ヴァイオリンと能面の類似性について – 後編

長文となり恐縮ですが、ここからは弦楽器の “写し” の特徴についてお話ししてみたいと思います。

まず弦楽器のヘッドの事例を見てください。能面とおなじように みごとな非対称形状のものがたくさんあります。また、複雑なゆれを意図的に生じさせるために 傷や摩耗したような加工が多用されています。

giovanni-battista-ceruti-1791%e5%b9%b4-cremona-1755-1817-a-lGiovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 ),    Violin  1791年  Cremona   /  355-163-113-208  ‘Wurlitzer collection 1931’

1500年代半ばに登場した ヴァイオリンは 1700年前後には黄金期を迎え、弦楽器製作者が 技術の粋を尽くして 沢山の名器を製作しました。

しかし、当時 ヨーロッパ世界を恐怖に陥れたペスト禍や 相次ぐ戦争が 弦楽器製作の世界にも影をおとし、特にスペイン継承戦争でフランスとオーストリアの領地争奪戦に巻き込まれたロンバルディアの諸都市は 急激に没落していったと伝えられています。

‘三大ヴァイオリン製作者’ を輩出したクレモナも 実質的には このG.B. チェルーティを最後に技術の継承が途絶えたようです。

このヴァイオリンは 1931年の ‘Wurlitzer collection’ のなかでも 特別な楽器として扱われたもので、私は 彼の代表作と思っています。

写真のように スクロールの特徴ひとつとっても非対称技術のすべてを確認できるすばらしいヴァイオリンです。私はこの ヴァイオリンを作った G.B. チェルーティを、能面でいう”創作の時代” の 最後の弦楽器製作者だと思っています。
40623bcdc8be7303f55a6747dccc382eところで、ヴァイオリンや チェロのヘッドは錯視をまねき易い形状のようで、見る角度や撮影条件でかなり印象が変わります。

この上下二枚の写真は、 デジタル一眼レフカメラで 同じチェロのスクロールを撮影したものです。 上写真は 被写体距離が 約2.0m でしたが、下写真は 被写体距離が 約1.2mで 上写真より若干 見下ろす角度で撮影しています。

この楽器を実際に皆さんがご覧になると おそらく上写真のような印象になると思いますが、下のように少しズームアップされた写真は 私たちが二つの眼球でみる景色とは 違う視点を気付かせてくれます。

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因みに私が赤線でいれたような補助線は大切です。 ご覧のように これを書き加えると スクロールの角度設定などの確認が容易になります。

下に いくつかの事例をあげてみましたが、弦楽器は形状に加えてメープル材の虎目模様や 表板もふくむ木材の年輪、糸巻きなど 錯視の誘因条件をかかえているため 実相が捉えにくいという特徴を持っているからです。

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カフェウォール錯視  :  水平の線が右または左に傾いて見える。
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ジャストロー錯視  :  上のような二つの扇形では下の方が大きく見える。
delboeuf_illusion_svgデルブーフ錯視  : このように合同な内円( 黒 )が 外円の影響で違って見える。

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ツェルナー錯視  :    このように平行な線分に 羽を斜めに( 羽角度が 鈍角ほど顕著 )加える事によりおこる錯視。

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オッペル・クント錯視  :    等間隔の平行線 A,B,C が AB間に書き込まれた平行線によって ABの間隔のほうが BCより広くみえる。

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ポッゲンドルフ錯視  : 斜線を描き、その間の形跡を別の図形で隠すと その直線の始まりと終わりがずれて見える錯視。

この他にも錯視につながる条件がいくつもありますので 弦楽器の特徴を理解したいとお考えの方に 私は写真撮影をおすすめしています。

例えば 下画像はストラディヴァリウスのスクロールに 私が 白線を正中線として 傾斜角度をみるために赤線を入れその角度を書き込んだものです。

私はこれらの傾斜角度は 弦を張る前の木組みを含めた基本設定の段階で決定され 実行されたと考えています。意図的にこの角度差を彫り込むには かなり高度な技術が必要なのは 想像に難くないと思います。

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Joseph Thomas Klotz ( 1743-1809 ) ,  Violoncello piccolo  Mittenwald  1794年

