カテゴリー別アーカイブ: 弦楽器の鑑定について

裏板ボトムブロックの端付近も確認してください。

ご存じな方も多いように 弦楽器製作を取り巻く環境は 1980年代後半からとても良くなりました。

デジタルカメラの高性能化、データ処理技術の向上、そしてインターネットの普及などによる情報交換の高速・広域化は 私にとってめまいを感じるほどのスピードでした。

そして 気がつけば  “オールド・バイオリン” などについての資料が容易に集められる時代となっていました。

Giuseppe Guarneri del Gesù  /  The back thickness
VIENNA micro-CT LAB

こうして‥ グアルネリ・デル・ジェズとされるヴァイオリン裏板の厚さをながめたり、ヤコブ・シュタイナーのそれを知ることができる訳ですから 時代とはいえ 不思議なものだと思います。

Jacob Stainer   /  The back thickness

これらの追い風もうけて‥  私は “オールド・バイオリン”の表板、 裏板にみられる響きにつながる要素と そのへりのオーバーハング部に特徴的な加工がしてあること、そしてコーナーブロックの形状は 音響的目的のために関係( Relation )させてあると考えるようになりました。


私は この連続性こそが “オールド・バイオリン” の発音システムの “失われた技術”の正体であると思っています。

左図では 左側角が振動の起点となり奥の角がリレーションすることで「  ゆるみ 」が生まれます。また右図は対称型で 左側角の起点と手前の角がリレーションします。

ヴァイオリンやチェロ、ビオラなどは F字孔周りの振動と 共鳴部の響きによって独特の音色を生みだしています。私は この発音システムが その時に共鳴部に十分な “ゆるみ”を発生させる役割を果たしていると考えるようになりました。


そこで “オールド・バイオリン”などの高性能型を区別するためのチェック・ポイントとして、私は上図 a. の裏板ボトムブロックの端付近( 高音側 )の剛性差を確認することを皆さんにおすすめしたいと思います。

この例として アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられるヴァイオリンと ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) の 1651年製、そして アントニオ・ストラディヴァリの 1733年製から その部分の画像を並べてみました。
左側の アンドレア・アマティ ( ca.1505-1577 ) のヴァイオリンにおける 点 A の剛性差については異論がないと思います。

そして‥ もし判断が分かれるとすると、あとの二台ですね。

これが意図的な剛性差のための加工と確信するには 下図の 赤線辺りが 響胴のねじり軸として機能するとスムーズにゆるみが生じることを理解する必要があるのではないでしょうか。

“Thickness”   G.B. GUADAGNINI ( 1711-1786 )  Cellos
1743年頃 & 1757 年

そのために‥ 少し話がそれて恐縮ですが 下に私の過去の投稿をあげさせていただきます。

【 ヴァイオリンの音は聴くほかにも “見て‥” 知ることが出来ます。】

弦楽器の表板は スプルース材の年輪がたてになるように使用されています。そのため縦に割れやすい特性があり それが影響してこのチェロの魂柱部には縦方向の割れ( Sound post Crack )が入っていて 表面のニスにも 縦方向のひび割れがはいっています。


私はこのニスに入った縦ひび( a. )はバランスが調和していなかったことで歪みが溜まり 表板が疲労した過程できざまれたものと思っています。

では b. c. そして d. のひび割れはなぜ入ったのでしょうか?
私は この年輪に直交するひび割れは チェロやヴァイオリンに設定された音響システムによって入ったものと考えます。

因みに‥ 私がこのように ニスのひび割れと響きを関係づけて考えるようになったのは  2003年 9月29日 の 16:45頃からです。

長くなりますが、ここで その時のお話をさせて下さい。

それは 2週間前まで 11歳の長女が使っていた 1/2サイズのヴァイオリンを 7歳の二女が使いたいと言い張ったので 、その準備として 弦などの交換を検討するために 工房の入り口に立ってこのヴァイオリンを私がチェックしている時のことでした。

