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メメント・モリ

古い思い出話しで恐縮です。

私が 18歳だった頃、近所の喫茶店でのことでした。
常連客の一人のファゴットの多田さんが 「プロと アマチュアの差はなんだろう?」とつぶやきました。

すると、カウンター席の中央で コーヒーを飲んでいた 鈴木公平さんが すぐに小さく手をあげて「俺、それに答えられる。」と応じました。

彼は その場のみんなに話し始めました。「 ヴァイオリンの演奏で例えると‥ 演奏の結果は同じ奏者でも毎回違うので幅がある。この幅の上端をトップラインで下端をボトムラインと表現すると、アマチュアは『いつの日か 最高の演奏をしたい。』と夢をみる。それは トップラインに心が向いている状態といえる。

そして自分もそうだけど‥プロはいつもボトムラインを意識して下げないように、毎日 努力する。たとば 体のコンデションが悪くて納得のいく演奏が出来なかった時にボトムラインが下がったとしても‥ それを受入れ、一旦下がってしまった自分のボトムラインを 今日を使って 少しでも上げようとする。

常に演奏のボトムラインに留意し下げないように‥ 努力をするのがプロフェッショナルだと思う。」彼は そう言い切りました。

この時の 私に とって ほぼ同年齢の彼のことばは戦慄を覚えるほど衝撃的でした。

それから数年後のことですが‥ 私は『 ヴァイオリン製作を仕事にしよう!』 と考えるきっかけを 彼から貰いました。

1983年のことでした。当時 22歳の大学生だった私の住むアパートの扉が真夜中にノックされました。私は 眠っていましたが  びっくりして目を覚まし 時計を見たら夜中の 2時20分 でした。扉越しに『 誰?』と聞くと『 あの ‥、鈴木公平ですが ‥。』との声。

彼のお願いは『 今からバッハを聴いてもらいたいのですが‥。』 でした。それから彼の住む羽沢 2丁目のマンションで朝まで 彼の演奏するバッハの「無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ」を聴きました。

私は幸せでした。おかげさまで 「 彼らの役にたてる人間になりたい。」と思った 私は 程なくしてヴァイオリン製作の修業をはじめました。


それから時がたち‥ドイツのオーケストラでヴァイオリン奏者を続けていた彼と、私が再会したのは 2013年 6月の終わりのことでした。私たちが 最後に会ってから 30年近くが経っていました。

この時は 7月の演奏会までに ヴァイオリン調整と弓の毛替え、そして飲み会‥で 自由が丘と新宿で三回だけ会いました。

そして 7月の演奏会は 彼らの演奏を‥ 当然ながらそのあとの打ち上げも十分に楽しむことが出来ました。

この日、終電が過ぎた時間に別れる際には一年後の再会を約束して‥  私も家路につきました。


ところが、その約束は果たされることがありませんでした。
一年ほど過ぎて そろそろ演奏会の連絡があるはずと思っていたある日、訃報が届いたのです。

彼は 桜の舞う 2014年4月7日に 55歳で帰天しました。


彼の告別式は 4月10日に東京でおこなわれました。

私は彼をほんとうに”マコトの人”であったと思っています。
今日は、彼の三回目の命日です。

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2017-4-07                      Joseph Naomi Yokota

『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

ヴァイオリンの表板や裏板に見られる『巾接ぎ(はばはぎ)』より、概して チェロのそれは 大胆です。

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

 

因みに 下写真は、現在 私が『巾はぎ ( 平はぎ ) 』で製作しているチェロの 表板と 裏板です。

   

オールド・チェロに使用されている木材を観察してみると、チェロ用として幅が足らない材木を使用した様子はほとんどありません。

その点から考えても・・・『巾はぎ』は、”木伏”せとして用いられたと考えるのが妥当だと思います。

Amit Peled (born 1973 – )

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, “Pablo Casals” 1700年頃

しかし、分かっていても・・そのままで使用できるヨーロピアン・スプルースを切り落とすのは、多少 覚悟が必要です。

なお、私は 現在製作しているチェロの『巾はぎ』外側材として、ヴァイオリン用ヨーロピアン・スプルースで 635gの比較的に軽やかで年輪のキャラクターが立っているものを選びました。

   

   

Wolfgang Boettcher(1935-2021)
Cello / Matteo Goffriller(1659–1742) 1722年

私が受注製作しているこのチェロは”オールド”の製作技術を参考にしており、特定ものをコピーしているものではありませんが あえて言えば、表板は ヴォルフガング・ベッチャーさんが使用していた マッテオ・ゴフリラーの 1722年製のイメージに近いかもしれません。

判断したのには いろいろ理由がありますが、このチェロでは 表板は アッパー端、ロワー端の両側、裏板はロワー両端で『 巾はぎ 』を施しました。特に、裏板両端の楓材は 長期間寝かせた古材を用いています。

   

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●5  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●6  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●7  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●8  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

 

●   ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

ヴァイオリンや チェロの 豊かな響きについて知りたいと熱心に調べてみても、ルネサンス以前は弦楽器に関する直接的な資料は 楽器以外ではほとんど残っていません。

たとえば 13世紀では カスティーリャ王国の アルフォンソ10世の宮廷で出版された頌歌集に、挿絵として何種類かの弦楽器があるのを確認できるくらいにとどまります。

聖母マリアの頌歌集 (Las Cantigas de Santa Maria)1221年~1284年頃

そして、15世紀になると オランダ、ツヴォレ出身で フランス宮廷で活躍したアンリアルノー( HenriArnaut de Zwolle ca.1400 Zwolle–1466 Paris)の「楽器の設計と構造に関する論文集」などが出てきます。

Henri Arnaut de Zwolle(ca.1400, in Zwolle-1466 in Paris)

ただし 残念なことに、この資料は 楽器においての比率に関しては意味深いものですが、それ以外の弦楽器の特質には 踏み込んでいません。

Henri Arnaut de Zwolle(ca.1400, in Zwolle-1466 in Paris)

また、ヴェネツィアの音楽家で器楽に関する重要な論文の著者となった Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)が、1542年に Viola da gambaに関する研究書として出版した”Regola Rubertina”と、1543年刊の”Lettione Seconda”にも、振動比に関して興味深い事柄があらわされています。

Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)

Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)Venice, 1543年頃

しかし、この資料も比率に関しては素晴らしいのですが、弦楽器の具体的特質については ごくわずかな知見が得られるだけです。

結局、現存する楽器を細かく検証する以外に 製作に関しての具体的な知識を得る方法は見いだせませんでした。

そのため、私は弦楽器制作者として、ルネサンス期を中心に ヴァイオリン属だけでなくヴィオールや リュート、マンドリン、ギターなども含めた研究により、いくつかの仮説をたててみました。

ここでは、そのなかでも特に大切と考える『巾はぎ材』の使用について少しお話したいと思います。

●『巾はぎ ( 平はぎ )材』が用いられた弦楽器について

表板、裏板を作るために直径60~70cm以上の原木が必要なチェロだけでなく、小さいので材木が入手しやすいヴァイオリンでも、ロワー・バーツ端や アッパー・バーツ端に別の板を接着した『 巾はぎ( 平はぎ)材』で製作された弦楽器がいくつも残されています。

●1  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Tartini” 1715年

このヴァイオリンは、ヴァイオリン・ソナタ『悪魔のトリル(Devil’s Trill Sonata)』で知られるジュゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Tartini1692-1770)が使用したとされるストラディバリウスです。

個人的なことで恐縮ですが、このヴァイオリンのおかげで 私は巾はぎ材』に着目するようになりました。

●2  Andrea Guarneri(1623-1698) Violin, Cremona 1662年

●3  Jacob Stainer(1617-1683) Violin, Absam-Tirol 1665年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Violin, Cremona 1669年

●5  Shop of Amati ( Smithsonian Institution ) Violin 1670年頃

●6  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, Cremona 1675年頃

●7  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, Cremona 1680年頃

●8  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Ex Stephens – Verdehr” 1690年

●9  Antonio Casini(1630-1690) Violin, Modena 1690年頃

さて、このヴァイオリン裏板は『巾はぎ 材』ではなく、楓材の一枚板です。でも 何もしていない訳ではありません。

なんと・・・8枚組の『巾はぎ』で作られた表板を支えています。

●9  Antonio Casini(1630-1690) Violin, Modena 1690年頃 

●10  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, “anno 1672” 1690年頃

●11  Girolamo Amati II(1649-1740) Violin, Cremona 1693年

そして、フェラーラのAlessandro Mezzadri (fl.1690-1740)は 裏板を4枚接ぎで作りました。

●12  Alessandro Mezzadri ( fl.1690-1740) Violin, Ferrara 1697年

●13  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Thoulow” 1698年

●14  Giovanni Grancino(1637-1709) Violin, Milan 1702年頃

●15  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, Cremona 1705年頃

●16  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “La Cathédrale” Cremona 1707年

