高性能なヴァイオリン駒の製作方法

Francesco Guadagnini ( 1863-1948 ) “Violin bridge”, Turin 1890年頃

2023.3.12  The Bridge made with “jiyugaoka violin” for Simona Ferrari’s 2012 violin.  駒高さ 32.7mm / 足狭隘部 ( narrow legs ) 幅 G線側 3.5mm、E線側 3.6mm / 重さ 2.1g

ヴァイオリンの駒には 下端の厚さが 4.2~5.4mmほどの厚駒と、4.0~4.4mmほどの薄駒があります。この投稿では 駒材の影響を最小限にできる厚駒で、それを高性能とする設定や 製作方法について チェロ駒の実例も交えながら お話しようと思います。

なぜ チェロ駒も交えるかと言うと、高性能なヴァイオリン駒を製作するには 駒の部位ごとの運動と、それらの関係性を理解する必要があるのですが、ヴァイオリン駒は 小さいので 識別するには難易度が高すぎるからです。

この投稿のテーマである 駒の高性能化は、駒の部位ごとの『質量』と それらが『対』をなすように運動する特性を理解し、適用することで成り立ちます。端的に言えば、その運動性能が高性能化のカギそのものと言えます。

その作業の入り口となるのが『触覚』からの情報です。

例えば、顎あてを取り付けていないヴァイオリンを 写真Ⓐ のように保持して、軽く振りながらデジタルカメラで撮影すると Ⓑ、Ⓒ のような写真が撮れます。

この写真には 背景とした書籍がハッキリ写っていることから、ヴァイオリンを支えている中央部が “節”となり、その両端のヘッドとネックブロック部以外の響胴が”腹”として震えていることが確認できると思います。

このように『視覚』から得られる情報も役にたちますが、経験を重ねると ヴァイオリンを保持している手の平の触覚情報からも、個別部位の運動や 関係性を捉えることが出来るようになります。これは 細やかですが、確信に近いものです。

駒の場合にも同じように『重心』のキャラクター感や 部位ごとの関係性を、保持した手の触覚を研ぎ澄ますことで”識別”ができます。

2023.6.08  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello Bridge.   重さ 14.9g

因みに これは、先日 私がチェロ駒のC線側足端を持ち、水平にした状態で、揺らしながら撮影したものです。

このような写真で “節”と”腹”の区別をするのは、簡単ではありませんが、検証する枚数を増やすと それなりの数の振動モードを見出せますので、駒製作の戦略構想には役立ちます。

しかし、残念なことに それだけでは材木自体のキャラクターや 厚さ、形状などの条件が分りませんので 実際に駒を削り込むための指標としては 不十分です。

駒を削る技術は”木”と対話し その個性を活かすことが重要で、それは一本の年輪( 赤線 )を、どの位置で終わらせ、この年輪が作用しない区間 A-Bを その年輪全長の どの位置に置き、対となる残された年輪C側 年輪D側の長さの差や、その下に連なる足部にどのようなキャラクターを与えるかという発想から展開されるものだからです。

それを、駒を揺らして得られたイメージから推測し、たとえば 年輪が作用しない区間 A-Bの距離条件に置き換え、『この年輪を あと0.2mm削って、点Aを左に移動し年輪が切除された区間を13.8mmまで広げて、ねじりを増やそう・・ 』などと構想しながら作業を進めていきます。

“2023.6.08.” のチェロ駒も、私が 23.4gだった “AUBERT-DE LUXE” フレンチ・モデル 92.0mmを、下の段階( 16.8g )まで削り込んで、ここから更に”揺らして”材質などのクセを考察しながら製作したものです。

2023.6.08  Cello Bridge.   重さ 16.8g

このように考えていくと、弦楽器の駒は 単純な透かし彫りではなく、特に19世紀後半に製作された”高性能”な駒達は 揺らした時の『触覚情報』を指標として、試奏しては『運動性能』を上げるために削り込みながら製作されたのではないか・・ という仮説に行き着きます。

2023.6.08

動画中で 私は、その前に揺らした感触を参考に、上図で示した『年輪Cより下の足部と、年輪Dより下の足部、そして残された部分の”質量”の関係性』を意識して、赤線をいれた年輪のキャラクターを探っています。

2023.6.09  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello Bridge.

F字孔間幅 87.5mm / 駒高さ 90.0mm / 脚幅 74.0mm( 足幅 91.4 ) / 足狭隘部幅 C線側 8.4mm、A線側 8.6mm / 重さ 15.2g   ( Charles Jean-Baptiste Collin-Mézin III, Cello 1943年)

この駒を、削る前の”AUBERT-DE LUXE” チェロ駒の画像と多重印刷して、私が削った部分がわかるようにしてみました。

そして これは、駒を高性能化するための戦略図なのですが、これに関しては この投稿の終わりのところでお話したいと思います。

ところで、検証する場合の 駒材につきましては、厚さが 5.4~5.6mmあるカエデ駒材でしたら AUBERT-DE LUXEでなくても、ある程度の性能アップが確認できると思います。

ですが、ハート穴( Heart )など 諸条件を考えると ヴァイオリンの場合は AUBERT-DE LUXEの脚幅 41.5mm を用いたほうが、この投稿で例示したものと 基礎条件の差が少なくて参考にしやすいのではないでしょうか。

私は、ヴァイオリン駒などを製作するときに “オールド材”など特別な希望が無い場合は、材質的な偏りが少なく長期間にわたり 駒削りの効果を検証するのに適していると考え、スタンダード・ハートと ロー・ハートの 41.5mmを使用しています。

1.  駒の足幅について
現在、私達はヴァイオリンの”駒足幅”というと、この駒であれば 41.5mm の部分をそう呼んでいます。しかし 実際に機能している駒足部( foot and legs ) AB部なわけですから、この駒の場合で実効性のある足幅は 33.9mm になると思います。