風もなく空が晴れわたったおだやかな夕方で 私が立っている工房の入り口には まだ日差しがさしこんでいました。

そのときニスのひび割れが 『 キラッ ! 』と蜘蛛の糸のように光ったのが 私の目にとびこんできました。 それで私は このヴァイオリンの表板と側板にはいった ニスのひびを確認してみました。 はじめは 『  なるほど。 分数ヴァイオリンでも フルサイズとおなじ入り方をするんだ‥‥ 。』と思いながら観察していたのですが、 当時 私が記憶していた他の事例とあまりにも合致していたので 『  これは‥ もしかして! 』と思ったときに 私の顔色は変ったと思います。

それまでニスのひび割れを特に重大なことと思っていなかった私でしたが、このときヴァイオリン響胴の振動モードとそれが きちんと繋がったのです。 私はこのとき『  ヴィジョンが降りてきた‥‥ 。』感覚のなかで 『  いま自分の頭のなかにうかんでいるヴァイオリンのヴィジョンは本当なのかな? 』と 戸惑いながらも楽器の角度を変えたりしながら観察して、もう一度 頭にうかんだ ヴァイオリンの振動モードに誤りがないかを検討しました。

その最中のことです。  私が表板側と側板に気をとられてよくみていなかった 裏板がレイヤー映像のように頭のなかに浮かんだのです。 『  表板がこう振動して側板はブロックによって こう動き‥ということは裏板のここら辺りにこういう形状のニスひびが‥‥ 。』と 私は 独り言をいいながら 裏板を見るために ヴァイオリンをひっくり返しました。

いまでも その瞬間をときどき思い出します。
とにかく感動しました。  私が予測したとおりの形状の小さなニスひび割れが 裏板の推定した位置に 入っていたのです。 おかげさまで 私は 鉱山技師が鉱脈を発見したような 歓びを経験しました。

下の図は そのニスひびを 2005年になって 私のノートに記録したものです。


この時に私がはじめに気がついたのは下幅広部に真横に入っているニスひびが テールピースの下で繋がっておらず 魚のウロコ状のニスひびとなっている事でした。

それで私は このニスひびは ボトムブロックの端付近( 高音側 )の点 a. から ゆれがはじまる”ねじり”によるものと判断したのです。

その証拠に反対側のネックブロック部をみると 点 b. 辺りからブロックのねじりによるニスひびがはいっています。

【  弦楽器のニスに入ったヒビが物語ること‥。】


このような ネックブロックのねじりは上の動画で確認できます。
おそらく撮影の都合だと思いますが鏡像になっていますので ネックブロックは手前側が高音でその奥が低音側となっています。

“Varnish crack”   1970年製     Karl Hofner Cello( 2006年撮影 )

それから 私が上図で – 7.0° としているねじりの軸線は 下にあげさせていただいた アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) が 1679年に製作したヴァイオリンの “サンライズ”の裏板年輪の木取を参考にしました。

私はこれらの仮説と状況証拠によりその楽器が “オールド・バイオリン”の音響システムに基づいているかを確認するために 裏板ボトムブロックの端付近( 高音側 )の”意図的”な剛性差の痕跡を確認することは重要と考えています。


最後に実例として アンドレア・アマティ ( ca.1505-1577 ) が 1566年頃に製作したと考えられるヴァイオリンをあげると‥  裏板へりのオーバーハングの差異は小さかったとしても、点 B. のひび割れを この楽器の特質のひとつと見ることが出来ると思います。

これにより 少なくとも 下に並べた 1555年頃のヴァイオリンと同じ製作者によると考えても違和感はないのではないでしょうか?