●17  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Stella” 1707年

●18  Girolamo Amati II (1649-1740) Violin, Cremona 1710年

●19  Vincenzo Ruggeri(1663-1719) Violin, Cremona 1710年頃

●20  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “De Barrou – Joachim” 1715年

●1  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Tartini” 1715年

●21  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Smith” 1727年

そして、ストラディヴァリウスの 裏板5枚接ぎがあります。

●22  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1745) Violin, “Ex Zukerman” 1730年頃

●23  Camillo Camilli(ca.1704-1754) Violin, Mantova 1735年頃

●24  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1744) Violin, Cremona 1737年

 

●25  Carlo Bergonzi(1683-1747 ) Violin, “Appleby” 1742年頃

●26  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1744) Violin, “de Bériot”  1744年

●27  Camillo Camilli(ca.1704-1754) Violin, Mantua 1750年頃

●28  Lorenzo Storioni(1744-1816) Violin, Cremona 1769年頃

●29  Tommaso Balestrieri(ca.1735-ca.1795) Violin, Mantua 1770年

●30  Giovanni Baptista Guadagnini(1711–1786) Violin, “Kochanski” Turin 1774年頃

●31  Interesting 18th century violin

●32  Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, Cremona “Ex Havemann” 1791年   BOL 355mm-163mm-113mm-208mm / “Wurlitzer collection” (1931年)

このように 接ぎ材の大きさは色々ありますが、ヴァイオリンの裏板を多数観察すると、ロワー・バーツ端やアッパー・バーツ端に別の木材が接着されたものはいくつも確認できます。

また、『巾接ぎ』は 表板でも同様にみられます。

Carlo Bergonzi(1683-1747) Violin, “Appleby” 1742年頃

Andreas Ferdinand Mayr(1693-1764) Violin, Salzburg 1750年頃

Tommaso Carcassi( worked 1747-1789) Violin, “EX STEINBERG” Firenze 1757年頃

Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, “Ex Havemann” 1791年

これらを観察すると、『巾はぎ』で製作されたヴァイオリンや チェロは 表板と裏板が『対』として考えられていることが見えてきます。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Lipinski-Tartini” 1715年

Carlo Bergonzi(1683-1747) Violin, “Appleby” 1742年頃

Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, “Ex Havemann” 1791年

私は、『巾はぎ』で製作された弦楽器は、そうでないものと比べて より音響的にこだわって製作されたと考えています。

なぜなら、1300年ほど前に製作された 五弦琵琶の最高傑作とされる「螺鈿紫檀五弦琵琶」( 響胴の幅 30.9cm )まで『巾はぎ材』の使用は容易に遡れるなど、多くの弦楽器でそれを見ることができるからです。

「螺鈿紫檀五弦琵琶」700年~750年頃(全長108.1cm、最大幅30.9cm )

●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

“Vihuela de arco” ( around the mid-16th century ) The collection of the Encarnación Monastery in Ávila.

1500年代中頃の製作とされる、スペイン、アビラの修道院にある “Vihuela de arco” の表板は 5枚接ぎのようです。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Guitar, 1679年 & 1680年

これは、ストラディヴァリが製作した有名なギターですが、どちらの裏板も 4枚接ぎで製作されています。

   Mandolin, Antonio Stradivari(ca.1644-1737) 1700年~1710年

そして、彼は その後にマンドリンも作りました。

Andrea Guarneri(1626-1698) Viola, “Josefowitz” 1690年頃

Andrea Guarneri(1626-1698) Viola, “Primrose” 1697年

Matthias Albani(1621-1673) Viola( 436mm )

Giovanni Francesco Leonpori( The work of a little-known 18th-century maker ) Viola, Rome 1762年頃

また、『巾接ぎ』で製作されたビオラは、どれも知る人ぞ知る・・・ といった名器です。

“Brothers Amati”( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

Steven Isserlis

そして、チェロの『巾接ぎ』は 弦楽器製作者にとって、ある意味で頼りがいのある加工技術だったようです。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello, “Marquis de Corberon” 1726年

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, Venice 1710年頃 ( Paris, “COLLECTIONS DU MUSÉE” )

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, Venice 1710年頃 ( Paris, “COLLECTIONS DU MUSÉE” )

●21  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Smith” 1727年

『巾接ぎ材』が使用された理由を「材木幅が狭くてたらなかった。」と説明をされる方がいますが、チェロや ギターのような幅の広い弦楽器だけでなく、わずか20cm~21cm位しかないヴァイオリンでも、ダブルで幅接ぎをしてあるものがあり、その最外部の木理を観察してみると、後世の修復による可能性がほとんど無いという状況証拠は重要だと思います。

このように考察した結論として、私は ヴァイオリンや チェロの『巾はぎ』は、豊かな響きを生み出すための“木伏”として用いられたと判断しました。

もっと言えば、『巾はぎ材』で製作された弦楽器は、その境地まで達した人間の豊かさを象徴しているように 私には思えます。

実に、すばらしい事ではないでしょうか。

 

●  『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

 

2022-2-07       Joseph Naomi Yokota

“サドル割れ ( Saddle Crack )”の原因は 表板の変形です。

ヴァイオリンや チェロの表板下端に取り付けられたサドル付近の ひび割れを、弦楽器業界では『 サドル・クラック 』と言います。 この破損の原因が、サドル端の影響と考える方が多いからです。

なお、このサドル・クラックは ヴァイオリンより チェロに発生しやすい傾向が認められ、弦楽器製作者によっては その対策として、サドルの端に 1mm程の隙間を設けたり サドル両端の角切りを選択するなど 知恵をしぼっています。

しかし、それらはあまり役には立っていません。その典型を 下写真の、製作されてから3年程しか経っていない 新しいチェロに生じた ひび割れに見ることができます。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年

このチェロには、製作時に サドル・クラックを予防するためと考えられる 厚さ2.9mm程の それなりに丈夫な補強材 ( 111.0 × 17.2 ) が、ボトムブロックとバスバーの間に 入れられていました。

ラベルでも分かるように この楽器は 2014年に ドイツで製作されたものですが、3年程で 鳴りが悪くなり サドル・クラックも長く伸びてしまったので、所有者の依頼により 私が 2017年に 割れを修理すると共に バスバーを入れ替えバランスを合わせる整備をしました。

写真のように割れの長さは 18cm 程もあり、この補強材が サドル・クラック対策に全く役立たなかったことが分かります。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年 Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年

これは その修理の際に撮影したものですが、魂柱が立てられていた表板には 既にダメージ窪みが出来ていました。

このように バランスが合っていない ヴァイオリンや チェロは、皆さんが想像する以上に『 あっという間に・・』表板が歪んで 鳴りが悪いだけでなく、そのまま使用するとサドル付近から 割れが入ったり、テールピース左側のバスバー下端にあたる表板が沈み込んで割れたりします。

例えば 下写真のチェロは 1994 年にドイツで製作されたもので、私は その年にアマチュア・オーケストラに所属する方に販売しました。

この写真は それから 10 年程たった 2004 年に調整のために持ち込まれた時のものです。 Gustav Franz Wurmer ( Stuttgart )   Cello,  1994年

このチェロには テールピース脇の バスバー下端部の表板に、すでに ヒビ割れが ( 矢印①から②まで ) 入っていました。

そこで私は 表板が割れたのがほかにおよんでいないかを確認するために、クルッと裏返してエンドブロックの裏板側をみました。

そこには下の写真のように 両方のエンドブロック端の位置に35∼40 mmほどの フレッシュな割れが入っていました。

もちろん、表板を外して修理しましたが、私にとっては これが 短期間で生じた響胴変形の典型事例となりました。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年
Front  760 -345-243-440
Back  760-344-240-440

因みに、はじめに例示したチェロは解決策として この様に バスバーを入れ替えました。上が製作時に入れられたバスバーと補強のための裏打ちで、その下は 私が入れ替えた補強木片とバスバーです。

このように、表板の凹凸が少ない楽器は どうしても縦方向の強さが不足しがちですので、このチェロの 製作時バスバー ( 長さ 578mm 、高さ24.0mm ) より、私が入れたような( L 598mm – H 27.6mm ) 明快な強さがあるバスバーの方が バランスが調和しやすくなります。

