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ヴァイオリン表板アーチと裏板アーチの変遷

Antonio  Amati ( ca.1540-1607 )  &  Hieronymus  Amati ( ca.1561-1630 )    Violin,    “Charles Ⅸ”   Cremona  1595年頃

表板のアーチ 23.4mm
裏板のアーチ 18.4mm

「オールド」と呼ばれる ヴァイオリンや ビオラ、チェロは、表板や裏板の隆起が高い「ハイアーチ」や「ミディアム・ハイアーチ」で作られているものが多いという特徴があります。

その理由は、『 箱型響胴の 表板や裏板は 平らなものよりも お椀を伏せたようになっている方が強く、その曲面がきつくなるのに比例して「剛性」が高くなるため “節”の役割が付与しやすく、結果として それらと対を成す “腹”の 振動を強めるため 』であると 私は考えています。

なお、このような条件設定は シンバルや 銅鑼、ティンシャ( チベタンシンバル ) などにも見ることができます。

 

   

シンバル

   

銅鑼、チャイナトラッシュ

ティンシャ ( チベタンシンバル )

シンバル類は アーチを組み合わせて、 おもに Cup を “節”とし、Bou や Edge に “腹”の役割を 与えることで 響を強くするとともに振動時間を持続しやすくしてあります。

「オールド・バイオリン」の場合でも アーチの組み合わせによって不連続面をなした表板や裏板が その響きを生みだすために “節”の役割をはたしていますので、その アーチの高さは重要な特質を意味していると思います。

なお、一口に “アーチ”と言っても「オールド・バイオリン」の場合は 程度差がおおきいので 数段階に分類することが一般的です。

因みに私は、表板の高さが 19.5mm以上だと「ハイアーチ」、 17.5mm~19.5mm を 「ミディアム・ハイアーチ」とし、15.5mm~17.5mm を「ミディアムアーチ」、そして 15.5mm 以下を「ローアーチ」と区別しています。

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ところで、こういった点に留意しながら 表板や裏板の隆起の高さを比較していくと、1500年代半ばの黎明期から さかんに製作された 「ハイアーチ」、「ミディアム・ハイアーチ」の「オールド・バイオリン」は 1800年代になると 製作数が徐々に減少し、1900年頃には 少数の完全複製品を除いた‥ ほぼ全ての ヴァイオリンが「ミディアムアーチ」や「ローアーチ」になってしまった事を知ることが出来ます。

 

私は このようにアーチの高さを下げた事が、18世紀末以降に ほとんどのヴァイオリン製作者が 「オールド・バイオリン」を作れなくなってしまったことの遠因となっているのではないかと考えています。

 

因みに、このようなアーチの変遷は多くの弦楽器の専門家にとっては常識ですが、特に詳しくない方にも ヴァイオリンが初めて作られたルネサンス晩期から 近代、そして現代までの 480年程の期間に製作された 表板や裏板のアーチに関する計測データを、数は多くなりますが 時間軸に合わせて列記出来れば 容易に証明できるのではないかと思われます。

但し、残念な事ですが‥  厳密に言えば それは 現時点では難しいようです。

問題はアーチの計測方法です。

VIENNA micro-CT LAB  

例えば  計測精度の点で言えば、現代では「高解像度 µCTスキャン 」などの計測機器により ヴァイオリンなどの精密なデータを得ることができます。このため、研究者たちによって実施された詳細な計測データは すでに弦楽器研究に寄与してもいます。

しかし、アーチに関しては  絶対的に 検証数が不足している状況です。この計測方法に関しては その費用が 唯一の弱点となっていて、アーチの変遷を証明するためには もっと計測事例数が増えるのを待つしかない状況が続いています。

Costs:                                     Due to the high resolution of the scans and the resulting huge data volume, the generation of the raw data is very costly.         The costs for a documentation are 3.500 € (VAT not included). It is possible to run a scan with two violins simultaneously. In this case the charge will be reduced to 3.000 € each (VAT not included).

そもそも ヴァイオリンなどの表板や裏板のアーチを計測するのは難しく、ましては下図のように側板の幅を頼りとした 画像や目視による方法では 参考程度にしかなりません。

 

そこで 一般的に用いられる方法が、 このような 長いクチバシ型( ロング・ジョー )の デジタルノギスや、下写真のような ダイヤル・キャリパーで、響胴を垂直に挟み込みながら 頂点部を探りあてて 計測するやりかたです。

なお 弦楽器のアーチには個性がありますので、表板と裏板の頂点部が 垂線方向で完全に一致していない場合でも あくまで最大値を “みなし数値”とします。

そうして計測した数値が このヴァイオリンでは 63.5mm でしたので、その値から側板の高さ “30.2mm”( 推測値 )を引いた 33.3mm を表板と裏板に割り振りました。

こうして この事例では、表板のアーチが  “17.2mm” で 裏板のアーチは “16.1mm” であると 私は判断しました。

そして 当然ですが‥ これだけでは 計測精度が心許ないので、修理や整備の関係で可能な場合は このヴァイオリンと同じように 次のステップとして表板を外します。

そして、表板のみ ( 補助板あり )で アーチの高さを計測し “割り振りした数値”との突合せを行なうのです。

Richard DUKE ( 1718-1783 )   Violin,  London  1770年頃

私の場合は、外した表板を厚さ 10.0mm のガラス板の上に置き パフリング部を30個ほどのクランプでガラス板に固定することで ホリゾンタルを保持してから、表板とガラス板を合わせた厚さを測ります。

そして、その数値から ガラスの厚さ 10.0mm を差し引いた値を 表板アーチの高さとしています。この数値が先程割り振った 表板アーチの数値  “17.2mm” と等しければ、 裏板のアーチ “16.1mm” という数値の 信頼度もあると考えられます。

なお、このヴァイオリンの整備では 裏板を外しませんでしたので 直接の計測は表板のみでした。しかし、まれにですが 表板、裏板ともに外して整備や修理をする事がありますので、 私は そういった機会に試行錯誤をしながら 計測値を 表板と裏板に割り振る正確さが高まるように努力しています。

 

さて‥ これは、冒頭の アマティ兄弟 (  Antonio Amati  ca.1540-1607  &  Hieronymus Amati  ca.1561-1630  ) が製作したとされる有名なヴァイオリン ” Charles Ⅸ” の X線CTによる断層撮影画像の アーチを調べているところです。

ご存じの方も多いと思いますが Photoshop の 画像解析メニューより 計測スケールを使用して、側板幅のピクセル距離から「論理長」として 表板と裏板のアーチ高を導きました。


Antonio  Amati ( ca.1540-1607 )  &  Hieronymus  Amati ( ca.1561-1630 )    Violin,   “Charles Ⅸ”   Cremona  1595年頃

表板のアーチ 23.4mm
裏板のアーチ 18.4mm

こうした値は、最新の計測機器である「高解像度 µCTスキャン 」の精密なデータには及びませんが、ヴァイオリンの 表板や裏板のアーチを理解するためには 充分だと思います。

この投稿では ヴァイオリンのアーチの変遷についてお話ししようと思っていますが このような状況ですから‥  アーチに関しては 精密なデータでない事例も含んでいますが、私が 参考資料としているヴァイオリン画像や 計測した事例と 専門書で公表されている 研究者の方が計測したデータなどを少し並べさせていただきたいと思います。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 )   Violin,  Cremona  1555年頃
Neck side (G) 27.4 – C 28.0 – C 27.8 – B 28.2
Front    339.4 – 156.2 – 106.6 – 193.0
Back     341.6 – 159.2 – 106.7 – 195.5
Stop     188.0mm

Andrea Amati ( ca.1505–1577 )   Violin,  Cremona  1559年頃

Andrea Amati ( ca.1505–1577 )   Violin,  Cremona  1564年頃
Neck side (G) 26.61 – C 28.3 – C 29.0 – B 29.0
Front   342.0 – 158.0 – 108.0 – 197.0
Back    341.0 – 157.0 – 106.5 – 195.0
Stop    185.5mm

Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – ca.1633 )  Violin, Brescia  1620年頃

Nicolò Amati ( 1596–1684 )   Violin,  Cremona  1648年頃

Antonio Mariani ( ca.1635-1685 )    Violin,  Pesaro  1649年頃

表板のアーチ   21.0mm 
裏板のアーチ   17.5mm

Neck side (E) 26.2 – 26.4 – C 27.8 – 28.0 – C 27.2 – 27.4 – B 28.4
Neck side (G) 27.0 – 26.5 – C 27.8 – 28.3 – C 27.9 – 29.0 – B 28.4
Front   346.5 – 163.4 – 106.7 – 194.8
Back    347.5 – 167.3 – 110.6 – 200.5
Stop    190.0mm

弦楽器の響胴に関する研究は ヴァイオリンが誕生する遥か以前からおこなわれており、その結果として膜鳴型やフラットバック型、ボールバック型など 多様な弦楽器が製作され、その中でヴァイオリン特有のフォルムが生みだされました。