私は まず”駒足幅”として この駒足 狭隘部 ( narrow legs )間の幅を計測することをお奨めします。なぜなら駒足幅は上端に置かれた4本の弦と”対”をなしている為に、音のレスポンスに直結しているからです。

2. 足幅を弦幅に近づけた効果について
はじめに申し上げておくと、このヴァイオリン駒の 32.6mm という弦幅少数派で、一般的には 33.0~33.5mmとされています。

私が この弦幅を選んでいるのは、響胴の”ねじり”を調整するときに 指板末端の幅が 42.0mm程あるのを、音響的な必要があれば 狭く削るという選択肢を念頭に置いているからです。

この駒を製作したヴァイオリン指板は幅が 23.4mm – 41.4mm、長さ 266.0mmでしたので、通常の 33.0mm弦幅でも 問題はないのですが、ネックの振りが足らず それを指板で補うときは 指板端の幅を 最小値で40.3mm 程まで狭くすることがありますので、それに対応できるように最近は この弦幅 32.6mm を多用しています。

この時、つま先( Toe )の厚みは E線側、G線側ともに 0.6mm程に削ってください。この効果は明瞭で、スモール・サイズも含めた ほとんどのヴァイオリンで音のレスポンスが改善したのが、すぐに確認できると思います。

Simona Ferrari Violin, Cremona 2012年

3.  膝高( knee height )と E線 – G線間の傾斜角度について  

2021.10.21 ( 駒高さ 31.5mm )

言うまでもありませんが、ヴァイオリン駒のE線 – G線間の傾斜角度については 演奏者のスタイルを考慮して適切に選んでください。因みに、この駒は 長いお付き合いをさせていただいている『 フィドラー 』のために製作しました。

さて それを意識したうえでの話ですが、厚駒を高性能にするためには、表板に駒下端をフィットさせる時に決定された足軸上の 膝高( knee height )などの足部設定が重要となります。

私は このイメージを クレモナの博物館に収蔵されているストラディヴァリのチェロ駒型紙 ( No.285 )の足軸位置に書き込まれた”線”から 教えてもらいました。

“Antonio Stradivari: His Life and Work (1641-1737)”, Published by London, W.E.Hill & Sons, 1902年.

因みに、ストラディヴァリの駒型紙では 足軸位置に”線”が書き込まれたものは数点のみですが、その設定を『増幅装置』としての要素から読み解くと意味深いと思います。

“The Secrets of Stradivari”, Cremona, 1979年. ( P140 )

No.142 A.Stradivari – Pattern for a violin bridge in maple wood, able to be used also for Viola d’amore. Written on this item in the handwriting of Stradivari are the words “Pe la viola da liu”.
Height at the centre of the bridge 32mm, width at the base 41mm.

ヴァイオリン駒や チェロ駒は同様な機構であることから、『単純伝達』ではなく『配分伝達』を考慮して設計されたと考えられますが、ご覧のように チェロ駒は 足軸上の 膝高( knee height )は ヴァイオリンほど明快ではありません。

それなのに この”線”が書き込まれているのは『これが 駒としての機能設定に大切だったから。』と、私は解釈しています。

Templates for the bridge of violoncello

No.285 Paper pattern of the bridge. Width at the base 85mm. Height at the centre 72mm, marked with the letters MO.BO.( Modello Bono ).

ともあれ この条件に関しては、はじめから足軸と “太もも”が直交しているヴァイオリン駒よりも、意志的に足軸上の 膝高( knee height )設定を彫り出したチェロ駒が参照しやすいと思いますので、先ずは 私が 一昨日削った駒をご覧ください。

私は、 ヴァイオリン駒と同じように チェロ駒でも “オールド駒材”の依頼でないときは、 “AUBERT-DE LUXE” フレンチ・モデル 92.0mmを使用しています。

この駒を製作した 2022年製のチェロは、表板 – 指板端の高さが 58.8mmしかありませんでしたので 、製作した駒も 股下 37.8mmと・・ バロック駒のようでした。

既存駒ですから 多少の制約はありますので、① 指板角度などから 駒高 85mmを確認。② ハート穴下端の年輪をトレースして 左回転 1.3°の”ねじり”軸を設定。③ 股下 37.8mmの中点位置( 18.9mmで)直交する”ねじり”軸の年輪を確認。④ 左右膝高差を C側 32.9mm – A側 33.3mmと決定。といった設定から削りに着手しました。

そして、C線 – A線間の傾斜角度を適切に選びながら高さをあわせました。上図のように、表板と接触する駒下端の厚さは 12.1mm~12.3mmの厚駒設定です。

2023.5.17  “JIYUGAOKA VIOLIN”,  Cello bridge ( 駒高さ 85.0mm )

この “AUBERT-DE LUXE” を削り込んで製作したチェロ駒でもそうでしたが、”ねじり”のポイントを年輪などとあわせて形状を工夫すると、すばらしくレスポンスの良い駒ができあがります。

4.  駒の剛性と脆弱性について

ヴァイオリン駒の足部はとにかく繊細ですので、もう少しチェロ駒で話を進めます。ヴァイオリンやチェロの駒が『単純伝達』をする機構として製作されたという説は、現在でも一定の影響力をもっています。

“The Secrets of Stradivari”, Cremona, 1979年. ( P140 )

Of particular importance however, was the ascertainment of the exact alignment of the centre lines of the neck with the fingerboard, and the bridge and tail-piece down to the button lying underneath.
Stradivari probably controlled the alignment in the most ancient and most simple of ways, that is to say througth a straight line from a pin inserted in the perfect central pull of the four strings from which their exactly balanced tension is derived.
In the bridge two essential factors for the correct transmission of the vibrations of the strings to the harmonic table are seen.

First, Stradivari always kept the feet of the bridge rather large in height so that their pressure on the belly would be distributed uniformly. Today the mistake is made of reducing them almost to zero as a result of which the pressure is limited to the central part only.