Warped violin

それでは ここで「逆反り ( warp )」の メカニズムについて整理したいと思います。

弦楽器は、弦の張力を 6個のブロック*と側板*、 アーチなどの立体的形状( 不連続曲面 )*や それぞれの板厚*、バスバー*魂柱*などによって支えることに失敗すると、表板が 平らに変形して接着部が剥がれながら 響胴が歪んでゆくとともに‥

⦅  この写真の撮影後に “カノン”は 修理されています。⦆

ジェノヴァに展示されている “カノン”のように エンドブロック中央部や、側板のブロック端部が割れ、エンドピン位置にある側板の合わせ目がV字に開いて 変形が進行していきます。

そして、表板の変形により エンドブロックの割れが進行¹しながら サドルが はがれ²て起き上がり、側板内側と エンドブロックの接着部³も剥がれてしまい、エンドブロックが不安定*となり、その穴に差し込まれたエンドピンが テールピースに引きずられるように ブロックを傾けてしまいます。

Arthur Richardson ( 1882-1965 )  Cello,  Devon 1919 年

Arthur Richardson ( 1882-1965 )  Cello,  Devon 1919 年

下は エンドブロック割れなどが修復されたヴァイオリンです。中央部  C   エンドピン の傷は エンドピンの外縁部エッジが 食い込んだものです。

因みに、このヴァイオリンは痕跡をつきあわせると 最初のエンドピン穴は割れた A- B ライン上の中心と表示した位置で、二重に書いた円の 小円の直径6mmから 6.5mmで開けられていたと推測できます。

このように 表板の変形により生じた「逆反り ( warp )」は、最後に 裏板の割れを引き起こします。 その参考として 撮影時点で割れは修復済みの状態ですが、ストラディバリと ヨーゼフ・ガルネリが製作したヴァイオリンに入った割れ痕を赤線で書き込んでみました。

このように、ストラディバリウスや ガルネリ・デル・ジェスであっても響胴が 逆反り変形した場合には、最終的に‥ 例外なく裏板にひび割れが入ります。

現代では 弦楽器の不調や割れなどの破損を、板厚の不足や ”乾燥”などの影響と思う方が増えてしまいましたが‥ 破損のメカニズムを考えれば 実際に何が起こったかが判断することは 十分可能ではないでしょうか。

Aegidius Klotz ( 1733-1805 )  Violin,  Mittenwald  1790年頃

私は これらの不都合は、製作時やその後の”修復”により 板厚、ブロック、ネック、ヘッドなどの 応力バランス が合っていない状態が根本的な原因となっていると思っています。

なお、バランスが調和していない響胴にみられる変形の進行速度は、かなり早い段階‥ たとえば 弦を張ってから数時間後から 数日で、初期症状として レスポンスの遅さや 響きの劣化などから 推測出来ます。

また、変形が緩慢に進行している場合は F字孔に段差が発生しやすいので、私は その確認をおすすめしています。

Cello 1930年頃

   Cello 1930年頃

一般論として言えば、現在 製作されているチェロの表板厚などは 破損を心配して厚くされています。

持ったときに重たいと感じる・・ そのタイプは、多少なりとも演奏技術がある方が鳴らすと、早ければ半年ほどで 表板と側板、あるいは裏板と側板の貼り口や サドル接着部などが剝れてきます。

これは、過剰に厚くされた表板などの動きが悪く、その代りとして 部材どうしの接着部が動いてしまうからと考えられます。

表板変形による魂柱割れ ( サウンドポスト・クラック ) の例

最悪の場合ですが サドル割れが入る弦楽器は、バスバーのボトム側が「つり合いの破れ」を起こし陥没しやすく、その陥没部と対をなすゾーン ( バスバーの反対側 ) ・・・ 特に魂柱年輪に沿った軸に負担がかかり、駒の下を通る魂柱割れ ( Sound post crack ) に至ります。

非常に希な事例ですが、このヴァイオリンのように 響胴にそのような変形ストレスで小さな割れが複数箇所あり、接着部もあちらこちらで剥がれた状態で使用され、その上で 落下事故にあってしまったら 真っ二つになることさえあります。

これは、複数のひび割れが繋がった時の 最終段階としての見本のようなものだと 私は思っています。

ともあれ、”サドル割れ ( Saddle Crack )” が入った場合、表板の変形を 応力バランスを設定しなおすことで、解決することが大切であるということは 納得していただけたと思います。

 

 

2022-1-13      Joseph Naomi Yokota

比率で言えば、チェロの表板はヴァイオリンより薄くされています。

響胴が歪むことがあるのを念頭において オールド・チェロの表板 板厚を測ると、不思議に思えるほど薄く作られていることがわかります。

そこで その薄さを理解するために、チェロ表板の重さをいくつか並べてみます。

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )
Cello, “Teschenmache”  Milan 1757年

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )
Cello, “Teschenmacher”  Milan,  1757年

Front 717.0 – 339.3 – 247.1 – 420.9
Back 712.2 – 332.7 – 237 – 419
Stop 391.1mm
総重量 2584g

表板の重さ 319g ( アーチ 28.4mm )
裏板の重さ 464g ( アーチ 36.4mm )

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )
Cello,  “Ngeringa”  Piacenza,  1744年

Front 716.8 – 338.8 – 231.2 – 425.9
Back 716.6 – 340 – 228.7 – 423.3
Stop 391.0mm
総重量 2456g

表板の重さ 387g  ( アーチ 25.4mm )
裏板の重さ 482g  ( アーチ 30.9mm )

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )
Cello,   “Ngeringa”  Piacenza  1744年

例示した ガダニーニに限らず、 オールド・チェロの表板は 本当に薄く軽やかです。ですから、新作チェロでも オールド・チェロを参考にして製作されていれば当然そうなります。

たとえば 2015年に 私が製作したチェロの表板は 396g でした。


Joseph Naomi Yokota ( 1960 –  )   Cello,  2015年

Front  745.5 – 347.0 – 243.0 – 449.0
Back  741.0 – 356.5 – 239.5 – 448.0
Stop  404.0mm
総重量 2389.2g

表板の重さ 396g  ( アーチ 28.7mm )
裏板の重さ 548g  ( アーチ31.8mm )

しかし、 2014年のドイツ製で 響きが悪くなり ひび割れも入ってしまったので、2017年に 私が 割れの修理と バスバー交換をしたサドル・クラック対策がされたチェロの 表板重量は 535g でした。

Rainer Leonhardt     Cello,  Mittenwald   2014年


Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年

因みに、これを製作した Rainer Leonhardt の 父親である Wilfried Leonhardt が 1995年に製作した表板の重量は 487g でした。

ですから、息子である Rainer Leonhardt の チェロ表板は、父親のものより 表板重量が 10パーセント増しとなっている訳です。

(左)  Wilfried Leonhardt   Cello,  Mittenwald  1995年  (  Front 752 – 347 – 239 – 434 )   487g  

(中)  Harald Bächle   Cello,  Hausen  1998年  ( Front 755 – 348 – 239 – 439 )   490g  

(右)  Rainer Leonhardt   Cello,  Mittenwald  2014年  ( Front  760 – 345 – 243 – 440 )   535g 

それからドイツ製チェロの参考例としてもう一台くわえると、エルランゲンの北方の街 Hausenで Harald Bächle が 1998年に製作したチェロの表板重量は 490g でした。

このように製作年代を縦断して比較すると、現在 製作されているチェロの表板厚は 破損を心配して増やされていて・・ 過剰気味であると考えることが出来ます。

Joseph Naomi Yokota ( 1960 –  )   Cello,  2022年

Joseph Naomi Yokota ( 1960 –  )   Cello,  2022年

ただし それについては、チェロを製作した経験がある方なら 少なからず共感は出来るはずです。例えば・・ 私が いま製作しているチェロ表板 ( 仮アーチ厚さ 40.0mm ) は、約2240g です。

まだ 外側を成形する工程なので 内側は平面なのですから 重たいのは当然なのですが、これを今から 380g 程になるまで 削っていきます。

まるで、高級日本酒である 純米大吟醸の『 精米歩合 ( 磨かれた酒造用白米と原料玄米の重量割合 ) 』 のようですね。

つまり 精米歩合17% と同様に、380g にするということは 83% ( 1860g ) の高級なヨーロピアン・スプルース材を タップリ時間をかけて削りながら捨てるわけです。