ですから、ヴァイオリン・アーチの観察は 音響的条件を理解するために、先ず 26.0mm~33.0mm程ある側板幅が 狭いタイプと幅広タイプの何方であることや、ネック側とボトム側の差はどのような割合となっているかを確認することからはじめます。

しかし、その読み解きには 音響システムについての理解が不可欠です。そこで 少し長くなりますが弦楽器の変遷についてのお話しを ここから挟み込ませていただきたいと思います。

 

まず前提として 弦楽器の弦は “緩む” ことで波のような “運動”をし、それが進行波、そして反射波となり振動を形成することを念頭に置いてください。

弦楽器の響胴などの共鳴部 ( 変換点 )も これと同じように “緩む”ことで “腹”の役割が果たしやすくしてあります。

つまり 振動部が緩まなかったら “腹”として機能せず、その結果としての『響』も生まれないという事です。

これが最重要であるとすれば、板状より膜状のものが より緩みやすい訳ですから、弦楽器の響胴は 膜鳴型が その原点に在ったのではないかと推測できます。

 

ところで‥ 世界に普及したとは言え、これら膜鳴弦楽器には 限られた音楽にしか適応できないという弱点があります。

汎用性の低さは複数の要素によりますが、演奏を続けると 駒が立つ革部がのびてしまい歪みとなり、響きも失われてしまうという‥ 弦楽器としては致命的ともいえる特性も その原因のひとつとなっています。

私は このような膜鳴型響胴の弱点を克服するために、その発展型として 針葉樹を薄い板状として振動板の役割をもたせる弦楽器が製作されるようになったと考えています。

その “大転換”は、 敦煌郊外にある 4世紀半ばから穿ち始められた 莫高窟 ( ばっこうくつ ) 壁画に琵琶などがいくつも描かれていることなどから考えると、少なくとも 3世紀以前のようです。

なお、この莫高窟壁画では盛唐 ( 712年~765年頃 )の時代と推定されている第172窟や、第112窟 ( 中唐 ) の伎楽図にある 「反弾琵琶」が有名です。

現在、第112窟の伎楽図は壁画の中央上部が剥がれているようですが、この資料画像のように モデルとされた琵琶はそれなりの完成度であったと考えられています。

およそ1000年程にわたり彫り続けられ、総数は大小600程と言われる莫高窟にある 多くの彩色塑像や壁画は、それらの時代に 多数の弦楽器が製作されていたことを証ししていると言えます。

そして、これら壁画のモデルとされた琵琶などが存在したことにより、5弦琵琶の完成型と言える 東大寺正倉院の宝物「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」が 製作されるに至ったと考えられます。

 

螺鈿紫檀五弦琵琶      700年 ~ 750年

螺鈿紫檀五弦琵琶が渡来した経緯は 不明のようですが、私は 奈良時代 ( 710年-794年 )に 多治比広成 ( たじひ の ひろなり :  大使 ) と、中臣名代 ( なかとみ の なしろ :  副使 ) が遣唐使として派遣された帰国時に奈良にもたらされたと考えています。

そのころ 唐は 玄宗皇帝の治世‥ 後に「 開元の治」と呼ばれる繁栄の時代で、都の長安は空前の賑わいを見せ 文化は爛熟期を迎えていたそうです。

あくまで個人的な意見としてですが、このような状況から考えると この螺鈿紫檀五弦琵琶は 長安で製作されたのではないかと 私には思われます。

唐朝最大領域  660年頃  

玄宗皇帝 ( 685-762  在位712年~756年 )「 開元の治 713-741 」

遣唐使出発 : 733年 (天平5年) 難波津を4隻で出港し、734年4月に唐朝( 618年-907年 )  玄宗皇帝の謁見を受けます。
帰路 : 734年10月  4隻とも出港し、735年 多治比広成 ( たじひ の ひろなり) は平城京に到着しました。

 

また、一緒に出港しながらも 難破して735年3月に長安に戻った 中臣名代 ( なかとみ の なしろ ) は、唐の援助を受け船を修復し 735年11月に再び出港して 736年8月 奈良に戻ります。

この時、聖武天皇( 701年-756年、在位 724年-749年 )による謁見に同行した「唐人三人、波斯人一人」のうち 唐楽の演奏家として知られていた 皇甫東朝 ( こうほ とうちょう  )と、楽人とも 技術の伝授に当たった工匠ではないかとも言われている 波斯人 ( ペルシャ人 ) の 李密翳 (り みつえい ) は その後 位を授かり貴族となりました。

東大寺正倉院は 聖武太上天皇の七七忌 ( 756年6月21日 ) の際に、光明皇太后が 天皇遺愛の品 約650点などを東大寺の廬舎那仏に奉献したのが始まりで、その後も3度にわたって皇太后自身や 聖武天皇ゆかりの品が奉献されたことにより、その保管のために建設されたそうです。

私は、この「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」の弦楽器としての特質は “ねじり”を生じさせるための 徹底した非対称性にあると考えています。

これを 900年程後のフランス国王 ルイ14世の肖像画にもある バロックリュート系の テオルボ ( キタローネ ) と 比較してみます。

 

Louis XIV  ( 1638-1715 在位 1643-1661-1681-1715 )   1688年        Architecte, Sculpteur et Peintre  :  François Puget

16世紀にリュート族の撥弦楽器として現れた テオルボ ( キタローネ )は、ルネサンス期からバロック期末まで発展しました。

しかし、 規格は標準化されておらず 大きさや形状が様々ですが 概ね長尺で、全長が 2mにもおよぶものも多数残されています。

それゆえに ヘッド部とネック部 そして響胴に設定された 縦方向の 軸組みの複雑さを一見して知ることができます。

特記すべきことは、この高度な弦楽器製作技術のすべてが「 螺鈿紫檀五弦琵琶 」にも確認できることです。

私は、ヴァイオリンが誕生したルナサンス期やバロック期の弦楽器に共通するのは、装飾的な要素は踏まえたうえで 響胴のねじりを積極的に音響システムとして取り入れてある点だと思います。

この音響システムにつきましては、5本の演奏弦の左外側に回頭機構として 2本の弦が張ってある リラ・ダ・ブラッチョ ( Lira da braccio ) や、オルファリオン ( Orpharion ) のナット、フレット、ブリッジの放射状設定とねじり軸組み、そして シターン ( Cittern )に採用された断面L字状のネックなどが参考になると思います。

このリラ・ダ・ブラッチョ ( Lira da braccio ) の回頭機構の大胆さや、非対称な響胴フォルムと 左右のF字孔の長さや傾斜設定を 私は本当に見事だと思います。

オルファリオン(Orpharion) Francis Palmer    London 1617年

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因みに、これは X線透過写真に、多少は見やすくなるように響胴の縦軸と思しき位置に赤線を入れたものです。

表板 ( 腹板 / ふくばん )は “澤栗 ( さわぐり  )”を 非対称に剥甲 ( はぎこう )と言われる三枚接ぎで製作されており、裏板や

 

 

 

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“螺鈿紫檀五弦琵琶 ”    700年~750年


“Citole”        L 610mm   W 186mm   D 147mm     1300年~1330年頃

“Mandora”        L 360  W 96   D 80 ( 83 )  Wt 255 g    1420年頃

“Lute”      Laux Maler ( 1485-1552 )     Bologne,  1529年~1552年頃 

“Treble viol” Giovanni Maria da Brescia, Venice  1550年~1600年頃

“Cistre”     Giovanni Salvatori,   1500年代

“Violin”     Andrea Amati ( ca.1505-1577 )    “Charles Ⅸ”,    1566年頃  

“Cittern”      possibly  by  Petrus Rautta,   England,   1579年    “Orpharion”      Francis Palmer    London,   1617年

“Renaissance Cittern”       Low Countries or France,  1600年代

“Theorbo”  or  “Chitarrone”      1650年~1700年

“Guitar”   Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  “Sabionari”   1679年

“Pochette violin”    Georg Wörle,  Augsburg,  Germany      1691年

“Bass Viol”      Joachim Tielke,    Hamburg     1691年 
“Violoncello”  Giovanni Baptista Rogeri ( c.1675-c.1710 )   1695年頃

“Pochette violin”       Guarneri school,  Italy    1670年~1720年頃

“Mandolino”         L  53.5cm Venice or Padua,  Italy     1710年頃

“Violoncello piccolo”    J. Christian Hoffmann ( 1685-1750 )   1732年
“Viola d’amore”    T. Eberle ( 1725-1792 )   Back 414.3mm   1750年頃

“Violin”      Antonio Vinaccia ( 1754-1781 )    Napoli,    1781年

たとえば、その実例として ハーディ・ガーディという弦楽器を見て下さい。

ハーディ・ガーディは 1500年前後にヒエロニムス・ボッシュ ( Hieronymus Bosch ca.1450-1516 ) が描いた プラド美術館収蔵の有名な大作『 快楽の園 ( “Tuin der lusten” ) 』の右側に描かれているように、ルネサンス期にヨーロッパ全域に普及した弦楽器です。

この弦楽器において特記すべきことは “ハーディ・ガーディ”という名称で同一の機構を保ちながらも、響胴が 500年以上に亘り 積極的な変更がおこなわれ続けた歴史を持っていることです。

