弦楽器を研究し見出したこと

1. 【 オールド・ヴァイオリンを取巻く状況について  】

少し前のことですが  第2ドイツテレビ( ⓒZDF )が ストラディバリウスやガルネリウスに関するルポルタージュ番組  ”The Secrets Of The Violin” で、『 Machold Rare Violins 』の事件を放送していました。

Betrugskrimi um kostbare Geigen
( 貴重なヴァイオリンに関した詐欺犯罪 )
Der tiefe Fall des Stradivari-Dealers
ストラディバリ・ディーラーの深い闇 )
Schloss Eichbüchl , Austria
( アイヒビュル城 )

In seiner Branche war er der Star: Dietmar Machold handelte im großen Stil mit wertvollen Violinen. Er verdiente Millionen und kaufte sich ein Schloss. Doch dann überreizte der Stradivari-Händler, ging Pleite, er steht unter Betrugsverdacht. Die Geschichte eines Absturzes.
( その業界で、彼はスターでした。:   Dietmar Machold氏は 貴重なヴァイオリンなどの売買で世界的に活動しました。その結果 彼は何百万ドルも稼ぎ、1997年には城さえも買ったのです。 しかし、その後 ストラディバリウスの運用に失敗し、破産し、詐欺の疑いにより逮捕されました。 ある破滅のお話し。)

Dietmar Machold ( 1949 – ) in seinem Heim  /  Schloss Eichbüchl ( D.マホールド氏、アイヒビュル城にて  )
The business was ordered to be closed down on February 4, 2011.

残念ながら ZDFのドキュメント番組でも言われているように、『オールド』とよばれる弦楽器の価値評価は まだ定まっていません。

それは、クリスティーズ ・オークションで 4億5031万2500ドル (  約508億円 )で落札された レオナルド・ダ・ヴィンチの油絵などに代表される 絵画の世界とくらべると 明らかだと思います。

『 サルバトール・ムンディ ( Salvator Mundi ) 』 66 cm x 45 cm  Leonardo da Vinci ( 1452-1519 )

このような混乱は、オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器が  創作されたものと、それを丁寧に写したものから成り立っていたところに、大量の贋作が製作され その一部が真作と信じられてしまった事が端緒となり 生じてしまったと考えられます。

また、本物の名器であったとしても‥  弦楽器としての仕組みを理解していない弦楽器工房の仕事により、製作時のクオリティーを発揮できないオールド・ヴァイオリンも数多くあり、それも評価の難しさにつながっているようです。

私は、この状況を改善するには オールド・ヴァイオリンなどの特徴を明確に捉え、その変遷を時間軸のなかで整理し、そこから得た知見から音響システムの仮説を確立し、それを実証できるヴァイオリンやチェロ、ビオラを製作する必要があると考えます。

この投稿では 弦楽器専門家の皆さんの 一助となることを願い、私が研究で見出した事柄から 弦楽器の音響システムについてお話ししたいと思います。

2. 【  ネックと 指板は、ある意味ではヴァイオリンの本体です  】


私は オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器では 弦の振動が『 それぞれの部品 ( あるいは部分 ) 』を振動させるとともに、それらの波が加算されていく現象が あの響を発生させていると考えています。

これについて少し考えてみたいと思います。
たとえば 水面波は閉じていないと そのまま拡散していきます。

しかし、それが閉じていると複雑な波に変わります。これを波動方程式を用いてシュミレーションすると 例えばこのようになります。

ノイマン境界条件は変数に勾配を与えたものだそうです。勾配というと難しく聞こえますが、変化率と同じ意味で使われています。

運動力学として考えると、固定端的な運動は比較的シンプルですが、自由端的な運動を読み解くのは とても厄介だと思います。

このように水の運動ひとつ取っても、水面の上下動である水面波ですら閉じた系であるだけで複雑となり、波と津波のように媒質である水が水面部だけで運動する場合と 全体で運動する場合を考えてみても エネルギー量などの諸条件が 全く異なることが分ります。

その様相は 流体力学という一分野が成立するくらいですから、下の動画のような渦を水の運動として理解するだけでも大変です。

ヴァイオリンは 水面波以上に 振動がすばやく伝わる剛体で、しかも複数の部品で構成され 固有振動が複雑に絡み合っています。

ですから、私はこれを エネルギー総量から捉える試みは現実的でないと判断しました。

そしてオールド・ヴァイオリンの響においての研究テーマとして、振動の伝達経路と “経路差”に関する条件、そして “境界条件”の側面から 自由端的な振動の条件がどのように設定されているかの二点について掘り下げてみることにしました。