296-nicola-gagliano-napoli-c-1725-1675-1763-lNicola Gagliano( 1675-1763 )Violin  1725年頃

そして 弦楽器をみる時にもうひとつ念頭におかないといけないのが、弦を張ったあとの調整痕跡です。

その事例として このスクロールの右側突起部に注目してください。この部分は 製作された後の “修復” によって 現在この状態となっていると考えられます。

これは この ニコラ・ガリアーノが製作したヴァイオリン・ヘッドの “修理部分の損傷”( 下写真右側 )が、同時期に製作されたヴァイオリンの摩耗痕跡( 下中央 )と おなじように製作時に加工されていた可能性が高いことが 状況証拠となっています。
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つまり この “修理” は 製作時の加工があまりに大胆であったために、後年‥ はじめからと気がつかなかった担当者によって ていねいに修復されてしまったものと 私は判断しました。

それにしても、音響上の理由とはいえ この摩耗加工は‥  たとえば 千利休( 1522-1591 )の “わび茶” を端とする茶道において、 成型した灰型の最後にすじ棒などで崩す( 流派による差異はあります。)所作に似て、美学としても 十分に 意志的と 私は感じます。

まさに、「古( いにしえ )の 弦楽器製作者 恐るべし!」といったところです。

 

 

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Johann Jais  Viola  Tölz ( 1715-1765 )    Viola   1760年頃

弦楽器ヘッドの非対称性については、このビオラのように おそらく着手時に大胆な設定として選択されたと考えられる 事例もありますが 、摩耗痕跡を複数の作品で比較してみると 一定の加工原理としてとらえることが出来るようです。

antonio-stradivari-violin-1715%e5%b9%b4-lipinski-a-lAntonio Stradivari  ( ca.1644-1737 )    Violin  Cremona  1715年
“Lipinski”   /   Giuseppe Tartini ( 1692 – 1770 )

たとえば このヴァイオリンは、1700年代に ヴァイオリンソナタ『 悪魔のトリル (  Devil’s Trill Sonata ) 』で有名となった 作曲家 ジュゼッペ・タルティーニ( Giuseppe Tartini  1692-1770 )が使用したと言われている すばらしい ストラディバリウスです。

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私は クレセント・カット(  Crescent cut  )と呼んでいますが 三日月型の” 激しい摩耗痕跡 “があります。

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そして右写真はイタリア・クレモナに展示されている 有名なヴァイオリンです。クレセント・カット部には 修復痕跡が認められます。さて、これは どう考えるべきでしょうか?

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残念ながら このような摩耗痕跡を 『 演奏するためのチューニングなどですり減った。』 と思っている方も多いようで、実際にその判断の誤りにより このように ‘修復’ されてしまう弦楽器もあとを絶ちません。

 

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Antonio Stradivari  (  ca. 1644-1737  )   Violin  1677年  “Sunrise”

これは、 ストラディヴァリが製作した装飾文様入りの有名なヴァイオリン “Sunrise” です。 彼が初期に製作した作品ですが 装飾加工も含めて製作時の状況がよく保存されていることでも知られています。

このヴァイオリン・スクロールにもクレセント・カットが入っています。ところがその周りには他に摩耗したような痕跡はあまり見られません。私は このヘッドにみられる摩耗部とその周りの’落差’ を不自然と感じます。

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これは オーストリア国立銀行が ウィーン・フィル( Wiener Philharmoniker )のコンサートマスターに貸与している 1709製ストラディヴァリウス ”ex-Hämmerle” の ヘッド写真です。

2008年に定年退団するまで ウェルナー・ヒンク氏( Werner Hink  1943 – ‥ )が使用し、その後 1992年から コンサートマスターに就任していた ライナー・ホーネック氏( Rainer Honeck 1961- ‥ )が 演奏に用いている有名な楽器です。

このヴァイオリンで摩耗部とその周りとの’落差’ を ご説明したいと思います。下画像のように 私はスクロール部を 1段目、2段目、3段目と区別していますが、摩耗痕跡が 1段目のエッジ部でみとめられるのに 2段目、3段目のエッジ部は 完成時のままであるかのように フレッシュです。