このように音響システムの視点を持ちながら 弦楽器を観察すると “オールド・バイオリン” と贋作の違いは 意外と見分けやすいのではないかと 私は思います。

 Gasparo da Salò  /   Violoncello

 

2017-2-09                 Joseph Naomi Yokota

裏板 右回転 21°~23°位置 のオーバーハングについて

 

私は “オールド・バイオリン”の特徴である、へり部分の側板からオーバーハングする設定が “意図的”に少なくされている部分があることは音響的に重要と考えています。

 

Andrea Amati  ( ca.1505-1577 ) ,   Violin “Charles Ⅸ”  1566年頃

これは 裏板の焼いた針などでつけられた痕が明瞭なヴァイオリンで確認すると、オーバーハングする設定が “意図的”に少なくされている部分は 直線状の軸線に対応している事からも同意していただけると思います。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

例として アンドレア・アマティのヴァイオリンで確認してみましょう。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

このヴァイオリンは 裏板 右回転 22.4°位置の下端部オーバーハングがかなり削り込まれているようです。

このように “オールド・バイオリン”では ライニングのすぐ近くまで削られたヴァイオリンが何台も存在します。

但し、ここまで削り込む加工がされたものは 16世紀から 19世紀までの弦楽器においてその存在は貴重です。

上図のように ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) や アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) のヴァイオリンでは オーバーハング部の削り込みは外見上の違和感が少ない仕上げとなっています。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

Nicolò Amati ( 1596–1684  ) ,  Violin 1651年

Antonio Stradivari ( 1644-1737 )  Violin  “Rode – Le Nestor”  1733年

いずれにしても下図のように左下コーナー部で パフリングの外側の幅を確認したあとで 左下部のパフリングの外幅を見てみると、あきらかに差異があることが分るのではないでしょうか。

2017-2-04                 Joseph Naomi Yokota

それが本物の”オールド・バイオリン”でしたら 裏板の マークを確認してください。

 

私は”オールド・バイオリン” の特徴を確認 するときは 裏板駒下部と その左下に焼いた針などでつけられた マークが無いかを調べます。

例えば アントニオ・ストラディヴァリが製作したとされるヴァイオリン “ローデ” の裏板には下写真のような位置に それが見られます。
Antonio Stradivari ( 1644-1737 ),  Violin  “Rode / Le Nestor” 1733年

参考にして頂くために‥ このストラディヴァリウスと クレモナ派の始祖と伝えられる アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられるもの、そして その孫である ニコロ・アマティが その 100年ほど後に製作したヴァイオリンの画像を並べました。

A、点 B は3台とも同じ座標です。

これを観察すると ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) の弟子である アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) が アンドレア・アマティ( ca.1505–1577 )の 170年以上も後に、その製作方法を誠実に受け継いでいたことが感じられると思います。

私はこのようにして比較対象をしながら”オールド・バイオリン”の研究を進めました。

そのなかで 、参照のためにあげた アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられる このヴァイオリンが 非常に重要な意味をもっていると考えるようになりました。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin 1555年頃

なぜなら、この楽器は “オールド・バイオリン” に多数入っている焼いた針などでつけられた痕が直線状の軸線として用いられたことを暗示しているからです。

これらのピン・マークを 高解像度の画像で確認していくと、下の参考写真のように それらが連なる軸線を何本も見出すことができます。

Antonio Stradivari ( 1644-1737 ),  Violin  “Rode / Le Nestor” 1733年

この作業は‥ 満天の星空をながめながら星座を探すのに似ていますが、細かい “点” ではなくもっとはっきりした “工具痕跡” として加工された マークをもつ楽器を参考にすれば ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) が 1651年に製作したとされるヴァイオリンのように 拡大すると細かい “点” が多数見られる楽器でも それほど難しくはありません。

私は それらの マークが連なる線が 正中線に対して右回転、あるいは左回転で何度にあたるかを画像ソフト上で確認して資料化しています。


Nicolò Amati ( 1596–1684  ) violin 1651年

例えば このヴァイオリンの高解像度画像では上のストラディヴァリウスと同じ 右回転 21.6度の位置に 14個の焼いた針痕を見ることができます。

また 私は下図のように 右回転 14.8度と 28.2度にも軸線を見出しました。

同じように観察をしていくと 下写真の アンドレアの息子たちである アントニオと ジローラモの兄弟が製作したとされるヴァイオリンでも 21.6度 には 10個の針痕があるようです。