因みに、表板より高価な楓材の裏板は 現在、アーチ35.1mm 重量 約4000gで、完成時の目標値は 570g です。

チェロの表板や 裏板を薄くするのは、パフリングを象嵌してから外側アーチ部を完全に削り終わったあと 内側部の削り込みをする段階ですが、いつも 胃が痛くなるような作業となります。

つまり、薄くて軽い表板は それなりの確信がある製作者でなければ作れないのです。

弦楽器製作者にとって、ヤーガー・チェロ弦セット 57.0kg 、ラーセン・マグナコアーセット 60.4kg などの張力が通年どころか・・ 数十年間のあいだ 響胴にかかり続けたとしても、破損して使用不能になることは なんとしても避けたいというのが当然の心理です。

ですから、そう思って古い楽器を考察したときに オールド弦楽器の割れた痕跡は 製作者の恐怖心を増大させます。

では ここで その実例として、ストラディバリウスを見てください。

Antonio Stradivari (ca.1644-1737 )  Violoncello                        “Stauffer – ex Cristiani”   1700年

この有名なチェロは CTスキャンした画像があるので 表板の割れが一目瞭然で確認できます。 Antonio Stradivari (ca.1644-1737 )  Violoncello                        “Stauffer – ex Cristiani”   1700年

CTスキャン画像で見える この修理痕跡だけでも、弦楽器製作者にとっては なかなか恐ろしいものです。

なお、見やすいように 割れを赤線にして全体の破損状況と照らし合わせてみると、バスバーに沿った年輪の割れの様子などから、やはり この表板も平らに変形したことにより これらの破損が生じたと判断できます。

【  平らに変形したコントラバス表板の紙モデル 】

ところで、古の弦楽器製作者が このように薄くて軽い表板を採用できた、その『 勝算 』はどこにあったのでしょうか。

私は、弦楽器の立体的構造は ゴシックやロマネスクなどの教会建築でよく見られる 交差ヴォールトに、理解する糸口があると思っています。

この投稿の主題ですが、ドーム状で 開断面であるF字孔が対となっているヴァイオリンなどの表板は、交差ヴォールトで支えられたドーム建築のように、応力が掛かっても基礎部( 響胴のホリゾンタル面 ) と連なることで安定が守られるようになっていると考えられます。

もっと正確に言うと、ヴァイオリンや チェロの表板に 私は ・・ 薄くて軽い表板が壊れないために、駒が置かれる最上階部がドーム状となっている 多層構造のペンデンティブドーム としてのイメージを重ねています。

Nicola Gagliano ( 1675-1763 )   Violin,   Napoli   1737年

Nicola Gagliano ( 1675-1763 )   Violin,   Napoli   1737年

Old Italian Cello,  ca.1680 – 1700  ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 )

Hendrik Jacobs (1639-1704)    Violin,  Amsterdam  1690年頃

Tommaso Carcassi ( Worked 1747-1789 ),  Firenze  1786年

そして、ペンデンティブドーム状の構造¹ に加えて、不連続曲面 によって強化² された表板は、弦の張力が 交差ヴォールト ( リブ・ヴォールト )³ のように、対角的なアーチであるリブの位置に誘導されて膨らみが支えられ、それに守られた表板のF字孔周りと、そのほかの最薄ゾーンが “腹”として あの豊かな響きを生み出していると思っています。

ですから、
① オールド・ヴァイオリンなどの 立体的形状をなす不連続曲面の組み合わせ。

② リブ・ヴォールトのように 対角的な位置に アーチ的な軸組を “節” として機能させる。この軸組上には弦の張力により幾何剛性がはたらく。

の ふたつが、”薄くて軽い表板”を 上質な振動板として働かせる重要な条件で、古の弦楽器製作者の『 勝算 』はそこにあったと推測しています。

Ksh Holm,  Cello  /  DENMARK, Copenhagen  1791年

Ksh Holm,  Cello  /  DENMARK, Copenhagen  1791年

Ksh Holm,  Cello  /  DENMARK, Copenhagen  1791年

なお、オールド弦楽器の立体的形状( 不連続曲面 )は、水平方向から光をあてて写真を撮影すれば 割と簡単に確認できます。

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )   Violin,  Cremona   1658年

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )   Violin,  Cremona   1658年

Hendrik Jacobs (1639-1704)    Violin,  Amsterdam   1690年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698  )   Violin,  Cremona  1686年

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 )    Violin,  Milan  1740年頃

最後に、弦楽器の表板が『なぜ薄いのか?』いう点について考えてみたいと思います。

まず、弦楽器の弦は “緩む” ことで波のような “運動”が可能となり、それが進行波、そして反射波となり振動を形成することを念頭に置いてください。

弦楽器の表板などの共鳴部も これと同じように “緩む”ことで “腹”の役割が可能になります。

つまり、どちらの場合も まったく緩まなかったら “腹”として機能出来ないという事です。

このように振動するのに “緩む”ことが重要であるとすれば、板状より膜状のものが より緩みやすい訳ですから、弦楽器の響胴は 膜鳴型が その源流にあったのではないかと推測できます。

現代では‥ 少数派となった膜鳴型の弦楽器は、長い歴史の末に 今でも 民族楽器としてチベット地方、バルカン半島地域、北欧、エチオピアなどの北東アフリカ地域、そしてアジア地域などで 製作され 演奏に用いられています。

” African Lyre ”

“Sgra-Snyan ( ダムニェン )”   Tibetan lute,   全長 752mm

しかし、このように伝承されたとは言え、これら膜鳴弦楽器には 限られた音楽にしか適応できないという弱点があります。

汎用性の低さは複数の要素によりますが、演奏を続けると 駒が立つ革部がのびてしまい歪みとなり、響きも失われてしまうという‥ 弦楽器としては致命的ともいえる特性も その原因のひとつとなっています。

この「対策」は 革を張り直すか、下写真の グスレ ( Gusle )のように 響き方をチェックして 駒を立てる位置や 角度を工夫するなどの方法しかありません。

これは、私が 駒の移動調整に気づくきっかけとなった写真です。
なめし革についた駒の痕跡と、縁部の弦端をつまんで移動した痕から演奏者の努力が想像できます。

それから、私は 膜鳴響胴の特質を ティンパニーの革張り替えとバランス調整 ( 18:05 位置 ) をしている この動画で理解することをお勧めしています。きっと、振動膜のバランスの意味についての 気づきがあると思います。

このような検証によって、私は 膜鳴弦楽器の弱点を解決しようとする試みの中からその発展型として「 針葉樹を薄い板状の振動板とした弦楽器」が 製作されるようになったと考えるようになりました。

その “大転換”は、 敦煌郊外にある 4世紀半ばから穿ち始められた 莫高窟 ( ばっこうくつ ) 壁画に琵琶などがいくつも描かれていることなどから考えると、少なくとも 3世紀以前であったと推測できます。

そして、これら壁画のモデルとされた琵琶などが存在したことにより、8世紀頃に 5弦琵琶の完成型と言える 東大寺正倉院の宝物「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」が製作されるに至ったと考えられます。

螺鈿紫檀五弦琵琶   700年 ~ 750年頃 ( 全長108.1cm、最大幅30.9cm )

螺鈿紫檀五弦琵琶が渡来した経緯は 不明のようですが、私は 奈良時代 ( 710年-794年 )に 多治比広成 ( たじひ の ひろなり :  大使 ) と、中臣名代 ( なかとみ の なしろ :  副使 ) が遣唐使として派遣された際に奈良にもたらされたと考えています。

そのころ 唐は 玄宗皇帝の治世‥ 後に「 開元の治」と呼ばれる繁栄の時代で、都の長安は空前の賑わいを見せ 文化は爛熟期を迎えていたそうです。

唐朝最大領域 660年頃
玄宗皇帝 ( 685-762 在位712年~756年 )「 開元の治 713-741 」

遣唐使出発 : 733年 (天平5年) 難波津を4隻で出港し、734年4月に唐朝( 618年-907年 ) の都 長安で 玄宗皇帝の謁見を受けます。
帰路 : 734年10月 4隻とも出港し、735年 多治比広成 ( たじひ の ひろなり) は平城京に帰着しました。

また、一緒に出港しながらも 難破して735年3月に長安に戻った 中臣名代 ( なかとみ の なしろ ) は、唐の援助を受け船を修復し 735年11月に再び出港して 736年8月 奈良に戻ります。

この時、聖武天皇( 701年-756年、在位 724年-749年 )による謁見に同行した「唐人三人、波斯人一人」のうち 唐楽の演奏家として知られていた 皇甫東朝 ( こうほ とうちょう )と、楽人とも 技術の伝授に当たった工匠ではないかとも言われている 波斯人 ( ペルシャ人 ) の 李密翳 (り みつえい ) は その後 位を授かり貴族となりました。