ところで‥ 余談となり恐縮ですが、この図は 1680年7月8日頃に ロバート・フック ( Robert Hooke 1635-1703 ) によって見出された後、1787年に エルンスト・クラドニ ( Ernst Chladni 1756-1827 ) の著書などにより知られるようになった物体の固有振動の節を可視化する方法です。

現在では これが ヴァイオリン製作に直接 寄与すると考える人が増えてしまいましたが、四角い平板を支える中央のスタンドが机と実質的に一体化しているため、ヴァイオリンのように比較的に固有振動が保持されやすいものとは 基本的な振動モードが全く違っていると言えます。

ともあれ、オールド・ヴァイオリンなどの 響やレスポンスなどに関する特質については ある程度の説明が可能ではないかと 私は考えています。そこで、まず「干渉」について着目していただきたいと思います。

その シュミレーションのために、はじめに偏心おもりが取り付けられたモーターを思い浮かべてください。偏心モーターは 回転する偏心おもりの強烈な遠心力によって 激しく震えます。これを 弦楽器の振動する弦の代わりに波源としてイメージするのです。

最近では 偏心モーターも 小型化され量産されていますので、これを利用した製品の入手は容易となっています。

因みに、私は このお話しをするために 下写真の玩具を一つ ¥1,280- ほどで購入しました。

ヘックスバグ ナノ( Hexbug nano )

言うまでもなく 弦楽器の仕組みはこの玩具より複雑ですが、「干渉」に関しての現象は類似しているので 体験しやすいのではないかと私は考えました。

この ヘックスバグ・ナノは 小型の偏心モーター( 1.7g )を用い、それに対となる部品( LR44ボタン電池  2.0g )を置いて シーソーのように揺れながら激しく振動する 設計になっています。

このお話しをする時に、私は 偏心おもりとモーターをお客さんの手のひらの上に置かせてもらっています。

そして この 0.6g しかない偏心おもりが 組み込まれた 7.6gの製品が生みだす振動を 想像していただくのです。

そのあとで ヘックスバグ・ナノを手のひらに置いてスイッチを入れ実際の振動を体験し、偏心おもりが『 それぞれの部品 ( あるいはその部分 ) 』を振動させ、閉じた系なので それらの波が加算され激しい振動となる現象をイメージしていただくのです。

この 偏心おもりと全体の関係は、下のパフォーマンスで用いられている水鳥の羽とそれ以外の関係に似ているかもしれません。

Tobias Hutzler – BALANCE

フォトグラファーでありディレクターであるトビアス ( Tobias Hutzler )さんによって制作された このショートフィルムは、RIGOLOサーカスの共同設立者の一人であるマディール ( Mädir Eugster ) さんのパフォーマンスを記録したものです。

この動画では、支点を挟んで太い植物の枝と 軽やかな水鳥の羽が『 際どく 』つり合うように組み上げられたオブジェが つり合った状態で自立し、最後に羽が落ちるとともに崩壊するまでが 映像におさめられています。

なお 私の知るところでは‥ このモチーフは 機械工学を学びエンジニアとして活動したのちに彫刻家として著名になった アレクサンダー・カルダー ( 1898-1976 )氏の 作品群を彷彿とさせます。

Alexander Calder( 1898-1976 New York )Standing mobiles  /
Performing Seal   1950年

先ほど 私は オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器では 弦の振動が『 それぞれの部品 ( あるいは部分 ) 』を振動させるとともに、それらの波が加算される “干渉” が あの響につながっているとの考えについて触れましたが、この現象はそもそも 1つの波源から発し、2つの異なる経路を通って伝播した波に起こりやすいとされています。

少なくとも オールド・ヴァイオリンなどの振動の仕方と ヘックスバグ・ナノの振動には 両端が「対」であることなど 共通する要素がみられるのではないでしょうか?