 Antonio and Hieronymus Amati        Cremona 1629

私は このようにして基礎資料を増やしていきました。
そしてその後の研究により 結局これが”オールド・バイオリン” の発音システムに繋がっていることが解明できました。

Gasparo da Salò  /  Violoncello

そういう事で、これは 弦楽器を鑑定する場合にも強力な状況証拠となり得ますので 私は皆さんにヴァイオリンなどを調べる際は 高解像度の写真を撮影し‥ それを 拡大して焼いた針などで付けられたマークの位置関係を検証することをお奨めいたします。

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2017-2-03                 Joseph Naomi Yokota

弦楽器システムの最後の理解者 レアンドロ・ビジャッキについて

この他に私はネックや指板について考える場合 1910年頃に ミラノで  レアンドロ・ビジャッキ(  Giuseppe Leandro Bisiach   1864 – 1945  )氏が製作したヴァイオリンに助けられています。 これは所有者の方が 23年程前に 当時 ‥ 一般的に認識されているレアンドロ・ビジャッキ作 ヴァイオリンの販売価格の2倍くらいの値段で購入されたものです。

すばらしい事に 1910年に ブリュッセルで開催された万国博覧会にイタリアから出品されゴールド・メダルを受賞した製作当初の状況がほぼそのまま保たれています。

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このヴァイオリンは 1910年のブリュッセル万国博覧会の写真と 2012年に私の工房で撮影した写真をつき合わせると 指板の左右表板の『  演奏キズ  』や 表板C型部センター・バウツ付近の『  弓の打撃痕  』や それ以外のへりについている『  キズ  』も製作時の加工によるもので、裏板やヘッドのニスが剥がれている『  景色  』も製作時に加工されたことが確認できます。

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ちなみにブリュッセル万国博覧会は 1910年 4月23日から 11月7日までベルギーの首都ブリュッセルで開催された国際博覧会で 会期中に 1300万人が来場したそうです。 この博覧会にイタリアから出品されたレアンドロ・ビジャッキ(  Leandro Bisiach  1864 – 1945  )が製作したヴァイオリンのラベルには 1910年にミラノで製作したと書かれています。 これはおそらく 4月からの万国博覧会出品のために前年にはあらかた完成していたヴァイオリンに このラベルを貼って仕上げたものと 私は推測しています。

私はこのヴァイオリンを 100年前の『  標準型  』として参考にしています。 ネックや指板などもとても興味深い設定です。

Giuseppe Leandro Bisiach (  1864 – 1945  )  /    violin   1910  Milano

表板 サイズ          351.0 mm  –  165.2 mm  –  107.6 mm  –  205.0 mm
アーチ 17.0 mm
裏板 サイズ          351.5 mm  –  165.7 mm  –  107.6 mm  –  204.6 mm
アーチ  16.6 mm
ネック長さ      129.0 mm
ストップ          192.5 mm
ネック高さ( 表板からトップ・エッジまで )E-side 6.2 mm :  G-side  6.5 mm
(  指板エッジまで  )                  E-side 10.1 mm  :  G-side 10.5 mm
ネック厚さ  17.0 mm –  20.2 mm
指板端の高さ(  表板から  )   17.9 mm
指板                23.1 mm –  42.3 mm –  266.5 mm
ナット(  1-4 スペース )     16.3 mm
サドル           34.5 mm( 7 – 20.5 – 7  )、H 5.0 mm( 1.0 )、D 5.5 mm
F字孔間       39.4 mm
F字孔長さ    L 68.5 mm  –  R 69.0 mm
ボタン           20.9 mm  –  H 12.3 mm
側板 Eサイド    N 28.2 mm  –  28.8 mm  –  C 29.4 mm  –  C 29.3 mm  –  29.4 mm
側板 Gサイド    N 28.3 mm  –  28.2 mm  –  C 29.2 mm  –  C 29.4 mm  –  29.4 mm
ヘッド      106.5 mm (  38.0 mm  –  68.5 mm  )
アイ      39.5 mm
ペグ・ホール位置  N-side 16.0 mm  – 14.0 mm – 23.5 mm – 13.0 mm
パーツ無し重量     374.0 g