Second, the cutting of the bridge was always designed so as never to weaken its correct rigidity, this being for the instant transmission of the vibration of the strings.
This does not to weakness because of badly placed fretwork.

2007.12.13  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello bridge No.3 ( 駒高さ 92.0mm )  股下 40.3mm

私も、15年程前までは『単純伝達』に寄与する剛性( 応力に対する変形度合い ) は それなりに高いことが重要と考え、このようなチェロ駒なども製作していました。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 ) Cello, Milan 1770年頃

2021.11.25  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello bridge No.4 ( 駒高さ 91.0mm )  股下 39.0mm

しかし、それらの検証をしながら仕事を続けるうちに、モダン駒がスレンダーな足部で製作されていても『脆弱 ( weakness )』ではないことに気づき、足軸折れ角度の 3タイプを検証した結果・・徐々に設計規格を 1870年頃のモダン型を目指して変更していきました。

参考例としてあげた 1989年からメンテナンスを担当している上写真のオールド・チェロの場合も、2007年に私が製作( No.3 このチェロでは3枚目です。)したものから 2021年には No.4に 再々交換しました。

チェロ駒材を板状に切断したところ

因みに、オールド材で製作する場合は完全に理想状態で設計しますので、私は 下の規格図のような駒を製作しています。

2022. 10.19  “JIYUGAOKA VIOLIN” Cello bridge.   駒高 96.3mm  / 足高 45.8mm

それから、現在でも 材木に恵まれ  “AUBERT-DE LUXE”のチェロ駒より『肥えた』カエデ材の場合はためらいなく、駒の厚さを スタンダード・タイプで製作しています。

2015.9.08   JIYUGAOKA VIOLIN, Cello bridge ( 駒高さ 96.0mm )

大事なのは幅などの数字だけではなく、ある種の”しなやかさ”と質量と形状を反映した『運動特性』だと思います。

ともあれ、駒の設計条件に関しては、『足軸折れ角度』3タイプの優劣ひとつとっても、製作し、響きを比較する以外の証明方法はありません。

大変ですが 私もそうしたように 複数条件で試作し試奏することで、レスポンスや 共鳴音の強弱などを確かめることを 皆さんにお勧めします。

Dominique Vlummens ( Antwerp, ca.1885- London,ca.1930 ),  “Cello bridge”, London 1920年頃

2022.10.19   “JIYUGAOKA VIOLIN”,  Cello bridge ( 駒高さ 96.3mm )  股下 45.8mm

念のために申し上げれば、モダン・タイプのスレンダーな足部は “幾何剛性”が どれだけ働くかを推測しながら削ることになり緊張しますが、私の場合で言えば この 15年間で破損した駒は一つもありません。

このタイプを製作するには物理的な”変数”と向き合う、もっと正確に言えば “パラメーター( 媒介変数 )”の要素を仮定して、駒として設定する 幅や厚さなどの形状に落とし込まないといけないので『重労働』ですが、サイコロを振っている感じはありません。

そして仕上がった駒を立てて、試奏したときに『目からウロコが落ちた』ような感動を味わったことを申し添えておきたいと思います。

5.  ヴァイオリン駒足部( foot and legs )の 設定条件について

Gio Batta Morassi ( 1934-2018 )  Violin Bridge ( 駒高さ 31.4mm ), Cremona 1994年 / 重さ 2.3g

さて ヴァイオリン駒の足部設定の話に戻りますが、これは30年程前に 新作で購入された方が そのままで使用されていたジョ・バッタ・モラッシー氏の ヴァイオリンに立てられていたものです。

この 駒足 狭隘部 ( narrow legs )は、G線側 4.5mmで E線側 4.4mm となっていました

2021.12.26  “JIYUGAOKA VIOLIN”,  Violin Bridge ( 駒高さ 32.7mm ) / 重さ 2.0g

このヴァイオリンで費用をいとわない徹底的な整備を依頼された 2021年に、私は ネックを外して整備する時に指板を成形し直した関係もあり この駒を製作しました。

この 駒足 狭隘部 ( narrow legs )は、G線側 3.7mmで E線側 3.9mm としました。

駒足部( foot and legs )なども含め設定条件の変更による効果は、このような駒交換により 響きのレスポンスの改善などで すぐに確認できると思います。

また、私が販売した下の 2021年製の新作ヴァイオリンのように、購入者の依頼により 弦高の変更とレスポンスを改善するため『 駒足部を中心としたリメイク 』のような工夫でも、効果は確認できます。

 

Bruno Fulcini ( 1980 – )  “Violin bridge”( 駒高さ 34.1mm ), Piacenza 2021年 / 重さ 2.3g

新作状態で この駒足の 狭隘部は、G線側 4.4mmで E線側 4.3mm でしたが、私は それを G線側 3.5mmで E線側 3.45mm に変更しました。

2022.9.30  Remade with “JIYUGAOKA VIOLIN” ( 駒高さ 32.9mm ) / 重さ 2.1g

ところで 話は少しそれますが、駒足部を中心とした条件と ヴァイオリンの響きの因果関係について考察された意見などに・・・ 私は随分と励まされました。

例えば、レオポルト・モーツァルト( 1718-1787 )は 息子のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが誕生した年である 1756年の秋に『 Versuch einer gründlichen Violinschule 』を出版しました。

日本でも、それは 2015年5月に全音楽譜出版社から レオポルト・モーツァルト『 ヴァイオリン奏法 』新訳版( ISBN978-4-11-810142-2  C3073  ¥3800E )として出版されています。

これは音楽学の久保田慶一氏が 初版( 1756年 )、第2版( 1770年 )、第3版( 1787年 )、第4版( 1800年 )などを検証した上で 「初版」を底本として翻訳したものだそうです。

献呈文に続く「はじめに」の部分に書かれたあいさつ文の署名は
” ザルツブルク、1756年7月26日 モーツァルト “ となっており、そのあとに『 ヴァイオリン奏法への導入 』として 第1節が  『 弦楽器、とりわけヴァイオリンについて 』のテーマで 7項目に分けて並べられていて(本文 P.1~P.11)、 全文は 295ページです。

