日” ニューヨーク国連本部、Pablo Casals ( 1876-1973 )

Miklós Perényi ( 1948 – )

Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Cello,  “Lord Aylesford” 1696年

現在、日本音楽財団が所有し Pablo Ferrández が貸与されていて、Gregor Piatigorsky , Janos Starker も使用した有名な”ストラディヴァリウス”ですね。

Pablo Ferrández   Cello,  “Lord Aylesford” 1696年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Cello,  “Lord Aylesford” 1696年

その上の 1731年の”ガルネリウス”のチェロもそうですが、ダンパー部の窪みが明快だと思います。

13.  響胴の巾接ぎ( はばはぎ )設定について

Janos Starker 1964年  :   彼がこの時に使用していたチェロも”巾接ぎ”がなされていました。

●『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

● ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

2024-1-25 10:48  Joseph Naomi Yokotai   Cello、表板重量 1551.6g

2023-11-24 10:38  Joseph Naomi Yokota  Cello、表板重量 1623.2g

14.  響胴に生じる”回転運動軸”について

さて 本題ですが、ここから 響胴に生じる回転運動( ねじりモーメント )の軸を、表板が接着されている基準面( horizontal reference plane ) や、ネック軸などとの関係性で捉える考え方についてお話しさせていただきます。

“Josef Schuster Cello”  Rudolf Schuster 1990年
ニスのヒビ割れ拡大図

ニスに入ったヒビ割れを何台も検証していくと、ネックが接続された部分の側板で、 ニスひび割れが 下写真のような『X型』となっているものに出会います。

“Josef Schuster Cello”  Rudolf Schuster 1990年

“Roderich Paesold Cello” Bubenreuth,  1999年

“Karl V. Schicker  Cello” München,  1991年

“Karl V. Schicker  Cello” München,  1991年

“Karl Hofner Cello”  Erlangen, 1970年頃

私はこの『X型』のニスひび割れは響胴が左右にねじりを繰り返しながら揺れたことで生じ、その 回転中心点に Z軸が位置していると思っています。

また、ネック接続部の側板だけでなく このチェロのようにC字部コーナー側板にも同じような『X型』のニスひび割れパターンが確認できたりもします。

このチェロの場合で言えば、ニスひび割れから推測して 上図赤点位置に X軸が貫通する回転中心点が生じたと考えられます。
( 側板にはコーナー部や F字孔も関与しますので ニスひび割れは複雑ですが、それらの要因を読み解き 区別することは可能です。)

“Karl Hofner Cello”  Erlangen, 1970年頃

このように『X型』のニスひび割れから、響胴がねじり( Twist )を反復しながら揺れたということと、回転運動( ねじりモーメント )の軸がそこにあると考えると、6面が相互に関係するイメージが思い浮かべやすいのではないでしょうか。

私は、響胴は箱状のものですから、ルービックキューブ ( 3×3 ) にある X軸、Y軸、Z軸が繫ぐ『それぞれの面にある中央ブロック』のふるまいと同じように、響胴でも それぞれの軸辺りで “連動”しながら回転運動を反復していると考えました。

15.  “回転運動軸”の設定実例

オールド弦楽器は、表板が素速く”緩む”とともに、細やかにモードの反転が起こる条件設定とされており、それにより振動エネルギー消費が抑制され、効率よく共鳴部が歌うことで 豊かな音色を生み出せていると思われます。

これを実現しようとした私は、まず最初に『 音のレスポンスが素速いかどうか。』という要素は、それなりに向上させる余地があるのではないか?と考えました。

そして、回転中心となり”節”の役割を果たすゾーンを、ルービックキューブのように素速くリレーションするように工夫することで 一定の効果があることを確認しました。

Old Italian Cello, 1700年頃 / ネック整備 ( 2023-9-27 JIYUGAOKA VIOLIN )