特に大きかったのは、ヴァイオリンが誕生した後期ルネサンス頃に響胴が ヴィオール族や ギターなどに似た箱型のものと、リュートのようなボールバック型のふたつの系統に分かれた事でした。

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クルース Crwth は   主にウェールズ地方で愛用された弦楽器で アイルランドでは Crot、イングランドでは Crowd、フランスでは Crouth などと呼ばれていて、特にウェールズのクルースはウェールズの民族楽器として明示的にウェルシュ・クルース(Welsh crwth)と呼ばれることがあります。

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Andrea Guarneri ( 1626-1698 )   Violin,  Cremona  1658年

Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 )  Violin,  Cremona  1670年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,
“Sunrise”  Cremona  1677年

 

Hendrik Jacobs (1639-1704)    Violin,  Amsterdam  1690年頃

表板のアーチ   20.1mm  
裏板のアーチ   20.6mm

Neck side (E) 30.0 – 29.3 – C 30.0 – 30.2 – C 30.5 – 30.0 – B 30.4
Neck side (G) 29.2 – 29.2 – C 30.6 – 30.0 – C 30.4 – 30.7 – B 30.4
Front    350.0 – 165.0 – 105.6 – 202.5
Back    352.5 – 163.8 – 103.7 – 203.0
Stop    193.0mm

Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )   Violin,  Saluzzo  1690年頃

Girolamo Amati II ( 1649-1740 )   Violin,  Cremona  1691年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )   Violin,
“Jupiter”  Cremona  1700年

Alessandro Gagliano ( 1640–1730 )   Violin, Napoli  1700年頃

Mattio Goffriller  (1659–1742)   Violin,  Venetia  1702年
表板のアーチ 19.0mm  
裏板のアーチ 17.5mm

Neck side (E) 26.5 – 27.0 – C 27.5 – C 28.0 – 27.8 – B 28.0
Neck side (G) 26.5 – 26.8 – C 27.0 – C 26.8 – 27.5 – B 28.0
Back   351.0 – 163.0 – 107.0 – 204.0
Stop   193.0mm

Giuseppe Guarneri ( 1666-1740 )  “Filius Andrea”   Violin,
Cremona  1703年

Pietro Guarneri  di Mantova ( 1655-1720 )   Violin,  Mantova 1704年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )   Violin,
“Viotti”  Cremona   1704年

Antonio Stradivari  ( ca.1644-1737 )   Violin,
“Dancla”  Cremona  1708年

Vincenzo Ruggeri ( 1663-1719 )  Violin,  Cremona  1710年頃

Antonio Stradivari  ( ca.1644-1737 )   Violin,  “Hamma”   1717年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )   “Guarneri del Gesù”
Violin, “Dancla”  1727年頃

Neck side (E) 28.5 – 29.5 – C 30.75 – 29.5 – C 30.5 – 30.5 – B 30.25
Neck side (G) 28.5 – 29.0 – C 30.0 – 29.0 – C 30.0 – 30.75 – B 29.5
Front   354.0 – 164.5 – 107.0 – 202.0
Back   354.0 – 164.0 – 107.0 – 200.0
Stop   200.0mm

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )   “Guarneri del Gesù”
Violin, “Baltic”  1731年

Neck side (E) 29.25 – 30.0 – C 30.5 – 30.25 – C 31.0 – 30.5 – B 30.0
Neck side (G) 30.0 – 29.0 – C 30.75 – 30.0 – C 31.0 – 30.0 – B 30.0
Front   349.0 – 163.0 – 108.0 – 204.0
Back   351.0 – 164.0 – 108.25 – 203.0
Stop   190.0mm

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )   Violin,
“Red Diamond”  Cremona  1732年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri  ( 1698-1744 )  “Guarneri del Gesù”
Violin, “Kaston”  1732年

Carlo Bergonzi  ( 1683-1747 )   Violin, “Noah Bendix”  1732年

Nicola Gagliano ( 1675-1763 )   Violin,  Napoli  1737年

表板のアーチ   20.4mm 
裏板のアーチ   14.6mm

Neck side (E) 28.8 – 27.8 – C 28.2 – 29.7 – C 28.5 – 29.2 – B 29.2
Neck side (G) 28.7 – 28.0 – C 28.9 – 29.3 – C 29.8 – 29.8 – B 29.2
Front   349.5 – 160.5 – 102.3 – 199.5
Back   350.0 – 163.0 – 105.2 – 201.0
Stop   192.0mm

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 )   Violin,   Milan  1740年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 )    Violin,   Milan 1740年頃

表板のアーチ   20.5mm 
裏板のアーチ   18.2mm

Neck side (E) 30.0 – 30.2 – C 30.5 – 30.2 – C 30.7 – 30.6 – B 30.5
Neck side (G) 29.6 – 30.0 – C 30.8 – 30.2 – C 30.5 – 30.3 – B 30.5
Front   355.0 – 160.5 – 109.0 – 194.5
Back   357.0 – 161.0 – 110.0 – 197.0
Stop   197.0mm

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )  “Guarneri del Gesù”
Violin, “Carrodus”  Cremona  1743年

Neck side (E) 29.9 – 31.0 – C 32.2 – 31.8 – C 32.5 – 32.0 – B 32.2
Neck side (G) 29.75 – 31.25 – C 32.9 – 32.0 – C 32.8 – 31.5 – B 32.2
Front   351.0 – 165.75 – 112.0 – 203.0
Back   352.5 – 167.0 – 109.0 – 204.0
Stop   191.0mm

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) “Guarneri del Gesù”
Violin, Cremona  1744年頃

Andreas Ferdinand Mayr ( 1693-1764 )  Violin,
Salzburg  1750年頃

表板のアーチ   18.0mm
裏板のアーチ   17.5mm

Neck side (E) 29.2 – 28.8 – C 29.0 – 29.0 – C 29.2 – 29.2 – B 29.1
Neck side (G) 29.1 – 29.1 – C 29.2 – 29.2 – C 29.3 – 29.4 – B 29.1
Front   352.0 – 158.6 – 106.7 – 197.5
Back   352.0 – 159.1 – 106.8 – 198.1
Stop   188.5mm

G. & A. Gagliano
( Giuseppe 1726-1793   Antonio 1728-1805 )
Violin, Napoli  1754年

表板のアーチ   19.0mm  
裏板のアーチ   16.4mm

Neck side (E) 28.0 – 28.7 – C 29.4 – 29.2 – C 30.0 – 30.3- B 31.6
Neck side (G) 28.0 – 28.7 – C 29.5 – 29.0 – C 30.5 – 30.5 – B 31.8
Front  351.0 – 164.5 – 107.6 – 202.0
Back   353.5 – 163.8 – 107.4 – 201.0
Stop   191.0mm

Giovanni Battista Gabrielli ( 1716-1771 )   Violin,   Florence  1750年

Giovanni Battista Gabrielli ( 1716-1771 )   Violin,  Florence  1755年

表板のアーチ   22.0mm
裏板のアーチ   20.1mm

Neck side (E) 28.2 – 27.2 – C 28.2 – 27.6 – C 28.2 – 29.0 – B 29.0
Neck side (G) 28.2 – 27.9 – C 28.4 – 27.9 – C 29.0 – 28.3 – B 29.0
Front   349.5 – 166.0 – 107.0 – 205.0
Back   350.5 – 164.4 – 107.4 – 203.0
Stop   192.0mm

Lorenzo Carcassi  ( worked 1737–1775 )  Violin,
“Ex Steinberg”   Firenze   1757年

Neck side (E) 28.2 – 28.8 – C 30.0 – 29.6 – C 30.0 – 30.4 – B 30.6
Neck side (G) 29.0 – 29.0 – C 30.0 – 29.4 – C 30.3 – 30.8 – B 30.6
Front   355.0 – 162.8 – 106.2 – 199.5
Back   356.5 – 163.5 – 109.0 – 201.0
Stop   192.0mm

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )   Violin,  Milan  1757年

Ferdinando Gagliano ( 1706-1784 )  Violin,   Napoli   1764年

Leopold Widhalm ( 1722-1786 )  Violin,   Nurnberg   1769年

表板のアーチ   18.0mm
裏板のアーチ   17.1mm

Neck side (E) 30.1 – 30.6 – C 31.5 – 30.2 – C 31.3 – 31.0 – B 31.3
Neck side (G) 30.3 – 30.7 – C 31.1 – 30.1 – C 31.3 – 31.4 – B 31.3
Front   351.5 – 162.0 – 103.8 – 198.0
Back   352.0 – 162.5 – 104.6 – 197.5
Stop   190.5mm

Leopold Widhalm ( 1722-1786 )  Violin,   Nurnberg   1769年

Johann Georg HUBER ( 1741-1772 )   Violin,  Wien 1769年

Richard DUKE ( 1718-1783 )   Violin,  London  1770年頃

表板のアーチ   17.2mm 
裏板のアーチ   16.1mm

Neck side (E) 28.0 – 29.0 – C 30.0 – 29.8 – C 30.2 – 30.3 – B 30.4
Neck side (G) 28.4 – 28.7 – C 30.0 – 29.9 – C 30.5 – 30.2 – B 30.4
Front   352.5 – 163.9 – 109.8 – 201.2
Back   353.0 – 164.4 – 110.5 – 200.4
Stop   192.0mm