そこに”ヴァイオリン駒の設定”についての話が出てきます。

第7項目

『 とにかく研究熱心なヴァイオリン奏者というのは、弦、(上)駒、魂柱を改良しては、自分の楽器をできる限りいいものにしようと努力している

ヴァイオリンの胴が大きければ、確かに太い弦がいい効果を生むだろう。反対に小さければ、細い弦を張らなくてはならないだろう。

魂柱は高すぎても低すぎてもいけないし、駒の足の下の少し右側に置かなくてはならないだろう。魂柱を正しく置くことのメリットは決して小さくない。

かなり大変ではあるのだが、ときどき魂柱の位置を変えるべきだろう。そのつどすべての弦でいろんな音を出して、楽器の響きを調べ、いい音の状態が見つかるまで、これを繰り返し続けてみるとよい。

駒もまた大いに役にたつ。例えば、音が荒々しくて刺すような、言うなれば、鋭くて、心地よく響かないときには、低い、幅広の、いくぶん厚めの、とりわけ下部を少し切り抜いた駒を使うと、少しはましになる。

音そのものが弱く、静かで、沈む場合には、薄い、あまり幅広でない、そしてできることなら、下方だけでなく中央部も大きく切り抜かれた駒を使うとよくなる。

しかも このような駒の材料は総じて、とても木目が細かくて、気孔のない、よく乾燥した木でなくてはならない。この駒は、表板のローマ字のf形に切り抜かれたふたつの孔の間に置かれる。・・・ 』

このように、レオポルト・モーツァルト自身が 駒を削ったのではないかと思えるような表現で、興味深い意見が述べられています。

Paganini’s Bridge, from “il Cannone”.     4 July, 1851.

“Alte Wiener” Geigen Stege  / “Old Viennese” Violin bridges

John Marshall ( 1844-1918 ) “Violin bridge”, Aberdeen  Scotland, UK. 1880年頃

ともあれ、実際に19世紀の駒を検証すると 駒足部( foot and legs )から、強烈な意思を感じることがあります。

例えば この駒の足狭隘部は 2.3mm程の幅まで削り込まれていますが、駒を削ったことがある方でしたら 数値だけで加工されたのでは無いと直感的に分るのではないでしょうか。

William Ebsworth Hill ( 1817-1895 ),  stamped W.E. HILL & Sons “Violin bridge”, London 1880年頃

また、私が 1880年にヒル商会 ( W.E. HILL & Sons ) を創業した、William Ebsworth Hill( 1817-1895 )によるものと判断した駒では、足の狭隘部の幅は、G線側 2.5mmで E線側 2.4mm 程だと思います。

W.E. HILL & Sons  “Violin bridge”,  London  1890年頃

同じくヒル商会 ( W.E. HILL & Sons ) 刻印で、1890年頃に製作されたと考えられるヴァイオリン駒の 足狭隘部の幅は、G線側 2.4mmで E線側 2.6mm 程のようです。

J & A Beare “Violin bridge”,  London 1895年頃 John Beare (1847-1928)  /  Arthur Beare ( 1875-1945 )

John Beare :  Founded his shop in 1865.
Arthur Beare :  Born 1875 Norbury, died 1945 Watford UK. Son and assistant of John Beare, below. Trained as a violinist in Liepzig before joining his father’s business c.1890. Became known as “The best bridge cutter” in London, with a high reputation for adjusting and setting-up instruments for sound. His knowledge of antique instruments contributed immensely to the status of the company. 

そして、1892年に Londonで創業された J & A Beareの刻印が入った駒ですが、このヴァイオリン駒の足狭隘部は、G線側 2.9mmで E線側 2.85mm 位だと思います。

それにしても、アルトゥール・ベアーの評判の高さが 興味深いと感じます。『 楽器の音の調整やセッティングに定評があり、”ロンドン最高の駒削り”として知られるようになりました。』・・ 彼は 良い仕事をしていたようです。

J & A Beare “Violin bridge”,  London 1895年頃

上と同じ 1895年頃に製作されたと考えられる駒ですが、このヴァイオリン駒の足狭隘部は、G線側 2.9mmで E線側 2.5mm 程のようです。

Enrico Marchetti ( 1855-1930 ) “Violin bridge”, Turin 1893年

それから、アントニオ・グァダニーニ( 1831-1881 )が亡くなるまで”グァダニーニ工房”で働いていた、エンリコ・マルケッティ( 1855-1930 )の 駒足 狭隘部は、G線側 3.7mmで E線側 3.5mm 程で製作されたようです。

この駒と、アントニオの息子で工房を引き継いだ フランチェスコ・グァダニーニの駒を比較すると、両者の考え方の違いが発見できると思います。

フランチェスコ・グァダニーニ ( 1863-1948 )の駒足狭隘部は 2.6mm 程の幅まで削り込まれていますので、私は『意志的』な良い仕事だと思っています。

Francesco Guadagnini ( 1863-1948 ) “Violin bridge”, Turin 1890年頃

このヴァイオリン駒の足狭隘部は、G線側 2.55mmで E線側 2.5mm 程だと思います。

Evasio Emilio Guerra ( 1875-1956 ) “Violin bridge”, Turin 1924年

また、フランチェスコ・グァダニーニ ( 1863-1948 )の 協力製作者でもあった エヴァシオ・エミリオ・グエラ ( 1875-1956 )の ヴァイオリン駒足狭隘部の幅は G線側 3.2mmで E線側 3.1mm であったようです。

  1923年~1928年 スチールE線の普及が劇的に進行しました。

Paolo Guadagnini ( 1908-1942 ) “Violin bridge”, Torino 1939年

そして、フランチェスコ・グァダニーニ ( 1863-1948 )の 息子である、パオロ・グァダニーニ ( 1908-1942 )の ヴァイオリン駒足狭隘部は G線側 3.0mmで E線側 3.7mmようです。