それでは 響きを改善するための具体的な工夫のひとつを、チェロを例としてあげてみます。

私は、演奏者が敏感に響きのコントロールが出来るように、回転運動( ねじりモーメント )のための Z軸( 下図点E )を 少し裏板寄りの位置に置きます。

  1.  ネック接続部尾根( 下図線分A-B )と 斜めに接合された不連続面が成す( 線分C-D ) の交点Eは、その下の参考図のように 側板高さの 2/3位置が収まりが良いですが、可能であれば その位置より1.0~2.0mmほど表板から離します。( 側板117mmで、基準面から78mmの 下例を削り込み形状を修正し79.1mm程とするイメージです。 )
  2. この時 ネック接続部尾根( 線分A-B )は 上から見て”右回転3.8度”程傾けます。
  3. 響胴との接続部でのネック形状は 上から見たときに “台形”ではなく『 三角形であるかのように 斜めに切断( 線分C-D )された 2つのヴォールト構造物が微妙な角度違いで不連続面として組み合わせてあるかのような形状 』とします。
  4. 裏板ボタン部の幅は 28.0~29.0mmで良いと思います。

Cello neck connection point “右回転3.8度”イメージ図

2017年製チェロ 修理前の設定 ( Neck connection point “右回転1.5度”)

この設定は、ネックの回転運動( 下例で例えればモーター軸 にあたります。)と、響胴側中心軸( 上図点E )の “ズレ”が大きくなった結果、”偏心重り”が揺れるのと似て・・ 響胴側の振動が より激しくなり、レスポンスが改善するとともに キャリング・パワーが増加します。

16.  “工具痕跡( tool marks )” を 響きの”調整痕”と考える理由

この投稿は『弦楽器の共鳴音( レゾナンス )が増す基礎条件とは』ということで、響きを改善するための工夫がテーマですので、ここから”響胴のねじりを反復させるための音響的加工”についてお話しいたします。

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 ) Violin, Turin  1837年

私は 2003年11月に、プレッセンダー( Giovanni Francesco Pressenda  1777-1854 )が 1837年に製作した ヴァイオリンの表板を、整備のために外したときに、その加工に気がつきました。

響胴内部には 工具痕跡( tool marks ) とカテゴリー分けするには無理があるくらいに、音響加工が施されていたからです。

このヴァイオリンは 1837年に表板が閉じられ、バスバーと表板内側に書き込みがなされた1969年に、ネックのリフト・アップとバスバー交換が実施されたのと、1997年に東京で指板、ナット、駒交換がなされた以外はミント・コンディションの状態でした。

表板の接着部の状態から推定すると 1969年に初めて開けられ、 私が外した2003年が2度目だったようです。

表板を外した当初、私はこのヴァイオリン響胴の内側( 指板下 )に “四角い窪み ( square pit )”が彫ってあるのを目にし、すぐには解析できずに困惑しました。

詳細に観察してみましたが、丁寧に削られた裏板内側には指板下位置の四角い彫り込み Aと、左上コーナー・ブロック横にそれより一廻り小さく浅い彫り込み B のふたつ以外の”キズ”はありませんでした。

●  プレッセンダは “工具痕跡”ではなく独創的な音響加工をおこないました

19世紀の名工 プレッセンダ( 1777-1854 ) は 1821年にはトリノに工房を構え、その頃からヴァイオリニスト達からの評価も高く、1832年と、1838年にはトリノの展示会においてメダルを獲得しています。

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 ) Violin, Turin  1837年

また、1834年から1838年の期間は、”あの” ジュゼッペ・ロッカ ( Giuseppe Antonio Rocca 1807-1865 ) が弟子として プレッセンダ工房で学んでいた時期でもあります。

      ともあれ、何方がご覧になっても この深い窪みAを 工具痕跡( tool marks ) とするのは難しいのではないでしょうか。

このような独創的な加工は、モダン・ヴァイオリン製作家として名を成したプレッセンダの 面目躍如たる仕事だと、私は 思います。

最終的に 私はこれらの彫り込みを、裏板の”ねじり”を誘導するために、工具痕跡( tool marks ) ではなく “四角い窪み ( square pit )”として役割をもたせた音響加工である。と結論付けました。