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もし チューニングでスクロールに触れたことが“摩耗”の原因だとしたら 「 この景色 」はあり得ないのではないでしょうか。

これらを検証した結果、私は ストラディヴァリは 摩耗加工を 多少不自然になるのを承知のうえで 音響上必要とおもわれる最低限にとどめた弦楽器製作者だと考えています。

さてヴァイオリン族のなかでも ヴァイオリンと ビオラは 演奏者がスクロールに触れることがある訳ですが、チェロのスクロールは人が触れることは殆どありません。  ところがオールド・チェロの中には 制作者が 前出のストラディヴァリウスのヴァイオリン・スクロールと同じように 二、三段目はそのままで一段目を”激しく摩耗させた” チェロが存在します。

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私も プロのオーケストラで2列目に座っているチェリストから 『 演奏の最中に目の前のチェロのヘッドをいつも眺めているけど”激しくすり減った” 理由が何度考えてもまったく解からないんだけどどうして?』 と聞かられた時には 『 うぅーん…。』でしたが、同じような質問を何人かから受けて本腰をいれて調べました。 オールドのチェロは本当に現存する台数がすくないですから結構大変でした。

 

 

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この写真は 1997年に ヴェネチアの南西80㎞程の街 Lendinara で開催された展示会カタログ ” Domenico Montagnana – Lauter in Venetia ” Carlson Cacciatori Neumann & C. の 109ページに掲載されている 1742年に Domenico Montagnana が制作したチェロのヘッドです。

クレセント・カットの意味が解かりやすいので引用させていただきました。  十六、十七世紀にヴァイオリンやチェロを製作した人は イタリア語 Liutaio やフランス語 Luthierであるように リュート製作者でした。 つまり リュート 、シターン や テオルボ 、キタローネや ヴィオラ・ダ・ガンバ をよく知っている弦楽器製作者だったのです。 右側に1993年に ボローニャの博物館カタログとして出版された ” Strumenti Musicali Europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” John Henry van der Meer の105ページに掲載してある十七世紀に製作されたと考えられる テオルボのヘッド写真をおきました。 後ろから見たときに中心軸が右側に曲がっていくのが特徴です。

左右の写真を見比べれば同じ軸取りがしてあるのが理解していただけると思います。 下に資料映像をならべておきますが古楽器からヴァイオリン族まで胴体の中央軸線とネックの中心軸線ははじめから 『 く 』の字に組まれていました。

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[ 恐縮ですが ここからは 書いている途中です。]

”クレセント・カット”は制作者が スクロールを後ろから見たときの右曲がりの中央軸の傾きをより「 強化 」するために手を加えたものです。

 

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このように 弦楽器は 響きの立ち上がりのすばやさや 持続性、そして響きの豊かさを達成するために、徹底した音響条件の集合体となっています。

このため 16世紀から18世紀末までに製作されたクオリティの高い弦楽器は、あまりにも複雑な設定がなされているために19世紀後半になるとその音響機構を理解できる人がほとんどいなくなりました。

 

フランス、ボルドーの高名なメドック地区にあるポイヤックのシャトー・ラフィット・ロートシルトの赤ワインは、フランクフルトに発し200年以上金融界に君臨するロスチャイルド家のひとつのフランス・ロスチャイルドが1868年より保有するクラレットなのはよく知られています。 そしてもう一つの シャトー・ムートン・ロートシルトは 1853年にイギリス・ロスチャイルド家の所有となった為に 1855年のランクインが見送られ1973年 シラクによって正式にクラレットとなりました。  このように彼らは 金融、鉱業、鉄道、保険、石油、マスコミ 、製薬 、ワインなどの他にも 鳥類標本を集めれば一つ博物館 ( ウォルター・ロスチャイルド動物学博物館 )ができる収集家があらわれるほどのこだわり方と 『 目利き 』が知られています。  このロスチャイルドの一人 バロン・ナタニエル・ロスチャイルドは 1890年に ストラディヴァリの 1710年作といわれているチェロ “Gore – Booth ” を購入しました。