2023.2.20  “JIYUGAOKA VIOLIN”,  Violin Bridge ( 駒高さ 32.7mm ) / 重さ 2.1g

因みに、私が F字孔間が38.3mm 設定のヴァイオリンのために”駒脚幅”を 33.9mmで製作した、この 駒足の狭隘部は G線側 3.7mmで E線側 3.8mmとしました

ヴァイオリン駒を製作しながら このように比較してみると、モダン・タイプの駒の条件設定は本当に勉強になると感じられます。

  1. 狭隘部幅 G線側 3.5 E線側 3.6 / 脚幅 33.9mm – 2023.3.12
  2. 狭隘部幅 G線側 3.7 – E線側 3.9 / 脚幅 34.6mm – 2021.10.21
  3. 狭隘部幅 G線側 4.5 – E線側 4.4 / 脚幅 36.0mm – Morassi 1994年
  4. 狭隘部幅 G線側 3.7 – E線側 3.9 / 脚幅 34.2mm – 2021.12.26
  5. 狭隘部幅 G線側 4.4 – E線側 4.3 / 脚幅 36.5mm – Fulcini  2021年
  6. 狭隘部幅 G線側 3.5 – E線側 3.5 / 脚幅 34.8mm – 2022.10.11
  7. 狭隘部幅 G線側 2.3 – E線側 2.1 / 脚幅 33.9mm – Marshall c.1880
  8. 狭隘部幅 G線側 2.5 – E線側 2.4 / 脚幅 35.7mm – HILL 1880年頃
  9. 狭隘部幅 G線側 2.4 – E線側 2.6 / 脚幅 35.5mm – HILL 1890年頃
  10. 狭隘部幅 G線側 2.9 – E線側 2.9 / 脚幅 34.0mm – Beare 1895年頃
  11. 狭隘部幅 G線側 2.9 – E線側 2.5 / 脚幅 34.4mm – Beare 1895年頃
  12. 狭隘部幅 G線側 3.7 – E線側 3.5 / 脚幅 34.8mm – Marchetti 1893
  13. 狭隘部幅 G線側 2.6 – E線側 2.5 / 脚幅 34.3mm – Guada. ca.1890
  14. 狭隘部幅 G線側 3.2 – E線側 3.1 / 脚幅 34.3mm – Guerra 1924年
  15. 狭隘部幅 G線側 3.0 – E線側 3.8 / 脚幅 33.9mm – Guada. 1939年
  16. 狭隘部幅 G線側 3.7 – E線側 3.8 / 脚幅 33.9mm – 2023.2.20

駒の設定規格に関してはいろいろ判断しなくてはいけませんが、F字孔間が 41.5mm以内のヴァイオリンで “弦幅”を 32.6~33.5mmとした場合”脚幅”は 35.0mm以下で どれだけ『 攻め込めるか 』で、駒の揺れ方を誘導する勝負が決まると思います。

また、脚の狭隘部幅に関しては E線の響きが『 耳ザワリ』になる可能性がある場合や、G線側を『 もう少しストロング 』にしたい場合には、G線側よりも E線側を少し広くしておいた方が良い結果につながるようです。

これは 駒脚を、軸足( 幅広側 ) と 利き足( 幅狭側 )として一対の関係でとらえ、軸足を左側と右側 二つのパターンで製作し、その響きを確認することにより 同意していただけると思います。

それから 余談ですが、これらの参考として モダン駒の設定を読むときには、弦の変遷、特にスチールE線の普及が影響したことを念頭に置いた方がよいと思います。

17世紀~19世紀初頭までは、スチール弦として製造されたのはすべて低炭素線材を加工したものでしたが、1828年頃に高炭素線材が製造されるようになると、それを利用した技術開発が進みました。

そしてついに『高炭素鋼線材を加熱し オーステナイト化した後に500℃から600℃くらいに急冷し、さらに常温まで空冷する操作技術 』が開発されます。 この技術はイギリスで1852年に 改正特許法が制定され、その栄えある特許第一号として登録( 1854年 )されたために “パテンティング”と呼ばれています。

この技法により ドイツ・マルクノイキルヒェンの近くのエアルバッハに1900年にグスタフ・レンツナーが創業した レンツナー社( Lenzner )は、1900年代初頭に ゴールドブロカットE線( Goldbrokat )を発売し現在でもヴァイオリンE線のトップブランドとして評価され続けています。

また、トマスティーク・インフェルド社も、1919年にウィーンで フランツ・トマスティークと オットー・インフェルドが創業した直後にスチール弦を発売しました。

このようなスチールE線の普及について、1903年~1926年まで ベルリンの音楽大学で教授をつとめて後世のバイオリン演奏に大きな影響をあたえた、カール・フレッシュ ( Carl Flesch  1873-1944 )が 1923年~1928年にかけて出版した 『 ヴァイオリン演奏の技法 』の翻訳版 佐々木庸一訳 音楽之友社刊( 絶版 )の5ページより参照のため引用させていただきます。

『 金属線は、ガット線を次第に駆逐しそうである。 二十年前にはまだ厳禁されていたスチールE線で転換が開始された。 アルミニュームDがこれに続き、スチールAが最近この転換を完了するように思われる。 私はスチールで出来たA線には少なくとも当分はまだ反対する。 これに反して、私は既に他の二つの絃の信奉者である。 アルミニュームD線はたやすく音が出、抵抗力が強く、音色が明るいという長所を持っている。 ガットD線ではなかなか出にくいフラジオレットが、アルミニュームD線では比較的確実に出るようである。