何故なら、この窪み点 Aと窪み点Bを結ぶ線分が成す角度は、垂線から右回転22°ほどですが、下に添付した“Guarneri del Gesù” の1731年製チェロのように 同様な角度で外側の不連続面に 複数の”窪み加工”や、”焼き釘、焼き針加工”を施してある弦楽器が いくつも存在するからです。

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

両者の補助線角度を比較するために、内側から見たプレッセンダのヴァイオリン画像( )を 左右反転して、“Guarneri del Gesù” の1731年製チェロ( )と同一方向としてから 重ねてみました。

この “Guarneri del Gesù” の1731年製チェロは、一見すると ランダムに凹凸が残っているように見えますが、詳細に観察すると ピンで焼いた跡や、前出の”四角い窪み ( square pit )”などが 幾つも見つかります。

そして、その中の”一対の四角い窪み ( square pit )”を節とする( 節となる軸線から外側にあたる低音側肩のねじりを腹として誘導する )設定が、プレッセンダのヴァイオリンのそれと一致していると思われるのです。

このような特徴が 頭に入っていると、例えば このヤコブシュタイナーや、ニコロ・ガリアーノが製作したヴァイオリンように、控えめな音響加工であっても 識別するのはそれほど難しくはありません。

Jacob Stainer( 1617-1683 )  Violin, Absam Tirol 1672年

Jacob Stainer( 1617-1683 )  Violin, Absam Tirol 1672年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 ) Violin, Turin  1837年

Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 )  Violin “Ex Havemann” ( Wurlitzer collection ) Cremona 1791年

 

Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 )  Violin “Ex Havemann” ( Wurlitzer collection ) Cremona 1791年

そもそも、オールド弦楽器では ドーム部が 響胴のねじりを阻害しないように 中央から微妙にずらしてあり、このような音響加工は その不連続面の合成線である谷線や、尾根線上などの要所に入れられているからです。

Andrea Guarneri ( 1623-1698 ) Violin

私は、表板を 多層構造のペンデンティブドームの集合体と見なし、一層目のペンデンティブと 二層目ドーム の接合部に 二つのの”四角い窪み ( square pit )”が上図点A、点Bのように 任意の対をなすように彫り込まれたことで その付近の剛性が下げられ、ネジリが誘導されていると理解しています。

Tommaso Carcassi ( worked1747-1789 )  Violin, Firenze 1786年

ドーム状で、開断面であるF字孔が一対となっているヴァイオリンなどの表板は、交差ヴォールトで支えられたドーム建築のように、応力が掛かっても基礎部( 響胴のホリゾンタル面 ) と連なることで表板の共鳴部が緩む余地を確保していますが、それが過剰となりネジリを妨げないように工夫したというイメージです。

Tommaso Carcassi ( worked1747-1789 )  Violin, Firenze 1786年

Carlo Antonio Testore ( 1693 -1765 ) Violin, Milano 1740年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693 -1765 ) Violin, Milano 1740年頃

しかし、このように高度な設計思想からの特徴であるとしても、外側であるために製作時でなくとも『いつでも』多少の加工は可能ということが、だれの仕事であるかの判断を難くしていますので、なおさらプレッセンダの ヴァイオリン響胴の内部加工は “それら”が人為的なものであることの状況証拠として 貴重な資料であると言えます。

ともあれ、弦楽器に限らず、例えば 小鼓の”調子紙 ( ちょうしがみ )”などもそうですが、響胴の外側からでしたら 5年、10年と経験を積めば 実際の響きを確認しながらの調整は それなりに可能だと思いますが、 “内部加工”は 『決め打ち』ですので その難易度の高さは・・目まいがする程で、 響胴内部に施された音響加工を 私は本当にリスペクトします。