Johann Gottfried REICHEL( ca.1735-1775 )Violin,  Markneukirchen   1770年頃

表板のアーチ   17.0mm 
裏板のアーチ   15.7mm

Neck side (E) 32.1 – 31.6 – C 32.0 – 31.8 – C 32.0 – 32.0 – B 32.0
Neck side (G) 31.8 – 31.9 – C 32.0 – 31.9 – C 31.7 – 31.8 – B 32.0
Front   354.5 – 161.0 – 108.0 – 202.0
Back   356.0 – 164.0 – 110.2 – 202.5
Stop   195.0mm

Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )   Violin,
“Ex Joachim”   Turin  1775年

Johannes Theodorus Cuypers ( 1724-1808 )   Violin,
Hague, Netherlands  1780年頃

表板のアーチ   20.3mm  
裏板のアーチ   16.8mm

Neck side (E) 30.0 – 29.8 – C 30.7 – 29.2 – C 30.5 – 29.8 – B 31.3
Neck side (G) 30.2 – 30.0 – C 31.2 – 29.1 – C 30.7 – 30.0 – B 31.3
Front   350.0 – 157.4 – 106.0 – 203.0
Back   351.0 – 159.8 – 105.0 – 201.0
Stop   190.0mm

“Römischen Schule”   1780年頃

表板のアーチ   20.7mm
裏板のアーチ   19.1mm

Neck side (E) 29.7 – 29.2 – C 30.6 – 31.6 – C 31.8 – 32.6 – B 32.8
Neck side (G) 30.0 – 29.8 – C 31.0 – 31.7 – C 31.8 – 32.5 – B 32.8
Front   348.0 – 157.2 – 100.8 – 196.2
Back   349.5 – 161.4 – 101.6 – 199.5
Stop   190.0mm

Antonio Vinaccia ( 1754-1781 )  Violin,  Napoli  1781年

Giovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 )   Violin,  “Ex Havemann” Cremona  1791年

表板のアーチ   18.0mm 
裏板のアーチ   16.9mm

Neck side (E) 28.8 – 29.0 – C 29.4 – 29.0 – C 30.0 – 30.4 – B 29.8
Neck side (G) 29.0 – 29.0 – C 29.8 – 29.0 – C 30.3 – 30.5 – B 30.5
Front   350.0 – 163.2 – 107.7 – 205.0
Back   352.0 – 162.2 – 107.5 – 205.8
Stop   192.0mm

Giovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 )   Violin,  “Ex Havemann” Cremona  1791年

Nicolas Lupot ( 1758-1824 )   Violin,  Paris 1807年

表板のアーチ   “16.0mm ” (  演奏家所有のため計測不能でしたので推測値です。)

Neck side (E) 29.0 – 29.0 – C 30.0 – 29.4 – C 30.2 – 30.8 – B 31.0
Neck side (G) 28.4 – 28.9 – C 30.0 – 29.0 – C 30.4 – 30.8 – B 31.0
Front   356.8 – 167.5 – 110.0 – 206.0
Back   358.0 – 168.6 – 110.0 – 207.0
Stop   194.0mm

Nicolas Lupot ( 1758-1824 )   Violin,  Paris 1807年

Nicolas Lupot ( 1758-1824 )   Violin,  Paris 1807年

Nicolas Lupot ( 1758-1824 )   Violin,  Paris 1807年

John Betts ( ca.1752-1823 )   Violin,   London  1809年

表板のアーチ   15.8mm 
裏板のアーチ   15.2mm

Neck side (E) 30.1 – 30.7 – C 31.7 – 30.9 – C 31.9 – 31.2 – B 31.5
Neck side (G) 30.0 – 30.4 – C 31.8 – 30.1 – C 32.0 – 31.1 – B 31.5
Front   355.5 – 161.4 – 108.1 – 200.0
Back   356.0 – 160.5 – 107.5 – 197.5
Stop   192.0mm

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 )  Violin,  Torino 1837年

表板のアーチ   15.8mm  
裏板のアーチ   16.5mm

Neck side (E) 29.7 – B 31.0
Neck side (G) 29.7 – B 31.0
Front   351.0 – 166.5 – 109.1 – 206.0
Back   352.0 – 166.5 – 110.0 – 206.5
Stop   190.5mm

Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 )  Violin,  Torino 1837年

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 )    Violin,  Turin  1850年頃

Enrico Marchetti ( 1855-1930 )   Violin,  Torino  1886年

表板のアーチ   15.6mm 
裏板のアーチ   15.0mm

Neck side (E) 29.0 – 29.6 – C 30.3 – 30.3 – C 30.9 – 31.2 – B 31.0
Neck side (G) 28.8 – 29.3 – C 30.2 – 30.2 – C 30.7 – 30.4 – B 31.0
Front   358.0 – 164.0 – 107.7 – 206.2
Back   358.5 – 164.5 – 107.96 – 206.0
Stop   193.0mm

Enrico Marchetti ( 1855-1930 )   Violin,  Torino  1886年

Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 )   Violin,   Milano   1910年   “Exposition Universelle et Internationale de Bruxelles 1910”

表板のアーチ   17.0mm 
裏板のアーチ   16.6mm

Neck side (E) 28.2 – 28.8 – C 29.4 – 29.3 – C 29.3 – 29.3 – B 29.4
Neck side (G) 28.3 – 28.2 – C 29.2 – 29.2 – C 29.4 – 29.4 – B 29.4
Front   351.0 – 165.2 – 107.6 – 205.0
Back   351.5 – 165.7 – 107.6 – 204.6
Stop   192.5mm

Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 )   Violin,   Milano   1910年   “Exposition Universelle et Internationale de Bruxelles 1910”

Giuseppe Fiorini  ( 1861-1915-23-1934 )    Violin, Zürich  Switzerland   1922年

Ferdinando Garimberti ( 1894-1982 )   Violin,   Milano  1924年

Ferdinando Garimberti ( 1894-1982 )   Violin,   Milano  1924年

Simone Fernando SACCONI  ( 1895-1973 )   Violin, 
New York
U.S.A.  1967年

Simone Fernando SACCONI  ( 1895-1973 )   Violin, 
New York 
U.S.A. 1967年

Marcello Ive ( 1962 – )   Violin,   Cremona   2001年

表板のアーチ 15.1mm
裏板のアーチ 15.0mm

Neck side (E) 29.8 – 30.0 – C 30.2 – 30.2 – C 30.8 – 30.8 – B 31.0
Neck side (G) 29.7 – 30.1 – C 30.2 – 30.4 – C 31.0 – 31.0 – B 31.0
Front   353.0 – 164.2 – 108.2 – 202.0
Back   355.0 – 164.4 – 108.0 – 202.3
Stop   193.0mm

Marcello Ive ( 1962 – )   Violin,   Cremona   2001年

 

 

 

 

 

 

このバイオリンは、わずか12年で‥ なぜここまで壊れたのでしょうか?

これは私が 2013年に修理を依頼されたヴァイオリンのラベルです。

ご存じの方も多いでしょうが 国内メーカーが製造しているピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズの 4/4サイズのヴァイオリンとして 2001年に製造されました。

表板は中の状態を確認していただくために持ち主の目の前で私がヘラを使ってはずしました。作業に取り掛かるまえに弦をはじくとはっきりノイズがしていましたのでバスバーの剥がれは予想していましたが‥ ここまでとは !!

写真でわかるようにバスバー両側が完全に剥がれていて、その上 指板下の表板ジョイント部が 140mm程( 表板全長 354mm )の長さにわたって剥がれていました。

そして表板ジョイントの剥がれを撮影しようと私が表板をさわっていたら『 パキッ 』という音とともにバスバーが外れてしまいました。

そしてこの景色となりましたが、私の経験ではそもそもバスバーが脱落するケースはほとんどありませんでした。このようにバスバーがはずれたのは 私の30年間の経験 ( 2013年 )では 3例目となりました。

これが脱落したバスバーを E線側から見たものでバスバー長さが 275.0mm 上下スペースがネックブロック側 39.0mmのエンドブロック側 40.0mmで厚さが写真向かって左のネック側端が 5.5mmで 駒部 6.4mmのエンドブロック側端が 5.8mmとなっています。

そしてバスバーの高さは駒部が 11.6mmで両端が 4.5mmとしてありました。また F字孔間距離の最狭部は 39.8mmにしてあり、これに対しバスバーは 0.1mm内側に取り付けてありました。

因みにこのヴァイオリンのあご当て無しでの重さは 410g程で、そのうちバスバーの重さは 5.9gで バスバーがない状態の表板は 73.0gでした。

このピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのヴァイオリンは魂柱( Soundpost )が立っていた部分が表板、裏板ともすでに窪みができていました。