東大寺正倉院は 聖武太上天皇の七七忌 ( 756年6月21日 ) の際に、光明皇太后が 天皇遺愛の品 約650点などを東大寺の廬舎那仏に奉献したのが始まりで、その後も3度にわたって皇太后自身や 聖武天皇ゆかりの品が奉献されたことにより、その保管のために建設されたそうです。

この「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」の特質は 、膜鳴弦楽器と違い 振動部である表板が 針葉樹の薄板なので ”ねじり”で素速く“緩む” 状態を生じさせるために 徹底した非対称としてあるところだと思います。

例えば A部とB部 の差も そうですし、 ナットにあたる「乗絃」から上の揺れかたを左右する C部とD部 の角度の選び方も確信に満ちていると思われます。

この琵琶は、頸 ( けい = Neck ) から絃蔵を経て修復部も含めた海老尾までの全てが紫檀で作られており、裏板にあたる槽 ( そう ) も「直甲」といわれる一木の紫檀材だそうです。

また、表板である腹板 ( ふくばん )は ヤチダモ またはシオジ材が用いられ 非対称の「三枚接ぎ」で製作されています。そして、このような 非対称性は 螺鈿の形状や配置などにも 見ることができます。

その上、あたかも念を入れるように‥ 紫檀材で製作された 転手 ( 絃巻き = ペグ ) の配置も 海老尾の方から 左( P3 )・左( P4 )・右( P2 )・左( P5 )・右( P1 )の順で 強い非対称設定とされています。

そして 特記すべきことは、ルネサンス期の高度な弦楽器製作技術の略すべてが、8世紀前半に製作されたと考えられる この「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」にも確認できるという事です。

●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

“Cittern”   Petrus Rautta,  England  1579年

ともあれ、膜鳴型に始まる弦楽器においての これらの潮流から、ヴァイオリンや チェロが誕生したのは間違いない事実のようです。

このことを念頭に置き、この投稿のタイトルとした『 比率で言えば、チェロの表板はヴァイオリンより薄くされている。』について考えてみると、チェロという弦楽器が音域特性の上で ヴァイオリンよりも “緩む”ことが重要だったから・・・ と結論付けることができるようです。

以上、長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

 

2022-1-15      Joseph Naomi Yokota

干渉と共鳴についてのメモ

ピタゴラスが見出したことについての説明が短文でわかりやすく書かれているので共有させていただきました。

“ドレミファソラシド”を発明したのは誰か

2018年11月11日 11時15分 プレジデントオンライン

■「音階」を発明したのは誰か?数学と音楽の関係をご紹介したい。

みなさんご存じの「ドレミファソラシド」の音階。実はこれを発明したのは、「ピタゴラスの定理」で有名な古代ギリシャのピタゴラスなのだ。ある日、散歩をしていたピタゴラスの耳のなかに、鍛冶職人がハンマーで金属を叩く「カーン、カーン」という音が入ってきた。そしてピタゴラスは、美しく響き合う音と、そうでない音があることに気づいた。不思議に思い、いろいろな種類のハンマーを叩いて調べたところ、美しく響き合うハンマーどうしは、それぞれの重さの間に単純な整数の比が成立することを発見したのだ。

特に2つのハンマーの重さの比が2:1の場合と、3:2の場合に、美しい響きになった。そこでピタゴラスと弟子たちはさらに熱心に音階の研究に取り組んだ。彼らは「モノコード」と呼ばれる、共鳴箱の上に弦を1本張った楽器を発明し、2台のモノコードを同時に弾いて、弦の長さを変えながら美しく響き合う位置を探した。その結果、やはり弦の長さが2:1になったときに2つの音が完全に溶け合い、3:2や4:3のときにも音が調和することがわかった。

「ドレミファソラシド」の低いドから高いドまでの音程の幅を「1オクターブ」という。そして、その1オクターブ離れた2つの音は同時に響くと、高さの違う「同じ音」に感じられ、濁りなく美しく調和する。音楽では、音程(2つの音の、音の高さの差)を「度」で表す。同じ高さの音どうしは「1度」、ドとレのように隣り合う音は「2度」になる。特に美しく響き合う「完全音程」は1オクターブのなかに「完全4度」(ドとファ)、「完全5度」(ドとソ)、「完全8度」の3つがあって、弦の長さの比と関係は図のようになる。完全8度だけでなく、美しく響き合う音程になるときの2つの弦の長さの比が、簡単な整数の比になることを発見したピタゴラスたちは非常に感銘した。

数字とはかけ離れたものだと思われていた音楽の美しさがリンクしていたという事実。彼らはそこに何らかの神の意思をくみとり、数字はすべてのものとつながりがあるのではないかと考え、その後は「万物は数である」というスローガンを掲げて活動するようになった。ピタゴラスと弟子たちの熱心な啓蒙により、古代ギリシャの人々は、宇宙は数の調和でつくられていると考えるようになる。宇宙の調和の根本原理は「ムジカ」であり、その調和は「ハルモニア」である。英語でムジカは「ミュージック」、ハルモニアは「ハーモニー」だ。

こうして古代ギリシャ以降、中世に至るまで、音楽は哲学や科学に近く、秩序や調和の象徴としてとらえられていた。数学(mathematics)の語源はギリシャ語の「マテーマタ=学ぶべきもの」で、古代ギリシャにおけるマテーマタ(数学=学科)は、「算術(静なる数)」「音楽(動なる数)」「幾何学(静なる図形)」「天文学(動なる図形)」の4分野から成っていたのだ。古代ギリシャ人にとって音楽(美の中にある数)がいかに「学ぶべきこと」であったかが、うかがえるのではないだろうか。

———-永野裕之永野数学塾塾長1974年、東京都生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科卒。大人の数学塾・永野数学塾塾長。著書に『統計学のための数学教室』『ふたたびの高校数学』『東大→JAXA→人気数学塾塾長が書いた数に強くなる本 人生が変わる授業』など。———-(永野数学塾塾長 永野 裕之 構成=田之上 信 写真=iStock.com)

Sotheby’s, October 5th 2018 “Banksy’s question”

Do you have an answer?

この動画のように「Girl with Balloon ( 少女と風船 ) 」の落札価格は、2008年のバンクシー作品の最高記録と同額の 104万2000ポンド( 約1億5000万円 )でした。

しかし‥。自らシュレッダーを仕掛けるとは‥。

2018-10-7  Joseph Naomi Yokota

軸線の役割について

軸線についてご質問がありましたので投稿いたします。
私は ヴァイオリンやチェロなどの軸線が節として動かないのは”一瞬だけ”であると認識しています。

それは 人間の二足直立歩行が 左の足で体重を支えることで右足を動かし、次の瞬間に移動した右足に体重を乗せ 左足の自由度をあげることでそれを動かすのに似ており、

下図で言えば 赤線が軸線として支えている瞬間に 点 aと点 b の側にゆるみが生まれやすくなり、つぎの瞬間にはモードが反転して線分 ab が軸線の役割をはたすというイメージです。


また、軸線のゆれを表板左側にあるバスバーに由来する軸線ゾーンの破損にみることも出来ます。

表板のなかでも剛性が高いはずの このゾーンが 最も破損していることは一見不思議ですが、私はこれが軸線がゆれた証明となっていると考えます。

これらの事などから 私は箱体のヴァイオリンでは X型と十字型の軸線が”対”で設定されていると考えるようになりました。

この X型と十字型の軸線はつり合った状態から ゆらすのにはより大きなエネルギーが必要となります。弦楽器の場合 これは音の立ちあがりが遅くなったり、鳴りにくい状態につながると思われます。

私は 弦楽器は これを避けるために”対”となっている軸線の一方に年輪をあわせることで意図的に差をつけてあったと思っています。

それは 響胴の左右で剛性差がつけられたことでねじりが生じやすくなり、スムーズなレスポンスが得られると考えられるからです。

それから、軸線は年輪やバスバーだけではなく 私が参考例としてあげている 1736年頃の製作とされるストラディバリウス ( Antonio Stradivari c.1736 violin ” Prince Jussupov ” ) などの表板等厚線図の板厚配置でも取り入れられている事がわかります。

 

この2台のストラディバリウスを比較すると 上下端にしっかり確保してある C部D部の厚いゾーンの幅が左側のヴァイオリンよりも右側が狭くしてあり、 おなじくF字孔外側のA部B部の上下方向の幅が狭く変更してあることが分ります。