ヘックスバグ・ナノは 両端部が重心を挟んで隣接するくらいに近い設計となっています。その為に上のシーソーのような硬さをもち、両端部は支点をはさんで殆ど “アソビ” が無く揺れているようです。

この要素に関しては 定常波に特化した音叉をその逆の例として考えてみると分かりやすいのではないでしょうか。

そして ヴァイオリンなどの弦楽器は、 両端部が「対」である要素に ネック部が「天秤棒的な役割」として加えられることでゆれが 劇的に持続しやすくなっています。

この音叉のように “アソビ” を設け バネ的なゆれかたとなるように工夫してあれば 揺れたときの持続時間は 皆さんがご存じの通りです。

しかし、天秤棒の場合は もう少しゆれを多く出来る上に 支点の位置取りによって両端を調和させるなどコントロールする事もできます。


これは 葛飾北斎の 『北斎漫画』内の部分抜粋で、女性達が井戸から水を汲み 天秤棒で水桶を担いで運んでいる版画です。

このような 両端の水桶の揺れを減少させる天秤棒の “アソビ” は、実際に経験がなくても イメージし易いのではないでしょうか。

それから最期に、すこし極端なゆれかたですが ボディーブレードを事例の一つとして挙げておきたいと思います。

このように中央部を節として “対” となった両端にゆれが生じるように工夫すると ゆれが持続する時間が 長くできます。

さて、ここでオールド・ヴァイオリンを眺めてみてください。

私は ヴァイオリンなどの弦楽器は その発明時から ( A )ヘッドと ( B )響胴 は”対”でゆれるように設計されていたと考えています。

さらに、これに ネックと指板を加えた関係性を検討した 私の結論が『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』という言葉になりました。

私は オールド・ヴァイオリンの 響に直結する要素を ヘッド、ネック、指板、響胴と分割した場合、おおよそ‥ ヘッド 30%、ネック 25%、指板 15%、響胴 30% と考えるのが妥当ではないかと思っています。

ネックと指板部は その構造から一つとみなせますので 合計して 40%と考えると、上図のように “腹”であるヘッドと響胴からなる両端部より “節”であるネックと指板部が ヴァイオリンの揺れにあたえている影響のほうが大きいという解釈が出来ます。

ともあれ、ヴァイオリンは ヘッドのゆれが持続する時間を長くすると “対”でゆれる響胴内の共鳴現象を豊かにできます。


ピサの洗礼堂

それは 屋内の残響と違って、ヴァイオリンは 響胴のゆれを “対”となっているヘッドのゆれが エネルギーをサポートし続ける仕組みとなっているからです。

3. 【 ネック部の役割が大きい事を 実際に証明してみましょう 】

さて、ここで所要時間 3分程のネック部の手入れを皆さんに提案したいと思います。これは オールド・ヴァイオリンだけではなく、普及品のヴァイオリンでも ビオラや チェロでも効果が確認できます。

なお、この実験には 恐縮ですが ワニス用のコパイババルサムが 5ml ほど必要となります。私の場合は 下写真のピュア・コパイバを使用していますが 、どうしても入手できない場合は 効果に多少の違いはありますが 亜麻仁油( リンシードオイル Linseed oil )で代用してください。

私はこの コパイババルサム ( CopaibaBalsam ) を 株式会社タッノヤ商会から購入しました。

コパイババルサムは、コパイフェラから採れる高粘度樹液で、古くから陶磁器の絵付けや油彩メディウムの添加物、そしてヴァイオリンのニスや 木工ニスなどとして利用されてきました。近代では合成樹脂が登場するまで光学レンズやプレパラートの接着剤としても使用されたことが知られています。

油彩に必須の揮発性溶剤であるターペンタイン ( テレピン ) は、このバルサムを蒸留して製造され、蒸留後に残った固形物は松脂となり、ヴァイオリン弓の馬毛に塗ったり 野球のロジンバッグのようにすべり止めとして利用されています。

なお、アロマ市場では逆に バルサムから蒸留で得られた精油 ( 揮発性油 ) の方に『 ○○バルサム 』と名付けられて流通していますが、これはコパイババルサムとは違うものです。


この実験のために準備するのは、写真のようにヴァイオリンなどの弦楽器と ティッシュペーパー数枚と ふき取り用の布、 筆ないしは綿棒 そしてコパイババルサムです。


さて、この実験の作業は簡単です。
私のイメージでは、コパイババルサムで ネック部を 1~2分トリートメント ( treatment )してあげて、その後に べたつかない程度に拭きとって仕上げるだけです。

なお、チェロでやる場合はもう少し所要時間が必要となりますので よろしくお願いいたします。
コパイババルサムは 上図の赤色部分に、筆や綿棒でこんな感じに塗ります。

ふき取りもこのような様子で、必要な作業時間は 塗るのに約2分で拭くのに1分程だと思います。そして、試奏をしてください。トリートメント前と比べて “響”が改善されたことが すぐに判断できるでしょうから、その結果を大いに楽しんで頂けたらと思います。