ただし 念のために申し上げないと私にはどういう事情かは分かりませんが、このヴァイオリンは 彼のどのヴァイオリンよりも特別です。

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ヴァイオリンと能面の類似性について – 後編

長文となり恐縮ですが、ここからは弦楽器の “写し” の特徴についてお話ししてみたいと思います。

まず弦楽器のヘッドの事例を見てください。能面とおなじように みごとな非対称形状のものがたくさんあります。また、複雑なゆれを意図的に生じさせるために 傷や摩耗したような加工が多用されています。

giovanni-battista-ceruti-1791%e5%b9%b4-cremona-1755-1817-a-lGiovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 ),    Violin  1791年  Cremona   /  355-163-113-208  ‘Wurlitzer collection 1931’

1500年代半ばに登場した ヴァイオリンは 1700年前後には黄金期を迎え、弦楽器製作者が 技術の粋を尽くして 沢山の名器を製作しました。

しかし、当時 ヨーロッパ世界を恐怖に陥れたペスト禍や 相次ぐ戦争が 弦楽器製作の世界にも影をおとし、特にスペイン継承戦争でフランスとオーストリアの領地争奪戦に巻き込まれたロンバルディアの諸都市は 急激に没落していったと伝えられています。

‘三大ヴァイオリン製作者’ を輩出したクレモナも 実質的には このG.B. チェルーティを最後に技術の継承が途絶えたようです。

このヴァイオリンは 1931年の ‘Wurlitzer collection’ のなかでも 特別な楽器として扱われたもので、私は 彼の代表作と思っています。

写真のように スクロールの特徴ひとつとっても非対称技術のすべてを確認できるすばらしいヴァイオリンです。私はこの ヴァイオリンを作った G.B. チェルーティを、能面でいう”創作の時代” の 最後の弦楽器製作者だと思っています。
40623bcdc8be7303f55a6747dccc382eところで、ヴァイオリンや チェロのヘッドは錯視をまねき易い形状のようで、見る角度や撮影条件でかなり印象が変わります。

この上下二枚の写真は、 デジタル一眼レフカメラで 同じチェロのスクロールを撮影したものです。 上写真は 被写体距離が 約2.0m でしたが、下写真は 被写体距離が 約1.2mで 上写真より若干 見下ろす角度で撮影しています。

この楽器を実際に皆さんがご覧になると おそらく上写真のような印象になると思いますが、下のように少しズームアップされた写真は 私たちが二つの眼球でみる景色とは 違う視点を気付かせてくれます。

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因みに私が赤線でいれたような補助線は大切です。 ご覧のように これを書き加えると スクロールの角度設定などの確認が容易になります。

下に いくつかの事例をあげてみましたが、弦楽器は形状に加えてメープル材の虎目模様や 表板もふくむ木材の年輪、糸巻きなど 錯視の誘因条件をかかえているため 実相が捉えにくいという特徴を持っているからです。

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カフェウォール錯視  :  水平の線が右または左に傾いて見える。
1024px-jastrow_illusion_revealed_svg
ジャストロー錯視  :  上のような二つの扇形では下の方が大きく見える。
delboeuf_illusion_svgデルブーフ錯視  : このように合同な内円( 黒 )が 外円の影響で違って見える。

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ツェルナー錯視  :    このように平行な線分に 羽を斜めに( 羽角度が 鈍角ほど顕著 )加える事によりおこる錯視。

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オッペル・クント錯視  :    等間隔の平行線 A,B,C が AB間に書き込まれた平行線によって ABの間隔のほうが BCより広くみえる。