このダメージ傷によってピグマリウスに入れられていた魂柱が 直径 6.0mm であったことが推測できます。

私の経験では、ダメージ窪みは スプルース材の表板に比べて 楓材でつくられた裏板は深くはありませんが、このヴァイオリンのように識別可能な窪みとなっているケースは 多いようです。

ヴァイオリンは響胴の変形が進行すると、魂柱が立つ位置の表板と裏板の空間 ( 高さ ) が少しずつ狭く( 低く ) なっていきます。

しかし魂柱は圧力がかかってもほとんど縮まないので、結果として表板や裏板にめり込むかたちになります。

別のヴァイオリン表板内側に生じた魂柱窪みの写真

この過程でのダメージ窪みは 緩慢なスピードで深くなっていきますので、初期から中期にかけては下の写真 e. ( チェロ )と f. ( ヴァイオリン ) のように 表板の割れに至っていないことが多く、外見からの確認は難しいようです。

ヴァイオリンのアーチの条件などにもよりますが 、表板の魂柱部の窪みは下写真のヴァイオリン  f. のように魂柱部の厚さが 3.2 mm で、魂柱位置の厚さは 1.9 mm になることすらあります。 ( 1.3 mm めり込んだようです。)

この段階でも このヴァイオリンは魂柱割れ( Soundpost crack )は入っていませんでした。

下の2枚の写真は 参考のために上のヴァイオリン  f. の内側にサランラップを貼り 四角い木の台座に厚塗りした粘土状樹脂で 魂柱部の窪みの型をとったものです。

サランラップですこし不明確にはなりましたが直径 8 mm 程の窪みが凸型で確認できると思います。

     

表板の疲労変形が生じているヴァイオリンは ちょっとしたことで魂柱が倒れたりします。 下の型は上の楽器とは別のもので、5年ほど使用された新作イタリア製ヴァイオリンから同じくサランラップ越しにとったものですが、過去に調整を依頼された楽器屋さんが 魂柱を外に引っ張ったり‥ 場所を変えてたてた跡が10ヶ所ほど残っていました。

あまりに頻繁に魂柱が倒れるのでかなりきつくいれたようで、よく見るとサランラップ越しなのに表板のスジ状の年輪と直交するかたちで魂柱の断面にあった年輪のあとがクッキリ残っています。私はこの写真を弦楽器工房の関係者すべてに 心にとめておいていただきたいと思っています。

       

残念ながら魂柱窪みに関してはストラディヴァリウスも例外ではありません。

表板魂柱部の割れをサウンドポスト・パッチで何度修復してもその後に再び窪んでしまうものが少なからず存在します。

それから‥ ガルネリ・デル・ジェズでは 、ヤッシャ・ハイフェッツ ( Jascha Heifetz  1901-1987 ) が愛用していたヴァイオリンが象徴的だと 私は思います。

このヴァイオリンは 1950年頃に修復のために表板が外されており、その際の写真で 魂柱部のダメージ窪みなどが確認できるからです。

私はこれらの弦楽器にみられるダメージ傷や割れなどの破損は バランスが調和していない弦楽器を『 演奏した‥ 』結果、表板が歪んだことで生じたケースが多いと考えています。

ヴァイオリンや チェロは「強制振動楽器」であることから、バランスが調和していない楽器は 弦を張って数時間後から 数日で「組み上げた直後とくらべて、音の立ち上がりが悪くなり 響きが失われ‥硬くなった感じがする。」という初期症状が確認出来ます。

これらを念頭において観察すると、冒頭に挙げさせていただいた ピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのヴァイオリンが12年で演奏不能になったことも理解出来るのではないでしょうか。

 

 

 

 

2019-3-20                Joseph Naomi Yokota

既製品のヴァイオリン 整備見本が仕上がりました。

“Pygmalius Derius”  Violin ( Special – G )  2007年製

私は 弦楽器製作以外に、ヴァイオリンや チェロなどの整備や販売もやっています。

ところで 整備の場合は 費用は内容で違い、特別な整備では ¥1,000,000- を越える場合もまれにありますが ほとんどが¥5,000- ~ ¥500,000- の範囲で、実際に依頼された時に持ち主の方とご相談して決めています。

このとき ¥5,000- ~¥30,000- の整備では、その具体的な内容の説明は難しくは無いのですが、例えば ¥50,000- とか ¥80,000- あるいはそれ以上の場合は 具体的な整備内容の技術的な( あるいは音響システム上の )説明に苦慮することがよくあります。

“Pygmalius Derius”  Violin ( Special – G )  2007年製

このために『 整備済みの具体例があれば 分かりやすいのでは‥。』と考えていましたが、先日 このヴァイオリンの委託販売を依頼されたので、好機と考え 実際に ¥80,000-整備例として仕上げました。

因みに このヴァイオリンは 2007年製の “ピグマリウス・デリウスシリーズ”  4/4サイズ ヴァイオリンで スペシャル モデル  ( グアルネリ型 )  です。購入時の価格は 税込み ¥294,000- ( 本体価格 ¥280,000- ) でした。

私は このヴァイオリンを初心者の方でも購入できるように 整備費込みで ¥210,000- ( 税込み )で販売しようと思います。

内訳は、 整備 ¥80,000 + 本体¥130,000 = ¥210,000 ( 税込み ) です。

それとともに、このヴァイオリンの購入者が決まるまでの間、整備費用 ¥80,000- の実例見本として、皆さんに弾いて頂くことにしました。

私は 整備の説明でよく『 弾けば‥ きっと、分かりますよ。』と お話ししています。その通りのレスポンスや 響きとなっていますので、ご自分のヴァイオリン整備を考えていらっしゃる方には このヴァイオリンを試奏することがよい参考になると思います。

是非、電話 あるいはメールの上で お気軽に このヴァイオリンの試奏においでください。

また、ヴァイオリンの購入を考えていらっしゃる方には 60万円位までの価格帯のヴァイオリンの中では ずば抜けている性能のヴァイオリンに仕上がっていますので、どうかご検討ください。

 

  なお、この整備に必要な時間は おおよそ 4日 ~ 7日で チェロで同じ整備をする場合は 費用するが ¥160,000- ( 税込み )となります。どうか ご理解の程を お願いいたします。

 

この ヴァイオリンは おかげさまで  1月19日にはご縁があったお客様の手元に渡りました。ありがとうございました。

 

 

 

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2019-1-11                Joseph Naomi Yokota

裏板の製作工程

これは 2012年に私が製作したヴァイオリンの裏板です。

私が 2013年に着手したチェロの裏板は これらのヴァイオリンで学んだ要素をかなり反映させました。

2013年10月1日 チェロ裏板 外側アーチ部粗削り終了

ただし‥ チェロは ヴァイオリンの4倍、或いは 8倍程の面積や体積がありますので、削れば消える軸線を鉛筆で書き込み続けるだけでも大変です。

因みに、Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) が 1743年頃製作したチェロ “Ngeringa”  Piacenza は 総重量 2456g ( Front 716.8 – 338.8 – 231.2 – 425.9 / Back 716.6 – 340 – 228.7 – 423.3 / Stop 391.0 )は、表板の重さ 387g  ( アーチ 25.4mm ) –  裏板の重さ 482g ( アーチ 30.9mm )。

同じく G.B. Guadagnini の 1757年製チェロ “Teschenmacher”  Milan は 総重量 2584g ( Front 717.0 – 339.3 – 247.1 – 420.9 / Back 712.2 – 332.7 – 237 – 419 / Stop 391.1 )では、表板の重さ 319g ( アーチ 28.4mm ) –  裏板の重さ 464g ( アーチ 36.4mm ) とされています。

私は このようなオールド・チェロを参照にしましたので、この時 製作したチェロの表板は バスバー無しの白木状態で 350g以下で、裏板は 550g以下、側板部が 500g以下とバランスを定めて作業を進めました。

このため、その工程で剛性に関する問題も解決する必要を抱えることになりました。

また、最終的には箱状になりますので 裏板、表板ともパフリングより外側の縁部が側板とリレーションし易いように、側板に合わせた状態でアーチの削り込みや 縁の厚さの調整が必要でした。

2014年1月5日 チェロ裏板外側のアーチ部で削り込みによって消えた軸線を書き込んでいるところです。

因みに、私は 軸線設定が狂わないように、このチェロ専用の裏板外型枠を製作しました。

2014年2月6日 この裏板 ( アーチ 32.6mm ) は 外側削りの仕上がり重量が 1900g でした。

2014年8月4日 この裏板は重さが 528g となり駆動性も良い状態で仕上がりました。


「オールド弦楽器」においての音響システムについて

私は ヴァイオリンという楽器は ビオラやチェロと比べて共鳴現象が不全でも F字孔がエネルギー変換の受け皿になりやすいため、チェロやビオラと比べて 破綻しにくい弦楽器であると考えています。

逆に言えば、チェロやビオラは響胴の共鳴部が十分に機能しなければならないので 変換効率の側面から、完成度の高いものを製作することは ヴァイオリンを製作するより相対的にむずかしいと言えます。