バランスがよい弦楽器は 弦を軽いタッチでゆらす事ができて、音の立ち上がりも素早く適度な残響があるためにそれらが豊かな音色につながります。

私は このネック部のトリートメントは弦楽器の「 腹 – 節 – 腹」の役割を整える効果があるので それが トリートメント後の響の改善につながっているのではないかと考えています。


ところで、 残念なことに 現代のヴァイオリン工房では、ネック部が音響上で重要な役割をはたしていることが十分 省みられていないように思われます。

私は この投稿で 特に指板交換で「厚く重い指板」が 新作弦楽器だけでなく オールド・ヴァイオリンなどにも取り付けられている状況に警告を発したいと思っています。なぜなら‥これによりネック部が硬くなりすぎて、それが弦楽器の響の不全を招いているからです。

また、継ぎネック( 接ぎネック )が適切なものとなるためにも、『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』という表現を 皆さんの心にとめていただきたいと思います。


それから念のために申し上げておきます。この検証実験の効果は短期間で完全に無くなることはありませんが、おおよそ一週間ほど経過すると多少効果が薄れたことが確認できると思います。

先程、私はこの実験のためにコパイババルサムが入手できなかった場合には 亜麻仁油( リンシードオイル )をお勧めしました。どちらも乾性油ですが、リンシードオイルは ボイルではなく生でも速乾性で、コパイババルサムは遅乾性という特徴があります。

乾性油とは 空気中で徐々に酸化して固まる油の呼びかたで、酸化値が高いほど速く乾きます。そして残念ですが このようにネック部に塗布して得られた材料工学で言う『 可塑剤 』的な効果は、この空気中の酸素との反応が進むと同時に失われていきます。

この実験はあくまで ヴァイオリンなどの ネックと指板部が 両端の”腹”に対しての”節”として機能している事を、その響の変化から証明するためのもので、弦楽器の “恒久的”メンテナンスとしてお勧めしたものではありませんので ご了承ください。

4. 【  ギタリストは それを知っていました  】

話はすこし変わりますが、私はギタリストの感覚をすばらしいと思っています。この投稿で『 ネックと指板部は、ある意味ではヴァイオリンの本体です。』とした表現は 私が10年程前に考えたことですが、その頃 私の工房にプロ・ギタリストの方が立ち寄って下さいました。

彼は、私の研究の話を聴いた後で『僕はあなたの言うことが分かります。』とサラッとおっしゃいました。私は『 ‥? 』でした。

彼はそれに続けて『僕はエレキトリックギターのギタリストなのでなおさらですが、エレキギターは ネックが本体だと思っています。』と話してくださったのです。私は それに衝撃を受けました。


エレキトリックギターは、1920年代にロサンゼルスでジョージ・ビーチャム( George Delmetia Beauchamp 1899-1941 ) さんが 発明したとされています。

フライング・パン( prototype )
George Delmetia Beauchamp  1899-1941

写真の楽器は 1931年にカエデ材で製作されたものだそうです。


1934年の特許申請書の一部

ビーチャム氏は アドルフ・リッケンバッカー氏と ロー・パット・イン・コーポレーションを設立し 1932年~1939年に フライング・パンをアルミニウムの鋳造によって製造し販売しました。


そして、その時代の風にのった レオ・フェンダー ( Clarence Leonidas Fender 1909-1991 ) さんがエレクトリックギターに未来をあたえてくれました。

彼は 1940年代後半にアンプや ギターの試作を続け、1950年に最初の標準的エレクトリックギター  エスクワイヤー ( Esquire ) をフェンダー社から発売します。これは、1951年に発表された テレキャスター ( Telecaster )につながりました。

こうして 彼は 実績を積み重ね 1954年にはついに エレクトリックギターの代表的な存在になる ストラトキャスター ( Stratocaster ) の製造、販売にこぎつけます。


Jimi Hendrix ( 1942-1970 )
そして、それから しばらくした頃 ジミ・ヘンドリックスが登場しました。

この人は 1966年にイギリスでデビューしますが、当時 黒人がロック・ギターをかき鳴らすことは ロック市場をほぼ白人が独占していた関係で それだけでも衝撃だったそうです。