私は これらのヴァイオリンには 板厚が厚いゾーンの切れ目である  点e, 点f, 点g, 点hを結ぶ軸線が設定されていると考えています。

この二つのストラディヴァリウスの比較から、私は e-f 軸と g-h 軸が交わるx型の軸線角度を 左側のヴァイオリンより右側は 狭くしたと判断しました。

私はストラディヴァリは 後者のヴァイオリンでこれらの条件を変更することでレスポンスの高速化と『 低音域 』の明瞭化を実現しようとしたと考えています。

 

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2017-9-21                   Joseph Naomi Yokota

私は テールガットを リスペクトします。

 

スタインウエイが 1872年に取得した特許で デュープレックス機構というのがあります。


スタインウエイの アグラフとチューニングピン

これは ‥ ピアノの響には 打弦された弦が自由に振動する範囲の前後外側部分にあるアグラフや チューニングピン位置などの条件が影響していることに着目し、それを 積極的に利用するものでした。

公告番号 US126848 A
公開タイプ 認定
公開日 1872年5月14日
公告番号 US 126848 A, US 126848A, US-A-126848, US126848 A, US126848A
発明者 C. F. Theodor Stedtway

IMPROVEMENT IN DUPLEX AGRAFFE SCALES FOR PIANO-FORTES.

UNInn STATES’ PATENT OFFICE.
G. F. THEODOR STEINWAY, 0F NEW YORK, N. Y., ASSIGNOR TO HIMSELF, .elli-BART STEINVAY, AND WILLIAM STEINWAY.

Speciiication forming part of Letters Patent No. 126,943, dated May 14, 187
To all whom it may concern:

Be it known that I, (l. I?. Trinonon S’rnnt WAY, of the city, county, and State of New York, have invented anew and Improved Duplex Agrai’e Scale for Piano-Fortes; and I do hereby declare the following to be a full, clear, and exact description thereof, which will enable those skilled in the art to make and use the saine, reference being had to the aecompanying drawing forming part ot this specification, which drawing represents a plan of a grand piano-forte with my improved scale.

My invention consists in brin ging the vibrations of that portion or’ the string which is situated between the agrade and the tuningpin, in proportion to those ot’ the main portion of the string, in such a manner that the tone produced by said a gratie section is brought in harmony with that of the main section, and thereby the purity and fullness of the tone of the instrument is materially increased, also,4

in bringing the longitudinal vibrations of that portion ot’ the string which is situated between the sounding-board bridge and the hitch-pin in proportion to the vibrations of the main section of the string, so that the sounds due to these longitudinal vibrations are brought in harmony with the tone ot the main section of the string, and the purity and fullness of the tone of the instrument is improved.

In order to enable others to understand my invention, I will here remark that the term scale77 of a piano-torte comprises the position of the strings side by side or above each other, their length and thickness and their tension; and my improvement is applicable to all stringed instruments in which the sounds are produced by the action ol hammers.

If the bass tones of a stringed hammer instrument are sounded -irom octave to octave toward the trcblea great diiierence appears in the effect of the various strings, according to their length, as far as the partial tones of the strings are concerned, which are duc to the spontaneous subdivisions of said strings in halves, quarters, eighths, sikteenths, 85o. rl’he longest duration ofthe vibrations and the highest quality’ to subdivide in partial tones is found in the strings between the contra C and the small c. Within these limits each string subdivides itseli` by the blows of the hammer and by the transverse vibrations due to the same in a large number of nodes whereby the so-called harmonic overtones are produced, and whereby the fundamental tone is rendered rich and brilliant. At the same time this portion of the strings, particularly, produces, by the longitudinal vibrations, a number of unharmonic side tones, making a whistling sound, which disturbs the purity of the tone. Both these qualities disappear as the height of the tone increases, so that the limit of producing a pure fundamental tone is found at a4, while it is in most cases desirable to obtain a clear tone from c5,- but the inherent firmness of the thick strings generally employed, and the great tension required on account of thickness prevents the string ot’ the above-named o5 to make the proper transverse vibrations due to the fundamental tone, and a division into partial tones is out of thc question. In order to eft’ect or promote the subdivision of the string and to produce the desired partial tones, I combine with that portion of the string which is situated between the tuning-pin a (see drawing) and the main agrafte b a secondary agratt’e, c, which supports the string and is placed at a distance from the main agrae corresponding to one of the above-named subdivisions of the main section d oi’ the stringthat is to say, at a distance equal to l, l, 15, or of the length of the main section, or to any combination ot’ these fractions. The main agrafte Z), which supports the string only at one point, allows the transverse vibrations to extend to that part of the string between the said agrafte and the tuning-pin, the vibration of this part being in a direction opposite to that of the main section of the string. By inserting the second agrafi’e c at a distance from the main agraffe equal to gf, gg, ,15, 517 or E13 of the length of the main section oi the string, the subdivision of the string into partial vibrations, and the consequent production of harinonic overtones is effected or promoted7 and a clear, strong, and brilliant tone is obtained up to the highest note.

In the drawing I have marked opposite to each tuning-pin the proportion existing between the distance of the two agra’es and the length of the main section of the string.

By allowing the vibration of the strin g to extend beyond the main agraie the durability of the string is materially increased, since by cutting oft` the vibration of the string at this bration of the strings, I avoid by supporting that portion of the string between the sounding-board bridge and the hitch-pin at distances from the outer bridge-pins equal to l, or 51T of the length of the main portion of each string, or kto any combination 0f these fractions. By the sounding-board bridge the continuation of the transverse vibrations must necessarily be interrupted, owing to the width of the bridge supporting the string, whereby these vibrations are ei’ectually stopped; but particularly With strings of’great thickness, as generally used in piano-fortes of recent construction, the longitudinal vibrations ofthe strings .extend to those portions which are situated between the kbridge and the hitchpins; and in order to avoid unharmonic tones due to these longitudinal vibrations I apply between the bridge and the hitch-pin g, under each string, a support, e, at a distance from the outer bridge-pinf, corresponding to T15, 3 1? or of the length of the main section d of the’ string, or to any combination of these fractions.

In the drawing I have marked opposite to each hitch-pin the proportion existing between the distance from the support c to the bridgepin and the length of the main section of the string. By these means the unharmonic tones due to the longitudinal vibrations ofthe strings are converted into harmonious tones, whichl being transmitted through. the bridge to the sounding-board reach the ear and strengthenl and enrich the fundamental vtone of the string, instead of disturbing the purity thereof, as heretofore. The supports c and e may be made of metal, ivory, or any other material capable of resisting the pressure of the string.

What I claim as new, and desire to secure by Letters Patent, is

l. rIhe arrangement, in a piano-forte, of a g series of successive strings, in each of which the vibrations of that portion situated between the agraie and tuning-pin are brought in har- Witnesses W. HAUFF, E. F. KASTENHUBER.

C. F. THEODOR STEINVAY.

私は ヴァイオリンなどの弦楽器もこれとおなじようなものと考えています。例えればサドルが ピアノにある アグラフの役割といったイメージです。


ところで ピアノは弦( ミュージックワイヤー )がエンドピンの位置までそのまま張られていますが 、ヴァイオリンなどの弦楽器はひも状の テールガットやテールナイロン そして写真にあるカーボン繊維で作られたテールコードなどが弦の末端の役割を果たしています。

このため‥ この部分は弦楽器の響きにおおきな影響をあたえています。

因みに、テールコードは ボワ・ダルモニ( Bois d’Harmonie )などが販売する非常に軽くて丈夫な素材のアラミド繊維( ケブラー )を主体とした高強度のひもで 鋼鉄と比べて5倍くらいの強度を持つとされています。

個人的な結論ですが テールコードは 響胴が硬い楽器には有効で 高音域は多少さえますが低音域を失う傾向があります。このため、私は 限定的な使用にとどめています。

私は 弦楽器の多くは弦が響胴に ねじりを加え 弛める仕掛けが 美しい音色を作り出していると考えているからです。


ところで、少し前ですが フェイスブックで 独創的な工夫をしたこの写真が流れてきました。真鍮でしょうか‥ 少なくとも このねじりは有効だと私も考えます。バロック・バイオリンですからテールピースもねじれ易く、音響的にはそれほど破綻していないと想像します。

私もスチールやチタン、額縁ワイヤーを使用した弦楽器は知っていますが真鍮はまだ実験していません。

下図にあるようにサウンドホールが二つある弦楽器では 金属線やワイヤー、テールコードなどを使用すると点 C、点 D がすばやく近寄ってしまうことで 点 B、点 A の倒れ込みが阻害されてしまい共鳴が失われ易くなることを 私は知っているからです。

そもそもヴァイオリンなどの弦楽器では 黎明期から戦後すぐまでの 430年ほどの間、下写真の 1741年製 ガルネリ・デル・ジェス “Vieuxtemps” のように  当然ですが テールガットが用いられていました。

December 3rd, 2013 article The Economist reported that the purchase price of the “Vieuxtemps” violin exceeded $16 million.