17.  響胴に素速い”ねじり”を生じさせる工夫

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 )  Violin,  Turin  1845-1850年頃

因みに、このようなネジリを誘導する技術は 『古典的』と言えるもので、例えば 現在、ビオラとして使用されている Francesco Linarol ( 1502-1567 ) の “Lira da braccio”の 一対とされた見事なF字孔などが饒舌に語ってくれますが、裏板の 不連続形状も よい参考例になると思います。

この不連続加工の位置関係を見るために、要所に番号を振ってみました。

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1658年

このように左右がつり合わないように画策しつつ、ネジリを誘導する条件設定は、ヴァイオリンなどでも・・ 例えばコーナー部が剛性を過剰に高くしないように、側板と裏板あるいは 側板と表板のリレーションが意識された接合部形状に見ることができます。

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Violin, “Ex Joachim” Turin  1775年

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  Violin,  “Ex Joachim”  1775年

このチェロの”巾接ぎ”は CT scanでなければ確認が難しいようです。なお、オークションの詳細記録では 下のようになっています。

November 25, 2014 Tarisio
Bartolomeo Giuseppe Guarneri Cello Messeas 1731年
Back Two-piece,of poplar or willow
Top five-pieces of spruce
Ribs of beech

Length of back 735mm
Upper bouts 354mm
Middle bouts 243mm
Lower bouts 437mm

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

“Guarneri del Gesù”( 1698-1744 )   Cello “Messeas”, Cremona 1731年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

 

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin, “Alsager”  1703年

Giovanni Paolo Maggini ( 1580- ca.1633 ) Violin, Brescia  1620年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Viola,  LOB 416mm “Zuckerman” Cremona 1680年頃

Tommaso Carcassi ( worked1747-1789 )  Violin, Firenze 1786年

Old Italian Cello, 1700年頃


Antonio Amati & Girolamo Amati / Cello, Cremona 1622年

 KSH Holm,  Cello  Copenhagen, DENMARK  1791年

 

KSH Holm,  Cello  Copenhagen, DENMARK  1791年

Old Italian Cello, 1700年頃

Old Italian Cello, 1700年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 )  Violin,  Milan  1740年頃

Hendrik Jacobs ( 1639-1704 )  Violin,  Amsterdam  1690年頃

Hendrik Jacobs ( 1639-1704 )  Violin,  Amsterdam  1690年頃

 

Hendrik Jacobs ( 1639-1704 )  Violin,  Amsterdam  1690年頃

Giovanni Battista Gabrielli ( 1716-1771 )  Violin,  Florence  1755年

Joseph Thomas Klotz ( 1743-1809 )  “Violoncello piccolo”  Mittenwald  1794年

Matteo Goffriller ( 1659–1742) Cello,  “Wolfgang Boettcher ( 1935-2021 )”  1722年

Bass  – Viola da gamba,  Milano  1717年

18.  振動膜を”しなやかに支える”という考え方

このようなアプローチを続けながら、”連動”しながら回転運動の反復が素速くできる条件設定を求めて、ヘッド部、指板、駒、魂柱、テールピース、エンドピン、テールガット関連なども検証しつつ、本丸である響胴の設定条件については 特に注意深く観察しました。

因みに 私は、 演奏者が瞬間的に響きをコントロールするということから、この”素速さ”というイメージは 邦楽で用いられる小鼓( こつづみ )の調べ緒( しらべお )の締め具合や感触と共通していると考えており、実際の仕事でもその”繊細さ”を参考にしています。

苅田蒔絵小鼓 ( かりたまきえこつづみ )   /  1611年頃

“調べ”または 調べ緒( しらべお )は、麻の繊維でできたひもです。小鼓は”縦調べ( たてしらべ )”で2枚の革を胴に固定し、”横調べ”で革の張りを緩く整え、最後に持ち手部分にかける正絹製の組紐である”小締”を結んで組み上げられています。