ジミ・ヘンドリックスは 独特な響きを持つ右利き用ギターを、左利きで演奏しました。

そして、大音量で知られていたマーシャルの ギター・アンプをフル・ボリュームで鳴らしながら ストラトキャスターを自由自在に操り、トレモロ・アームを大胆に使い、エフェクターを目一杯深くかける‥ その実験的とも言える演奏は、デビューから4年後に 27歳で亡くなったにもかかわらず その後のギタリストに大きな影響を与えました。

Jimi Hendrix’s   –  Woodstock – Fender Stratocaster  1968年製

その功績は偉大でしたので、彼が 1969年に ウッドストック・フェスティバルで使用したエレクトリックギターは、1998年の オークションで マイクロソフトのポール・アレンが200万ドル( 約1億5400万円 )で落札しています。

Eric Clapton     “Blackie”      Tribute Stratocaster

ジミ・ヘンドリックスの影響を受けてストラトキャスターを手にしたと言われているのが、エリック・クラプトン ( 1945 –  )と ジェフ・ベック ( 1944-  ) です。

その意味は深く、たとえば この エリック・クラプトンが 長年( 1970年~1985年 ) 愛用した1956年製の フェンダー・ストラトキャスターも、2004年の クリスティーズ・オークションで 95万9,500ドル ( 約7388万円  )で落札されています。

彼が愛用したこのギターは、1970年にナッシュビルにあるショーバッド ( Sho-Bud ) で ヴィンテージ・ストラトキャスターを6本選び 各100ドル ( 約36,000円 ) で購入し、その内の3本 ( 1956年~1957年製 ) を分解して最良のパーツを選んで組み上げたものだそうです。ですから この “ブラッキー”は整備代を含めてもかかった費用は30万円ほどではなかったかと想像されます。

つまり “ブラッキー”は コンポジット ( composite ) だったわけですが‥ そもそも、フェンダーは 従来のギターのように ボディとネックをニカワなどで接着するのではなく 木ねじ4本で固定する設計でしたので、ボディなどの交換が容易という特徴はよく知られていました。

そして、これがギター奏者の イメージに合わせる整備や 積極的な改造に繋がりました。

Eric Clapton   “Blackie”   Tribute Stratocaster  1956年製

ストラトのトレモロスプリングを改造

さて、長文となりましたが ここで この ストラトキャスター ( Stratocaster ) の”響” をご紹介しておきたいと思います。


“Sultans of Swing” / from Dire Straits, 1978
Mark Freuder Knopfler ( 1949-  )

これは、私が18歳だった時に心をゆさぶられた マーク・ノップラーのギター演奏です。ノップラーは 1961年モデルの ストラトキャスター ( Stratocaster ) を この録音に使用しています。

もしも 彼がこの曲にストラトキャスターを使わなかったら、”悲しきサルタン” ( Sultans of Swing ) はこれほどまでの名曲とはならなかったかも知れません。

ノップラーは、当初この曲を『 オープン・チューニングにした ナショナル社のスティールギターで書いた。 』と、ギター・ワールド誌のインタビューで語っています。

『( 最初に作った楽曲は )何だか単調に聴こえてね。でも 1977年に初めてストラトキャスターを手にしてからは、すべてが ガラリと変わったんだ。歌詞は まったく同じだったのにね。』とノップラーは言います。

『  ’61年モデルの ストラトキャスターで弾いてみたら、曲が生き生きとしてきたのさ。このギターはそれから何年間も 俺のメインギターとなり、ファースト・アルバムでは 基本的にすべてこのストラトを使った。そして新しいコード進行が次々と生まれ、ぴったりとはまっていったんだ。』

“悲しきサルタン” ( Sultans of Swing ) のデモ・バージョンは 1977年にレコーディングされた演奏が BBCラジオで何度かオンエアされたことにより有名になり、翌年の再レコーディングが デビュー・アルバム『 Dire Straits 』として世界に向けてリリースされました。

ところで、ここでフェンダー・ギターの ヘッドを含むネック部の特徴について少し触れさせていただきたいと思います。

なお、重量バランスを考えるために 参考とする ストラトキャスターは  1956年製のデータを使用します。

( C )  ’56 Fender Stratocaster

WEIGHT  :  3.45Kg
SCALE LENGTH  :    650mm
NECK WIDTH  :  42mm at nut  –  51.5mm at 12th fret
NECK DEPTH   :  21mm at first fret  –  22mm at 12th fret
STRING SPACING  :  33mm at nut  –  55.5mm at bridge