ペグホールの位置を考える場合に「 非常に興味深い 」そのスクロール写真を 1987年にクレモナで開催された 「 ストラディヴァリ没後250年祭 」の展示会資料集として1993年に Charles Beare がロンドンで出版した ” Antonio Stradivari – The Cremona Exhibition of 1987 ” の 165ページより引用させていただきました。

これはどういう事かを少しお話しすると‥  たとえばこれを研究したとします、私事で恐縮ですが 私の場合は 実験考古学の考え方で解明しようと 2004年11月11日に 独自に研究をはじめました。

 

先程お話しした ヘッド部の非対称加工については、その4カ月後である 2005年3月16日に下記の実験をおこないました。

弦楽器の特質上その条件変更の評価は最終的に響きで確認するしか方法がありません。

そこで私は 自分の娘4人が使用していた 4/4、1/2、1/4、1/8サイズの ヴァイオリン・スクロールで 試奏と削りを 五つの確認工程に分け実施しました。最終の補修工程は翌日でしたので 一台につき 四つの確認工程が終了すると、下の写真のような状態になりました。

実験結果が分かりやすいように 意図的な削りとしていますのでケガをしてるようですね。翌日違和感がないよう成形してニスの補修をおこない このヴァイオリンの実験痕跡が 他の方がご覧になっても分からない仕上げとしましたが、私の感覚としても いやなものでした。

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それはさておき、実験目的の方は 予想していたように「 一カ所ずつ 鑿(のみ)を入れて すぐに試奏する。」ごとに、この日 実験に立ち会った5人とも 感激のショックを受けるほどすばらしい響の変化が確認できました。

あまりにも劇的な効果でしたので 「こんなに簡単に ヴァイオリンの響きが改善できるのであれば 私の研究の完成は そんなに遠くないのでは‥ 。」と思ってしまった程でした。余談ですが 実際にこの研究が最終的な結論が得られ終了したのは 2015年12月26日でした。
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ともあれ‥ ヘッドの非対称加工の結果に意を強くした私は 翌日から数カ月に渡って、不都合な事情がないヴァイオリンやチェロに この加工をおこないました。その総数は30台ほどにおよびました。

しかし その試みは この年の秋には一旦 中止することになりました。なぜなら 重要な情報が この加工を加えたチェロを使用している人からもたらされたからです。

それは『 この加工による劇的な効果が3カ月程したら薄くなってしまった。』というものでした。非対称加工をする前より 状態が悪くなったわけではありませんが、すばらしい響きを一度自分の楽器で体験していると その喪失感は辛いものです。

このため私は 原因を徹底的に検証し ヴァイオリンもチェロもその響きは響胴が “ゆるむ” ことで生じている‥ という点から考えて 、一般に使用される弦楽器によくみられる ‘つり合いの破れ’ が生じ響胴にひずみが溜まったことが原因との結論に達しました。

この実験では ‘十分条件’ となり得る 響をうみだす響胴の音響条件の変更ではなく ‘必要条件’ のひとつを改善しヴァイオリンの響きを良くできました。しかしスクロールで私が試みた “まね”では すぐに限界が露呈するという事がわかりました。

着目は正しかったのですが、私は「 はじめから豊かな響きを持ち それが弦の交換だけで 何年間も安定した性能のまま使用できるヴァイオリン 」を作るために研究をはじめた訳ですから 立ち止まってはいられませんでした。

私が経験したように 弦楽器製作者が  ヘッド部の非対称性を検証しようとすると おそらく同じような一喜一憂があり、それは果てしない道のりに続いていると思えます。

18世紀中期から19世紀はじめにかけて産業革命により 社会構造の変革がおこり時代が 近世から近代に移行するなか 、弦楽器製作者も その流れのなかで立ち止まるのがむずかしくなったということだと思います。

さて話を戻しますが‥ このような事からも分かるように 弦楽器のもっとも重要な特性は響胴部の条件にあります。ピアノなどの鍵盤演奏する弦楽器もふくめて すべての弦楽器は 弦が加える圧力を支えきり、振動板の条件を安定的に維持するのが 最難関の課題となります。

歴史をながめると 多弦楽器において この問題を解決するための研究は 結局‥  弦数を減らしながら 低音域の共鳴音をとりこむ試行錯誤のなかで それぞれの完成形に達したようです。