スチールE線の使用に必然的に伴う十分に知られた長所の方が一層重要である。 ここではスチールE線が湿気に負けないということと、高い音がたやすく出るということを想起するだけに止めておこう。 しかし更につけ加えるなら、絃が切れる危険が殆どない。 スチール線を毎週一回取り替えるならば、それが切れないということを確実に信頼できるから費用がかかるということは問題にならない。 この信頼感が演奏家をどれほど安心させるかは、ある大きな作品の公演中に、だんだんゆるむ E線にすっかり気をとられて、そのことを腹立たしく思ってもどうにもならなかったことを経験した者のみが知っている。 こういう場合、絃の切れる音が、演奏者を( 時には聴衆をも )この残酷な苦痛から救い出すものである。

なお スチールE線は、調子がすばらしく良く合い、それにガット線よりも安い。 しかし私たちは、スチールE線の短所を黙って見逃してはならない。 これらの短所はまず第一に弓の毛の磨滅がはげしくそれがよく切れるということにある。 次にはレガートにおいて、しばしば開放絃の音が出ないというところにある。 たとえば次のようなレガートの絃の移行においては、開放絃のEが振動しないで ヒュッと鳴ることが多い。    ( 音符を省略 )  

それ故、スチールE線をたえず使用するときには、レガートにおいては、開放絃は出来るだけ一貫して第四指で代用されなければならない。 しかしながら、作曲者によって開放絃がはっきり指示されている場合には、接触点を駒のすぐそばに移すことが危険な瞬間を脱するのに役立つだろう。 また開放絃のオクターブ上のフラジオレットもたびたび出ないことがある。 金属的に響きすぎる不安定な開放絃のEを最高音として含んでいる和音では、次に示す指使いをするとよろしい。  ( 音符を省略 )  

ピッチカートも比較的乾燥した響き方をする。 それにもかかわらず、スチール線は今や ヴァイオリン演奏界において、その勝利をすでに完全に獲得し、そして ガットE線は、現在もはや職業ヴァイオリニスト達によっては殆ど用いられていない。  

-本文注釈ー  次のことがこれを最も良く証明している。 即ち私は 1923年に刊行されたこの本の第一版の中で、この問題を両方面から十分に論じた。 それは当時なお存在していた スチール線に対する反対論と闘うためであった。 ところがその後五年間を経た今日 ( 1928年 )、その間に起こった急変を証明するためには、ごくわずかの説明で十分である。

『 プレーン・ガット 』、『 ワウンド絃の登場 』、『 スチールE線の登場 』 そして次が『 ナイロン絃の誕生 』です。

世界ではじめてナイロンの合成が成功したのは 1935年 のことでした。それは アメリカ・デュポン社で ポリマーの研究を続け 1931年に合成ゴムの「 ネオプレン 」の開発に成功していた
ウォーレス・カロザース ( Wallace Hume Carothers 1896-1937 )によるものでした。 この偉業は彼の急死の翌年である 1938年にナイロン製品の発売開始に繋がりました。

このナイロンにいち早く目をつけたのが 1919年に創業しスチール弦で 実績を築いていたトマスティーク・インフェルド社を です。 彼らはスチール弦の成功で得られた資金をつぎ込み ナイロン弦の『ドミナント弦 』を開発し発売しました。  この『 ドミナント弦 』は 第二次世界大戦の終了とともに 瞬く間に ヴァイオリン弦のマーケットを席巻しナイロン弦の世界標準に登りつめました。

私が検証した限りですが、スチールE線の普及により 1925年頃を境として駒脚の軸足( 幅広側 ) 設定が、それまでのトレンドであった G線側軸足の『ほとんど一択』から、響き方によりG線側とE線側のいずれかが選択される”混在”期に移行したようです。

プレーン・ガットE線から スチールE線にするということは、およそ 6.0~6.8kgだったE線の張力を 7.2~8.5kgくらいに変えるということです。

張力の 20~42%増しは ヴァイオリンに強烈なバランス変動を引き起こしますので、それは 駒の設定条件にも反映されました。

6.  駒の設計規格を 1870年頃のモダン型とした理由

“Hayden Sahl” Eisenstadt, 400席程  38.0m × 14.7m × H12.4m
1809年5月31日、ハイドン( Franz Joseph Haydn 1732-1809 )は、ナポレオン軍が占領する ウィーンにある自宅で亡くなりました。

“Teatro alla Scala”  Milano, 2800席 1778年竣工

器楽合奏は、この時期まで 宮殿や教会、野外、そしてオペラ劇場などを中心に演奏された訳ですが、1800年代初頭には 大きな演奏会場はそれほど多くありませんでした。

1851年 第1回ロンドン万博  “クリスタルパレス( 水晶宮 )”
( Aerial view of the Crystal Palace before it burned down in the 1930s. ) プレハブ工法:長さ約563m×幅約124m、建設期間:10ヶ月、1854年にロンドン郊外のシデナムに移設、1936年火災で焼失。

ところが産業革命の展開により、建設技術や建築材も多様化した1850年頃からは収容人数も多い 巨大な演奏会場が、世界各地で競うように建設されました。


 “Wiener Musikvereinssaal” Vienna, 1680席 48.8m  ×  19.1m × H 17.75m  1870年竣工  /  “Palais Garnier” Paris,  1979席 1875年竣工

“Royal Albert Hall” London, 7000席 1871年竣工  /  “Leipzig Gewandhaus Hall” 1700席 1884年竣工

“Carnegie Hall” New York,  2804席 1891年竣工

 The “Old” Metropolitan Opera House  West 39th Street, Broadway.  1883年竣工 ( photo : November 28, 1937 “Curtis Student Orchestra “, Conductor : Fritz Reiner )

そのような演奏環境の変化にともない、器楽合奏に用いられる弦楽器にも響きが会場の隅々まで聞えるように楽器性能を改善することが求められました。

ヴァイオリンやチェロ、そして楽弓は “駒”などの諸条件も含めて音楽世界の展開と巨大な空間に対応する努力の中で それらが製作されたことを踏まえると、当時の”モダン駒設定”にはその要素が残っていると考えられます。

1796年 クロイツェル( Rodolphe Kreutzer 1766-1831 )が “42 études ou caprices”を出版 。1795-1826 Conservatoire de musique.