BODY : Alder 2P  ( BodyDate : ’56  )
NECK   :   Maple One Piece  ( NeckDate : ’56 )

( A )  Fender Stratocaster  1959年製

ストラトキャスターは 1954年の発売当初 メイプル材の 1ピースネック ( 指板を持たない一体成形 ) が主だったそうです。それは 写真 ( A ) の Stratocaster が製作された 1959年まで続きます。

( B )  Fender Stratocaster  1956年製

しかし、指板面の塗装が剥がれると汚れが目立つというユーザーからの要望もあり、メイプルのネックにローズウッド ( ハカランダ ) を指板として貼ったネックが採用されました。

( B )  Fender Stratocaster  1956年製

( B )  Fender Stratocaster  1956年製

そして、これと並行してメイプルのネックにメイプルの指板を貼り付けたタイプも一時的に生産されました。この仕様は『 貼りメイプル 』( 2-piece neck with a maple board 1965-1970 )と呼ばれ、ジミ・ヘンドリックスが使っていた影響もあり、現在では その希少価値が認められているそうです。

それから、エレクトリック・ギターは ネックの断面形状が そのキャラクターに大きく影響します。

例えば、1956年製の ( B )、( C )、( D )  Stratocaster のネックは上図4番の “Hard V” タイプや 2番の “Soft V” タイプになっていて、メイプル 1ピースネック最終年の 1959年に製作された ( A )  Stratocaster ではすでにネック断面形状が 上図3番の “Oval” とよばれる ラウンドグリップに変わっているようです。

( B )  Fender Stratocaster  1956年製
( C )  Fender Stratocaster  1956年製   3450g
( C )  Fender Stratocaster  1956年製  3450g

( D )  Eric Clapton  ” Blackie ”      Tribute Stratocaster  1956年製

( A )  Fender Stratocaster  1959年製

そして、エレクトリックギターのネックを語るときにはトラスロッド についての説明も外せません。

トラスロッドは ネックの反りを調整するために、上図のようにネックの中に埋め込まれている金属棒のことです。

トラスロッドの重量は個体差が大きいので参考値があげにくいですが、仮に 117g であったとします。

今回、参考例としてあげさせていただいた 1956年製の場合、上図のように ヘッドも含めたネック部とボディとの関係は 1 : 4 で、総重量 3450g のなかで ヘッドとネック部は690g と 20%ほどを占めています。

そのなかで トラスロッドはヘッドとネック部の 約17% をしめることになります。このため トラスロッドは おのずと Stratocaster の重心や ゆれ方に作用して、弦楽器としてのキャラクターに大きく影響しているのです。

また、エレクトリックギターだけではなく弦楽器の全般にいえることですが、演奏弦の両端‥ つまりナットとブリッジから先が固定端的であるか、あるいは自由端的であるかは その響に直結します。

演奏された際に生じる複雑なゆれのなかで ネックは ヘッドとボディの間で天秤棒の役割をはたしていますので、そのネックの中に埋め込まれた トラスロッドは 仮に総重量の 3.4%しかなかったとしても とても重要なのです。

これは エレクトリックギターを用いて計測されたデータを縦方向に拡大してグラフィック動画とされた、” 369.74 hz の振動モード ” を参照にしてご理解ください。

This vibration occurs at 369.74 hz,  and is a torsional mode.

それから、エレクトリックギターは、メイプル、マホガニー、ローズ、ハカランダ、コリーナ、ウォルナット、ブビンガなどの木材を用いて製造されました。

これらの木材や金属部品を 比重差という観点から眺めることも興味深いのではないでしょうか。

                                             

一般論として言えば、比重差を大きくすれば “腹”の振動は激しくできます。ただし過度に重い部品は 振動の持続を妨げますので、あくまでバランスが調和することが前提の上での話です。

Stratocaster を検証すると、同じ名前で製造されながらも 毎年微妙にスペックが変わり、結果として 改善もあれば改悪もあったことが分ります。

おかげで ワインのヴィンテージのように貴重な年というものが存在するといった評価が 確立されているようです。

1920年代末  George Delmetia Beauchamp( 1899-1941 ) が エレキトリックギターを 発明する。
1950年頃      Clarence Leonidas Fender ( 1909-1991 ) が  Esquire をフェンダー社から発売する。
1951年           Telecaster が発表される。