例えばこれを コントラバスで見てみると 3弦型に行き着きます。

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黎明期には 合奏で低音域を担当する弦楽器は 5弦や 6〜7弦の バス・ガンバが 一般的だったのですが、 それが現在の 4弦ないしは5弦のコントラバスとなる手前の19世紀前中頃には 3弦のものが 主力として活躍していました。

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ハイドンや ベートーヴェンとの親交で知られる ドメニコ・ドラゴネッティ ( Domenico Carlo Maria Dragonetti  1763-1846 ) の晩年である 1840年代の写真や、コントラバスにフランス式運弓法を取り入れ この楽器が多様な音色をもった立派な独奏楽器たり得ることを示した ジョヴァンニ・ボッテジーニ ( GIOVANNI BOTTESINI  1821-1889 ) の 1865年頃 といわれる写真には どちらも3弦のコントラバスが写っています。

3弦のコントラバスは 楽曲演奏に対しての適合性は 別として、より明瞭な共鳴音が見込めるので、ある意味では「 響の完成形 」だと 私は思っています。

これは低い音域の響きを生むには 振動部の面積がどうしても広くなってしまうので システム損失が生まれやすく、この変換効率が落ちる条件のもとで振動部に 30.9~41.2ヘルツあるいはそれ以下の音高につながる運動をさせるエネルギーが要求され、その最終的な解答として製作されたのが 3弦の弦楽器だったからです。

もちろんこれには 幾何剛性を変化させるチューニング( 低い方から A、D、G の四度調弦と G、D、Aの五度調弦が一般的だったようです。 )など 演奏家の工夫に支えられた側面も大きかったと思います。

因みに ボッテジーニは後年 4弦コントラバスにシフトして通常チューニング [  高い方から 中央ハの1オクターブと完全 4度下の ト( G )、以下完全4度ごとに 二( D )、イ( A )、ホ( E )]より 長2度高くする ‘ソロチューニング’ を考案し通常チューニングとともに普及させたそうです。

ともあれ 物理学で最も基本的な法則とされるエネルギー保存の法則( 変換前のエネルギーの総量と変換後のエネルギーの総量は変化しないこと。)があるわけですから、 コントラバス響胴の剛体運動のためのエネルギー総量を弦のゆれのみで 調達するのは至難の業だと私は思います。

 

 

こうした弦楽器製作の繁栄は 残念ながら 19世紀になると急激に変化します。そしてこの時期以降の弦楽器を検証すると これらの音響設定を理解できる人が激減したことがわかります。

また演奏環境の変化( 18世紀の音楽ホール事情 )も影響して 弦楽器製作は『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器が製作された時代が終わり、『 モダン・イタリー 』などと呼ばれる弦楽器を中心とした時代となりました。

そして現代では「写し」の特徴である 弦楽器の傷跡状の加工や 製作時の工夫の多くが「 工具痕跡 」と呼ばれるようになりました。これはどうやら 刃物使いなどを失敗したと考えた方の命名のようですが、名工がこんな失敗をするでしょうか?。

そういうことで 弦楽器の特徴を理解するために ここから 私が これを 意図的につけてあると考えた理由をお話ししたいと思います。
Domenico Montagnana( 1686-1750 )  Cello   Venezia   1739年

例えば 1739年に製作されたこのチェロヘッドの背中下側の “工具痕跡” に着目してみましょう。これは 4番線のペグ取り付け位置より少し下についています。

まず ドメニコ・モンタニャーナが 1742年に製作したチェロ・ヘッド後部をまっすぐに撮影した写真 ①を下に置きます。

その下の②は 上の斜め写真の1739年製で ③は フランチェスコ・ルジェーリが 1695年に製作したものです。 三台のチェロに共通するだけでも偶然ではないと理解していただけると思いますが、この位置に同じ ” 工具痕跡 ” をもつオールドの弦楽器はめずらしくありません。