日本円で16億円以上 ‥ 。そして、それを終身貸与されている アン・アキコ・マイヤースさんもテールガットのままで使用されているようです。

現代では新素材などの影響もあり あたかも選択肢は多数あるようにみえますが、私はテールガットは最良の選択だと考えています。

不幸なことに テールガットを ガット弦の不安定性( 上質なしなやかさ )と同じイメージでとらえてしまう方が増えてしまいましたが 実際にテールガットはガット弦と違い 丈夫なのです。

私は TORO社のテールガットを本結び( リーフノットまたはヘラクレスの結び )で 長さの調整をして使用しています。弦楽器に取り付ける場合の技術的な熟練には数年を要しましたが、私はこの製品を使用していて今までほとんど不都合を感じたことがありません。

たとえば強度上の特性はコントラバスにテールガットを取り付けることで確認できましたし、テールガットの長さについては テールピースと駒の距離を適切に選ぶことでテールピースの良好な振動をえらぶことが可能なことを知りました。

私は テールガットは ねじって製造されていることで弦楽器の響胴のねじりをサポートし、それが豊かな共鳴音につながっていると考えています。これは前出の写真のように金属線をねじるより遙かに合理的です。

さて、私は この投稿を 弦楽器工房を営む同業者の方に「 40年程前からテールナイロンの普及によりテールガットを使用している人は少数派となってしまいましたが、 TORO社のテールガットは代理店である ムジカアンティカ湘南( 社名:コースタールトレーディング )で購入出来ますので、是非ためしてみてください。」とお伝えしたくて書いています。

私は 心からテールガットが再び主役の座に帰り着くことを望んでいるのです。


ヒル型テールピース

そこで‥  初めての方には多少は役に立つかもしれないので、ここからテールガット取りつけの実例をあげさせていただきます。

1. ガットのゲージについて

ガットのゲージ( 直径 )ですが 私はヴァイオリンの場合で TORO tail gut No.200 または No.220 を選択しています。このほかに楽器条件によっては Contrabass G string  No.230 を使用する場合があります。

ガットは製造時期などの諸条件でメーカー出荷時から多少規格が変化することがありますので、私は 入荷したガットは30年程前に購入したピラストロ社の直径計測器で確認しています。

これはピラストロ社のガット弦直径検査用なので 計測時の圧力がソフトです。 私はとても気に入っています。
TORO 直径 No.230( Contrabass G string )
PIRASTRO String gauge  46.0

因みにピラストロ社の直径計測器は 目盛りが TORO社の 1/5になっていますが換算は簡単ですね。

なお、この太さのテールガット( No.230 )をヴァイオリンやビオラに使用する場合は、テールピース穴を直径2.3mmのドリルで大きくする必要があります。

TORO 直径 No.220( Viola tail gut )
PIRASTRO String gauge  44 1/2

私も以前は 市販のマイクロメーターを使用していました。
ラチェットストップ付きなので 検査傷はそれほど心配いらないのですが、ガット製品は結構‥ 直径が不揃いですから マイクロメーターのレベルで計測していると心の病に陥りそうなのでやめました。

TORO 直径 No.200( Violin tail gut )
PIRASTRO String gauge  40 3/4

私は 一般的なガット製品は 時間の経過により痩せることを考慮して、この TORO社のヴァイオリン用テールガットのように出荷時は表示より少し太めとされていると推測しています。

このように同じ製品単位( ロット )でも 私は実測して使い分けていますが、その結果はなかなか興味深いものでした。

ゲージに関しては 経験則が必要ですので、まずは計測し記録することから始めてください。


2. 作業のはじめに ガットの長さを決定します 

今回は実例として 2004年製の YAMAHA violin に、 TORO社  No.200( Violin tail gut  / PIRASTRO String gauge  40 3/4 )を取り付けました。

私はこれらのガット製品は入荷時の直径確認後 すぐにトリートメントして保管しています。このため 今回のように使用時は本結びなどの加工がしやすくなっています。

このヴァイオリンのテールピース長は 110.0mm で 依頼された時には駒とテールピースの距離 ( A )が 44.0mm でしたが、私は 52.0mm に設定することにしました。


( A ) を 52.0mm に設定するためには、このヴァイオリンでは ガットをギリギリに短くする必要があります。


私は 結び目が締まって長くなることを考慮してこの長さを選びました。そして後の工程のために マジックでマークをいれました。

3. 本結びにはいります 


決定した長さになるようにガットに折り目をつけながら なるべく結び目が小さくなるように工夫します。


4. テールガット端の処理

テールピースの裏穴規格にもよりますが、私はガット端の熱処理部の長さは ヴァイオリンの場合で 7.0mm 位としています。

では‥ まず 1回目の焼き入れです。

ガット端が熱でやわらかくなっているタイミングで 釘の頭状に成形します。


そして 2回目の焼き入れです。


ガット端は根元付近まで加熱しますが本結び部を傷めないようにしてください。


こんな感じでだいじょうぶです。

ここで反対側のガット端の工程に移ります。長さは おなじく 7.0mm位とします。


こちら側のガット端も 1回目の焼き入れをします。


そして、2回目の焼き入れです。

こちらも、こんな感じに加工します。

5. テールガットを トリートメントします

テールガットの取り付け作業はここから本番のようなものです。
ガット弦やテールガットの愛用者の中には ガットをオイル処理などをした上で使用されている方がいらっしゃいます。

私も そうです。ただし私の場合は オイルではなく 2種類の塗布材を使いトリートメントしています。


この後の締め込み工程のために ここでもう一度トリートメントをしました。

6. 本結びを締め込みます


指のなかでもみ込んだり つまんで引っ張ったり、押し込んだりして、結び目が少しでも小さくなるように工夫します。


この工程は 結構 ‥ 指の力を使います。

7. 仮組工程

ヴァイオリンのテールピースに開けられているテールガット穴部は それほど丈夫ではありません。ガットを絞め込む際には 決して”テコ原理” を使わないでください。

テールピースの材料特性とテールガット穴が開けられた位置によっては、この工程でテールピース穴部が割れてしまうことがあります。


私はこれを避ける為に 不要になった音叉を利用して締め込みをして、最後に本結びがゆるまないように そっと曲げて仮組準備を終わります。

さて、テールガットをエンドピンに架けてみます。私は このテールガットを ( A ) の距離が 52.0mm となるように作業を進めていますが、この段階で駒とテールピースの距離は 54.5mmくらいでした。

8. 最終締め込み工程

さて、いよいよ本結びの仕上がりが見えて来ました。


この工程は指の中の作業なので やはり写真では確認しにくいと思います。とにかく、丁寧にもみ込んだりつまんで引っ張ったり、押し込んだり‥  この頃には指がだいぶん痛くなります。


ところで 私が なぜ締め込みにこだわるかと言うと、このタイプのヴァイオリンでは 楽器がゆれ続ける条件として テールピースがエンドブロック部を強くゆらす必要があると考えているからです。

このことから、私は『 このヴァイオリン 』では ( A )52.0mm  -( B )110.0mm  -( C )1.5 ~ 2.0mmでこの条件が達成できると考えました。そして、このテールピースとサドル距離を 1.5 ~ 2.0 mmに設定しようとすると “ギリギリ感”が大切になってきます。

この工程で 私は テールガット長があと 1.0mm 位は 伸びるように締め込みの努力しています。


それにしても‥ 人間の指はあまり丈夫ではありません。
この段階になると 私はいつも「 手が‥!手がぁぁ~!!」と叫びたくなったりします。


こうして 駒とテールピースの距離は 54.0mm までたどり着きました。

9. 弦張り工程


さて、ここまで来るとテールガットの本結び部は こうなっています。

ここから弦を架けますが その際には ガットの本結び部が表板に接触しないように厚紙を折り重ねたものを挿みます。

そして弦の張力を少しづつあげていきます。この時にはサドルの上にテールピースが引っかかったように乗っていますので、テールピースが破損しないように‥すべらせるような感じでおろします。