1954年      Stratocaster の製造、販売が開始される。
スモール・ヘッド、クルーソンペグ、丸型ストリングガイド 、
メイプル 1Pネック、”U-shape” Neck、アッシュボディ、3way セレクタースイッチ。

1956年        羽根型ストリングガイド 、アルダーボディに変更。
( ブロンドのみ アッシュボディ継続 )、 “Hard V” Neck

1956年   Eric Clapton  “Blackie”
“Hard V” Neck  / Tribute Stratocaster

1959年後期   「スラブ貼り ( スラブボード ) 」方式 ローズウッド指板が採用される。( 接着面が平面に加工され、厚いローズウッドが使用された。)、”Oval” Neck が選択肢に入れられる。

1962年後期    「 ラウンド貼り」方式ローズウッド指板を採用。( ローズウッド・フィンガーボードは薄くされ、指板はアールに合わせて湾曲した形状に加工されている。)

サドルからチューナーポストまで 弦が真っ直ぐ張られるのがフェンダー・スタイル。

1965年前期   この時期までに製造されたものが “Pre CBS”となる。

1965年後期   レオ・フェンダー ( 1909-1991 ) がフェンダー社( Fender Musical Instruments Corporation )を CBSに売却する。
この年から “CBS期”となり ラージヘッドに変更。( The Large headstock 1965-1981 )

1966年        Jimi Hendrix ( 1942-1970 ) が デビューする。
1967年 「貼りメイプル」ネック( 2-piece neck with a maple board 1965-1970 )が正式オプションとされる。
ペグ変更。
1968年        下地塗装がポリエステルに変更される。

1968年        Jimi Hendrix’s   –  Woodstock – Fender Stratocaster

1969年 ピックアップキャビティの形状が変更される。
1970年 1ピースのメープルネックが 再導入される。
( 1-piece maple neck,  with skunk stripe on the back and known from 1954-1959 )

1971年     ブレット型トラスロッドナットが採用される。

1971年後期 3点止め及びマイクロティルト機構を備えたジョイント方式に変更。

1973年      ストリングガイドを 2個に増設することが開始される。
ダイキャスト製ブリッジサドル 及びブロックに 変更される。

Eric Clapton   “Blackie” Tribute Stratocaster  1956年
FENDER Stratocaster  1972年製

1975年          白色プラスチック製の フラッシュポールピックアップ を採用する。
1976年  シャーラー社製「Fキー」ペグに変更される。

1977年後期 5way セレクタースイッチが採用される。
(  当初、ストラトキャスターは3ポジションスイッチだったため、ハーフトーンを使用するためにはスイッチノブをセンター位置に注意深く合わせる必要がありました。しかし、1960年代終わりには ジミ・ヘンドリックスが テープでセレクタースイッチを半止めで固定して無理矢理ハーフトーンサウンドを実現し、その後エリック・クラプトンが「いとしのレイラ ( Layla )」でこのハーフトーンを有名にしたことで これを試みるユーザーが増えたので そのニーズに対応したと言われています。)

1982年  ”Dan Smith”型 スモールヘッドに変更される。
株式会社フェンダージャパンが設立される。
( 1982 – 1997 – 2015 )
1983年  4点止めジョイントへ 戻される。

1983年中期     無印のモデル名「ストラトキャスター」は廃番になり、「スタンダード・ストラトキャスター」「エリート・ストラトキャスター」他へとモデルが分けられる。

1985年  Bill Schultzによる会社買収で  “CBS時代”が終焉し 現行のFMIC体制となる。この再構築の流れを受けてスモールヘッドに変更され、ラージヘッドはオプションとされる。

ストラトキャスターの “Pre CBS”から  “CBS時代”の終わりまでの 30年間の変遷を並べててみましたが、とても目まぐるしいですね。

これらの変遷をながめたとき、私はエレクトリックギターの専門ではありませんが 気になる事がいくつか出てきました。

例えば、ストラトキャスターは 1954年に丸型ストリングガイドを取り付けられたエレクトリックギターとして製造が開始され、それが 1956年頃には 羽根型ストリングガイド に変更され、さらに 1973年頃には これが 2個に増設されたという経緯についてです。

私は ネック部をはさんで ボディと”対”でゆれるヘッドの ボディのねじりに対応した “つり合い難さ”は 重要だと思います。

ストリングガイドについては、弦のテンションバランスを理由に改変されたようですが、 1973年に ストリングガイドが 増設されたときにストラトキャスターの響が淡泊になることが確認できなかったのか‥ 疑問が残ります。