①  Domenico Montagnana( 1686-1750 ) Venezia   Cello 1742年

②  Domenico Montagnana( 1686-1750 )Venezia    Cello  1739年

③  Francesco Rugeri( 1626-1698 )Cremona   Cello  1695年

但し、すべてのオールド弦楽器についているわけでもありません。 下に例として4台のチェロをあげさせていただきました。④のベルゴンツィは上と同じ “工具痕跡” をもっていますが ⑤の “工具痕跡” は中央尾根の真上ですし ⑥と⑦のガダニーニはジグザグを強くしこの位置の軸の中央尾根の高さをさげることで同じ効果が得られるように工夫してあります。

 ④  Carlo Bergonzi( 1683-1747 )Cremona   Cello  1731年

 ⑤  Domenico Montagnana( 1686-1750 )Venezia  Cello  1739年 ” The Sleeping Beauty ”

⑥  J. B. Guadagnini( c.1711-1786 )Cello  1743年頃製作  ”Havemeyer ”

⑦  J. B. Guadagnini( c.1711-1786 )Cello  1777年   ” Simpson ”

それから上の画像を検証すると中央尾根だけでなくチェロ・ヘッドのヒールが楕円を基本型としている事がご理解いただけると 思います。 私はこれを ヘッドのゆれ( = 剛体運動 )の ふたつの運動のうち 回転運動をふやす( = ゆれる時間を長くする )工夫と考えています。

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cittern-%e3%80%80-english%e3%80%801600%e5%b9%b4%e9%a0%83-1-l 説明は省きますが  私はこのような軸組が分かりやすい弦楽器の特徴から 考察して、非対称の楕円部は ねじりを生じさせる仕掛けとなっていると思います。

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Antonio and Girolamo Amati    Violin  1595年頃製作  ” The King Henry IV ”

そして アマティ兄弟が 1595年頃製作したとされる ヴァイオリンです。このスクロール・エッジ部にある段差も  “工具痕跡” とよぶのは無理があると、私は思います。

 

上のスクロールと この 1603年頃に製作された アマティ兄弟のスクロールを比較すると『 段差加工 』は 8年後の方が 少しなめらかな削りとされていることが ご理解いただけると思います。

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Matteo Goffriller (1659–1742)    Violin,    Venezia 1702年

また、 このヴァイオリン・ヘッド右側( Bass side )にも段差加工を見ることができます。

それから 1742年製 とされるドメニコ・モンタニャーナのチェロでも ヘッド右側( Bass side )にも段差加工を見ることができます。

 

domenico-montagnana-vc-venezia-1742%e5%b9%b4-1686-1750-1-lDomenico Montagnana( 1686-1750 ) Venezia   Cello 1742年

私は 性能的に優れた弦楽器のヘッドは ゆれやすいように斜めに不連続面を構成して「 ねじり軸 」を設定していると考えています。
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『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器では、その軸がエッジをまわりこむ位置に 下の写真の 点 A, 点 Bのような傷跡状の加工をみることが よくあります。

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Jacob Stainer ( 1617-1683 )  Violin  Absam Tirol   1678年

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Jacob Stainer ( 1617-1683 )  Violin  Absam Tirol  1659年
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Nicola Gagliano ( 1675-1763 )  Violin Napoli 1725年頃
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彼らは弦楽器の発音メカニズムを熟知していたため 中には下のカルロ・ベルゴンツィ( Carlo Bergonzi  1683-1747 )が何台か製作したヴァイオリンのようにヘッドのヒール部分を切り取ることで その条件を調整したものがあるくらいです。



イヤハヤ‥ 頭が下がります。 私は カルロ・ベルゴンツィを本当にすばらしい弦楽器製作者だと思います。そしてパリで活躍した J.B.ヴィヨーム( Jean-Baptiste Vuillaume  1798 – 1875 )もそう考えたようです。カルロ・ベルゴンツィ( 1683-1747 )が亡くなって100年程のちに 下写真のヴァイオリンを製作したくらいですから‥ 。


Jean Baptiste Vuillaume    violin
( Nippon Violin )


この世の中の『 名器 』と呼ばれるすべての弦楽器を検証した訳ではありませんが 私の経験では ヘッド・ヒール部に弦楽器製作の名工達は ” 必ず ” 細やかな工夫を施していました。この事を知っていると『 オ-ルド・バイオリン 』の見分け方としても役立つと思います。