1800年 François Xavier Tourte( 1747-1835 ) は セーヌ川沿いの建物4階に工房を設立します。モダン弓の時代が確定しました。

1820年 パガニーニ ( 1782-1840 )の《24のカプリース》作品1 が ミラノで出版される。

1822年 シューベルト ( 1797-1828 )《未完成交響曲 ロ短調》を作曲。1865年12月17日 ウィーンで初演。

1824年5月7日 ベートーヴェン( 1770-1827 )交響曲第9番ニ短調》作品125 が初演される。

1828年 イグナーツ・ベーゼンドルファーが ウイーンに ベーゼンドルファー・ピアノ社 “BÖSENDORFER Klavierfabrik “を創設。

1830年 ベルリオーズ ( 1803-1869 ) の幻想交響曲》が初演。1855年改訂版

1835年 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターにメンデルスゾーンが就任し、黄金期を迎える。この時期、古典に加え、メンデルスゾーン本人やシューマンらの作品も多く初演され、この二人の協力によってシューベルトの《ザ・グレート》も初演される

1838年  Dominique Peccatte ( 1810-1874 )  は リュポーの工房( François Lupot  1774-1838 )を受け継ぎ独立しました。

1838年頃 パガニーニが作曲した《ヴァイオリン協奏曲 第2番ロ短調『ラ・カンパネラ』作品7》がパリで演奏される。

1840年 ロンベルク( Bernhard Heinrich Romberg  1767-1841 )が、”チェロ奏法”を出版。

1841年3月31日 シューマン ( 1810-1856 ) の交響曲第1番》が、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演。

1845年3月13日メンデルスゾーン( 1809-1847 )の《ヴァイオリン協奏曲 ホ短調》1844年作曲 が、フェルディナンド・ダヴィッド( 1810-1873 )独奏で初演。

1853年 フリードリヒ・ヴィルヘルム・カール・ベヒシュタインが ベルリンに ベヒシュタイン・ピアノ 社 “C. Bechstein Pianofortefabrik” を創業。

1853年 ヘンリー・E・スタインウェイが ニューヨークに “Steinway & Sons”社を創業。

1870年  François Nicolas Voirin ( 1833-1885 )は J.B.ヴィヨーム工房( Jean-Baptiste Vuillaume 1798-1875 )で名を成し、この年に独立しました。

1870年3月16日 チャイコフスキー( 1840-1893 ) 幻想序曲 《ロメオとジュリエット》初演。

1871年 ヴェルディ( 1813-1901 )は オペラ《アイーダ》を作曲し初演。

1874年 ラロ (  Victor Antoine Édouard Lalo 1823-1892 )は、《ヴァイオリン協奏曲第1番 ヘ長調》をパブロ・デ・サラサーテ (1844-1908 )のヴァイオリン独奏で初演し、大成功する。

1875年 ラロ( 1823-1892 )は、代表作となるスペイン交響曲》( ヴァイオリン協奏曲第2番 )をサラサーテの独奏で初演。

1875年 ビゼー ( 1838-1875 )作曲の オペラ《カルメン》がパリで初演された。

1875年 ブルックナー( 1824-1896 ) の《交響曲第4番》1874年作曲 初演。

1876年 ワーグナー( 1813-1883 )《ニーベルングの指環》1874年作曲 を初演。 1864年 バイエルン国王 ルートヴィヒ2世( 1845-1886 )がワーグナーを招く。

1876年 ブラームス( 1833-1897 ) の《交響曲第1番》が初演される。

1877年 ブルッフ( 1838-1920 )は《ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調 作品44》を サラサーテの独奏で初演。因みに、1868年初演の第1番独奏はヨアヒム( 1831-1907 )が担当。

1878年 ドヴォルザーク ( 1841-1904 )の《スラヴ舞曲集》管弦楽版が初演。

1879年 ブラームス( 1833-1897 )はヴァイオリン協奏曲》をヨアヒ ムの独奏、イプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮して初演。

1881年12月4日 チャイコフスキー( 1840-1893 )ヴァイオリン協奏曲》独奏 アドルフ・ブロツキー( 1851-1929 ) で初演される。

Georg Hellmesberger ( 1800-1873 )
Charles-Auguste de Bériot ( 1802-1870 )
Ferdinand David ( 1810-1873 )
Heinrich Wilhelm Ernst ( 1814-1865 )
Jakob Dont ( 1815-1888 ), Vienna / “24 Etudes and Caprices”
Henri Vieuxtemps ( 1820-1881 )
Joseph Joachim ( 1831-1907)
Henryk Wieniawski ( 1835-1880 )
Pablo de Sarasate ( 1844-1908 )
Leopold Auer ( 1845-1930 )
August Emil Daniel Ferdinand Wilhelmj ( 1845-1908 )
Eugène-Auguste Ysaÿe ( 1858-1931 )

私は、古典派とロマン派音楽が隆盛したという状況証拠により、この時期にヴァイオリン駒は”高性能”な完成度に至ったと考えています。

7.  駒の膝高( knee height )や 狭隘部などと”運動性能”の関係

a.   丈夫な足腰の駒は、共鳴音が減ります

2023.3.12  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Violin bridge  F字孔間幅 40.9mm / 駒高さ 32.7mm / 脚幅 33.9mm( 足幅 41.5 ) / 足狭隘部幅 G線側 3.5mm、E線側 3.6mm / 重さ 2.1g

2013.11.22  “JIYUGAOKA VIOLIN”,  Baroque Violin bridge – Period instruments 1780’s.  F字孔間幅 34.6mm / 駒高さ 29.5mm / 脚幅 34.3mm( 足幅 40.2 ) / 足狭隘部幅 G線側 5.0mm、E線側 5.3mm / 重さ 1.6g