Joseph Naomi Yokota     Violin, Tokyo  2008年

そこで 私は「オールド弦楽器」の特徴から 音響システムとして仮説を立てた上で、まず 検証ヴァイオリンの製作を 2004年11月11日に着手しました。これは 7年程の期間に及びましたが、試行錯誤しながら 7台のヴァイオリンを製作しました。

そして この過程で 仮説の音響システムに修正を加えながら、それをヴァイオリン族のプロト・タイプとして確定させました。

この準備を経た 2011年3月7日に、私は いよいよ‥ チェロの設計に取りかかりました。

ここから この時に製作した、私にとっての 原型チェロ ( Prototype cello ) の お話しをさせていただこうと思います。

■  響胴の軸組み調整

 これは 響胴に組み上げに着手したところで、ネックやF字孔の設定と 駒位置やブロック配置により 表板と裏板の基本となる軸線の組み合わせのバランスを修正しているところです。

私は 表板側の軸線を このように設定しています。

この表板側の軸線は 側板部とも連動します。私は 特にブロック部との関係が重要だと考えます。

そして、これにネックやサドル、エンドピン、それから表板と裏板のパフリングより外側部が 加わることで 楽器的個性が生れていると思っています。

たとえばネックの水平面上での傾きは、この 1700年頃製作されたチェロのようになっていたと考えています。

このチェロは 1986年の接ぎネックの際に、ネックが向かって左回りに起こされていますが、元々NHK交響楽団OBのチェリストが使用していた時は もっと幅が狭くてボタン部もクラウン無しで小さい設定であった製作時の様子が残っていました。

ですから この写真の時点では ネックがだいぶん起こされていますが、元の傾きの名残で右に傾いている様子は確認出来ると思います。




 

 

 

 

 

 

 

このようなネックの役割のうち “ネジリ” に関しては チェロとヴァイオリンは割合が違うだけで類似していますので、私は 1950年代にアメリカで撮影された ヴァイオリン演奏を鏡像の動画にしてあるものが、最も分かりやすい資料であると思います。


そして、サドル位置も同じ理由で黎明期から 上写真のような位置として設定されていたようです。このチェロでは「オールド弦楽器」の復元楽器としてこのように表板と側板、そして裏板のバランスを設定しました。

 

「オールド・チェロ」の製作方法についての検証実験

弦楽器のしくみは多少難解ですが‥「 オールド・ヴァイオリン 」と、「 “写し”として製作されたヴァイオリン 」、そして「 贋作ヴァイオリン 」を見分けるには、『 オールド弦楽器の製作方法 』を知ることが重要ではないかと 私は考えます。

そこで、16世紀中頃から 18世紀の終わりまで製作された弦楽器の音響システムを実証するために、2015年に私が製作したチェロの事例を用いて「オールド弦楽器」の特徴についてお話しさせていただこうと思います。

なお、ここでは ヴァイオリンより多少バランスの違いが見えやすいチェロを用いますが、基本的な仕組みはヴァイオリンや ビオラも同じとご理解ください。

Cello 1700年頃 パーツ無し重量 2280g / 総重量 2789g

弦楽器は固有振動がそのキャラクターを決定します。ですから製作する場合は まず、総重量とそれを構成する それぞれの部分の重量配置 ( 重心コントロール )と、 それらのゆれ方の関係性を決定する必要があります。

そこで まず基本からですが、 オールド・チェロは 響胴サイズが様々です。これを アントニオ・ストラディヴァリ ( ca.1644-1737 )や、ジロラモ・アマティ Ⅱ ( 1649-1740 )、ヨーゼフ・ガルネリ ( 1698-1744 ) などのチェロで見て下さい。

 

● Girolamo Amati Ⅱ ( 1649-1740 ) Cello, 1690年                                      F. 737 -352 – 243 – 439 / B. 738 – 352 – 239 – 431                                    Stop 397mm / ff ( between Tow holes ) 82.2mm                                     Head L. 209mm / Eyes width 63.2mm

● Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Cello,”Gore-Booth” 1710年     F. 756 – 343.5 – 230 – 437 / B. 756 – 341.5 – 229 – 437                            Stop 407mm / ff 90.8mm / Head L. 204.5mm / Eyes width 67.4mm

● Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Cello, “Pleeth” 1732年頃           F. 719 – 339.5 – 231 – 422 / B. 717 – 340 – 230 – 420                              Stop 398mm / ff 92.8mm / Head L. 214mm / Eyes width 66.5mm

● Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Cello, “Josefowitz” 1732年      F. 693.5 – 316.5 – 219 – 403 / B. 690 – 319.5 – 220 – 408                       Stop 375mm / ff 86.2mm / Head L. 204mm / Eyes width 67.5mm

● Guarneri del Gesù ( 1698-1744 ) Cello, “Messeas” 1731年                  F. 730 – 349 – 241 – 434 / B. 735 – 354 – 243 – 437                                  Stop 392mm / ff 102mm / Head L. 210mm / Eyes width 66.0mm

このように オールド・チェロは、総重量の前提となる響胴の大きさを理解するだけでも 難易度は高いと思います。

それらを勘案した上で、音響システムの実証用チェロ製作時に私が直接的に参考としたのは冒頭の画像のものも含めた下記の5台でした。

Nicola Albani / Cello ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )

① Cello 1700年頃                       パーツ無し重量 2280g ( Back 735 – 349 – 225 – 430 / Stop 403.0 ) 総重量 2789g

② Nicola Albani Cello ( Worked at Mantua & Milan 1753~1776 )パーツ無し重量 2250g ( Back 734 – 343 – 236- 427.5 / Stop 392.5 )総重量 2747.8g

③ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Cello 1757年     総重量 2584g ( Back 712.2 – 332.7 – 237 – 419 / Stop 391.1 )

④ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Cello 1743年頃    総重量 2456g ( Back 716.6 – 340 – 228.7 – 423.3 / Stop 391.0 )

⑤ Cello 1790年頃                     パーツ無し重量 1826g ( Back 707 – 320 – 215 – 408 / Stop 379 )   総重量 2330g

そして、最終的に私は下記の規格を採用しました。

● Joseph Naomi Yokota Cello, 2015年                                                             総重量 2389g

表板サイズ:745.5 – 347.0 – 243.0 – 449.0                                                      裏板サイズ:741.0 – 356.5 – 239.5 – 448.0                                                      側板:ネック側 108.3mm – エンドピン側 120.0mm

表板アーチ:28.7mm                                                                                                     裏板アーチ:31.8mm

ヘッド長:205.0mm( ボトム・ヒール位置まで )                                スクロール・アイ幅:66.2mm 指板:30.0mm – 62.4mm – 583.5mm ストップ:403.0mm

この実証用チェロで重要と考えたのは次の5点です。

① オールド弦楽器の豊かな響きは それぞれの部分の振動が合成されることで成り立っていると考えられます。そして、それは 振動体の質量や長さが整数倍の関係のときに重なりやすいと推測できます。

例えば、下図のチェロのように 指板も含めたネック部と 響胴の重さの関係は 1 : 3 で、ヴァイオリンのそれは 1 : 2 といった設定が望ましいと私は考えます。

また、現代型の指板の場合は 指板が空中に突きでるネック端部に重心を合わせて 1 : 1 にしておくと 音量バランスが整いやすく、そのうえ指板自体の軸組を工夫することで運動特性をある程度 選択できるため、響胴に対してのバランスをあわせるときの大事な選択条件であると思われます。

② 弦楽器で深い響きを生むためには駆動系と変換点のエネルギーロスを減らすこと‥ あえて極端な表現をすれば「 振動の持続時間をすこしでも長くすること。」が大切だと考えられます。

このためには”対” となってゆれが残りやすい天秤の「 腹 – 節 – 腹 」の関係を剛性や運動を勘案し設定すること、そして振動エネルギーが通過する経路の工夫、変換点の「 節 – 腹 」の設定も表板の材料特性をよく観察し適切におこなうことで達成できると信じます。

③ 響胴部のバランスは6本の柱 ( ブロック ) の形状と、1本の交換式柱 ( 魂柱 ) やパフリング外縁部の剛性 ( 形状 ) を工夫して 表板と側板の接着面( Reference plane )に対しての重心位置をあわせることで調和させることが可能と思われます。

④ 響胴中央軸に対してのネック上面の軸は低音側 ( バスバー方向 )に合わせ、ネック下方面 の軸は裏板ジョイント方向にむけて「 ねじり 」を積極的に活用する設定で製作します。

⑤ 低音の共鳴現象が生じやすいように 表板の重さはバスバー無しの白木状態で 350g以下で、裏板は 550g以下、側板部が 500g以下とし、響胴部のなかで 表板と裏板側 ( 側板を含む )の関係を 1 : 3 で製作します。

同じく響胴とネック部の関係を 1 : 3 とするために指板は 200g以下で ネック & ヘッドは 300g以下にします。これらの合計である 2000g以下にするためには、立体的形状や幾何剛性を積極的に利用し安定した状態が持続できるように工夫します。

干渉についてのメモ

■ 自作チェロの重量配分図( 塗装前 )