雷雲蒔絵鼓胴 ( らいうんまきえこどう ) /  1430年頃

【4:01】~【6:30】鼓は 革と胴を固定する麻紐である”調べ( しらべ )”のしめ具合で響きの調整をしますが、微調整は “調子紙”、唾( つば )、息などで工夫し音色を生みだします。

小鼓の鉄輪(かなわ)

【1:30】~【2:33】鉄輪(かなわ)と 仔馬の革の”しなやかな”関係について

上に添付したYoutube動画で、大倉源次郎さんが”鉄輪(かなわ)”のしなやかさが 小鼓の音色にとって重要であることを お話しされていますが、弦楽器の側板と表板や、裏板との関係も共通する要素があります。特に、コーナー端の角度は 重要です。

私は、音響的なクオリティーが高いヴァイオリンを識別するのに・・ コーナー部の側線の角度が傾斜させてあるか。をその判断基準としていました。

① Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  ” Wurlitzer Collection”  1681年 – ② Antonio Stradivari  Violin,  “Hamma”   1717年 – ③ “Guarneri del Gesù” Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )   Violin,   “Enescu-Cathedral”  1725年頃 – ④ “Guarneri Guarneri del Gesù ” Violin “Baltic” 1731年 – ⑤ “Guarneri del Gesù”  Violin,   “Carrodus”  1743年

Violin corner lateral line angle

 ( 上記の角度数値は、画像解析による参考値です。)

それは、優れたヴァイオリンは 4本あるコーナー部の側線の角度がホリゾンタル面に対して 垂直である確率は低いという事実に気がついていたからです。

ですから、多少なりとも古い楽器の場合は 下写真のように 響胴コーナー部の側線がホリゾンタル面に対して垂直に作られているものは贋作である可能性を念頭に 観察していました。

それから 側線傾斜型の代表格として、高音側ロワー・コーナーで 4.2度も側線を傾けて製作された Stradivari ( ca.1644-1737 )   “Hamma”   1717年と、 “Guarneri del Gesù” ( 1698-1744 )  “Enescu – Cathedral”  1725年頃 は非常に興味深いヴァイオリンであると思います。

ともあれ、コーナー部の側線の角度は 4つの傾斜角がセットで設定されている事と、これら側板も含めたコーナー部側線の傾斜組み合わせさせが、ヴァイオリンやチェロの響胴においての”ねじり”を誘導する重要条件で、これらの工夫により響胴の表板は しなやかに支えられていることを覚えておいてください。

Giovanni Paolo Maggini ( 1580- ca.1633 ) Violin, Brescia  1620年頃

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin “Viotti”, Cremona 1704年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )   Violin,  Napoli   1737年

Giovanni Baptista Guadagnini ( 1711–1786 )  Violin,
“Ex Sinzheimer”  Turin  1773年頃

Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 )  Violin, “Ex Havemann” ( Wurlitzer collection ) Cremona 1791年

 

また 私は、オールド・チェロを観察するうちに『 この両者は共通の考えに基づいて製作されており、側板幅( 側板高さ )があるチェロの場合は測定誤差がすくない。』ということに気がつき再検証をおこないました。

Giovanni Battista Genova ( worked ca.1740-ca.1770 )
Cello, Turin  1770年頃

コーナー部側線角度の組み合わせは いくつも類型がありますが、私は ヴァイオリンでもよく見られる  AU側線と 対角の CL側線を”対”として傾けてあるタイプが、響胴のねじりが素早そうですから 気に入っています。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Cello ( Length of back 765mm – 369 – 265 – 473 ) ,  “Harrell – Du Pre – Guttmann”   1673年 

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Cello,  Cremona   1667年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Cello,  Cremona   1724年

“Old Cello” ( F. 734-348-230-432  B. 735-349-225-430 /  Stop 403mm  / F-F b.100mm  )   1680~1700年頃

Giovanni Grancino ( 1637–1709 )   Cello,  Milan   1701 年

Giovanni Grancino ( 1637–1709 )  Cello,   Milan   1690 年

Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )
Cello,   “Jean-Guihen Queyras”   1696年頃

Matteo Goffriller (1659–1742)
Cello, “Daniel Muller – Schott” 1727年頃

Giulio Cesare GIGLI,     Cello,  Rome   1757年
Back 1 piece of maple 50mm thick.
Total length 1270mm,  Body length 733-336-236-436.