今 ‥ このヴァイオリンの弦はチューニングしてあります。
そして 駒とテールピースの距離は 53.5mm です。

10. 仕上がり

枕を入れた状態で30分ほど工夫をして テールガットの本結びが締め込まれました。


そこで、いよいよ枕を外しました。この段階でサドルとテールピースの間や表板とテールピースの空間がしっかり確保されている事をたしかめます。

実例としたテールガット取りつけが終了しました。
こうして駒とテールピースの距離は 52.0mm となりました。


最後になりましたが、今回 参考例とさせていただいた 2004年製の YAMAHA violin にも テールガットは調和していたことをご報告いたします。

16億とはだいぶん違うケタ数の 6万円ほどの このヴァイオリンは響胴が硬い楽器の典型事例のようなものと言えるのではないでしょうか。

アジャスターが 4個取り付けられて初心者に近い方が使用されていますので、私はこのようにしっかり締め込んだ本結びにより 適切なテールガット長として取り付ける事が本当に大切と考えます。

テールガットの取り付け経験が少ない方にとって ガット長の調節が難問でしょうが 、すばらしい響きが持続性をもって設定できると理解されたら 皆さんの判断は速いのでは‥ と 私は思っています。

以上‥ 長文にお付き合い下さって ありがとうございます。

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2017-5-17                 Joseph Naomi Yokota

 

私は 弦楽器製作者を目指す人に “デッサン” を推奨します。

 

古い投稿の続きで恐縮ですが、私は 2014年8月27日の
” 私はバイオリン製作者にも “デッサン力” が必要だと思います。”
の文中で デッサンを始めた四女のことをお話ししました。

彼女が初心者としてデッサンをはじめて 2年半ほど経過し、最近は 多少の成長がみとめられるようになりましたので 参考にしていただくために近作を公開することにしました。

先の投稿は私の妻が 18歳だったときのデッサンから話をはじめさせていただきました‥ 。


木炭デッサン (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

デッサンは古くから絵画や彫刻、デザインや工芸などの創作活動においての基本として大切にされてきました。 これは人間の ” つくる力 “を向上させる‥ すぐれた教育効果が知られているためでした。

この場合の” つくる力 “には 観察する力、考える力、伝える力が含まれています。
つまり 物事を客観的に観察し、その構造を読みとることで課題を見つけ出し、細部にこだわりつつも全体を俯瞰しながら自らのしなやかな感性によった美的なかたちとして答えを導きだし‥ それを展開させる人間力をさします。

私は『 オールド・バイオリン 』を製作した人々も 同じように ” つくる力 “を磨く努力をいとわず、強い意志をもって弦楽器製作に取り組んでいたと信じています。

(  上記の” つくる力 “の定義は 平成27年度入試 東京藝術大学美術学部デザイン科の アドミッション ポリシーより引用させていただきました。)

   

 

デッサンの参考例として 私の妻がまだ 18歳だった 1978年に美術大学受験の訓練として描いた木炭デッサン( 上部 4枚 )と鉛筆デッサン( 下部 4枚 )を あげてみました。

一般社会では 絵が描けると その技術的な要素が着目され それを『 才能 』という言葉で捉えられがちですが、私は デッサンは 強い意志をもって基本から誠実に取り組んでいけば多くの人が上達することが可能と思っています。敢えてその言葉を用いるとすると デッサンが思ったように描ける人は 一定の努力を怠らなかったという点において『 才能のある人 』と言えるかもしれません。


静物 / 木炭デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

私達は デッサンの経験を通じて培われた 物の本質を読み解く能力を “デッサン力” と呼んでいます。

鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 9月 30日  )
    

静物 / 鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 1月  )

これらのデッサンを描いた私の妻は 美大への進学者としては後発組で、 高校 3年になってから志をたて受験準備のために鎌倉のアトリエに通いはじめたそうです。

因みに 私の場合は、なぜか‥ 小学3年生の秋に親類と家族があつまっていた場所で 『 決めた!僕は将来、画家か彫刻家になる。』と宣言した上で、中学1年生になると石膏像の木炭デッサンに猛烈にはげみました。

お陰さまで私にとって生涯の師である 彫刻家 松永正和先生との幸せな出会いなど、 人とのめぐりあいにも恵まれ ここまで物作りの道を歩んで来ることが出来ました。

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さて本題にもどりますが‥ ヴァイオリンやチェロを製作するためにはアーチのなかに組み込まれた複雑な立体的形状を読み解くために、その特徴を観察し理解する必要があります。

 


Hendrik Jacobs ( 1629-1699 ) violin  1690年頃製作

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私は 現代の弦楽器製作者はある意味では『 オールド・バイオリン 』が製作されていた時代以上の注意深さがもとめられていると感じています。

 



ここで弦楽器製作者の私見として教育論をのべさせていただくと‥ ひとりの人間がどんなに知識を持っていたとしても 実際の仕事の現場で『 気づき 』がなくては『 知恵 』として用いることができません。 私は 物作りの現場で大切なこの『 気づき 』は、学習者が 徹底的な模倣の体験を通じてのみ習得できる能力だと考えます。

私は 若者が大胆にも弦楽器製作者をめざすとしたら‥ それは 結構なことだと思います。しかしそれが果たせるかは 実際の行動にかかっています。大きなことばかりしたがり 小さなことをしたがらない人は‥ 結局、何もできずに終わるでしょう。大きなことを成し遂げる力は小さなことに誠実に取り組み、小さなことから学んだ人だけに与えられるものなのです。

これは ヴァイオリンの誕生と発達をルネサンス後期からの歴史のなかで検証してみると、ギルド制度の枠組みのなか 親方の工房で『 徹底的な模倣 』が誠実におこなわれ、それによって 多くの弦楽器職人が育ったという事実で証明されていると思います。

そういう理由で 私は 物作りを目指す心が定まった人に時間が確保しやすく、感性がやわらかい中学生や高校生などの年齢で 『 小さなこと 』として  “デッサン力” をつけるため近辺のアトリエ等をリサーチのうえで木炭デッサンの初心者コースを受講することをお奨めしています。

因みに‥ 私の高校2年生の娘が はじめてデッサンを体験するために受講したお茶の水美術学院では 2014年度の夏期講習  7月28日から8月2日( 6日間 )の入門コース( 夜間基礎入門 17:00~20:00)の場合で 17,000円 で、次いで8月11日から8月16日に受講した初心者コース( 基礎初心者 A   9:00~16:00 )は 33,000円の受講費で 18名程のクラスで指導をうけました。

ここは東京藝術大学のデザイン科、工芸科の合格実績が全国的に有名で東京芸大受験希望者が多く‥ 木炭デッサン、鉛筆デッサンの経験がまったくなかった私の娘は高校1年生、2年生を対象とした基礎科の初心者・入門コースとはいえ一緒に受講しているまわりの受講生のデッサンにも良い刺激をいただいたようです。

お茶の水美術学院
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/K00100/
基礎部 – 夏期講習
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/L00002/

そして‥ 高校生だったその四女は2年半後の現在 18歳となりました。

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彼女が デッサンを始めて2年後の 今年 7月に描いた鉛筆デッサンがこれです。

この頃から 彼女はデッサンについて 多少は考えられるようになったようです。

そして、それから 4か月程経過した現在は 下の構成デッサン( 鉛筆デッサン    所要時間 8時間15分 )のような段階まで成長しました。

当日の朝に 彼女は 自由課題として 軍手と柿 そして紐を 身近なものからモチーフとして選び、画中でイメージとして構成しました。

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彼女には 描写の上では軍手などの攻め残しは残念だけれど、大胆な構成と鉛筆の特性の使い分けによって空気が描けていることが すばらしいと講評をしておきました。

ともあれ、 私はこれが 四女の仕事としては やっと第一作にたどり着いたものと評価しています。

デッサンの訓練を彼女がはじめたときに 私が予想したように 成長には時間がかかりましたが、お陰様でこれからの成長がより楽しみになりました。

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2016-11-19                Joseph Naomi Yokota

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構成デッサン( 鉛筆デッサン )
モチーフ   :     りんご 1個、アルストロメリア、トレッシングペーパー  1枚

そして、1ヶ月が経過しました。
現在も四女は 鉛筆デッサンでは なかなか 思ったように表現できず苦闘中といったところです。

結局、彼女は このデッサンに 21時間を費やしましたが‥ まだまだ ‥ といった感じですね。でも、これらの試みは「種まき」としては十分ではないでしょうか。

私は これらの試みが 10年後の彼女をささえてくれると信じています。

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2016-12-18                Joseph Naomi Yokota