総重量:2389.2g ( 完成日 2015-12-26 ) パーツ無し重量:1942.0g ( 白木 1885.5g ) / パーツ合計:447.2g

重量配分 ネック部 485.5g : 響胴 1456.5g

塗装前ネック & ヘッド:297.0g – 指板 & ナット:186.0g                   表板部: 411.0g – 側板部:484.7g – 裏板部:531.0g

このチェロは 仕上がり総重量が 2389.2g でしたが、これはもちろん偶々ではなく着手時の目標値が 2250g ~ 2500g でしたので計算の通りといったところです。

現代では チェロの重さは 2300g~3200g 位で、個体差が大きいようです。なお、一般的に使用されているパーツ重量の合計は 380g~580g 程で、普及品タイプのチェロはパーツ無し( 指板含む )重量が 2400g~2800g ほどだと思われます。

あくまで個人的な意見ですが‥ 私は チェロの総重量が 2900g を越えるのは避けたほうが望ましいと思っています。例えば、2012年製 GLIGA gemsⅠシリーズの 初心者用チェロは パーツ無し重量が 2800gで、総重量が 3186g もありました。

GLIGA Cello ( gems Ⅰ), 2012年

こういう楽器は響胴からネック、ヘッドが一直線に硬直していて鳴らすとチューニングも狂いやすく、響胴も硬いのでボーイングが難しく 右手が疲れやすいのではないでしょうか。

その上、音量が望めませんので 合奏楽器としては薦められません。こういう現実を常々目にしていますので、私は 初心者用のチェロがもっと楽器として性能が改善されることを心から願っています。

■ 響胴の軸組

私は 18世紀末までの弦楽器製作者は 響胴の「 節と腹 」の原理をほぼ正確に理解し、実際に用いていたと考えています。

それらの要素をバランスよく組み合わせるためには 座標となる多数の軸線が必要と考えられます。

このため、私は 16世紀中頃から 18世紀の終わりまで製作された弦楽器の音響システムとしてこれらに残されている座標軸線の痕跡を検証し、表板や 裏板の軸線としてまとめてみました。

ヤーノシュ・シュタルケル(János Starker 1924 – 2013 )さんが使用していたチェロは、1705年にベネチアで Matteo Goffriller ( 1659–1742 ) が 製作したものとされています。

 

この部分の’傷’は ストラディヴァリ・ソサエティの エドゥアルド・ウルフソン( Eduard Wulfson )氏が所有し、ナターリャ・グートマン( Natalia Gutman )さんが使用している グァルネリ・デル・ジェスが製作したとされる 1731年製のチェロとも共通しています。

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )                           Violoncello 1731, ” Natalia Gutman ”

このガルネリが製作したチェロは A ゾーンと B ゾーンの’傷’がとくに深くつけられています。

1982年にニューヨークで生まれたチェリスト、アリサ・ワイラースタイン( Alisa Weilerstein )さんが 2014年から使用しているチェロにも同じ特徴があります。

この楽器は Domenico Montagnana が 1730年に製作したとされています。そして この楽器ではA ゾーンとB ゾーンの傷が 確認できるとともに、C ゾーンの ‘深い傷’ も見ることができます。

私は これらを ‘節’としての ‘折れ軸’を調整した痕跡と考えています。

私は このような「オールド・チェロ 」などの分析から ‘座標’や ‘折れ軸’としてこれらの線分を製作のために 表板で 100本、裏板は 60本選び設定することにしました。

因みに、軸線が機能していない状態は 壊れた弦楽器で見ることが出来ます。

例えばこれは、壊れたコントラバスの修理をシュミレーションするために写真にしてプリントし切り抜いたあとで 破損個所をカットし表板の変形を実際のように折り込んだものです。

私の所見では‥ この破損の主因は、左右方向の剛性につながるアッパーやロワーの軸の不全です。

そもそも、弦楽器の多くは上図 点C, 点Dに弦の張力をかけることで 点A, 点B が 中央部に向かって倒れ込むような応力がかかるようになっています。

そして 点A, 点B からの応力は駒などによる中央部の剛性が高いゾーンを避けるように 点E と 点F のアッパーとロワー側にむかいます。

これによって弦楽器の多くは響胴にかかる応力で壊れないようになっています。



ですから、例として挙げさせていただいたコントラバスは下図のように折れ軸が機能するように、バスバーの形状を変更することでバランスを合わせ 再び使用出来るようにしました。

 

摩耗したように加工する “パティーナ加工” について

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 ) Violin, Napoli 1737年

「オールド・バイオリン」などでは 摩耗したように加工する “パティーナ加工 ( antique patina) ” が施されているものが多いので、ヘッド部を観察するときも これを念頭に置く必要があります。

その参考例として、このスクロールの右側突起部に注目してください。この部分は 製作された後の “修復” によって 現在この状態となっていると私は判断しました。

それは、この ヴァイオリン・ヘッドの “修理部分”( 上写真右側 )が、同時期に製作されたヴァイオリンの摩耗痕跡( 上中央 )と 同様であったと考えられることが決め手となりました。

このような特殊レベルの “パティーナ加工” が施されているヴァイオリンが複数台あるということは本当に素晴らしいと思います。

私は これらを 製作時に摩耗したような加工をする弦楽器製作者がいた状況証拠のひとつと考えています。

Johann Jais Viola Tölz ( 1715-1765 ) Viola 1760年頃

また、上の事例のように 摩耗仕様で生み出された非対称性については、このビオラのように 着手時の設定段階( 木取り )で意図されたことが分る弦楽器との比較がその理解をより深めることに役立つと思います。

このように、摩耗痕跡タイプの “パティーナ加工 ” は 複数の作品で比較してみると 一定の法則性をとらえることが出来るのではないでしょうか。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin Cremona 1715年”Lipinski” / Giuseppe Tartini ( 1692-1770 )

たとえば このヴァイオリンは、1700年代に ヴァイオリンソナタ『 悪魔のトリル ( Devil’s Trill Sonata ) 』で有名となった 作曲家 ジュゼッペ・タルティーニ( Giuseppe Tartini 1692-1770 )が使用したとされる ストラディバリウスです。

私は 「 クレセント・カット( Crescent cut )」と呼んでいますが 三日月型の” 激しい摩耗痕跡 “があります。

そして写真右側はイタリア・クレモナに展示されている 有名なヴァイオリンです。クレセント・カット部には 修復痕跡が認められます。さて、これは どう考えるべきでしょうか?


残念ながら このような摩耗痕跡を 『 演奏するためのチューニングなどですり減った。』 と思っている方も多いようで、実際にその判断の誤りにより このように ‘修復’ されてしまう弦楽器もあとを絶ちません。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin, “Sunrise” 1677年

これは、 ストラディヴァリが製作した装飾文様入りの有名なヴァイオリン “Sunrise” です。 彼が初期に製作した作品ですが 装飾加工も含めて製作時の状況がよく保存されていることでも知られています。

このヴァイオリン・ヘッドにも 小さなクレセント・カットが入っています。ところがその周りには他に摩耗したような痕跡はあまり見られません。私は このヘッドにみられる摩耗部とそのまわりの’落差’ を不自然( = 意図的 )と感じます。

それから、これは オーストリア国立銀行が ウィーン・フィル( Wiener Philharmoniker )のコンサートマスターに貸与している 1709製ストラディヴァリウス ”ex Hämmerle” の ヘッド写真です。

2008年に定年退団するまで ウェルナー・ヒンク氏 ( Werner Hink 1943 – ) が使用し、その後 1992年から コンサートマスターに就任していた ライナー・ホーネック氏 ( Rainer Honeck 1961- ) が 演奏に用いている有名な楽器です。

クレセント・カットとなっていたと考えられる 赤色部は接木されているようですが、このヴァイオリンで摩耗部とその周りとの’落差’ を 見て下さい。

下画像のように 私はスクロール部を 1段目、2段目、3段目と区別していますが、摩耗痕跡が 1段目のエッジ部でみとめられるのに 2段目、3段目のエッジ部は 完成時のままであるかのように フレッシュです。

この 1709製 ストラディヴァリウス ”ex Hämmerle” の ヘッド1段目とそれ以外のエッジ摩耗の差は、ほかの ストラディヴァリウス‥ たとえば 下写真の 1714年製でも 見ることができます。

この 1714年製のストラディヴァリウスでも、前出の1709年製のヘッド程ではありませんが 同じように三角形の接木がしてあるようです。また、摩耗痕跡も 1段目のエッジ部でみとめられるのに 2段目、3段目のエッジ部は 完成時のままであるかのように フレッシュです。

ヴァイオリンを演奏したことがある方でしたらイメージ出来ると思います。もし チューニングでヘッドに触れたことが摩耗の原因だとしたら 「 この景色 」はあり得ないのではないでしょうか。

これらを検証した結果、ストラディヴァリは 摩耗加工を 多少不自然になるのを承知のうえで、 音響上必要とおもわれる最低限にとどめた弦楽器製作者だと私は考えるようになりました。

さて‥ ヴァイオリン族のなかでも ヴァイオリンと ビオラは 演奏者がヘッドに触れることがある訳ですが、チェロのヘッドは人が触れることは殆どありません。

ところがオールド・チェロの中には、製作者が 前出の ストラディヴァリウスのヘッドと同じように 2、3段目はそのままで1段目だけを”激しく摩耗させた” チェロが存在します。