Nicola Albani (  Worked at Mantua and Milan 1753-1776  )
Cello, Milan  1770年頃

19.  4つのコーナー面積の関係について

Andrea Amati ( ca.1505–1577 )  Violin,  “ex Ross”   1570年頃
Nicolò Amati ( 1596–1684  )  Violin,  Cremona  1651年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  “Tartini – Lipinski”  Cremona   1715年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin,   “Lady Jeanne”  Cremona   1731年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri  / ” Guarneri del Gesù”
( 1698-1744 )  Violin,  “Carrodus”   1743年

Andrea Amati ( ca.1505–1577 )  Violin,  “ex Ross”   1570年頃

Nicolò Amati ( 1596–1684  )  Violin,  Cremona  1651年

Carlo Giuseppe Testore ( ca.1665-1716 )  Violin, Milano 1690年

Giovanni Grancino ( 1637-1709 )  Violin,  Milan 1702年頃

Carlo Tononi ( ca.1675-1730 )  Violin,    Bologna 1705年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  “Tartini – Lipinski”  Cremona   1715年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin,   “Lady Jeanne”  Cremona   1731年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri  / ” Guarneri del Gesù”
( 1698-1744 )  Violin,  “Carrodus”   1743年

20.  小鼓の”調子紙”をヴァイオリンで応用してみました

【2:03】~【2:23】音色の調整 –  “調子紙 ( ちょうしがみ )”

ところで話は少しそれますが・・ 小鼓は”調べ( しらべ )”のしめ具合で響きの調整をし、微調整として “調子紙”、唾( つば )、息などで工夫し音色を生みだしています。

これらの音色調整はしばらくの間しか持続できませんが、ヴァイオリンなどでも 同様のことができます。

そこで、私は 2016年に ヴァイオリンの響胴に塗る “磨き油”で 実証実験をやってみました。

viol-1-l
皆さんは” ヴィオール( Viol )”をご存じでしょうか。ポリッシュオイルでは定番の磨き油でした。( まだ 日本国内でも既存在庫分が販売されていますが、この製品は 2023年に製造中止されたそうです。)

この製品がいつから輸入されているのか正確には分かりませんが、少なくとも 私は 40年前から使用しています。

穏やかなポリッシュオイルで 成分的にも安定しているため、弦楽器工房はもとより 多くの演奏家にも愛用されていました。

viol-a-lこの “ヴィオール”の一般的な使用法は、布に少量をしみこませ ニス部に塗布して、その後に別の柔らかい布でふき取るように磨きあげます。

残念ながら 効力が続くのは  1~2日ですが、”ヴィオール”で丁寧に楽器全体をみがくと、明らかに音色が良くなる場合が多いようです。

viol-2-l
私は 皆さんに この “ヴィオール”などの磨き油と、綿棒を使って このような検証実験をすることをお勧めしたいと思います。
viol-b-l
viol-p-l実験は簡単です。綿棒を使って 私が 【 No. 2 model 】と呼んでいる図の 14本の赤線部に “ヴィオール( Viol )を線状に塗布します。
viol-c-l上写真のように 紙定規を使えば なおさら良いですが、私の経験では フリーハンドでも十分効果があると思います。