これは、10年程前に私が バロック・ヴァイオリンのために製作した駒です。この時期まで、私は『丈夫な足にすれば振動が伝わりやすい』と誤解していました。

すでに 当時の私は、モダン期の駒を”標準”としており、駒足の狭隘部は狭いものしか製作していませんでしたが、バロック・ヴァイオリンということで再検討をした際に『透かし彫りで脆弱になることなく、剛性を決して弱めない設計』もそれなりに良いかもしれないと 思ってしまいました。

その結果、上写真のように 高さが 29.5mmと小さくても 頑丈な駒を製作したのです。

表板も裏板にも割れが有り、そこそこ手を掛けて『完全』を目指して整備したヴァイオリンですから、仕上がり状態をお客さんは喜んでくださいましたが、私は『目標に到達してない』と感じ、心の中では納得出来ませんでした。

この バロック・バイオリン整備で、その不完全と感じる原因が、駒設定にあると特定するには少し時間がかかりましたが、結果として 学びが多い経験となりました。

『ニュートンのゆりかご』( Newton’s cradle )
金属球のエネルギーが、速度交換によって伝わり、反復される実験装置です。

これ以降、私が駒を製作するときには 『ニュートンの揺りかご』のような スムーズなリレーションにより エネルギー・ロスが最小限となるように”運動”しやすい形状などの諸条件や、”対”で揺れるディテール( details )の関係性をイメージして、それを追求するようになりました。

10年前のバロック・ヴァイオリン駒の”丈夫さ”を、あえて『絵的』に表せば、下のように 5個玉の両端以外の3個が塊となっている感じでしょうか。

ともあれ、『ニュートンの揺りかご』でも各々の鉄球間に少しだけ隙間があるのが大事だそうですが、駒が削り込みによって”運動”しやすくしてあるのと、私の中では イメージが重なりました。

b.   駒高の1/2位置の年輪ゾーンを確保して”安定化”させましょう

さて、駒を製作する話に戻りますが、まず基礎となる『運動性能』を与えてください。そのためには人体の臍下丹田( せいかたんでん )のように、駒高の1/2位置にある年輪が 応力によって『節』となるように、足高や膝高( knee height )を工夫します。

先々週、私は 1943年製の C.J.B. Collin-Mézin チェロに新しい駒を製作する依頼をうけました。

そのチェロには 所有者が購入された Strasbourgの弦楽器工房で取り付けられていた駒が立てられていましたので、先に響きを聴いた後で確認したのですが、この駒は残念なものでした。

Strasbourg’s luthier workshop – Despiau Cello Bridge French Model

駒の膝高( knee height )や 狭隘部などの足部設定は”運動性能”に直結しますので、レスポンスや 弦楽器の響きから優劣は見極めやすいと思います。

私の経験則で言えば、足高が 駒の高さの1/2位置( 下図赤線 )を越えてしまうと、足が外に滑り股裂きに陥りやすいばかりでなく 響胴の共鳴音がすくなくなり キャリング・パワーが弱い駒となってしまいます。

この “Strasbourg’s luthier workshop”の駒も、そのタイプでした。

 

その他にもF字孔エッジとの距離設定が良くないとか、Distance between 1-4 strings on the nut 24.0mm – Distance between 1-4 strings at top of bridge 46.8mm と 弦間が広すぎるなどの要因も重なっていましたので、新駒の完成時には それらには対処したうえで 駒だけの単純比較としましたが、それでも大きな性能差がありました。

私は このチェロの駒製作を ¥105,000- ( 税込 )で引き受けましたので、圧倒的な結果を当然としていますが、上手くいっていない駒を目にする度に複雑な気持ちになります。

2023.6.09  “Strasbourg’s luthier workshop” – Despiau Cello Bridge French Model  /  駒高さ 90.5mm / 足狭隘部 ( narrow legs ) 幅 C線側 8.5mm、A線側 8.5mm / 重さ 14.8g 

2023.6.09  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello Bridge.
Distance between 1-4 strings on the nut 22.5mm – Distance between 1-4 strings at top of bridge 44.5mm /  駒高さ 90.0mm / 足狭隘部 ( narrow legs ) 幅 C線側 8.4mm、A線側 8.6mm / 重さ 14.9g → treatment 15.2g

いくつか並べてみましたが、駒高の中点・・ 刻印位置( 赤線位置 )が『節』の役割を担える設定とされていることが『腹』の運動をスムーズにするためには 大切であるようです。

 

2023.6.08  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello Bridge.   重さ 14.9g

そこで 私は、皆さんに‥ 私自身が 過去に試みた実証実験をお勧めします。

それは、市販のチェロ駒で ハート穴の中央に垂れている “Heart wing” 狭隘部( 下右図 P幅 )を 揺らしてみては少し削り込む作業を繰り返しながら2.9mm以下まで削るものです。

市販のチェロ駒 “AUBERT-DE LUXE” フレンチ・モデルは初めは( 下左 4.5mm / 23.4g  )『軽く感じる駒』なのですが、弦高を合わせてから( 16.8g )、”Heart wing”狭隘部の削り込みを重ねる度に、次第に 水平に保持した指に感じる重さが増していき ます。( 下中央 2.4mm / 14.9g )

実際の質量は 削った分だけ軽くなっていく訳ですが、水平に保持した時の印象が 逆に『重く感じる駒』に変化していきます。

   

2023.6.08  “JIYUGAOKA VIOLIN”, Cello Bridge.

恐縮ですが、この投稿は書きかけです。

仕事の都合で 続きは 12月中旬からを予定しています。

よろしくお願いします。

 

2023-5-30       Joseph Naomi Yokota

 

●  ヴァイオリンなどの響きは”指板の角”で調整できます。

●  モダン弓の製作方法が “簡略化”された時期と、その後について。

●  ヘッドの尾根( ridge )中点位置に印された “中央軸ポイント”です。

●  高性能のオールド弓は “twist ” しています。

●  “不安定( 自由度 )”によって得られる豊かさについて

●  “S”字型尾根の画像は “DX”に繋がると思います。

●  弦楽器に用いられる”木材”について( 指板材の失敗例 )