私も 最初にプロのオーケストラで 2プルトに座っているチェリストから 『 演奏の最中に目の前のオールド・チェロのヘッドをいつも眺めていてね‥ヘッドが ”激しくすり減った” 理由が何度考えてもまったく解からないんだけどどうして?』と質問された時には まったく説明できませんでした。

しかし、同じような質問を何人かから受けましたので 本腰をいれて調べることになりました。

これは 1997年に ヴェネチアの南西80㎞程の街 Lendinara で開催された展示会カタログ ” Domenico Montagnana – Lauter in Venetia ” Carlson Cacciatori Neumann & C. の 109ページに掲載されている 1742年に Domenico Montagnana が製作したとされるチェロです。

16世紀から18世紀にかけて ヴァイオリンやチェロを製作した人は リュート 、シターン や テオルボ 、キタローネや ヴィオラ・ダ・ガンバ をよく知っている弦楽器製作者でした。

左側に1993年に ボローニャの博物館カタログとして出版された ” Strumenti Musicali Europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” John Henry van der Meer の105ページに掲載してある、17世紀に製作されたと考えられる テオルボのヘッド写真を置きました。

両者とも、後ろから見たときに中心軸が右側に曲がっていくのが特徴となっています。左右の写真を見比べれば同じ軸取りがしてあるのが理解していただけると思います。

これらのことから、私はクレセント・カットなどのヘッド部の摩耗痕跡は人為的な加工 つまり、ヘッドの中央付近を上下に通る”ゆれるための軸”の調整痕跡であると判断しました。

ヴァイオリン誕生の土壌

Mandora 1420年頃 L 360.0 W 96.0 D 80.0( 83.0 ) / Wt. 255 g

ペグボックス壁部の厚さを左右差があるように製作すること自体は、ある意味では弦楽器製作者の常識でした。

“The Renaissance Cittern” Francis Palmer London 1617年

これは ルネサンス・シターンや テオルボ ( Theorbo ) などで、垂直軸に対して直交方向に取り付けられている ペグ、ナット、フレット、ブリッジなどの傾きや、ペグボックス部の左右壁厚差を見れば明白だと思います。

しかし 検証を進めた結果‥ 従来の宮廷音楽に加えて ヤコポ・ペーリ (1561-1633 ) や、クレモナに生まれ学び 後にヴェネツィアのサン・マルコ寺院楽長となった クラウディオ・モンテヴェルディ ( 1567-1643 ) 達が、1600年前後にオペラを誕生させたあたりから弦楽器には時代の風が吹いていたことが分りました。

オペラは 急速に普及し1637年には ヴェネツィアにサン・カッシアーノ劇場が開設されると歌劇場建設ブームが起こりました。この時期から 器楽や演奏会場の多様化は 急速に進んだようです。

たとえばフランスでは 1661年にルイ14世の親政が始まり ジャン=バティスト・リュリ ( 1632-1687 )は 宮廷音楽監督に任命され、それまで以上に活躍しました。

Plan du Château de Versailles 1664年

1678年 (1678–1684 )                                                                                                The opulent Hall of Mirrors at the Palace of Versailles

また、アルカンジェロ・コレッリ ( 1653-1713 )は 1675年に ボローニャからローマに移り ヴァイオリン奏者として本格的な活動を始め、1679年にはカプラニカ劇場でオーケストラを指揮し、1681年にはトリオ・ソナタ 作品1 ( 全12曲 )を ローマで出版しています。

Arcangelo Corelli ( 1653-1713 )

Michelangelo’s design of New St. Peter’s Basilica

現在のローマにあるサン・ピエトロ大聖堂は 1506年に建設に着手し、ミケランジェロ ( Michelangelo Buonarroti 1475-1564 ) が 担当したドームは 1588年に着工し1593年に頂塔部の工事が終わりました。

そして1666年にやっと全体が竣工し完成しています。また、ヴェネツィア共和国では 1685年にアントニオ・ヴィヴァルディ( 1678-1741 ) がサン・マルコ大聖堂のヴァイオリニストに就任しています。

Guardi 1775年~77年「1763年の総督アルヴィセⅣモセニーゴの選出」

“サン・マルコ寺院” は 他の都市の中心的聖堂とは異なり、ヴェネツィア共和国時代はカトリック教会の司教座聖堂ではなく、公式には共和国総督の礼拝堂だったそうです。ですから 総督の館であるドゥカーレ宮殿と隣接し繋がっています。これはヴェネツィア共和国のカトリック教会からの政治的独立性の象徴とされ、このことにより宗教関連以外で使用されることも多かったようです。

“18世紀の音楽ホール事情”

これらの時代状況により、私は 1600年代中頃から 弦楽器は ペグボックスの上端位置などで左右差を強くすることも含めた基礎性能の改変がおこなわれたのではないか推測しています。

アンドレア・アマティに代表される黎明期の弦楽器より、17世紀中頃から アントニオ・ストラディヴァリ ( ca.1644-1737 )や、ヨーゼフ・ガルネリ ( “Guarneri del Gesù” 1698-1744 ) も含めた 多くの製作者の弦楽器で “動的”な要素が増やされていくのがこの証と言えるのではないでしょうか。

干渉と共鳴についてのメモ

ピタゴラスが見出したことについての説明が短文でわかりやすく書かれているので共有させていただきました。

“ドレミファソラシド”を発明したのは誰か

2018年11月11日 11時15分 プレジデントオンライン

■「音階」を発明したのは誰か?数学と音楽の関係をご紹介したい。

みなさんご存じの「ドレミファソラシド」の音階。実はこれを発明したのは、「ピタゴラスの定理」で有名な古代ギリシャのピタゴラスなのだ。ある日、散歩をしていたピタゴラスの耳のなかに、鍛冶職人がハンマーで金属を叩く「カーン、カーン」という音が入ってきた。そしてピタゴラスは、美しく響き合う音と、そうでない音があることに気づいた。不思議に思い、いろいろな種類のハンマーを叩いて調べたところ、美しく響き合うハンマーどうしは、それぞれの重さの間に単純な整数の比が成立することを発見したのだ。

特に2つのハンマーの重さの比が2:1の場合と、3:2の場合に、美しい響きになった。そこでピタゴラスと弟子たちはさらに熱心に音階の研究に取り組んだ。彼らは「モノコード」と呼ばれる、共鳴箱の上に弦を1本張った楽器を発明し、2台のモノコードを同時に弾いて、弦の長さを変えながら美しく響き合う位置を探した。その結果、やはり弦の長さが2:1になったときに2つの音が完全に溶け合い、3:2や4:3のときにも音が調和することがわかった。

「ドレミファソラシド」の低いドから高いドまでの音程の幅を「1オクターブ」という。そして、その1オクターブ離れた2つの音は同時に響くと、高さの違う「同じ音」に感じられ、濁りなく美しく調和する。音楽では、音程(2つの音の、音の高さの差)を「度」で表す。同じ高さの音どうしは「1度」、ドとレのように隣り合う音は「2度」になる。特に美しく響き合う「完全音程」は1オクターブのなかに「完全4度」(ドとファ)、「完全5度」(ドとソ)、「完全8度」の3つがあって、弦の長さの比と関係は図のようになる。完全8度だけでなく、美しく響き合う音程になるときの2つの弦の長さの比が、簡単な整数の比になることを発見したピタゴラスたちは非常に感銘した。

数字とはかけ離れたものだと思われていた音楽の美しさがリンクしていたという事実。彼らはそこに何らかの神の意思をくみとり、数字はすべてのものとつながりがあるのではないかと考え、その後は「万物は数である」というスローガンを掲げて活動するようになった。ピタゴラスと弟子たちの熱心な啓蒙により、古代ギリシャの人々は、宇宙は数の調和でつくられていると考えるようになる。宇宙の調和の根本原理は「ムジカ」であり、その調和は「ハルモニア」である。英語でムジカは「ミュージック」、ハルモニアは「ハーモニー」だ。

こうして古代ギリシャ以降、中世に至るまで、音楽は哲学や科学に近く、秩序や調和の象徴としてとらえられていた。数学(mathematics)の語源はギリシャ語の「マテーマタ=学ぶべきもの」で、古代ギリシャにおけるマテーマタ(数学=学科)は、「算術(静なる数)」「音楽(動なる数)」「幾何学(静なる図形)」「天文学(動なる図形)」の4分野から成っていたのだ。古代ギリシャ人にとって音楽(美の中にある数)がいかに「学ぶべきこと」であったかが、うかがえるのではないだろうか。

———-永野裕之永野数学塾塾長1974年、東京都生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科卒。大人の数学塾・永野数学塾塾長。著書に『統計学のための数学教室』『ふたたびの高校数学』『東大→JAXA→人気数学塾塾長が書いた数に強くなる本 人生が変わる授業』など。———-(永野数学塾塾長 永野 裕之 構成=田之上 信 写真=iStock.com)