下図のように 裏板は 2本ですが、表板は 7本ですのでよろしくお願いいたします。
viol-q-l私の経験では 綿棒を用い 下の写真に指定したように 白字の番号順で、14本の軸に”ヴィオール”を塗布するのに必要な時間は 約1~2分位だと思います。

viol-j-l
私はフリーハンドで塗っていますが、共同実験者達からは 下のように 紙定規で目測をたててから、ガイドとして線状に塗布する作業のほうがやり易いとの意見もありました。

viol-d-l

viol-o-l私が実施した実験では、この【 No. 2 model 】は ヴァイオリンなどの音色を改善する効果がみとめられました。

また、チェロや ビオラなどの場合は 下にあげた【 No. 3 model 】で試すことを私はお勧めします。
viol-r-l【 No. 3 model 】は 裏板の線分AB の角度がすこし違います。こちらのパターンは チェロなどの3番線、そして4番線の改善が見込めるます。

viol-n-l

この実験では “ヴィオール”を塗布していない状態で音階を弾いたあとで、 手早く塗布して すぐに試奏し その後柔かい布でふき取ってから もう一度試奏する。

これを 2セットほど繰り返せば検証実験としては十分ではないかと思います。なお、”ヴィオール”は ほとんどのヴァイオリンやチェロのニスに適合しますが 念のために 実験を終了する際には柔かい布でふき取るように磨くのを忘れないでください。

なお、新作イタリーのようなアーチがフラットな弦楽器だと より劇的な変化が楽しめるようです。

時間があるようでしたら、ヴァイオリンやビオラ、チェロを演奏できる状態で準備して、塗布していない状態で音階を弾いたあとで 表板図から線分を一本だけ選びヴィオール・オイルを塗布したあとで再び音階を鳴らしてみてください。

“磨き油”によって”軸線”と響きの関係を確認するこの実験には 多少の根気が必要ですが、その結果は 響胴に生じる”ねじり”が響きに直結することを教えてくれると思います。

21.  響胴内部の音響加工実例

古の弦楽器製作者は 響胴のバランスを完成状態から逆算して、響胴の表板がまだ接着されていない製作途中のタイミングでも、繊細なバランス調整をしていたようです。

 

Carlo Bergonzi ( 1683-1747 )  Violin “Cramer – Heath”,  Cremona 1732-1734年頃

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin, “Soil”Neck ( Length 122mm )  1714年

これは、弦楽器製作技術として象徴的といって良いくらいだと 私は思っています。まさに『神は細部( ディテール )に宿る』です。

KSH Holm  Cello, Copenhagen  DENMARK  1791年

KSH Holm  Cello, Copenhagen  DENMARK  1791年

“The Smithsonian collection”  with the label of JB Tononi of 1740

Nicolas Augustin Chappuy ( ca.1730–1784 ) Violin,  Mirecourt  1780年頃

端的にいえば『運動の中心位置をどこに置いて、部材間にある対のバランスを調和させるか?』という事だと思います。

 

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 ) Violin, Turin  1837年

22.  響胴外部の音響加工( へり外側 )

弦楽器には裏板が上幅広部で 2枚の板が上下に繋いであるものがあるように、響胴上下の幅広部は重要な役割をもっています。

例えば、幅広部の高音側 点A が、下写真のストラディヴァリウスでもそうですが、傷あとや 摩耗痕跡であるかのように”意図的”に加工してあるものが それを証しています。


Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  1710年 Violin,  ” Vieuxtemps”

これは一見すると傷にみえますが、拡大すると星型の焼き印で加工されていることから、人為的であることの状況証拠となっています。

また、下の グァルネリ・デル・ジェス の ヴァイオリン “キャロダス”では同じ場所 に 焼いた針で入れられた痕跡があります。

” Guarneri del Gesù ” Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )   Violin  ” Carrodus ” 1743年

“Guarneri del Gesù”  Violin, “Canary Bird” Cremona 1743年頃

そして、この”グァルネリ・デル・ジェス”でも、幅広部の高音側 D点に星型状の焼き印加工がみられます。

また、私が所有している書きパフリングの “オールド・バイオリン” の高音側の端  C  は このような加工がなされています。


これら 三つのタイプを下に並べました。

Old violin   1650年頃

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )   Violin
” Carrodus ” 1743年