それから 1971年に それまでのトラスロッドから ブレット型トラスロッドナットに変更されたのも、音響的な損失があったのではないかと想像します。

これによって ヘッドとネック部をつなぐ “首部”が硬くなり、ゆれる際の自由度がかなり減ったと考えられ、逆にネックとボディの固定部での遊びは多少 増えたとしても 4本ねじどめのジョイント方式で 既にそれは確保済みだった訳ですから、響きに関しては残念な変化があったのではないかと思います。

やはり、これは‥ 1965年に フェンダー社を CBSに譲渡した レオ・フェンダー ( 1909-1991 ) さんが、その後に会社を去ってしまった影響と見るべきでしょうか。

5. 【  ヴァイオリン工房でのネックの認識は ” 消耗品 “? 】

ヴァイオリンの継ぎネック
( 上写真が作業途中で、下写真はその仕上がりです。)

さて、私は このような『 ギターは ネックが本体だと思っています。』と類似した話をその後も 何度か耳にしました。

例えば、最近では昨年10月の “野口英世記念 ばんだい高原国際音楽祭”に ヴァイオリニストのアシスタントで行った私の娘が、クラシックギターの ギタリストである 松尾俊介さんに ヴァイオリンの “継ぎネック ( 接ぎネック )” の話をしましたら‥ 彼は『 えっ! ネックを取り換える?そんな事をしていいの? 』と、本当に驚かれていたそうです。

そして続けて『 クラシックギターだとネックは本体だから、自分にはネック交換は考えられない‥。』とのことだったので、『 それでは 川畠成道さんの 1770年製の G. B.  ガダニーニ作 ヴァイオリンで 継ぎネックを確認してみましょう。』ということで、それを確認して『本当だ‥。継ぎネックになっている!』と 納得されたそうです。

私は エレクトリックや クラッシックギターの方達がこういった話しをされるのは、彼らの楽器が ヴァイオリンよりも大きいために振動のクセや 演奏するときの重心位置からうまれる個性などが 相対的につかみやすいからだと推測しています。

ルネサンス以降の音楽史をながめてみると 一つの専門楽器に特化した演奏者が 増えていくのが見てとれますが、弦楽器製作者の歴史にも 同じような傾向があります。


たとえば、最も著名な アントニオ・ストラディバリ( Antonio Stradivari  ca.1644-1737 )は、ヴァイオリン以外の現存数は少ないとはいえ チェロ、ビオラ、マンドリン、ギター、ハープ、楽弓なども製作したことが知られています。

これに対し 隣家で生まれた 彼より50歳以上若いヨーゼフ・ガルネリ ( “Guarneri del Gesù”   Bartolomeo Giuseppe Guarneri  1698-1744 ) は 父や祖父 、叔父らと違って ヴァイオリンと少数のチェロ以外は製作していないようです。

私は このような弦楽器製作者の単一弦楽器への特化が 、その後の衰退へのプロローグとなってしまったのではないかと思っています。


ともあれ、現代では オールド・ヴァイオリンやオールド・チェロの世界では継ぎネック ( 接ぎネック / Neck Graft ) は常識とされています。

例えば上写真は 1900年代初頭に継ぎネックのために切り落とされたストラディヴァリウスのものです。

このネックが取り付けられていたヴァイオリンは ”Soil” と呼ばれている 1714年製作のもので、ユーディ・メニューイン ( 1916-1999 )さんが 1950年から1986年まで使用し、その後はイツァーク・パールマンさん ( 1945 –  )が使用しているので有名です。

このネックは現在クレモナの博物館に展示してありますが、このように わずかな例外を除いてほとんどの名器のオリジナルネックは全部または一部が切り落とされ、最終的には失われました。
そして、この時に指板も同じ運命をたどりました。


因みに、ヴァイオリンや ビオラ、チェロでは 指板の半分が空中に突き出しているのでギター以上に その影響は大きいと考えられます。
また、指板は長さもそうですが、その彫り込み方でも かなり揺れかたが違いますので 要注意です。

私は ギタリスト 松尾俊介さんの弦楽器に対する感覚は すばらしいと思います。ヴァイオリン工房で継ぎネックは日常的におこなわれていますが、彼が感じたように それは音響的なリスクをともなっているのです。

 

 

2018-6-17  Joseph Naomi Yokota