これをおおまかな言い方で表現すると ヘッド・ヒールの A部とB部をまず確認してください。とくに A部( 縁薄部 )は重要ですので焼いた針などの工具痕跡や段差の有無などもみていただきたいのですが‥ もっとも見分けやすいのは縁の厚みを薄く設定してあるかどうか? だと思います。これは B部の意図的に厚みが残してある部分と比較するとなおさら判りやすいと思います。

それからネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方向( これらの画像の白い点線もそうですが 私は 33°を標準と考えています。)に『 ゆれ軸 』が設定されていないか?を確認します。この C部には焼いた針などでつけた工具痕跡がある場合が多いと思います。そして その上端にあたるD部は 縁がすりへったような加工により高さを低くしてあることが多いでしょう。また『 斜めゆれ軸 』の中央付近に 先ほど『 ヴァイオリンの工具痕跡 (  tool mark )について。』で私が指摘した 工具痕跡がある場合にはなおさら このラインの存在が確認しやすいと思います。

では参考のために 2011年の ” Masterpieces from the Parma 2011 Galleria Nazionale Exhibition ” に関連した研究書として 2012年に SCROLLAVEZZA & ZANRÉが出版した ” Joannes Baptifta Guadagnini fecit Parma ferviens  /  Celsitudinis Suae Realis ” ISBN 978-88-907194-0-0 より  J.B.ガダニーニ( 1711 – 1786 )のヴァイオリン・ヘッド写真を引用させていただきましたので観察してみてください。

①  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Franzetti ”  Piacenza   1742年

②  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Baron Knoop ”  Piacenza   1744年

③  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Dextra ”  Piacenza   1747年

④  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Zuber ”  Milan   1752年

⑤  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Curci ”  Milan   1753年頃製作

⑥  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Wollgandt ”  Milan   1755年

⑦  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Burmester ”  Milan   1758年

⑧  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Lamiraux ”  Parma   1763年

⑨  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Merter ”  Parma   1769年

 ⑩  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Millant- Levine ”  Parma   1770年

これらの画像により J.B.ガダニーニのヴァイオリン・ヘッドには  A部の 縁薄部 、B部の意図的に厚くしてある部分と、ネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方 D部までのライン上に『 ゆれ軸 』の要素となる特徴がみとめられるものが複数存在していることがご理解いただけると思います。

これらの特徴は『 オールド・バイオリン 』ではよく見られますので、私はヴァイオリンを精査する際のチェック・ポイントとしてきました。下に別の製作者事例としてジロラモ・アマティⅡ( ヒエロニムス・アマティ )が クレモナで 1710年に製作したヴァイオリンのヘッド・ヒール部の画像を貼らせていただきました。

⑪  Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 )   violin   Cremona  1710年

さすがアマティ家の製作者ですので 景色に調和する配慮が感じられますが、J.B.ガダニーニとおなじように音響上の設定はきちんと踏まえて製作していたという事がご理解いただけるでしょうか?

Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 )  violin


Giuseppe Tartini's - Lipinski Stradivarius 1715年 - A L
 Stradivarius   1715年   “Lipinski”  / Giuseppe Tartini’s
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『 オールド・バイオリン 』を見ていると似たような ” 修復 “がおこなわれているのをよく見かけます。例えば上写真は判断ミスでヴァイオリン・ヘッドが ” 修復?”された事例です。

 

Matteo Goffriller (1659–1742) Cello Venice 1705年 - 1 L
Matteo Goffriller Cello Venice 1705年 MONO - 1 LT
Matteo Goffriller (1659–1742) Cello Venice 1705年 - 3 LT
Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - C LT
Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - B LT
Domenico Montagnana Cello 1730年 - A LT
Domenico Montagnana Cello 1730年 - C MONO L
Domenico Montagnana Cello 1730年 - B LT
Domenico Montagnana Venezia ( Yo-Yo Ma ) 1733年頃 - A LT
Domenico Montagnana Venezia ( Yo-Yo Ma ) 1733年頃 - A MONO L
T
Old Italian Cello c1680 - 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 ) - A LT
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jiyugaoka-violin-cello-5-2015-3-19-lT
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2014-10-22 Cello - B L
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