Francesco Goffriller ( 1692–1750 )  Violin,  Udine 1719年頃

“Guarneri del Gesù” ( 1698-1744 )  Violin, “Enescu”  Cremona 1725年頃

“Guarneri del Gesù” Violin, “Canary Bird” Cremona 1743年頃

Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 )  Violin  “anno 1691” 1690年頃

Camillo Camilli ( ca.1704-1754 )  Violin,  Mantova 1735年頃

 

コントラバスは 裏板が フラット・バックあるいはそれに近い設計で製作されたものが ある程度 現存しています。そして この写真のフラット・バック型コントラバスの上幅広部の高音側の端はこのようになっています。

この楽器では 低音側も削ってあるようですが 、私は高音側の削り角度がより大きくしてあると推測します。


この加工をすると響胴のなかでバネ的な役割を担わされた側板だけでなく裏板にもバネ的な緩みやすさが生じやすくなります。

23.  響胴外部の音響加工( へり内側 )

Mattio Goffriller (1659–1742) Violin,  Venetia 1702年

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Violin, “The Lachmann Schwechter” Turin  1776年

24.  重心

そもそも、弦楽器は完成している本体に弦を張る工程で 魂柱や駒を立てるためにバランスを調べるだけでも、難易度は高いと思います。

私の場合でいえば、楽器を水平に保持してゆらし、まず重心位置とその”かたまり量”を読み込みます。

そして、運動の中心が重心近くにコンパクト( ヴァイオリンの理想イメージは『おおよそ長径9cm、短径3cm程のラビーボールを長くしたような形状で雲のような集合体なのに質量は 30g位の塊。』といった感じ・・です。)に集まるように工夫します。

それにより、飛行機の操縦特性がよくなるのに似て、弦楽器の場合にも響きのレスポンスが良くなります。

旅客機は 主翼のドア位置が重心位置として設計されており、それを挟むように重量物である前後のエンジンが配置されています。因みに人間が一人、一番前の席から一番後ろの席まで移動するとと重心位置が約12mm 変化するそうです。

重心位置は離陸時の Stabilizer Trim Setting にも関係しますので、B747 にはノーズギアにセンサーがあり、重心位置を感知しており、その測定結果と Stabilizer Trim Setting の間に矛盾があると警報が鳴るくらい重要とされているそうです。

作業要点をいうと、私が 弦楽器を水平に保持しながら揺らすときには、魂柱位置はもとより 必要度に応じてその他の条件設定を工夫して、重心位置とその”かたまり量”を旅客機の空間位置でたとえれば、車輪や 床下の貨物室の高さに可能な限り集めます。

それから 魂柱位置や、指板端の加工などの設定条件の変更によって 重心位置とその”かたまり量”を少しずつ旅客機の客席フロアーの高さまでそのまま上昇させます。

理想としては、旅客機を横から見たときの客席のヘッドレストの高さ( 表板と側板の 接着面 / horizontal の位置 )くらいまで重心の”かたまり量”が 上がった状態にすることを目標としています。

 

 

 

 

 

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan  1770年頃

ネックの取り付け角度が近代以降の時期( おそらく1930~1950年頃 )に変更されたオールド・チェロの、現在の状態

響胴のネック埋め込み部に残った痕跡から推測される、元のネック取り付け位置と角度

Old Italian Cello,  1700年頃  /  私が 2023年にネックを取り付け直したオールド・チェロ

Violin,  Markneukirchen 1920年頃
アメリカで普及型として販売、使用され 1940年代に有名なフィドラーがおそらく・・借りて使用し、返礼としてサインを右肩口に書いたたために “製作時ネックが保存されているヴァイオリン”

バロック時代のヴァイオリンで、挿しネックのブロック部の上部が切断されながらも響胴内部側が ブロックとして保存されたもの

Old Italian Cello,  1700年頃

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan  1770年頃

 

 

【 すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。】シラ書 ( 42章24節 )

 

2023-11-28       Joseph Naomi Yokota