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ポッゲンドルフ錯視  : 斜線を描き、その間の形跡を別の図形で隠すと その直線の始まりと終わりがずれて見える錯視。

この他にも錯視につながる条件がいくつもありますので 弦楽器の特徴を理解したいとお考えの方に 私は写真撮影をおすすめしています。

例えば 下画像はストラディヴァリウスのスクロールに 私が 白線を正中線として 傾斜角度をみるために赤線を入れその角度を書き込んだものです。

私はこれらの傾斜角度は 弦を張る前の木組みを含めた基本設定の段階で決定され 実行されたと考えています。意図的にこの角度差を彫り込むには かなり高度な技術が必要なのは 想像に難くないと思います。

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joseph-thomas-klotz-violoncello-piccolo-mittenwald-1794-1743-09-1-l
Joseph Thomas Klotz ( 1743-1809 ) ,  Violoncello piccolo  Mittenwald  1794年

296-nicola-gagliano-napoli-c-1725-1675-1763-lNicola Gagliano( 1675-1763 )Violin  1725年頃

そして 弦楽器をみる時にもうひとつ念頭におかないといけないのが、弦を張ったあとの調整痕跡です。

その事例として このスクロールの右側突起部に注目してください。この部分は 製作された後の “修復” によって 現在この状態となっていると考えられます。

これは この ニコラ・ガリアーノが製作したヴァイオリン・ヘッドの “修理部分の損傷”( 下写真右側 )が、同時期に製作されたヴァイオリンの摩耗痕跡( 下中央 )と おなじように製作時に加工されていた可能性が高いことが 状況証拠となっています。
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つまり この “修理” は 製作時の加工があまりに大胆であったために、後年‥ はじめからと気がつかなかった担当者によって ていねいに修復されてしまったものと 私は判断しました。

それにしても、音響上の理由とはいえ この摩耗加工は‥  たとえば 千利休( 1522-1591 )の “わび茶” を端とする茶道において、 成型した灰型の最後にすじ棒などで崩す( 流派による差異はあります。)所作に似て、美学としても 十分に 意志的と 私は感じます。

まさに、「古( いにしえ )の 弦楽器製作者 恐るべし!」といったところです。

 

 

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Johann Jais  Viola  Tölz ( 1715-1765 )    Viola   1760年頃

弦楽器ヘッドの非対称性については、このビオラのように おそらく着手時に大胆な設定として選択されたと考えられる 事例もありますが 、摩耗痕跡を複数の作品で比較してみると 一定の加工原理としてとらえることが出来るようです。

antonio-stradivari-violin-1715%e5%b9%b4-lipinski-a-lAntonio Stradivari  ( ca.1644-1737 )    Violin  Cremona  1715年
“Lipinski”   /   Giuseppe Tartini ( 1692 – 1770 )

たとえば このヴァイオリンは、1700年代に ヴァイオリンソナタ『 悪魔のトリル (  Devil’s Trill Sonata ) 』で有名となった 作曲家 ジュゼッペ・タルティーニ( Giuseppe Tartini  1692-1770 )が使用したと言われている すばらしい ストラディバリウスです。

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私は クレセント・カット(  Crescent cut  )と呼んでいますが 三日月型の” 激しい摩耗痕跡 “があります。

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そして右写真はイタリア・クレモナに展示されている 有名なヴァイオリンです。クレセント・カット部には 修復痕跡が認められます。さて、これは どう考えるべきでしょうか?

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残念ながら このような摩耗痕跡を 『 演奏するためのチューニングなどですり減った。』 と思っている方も多いようで、実際にその判断の誤りにより このように ‘修復’ されてしまう弦楽器もあとを絶ちません。

 

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Antonio Stradivari  (  ca. 1644-1737  )   Violin  1677年  “Sunrise”

これは、 ストラディヴァリが製作した装飾文様入りの有名なヴァイオリン “Sunrise” です。 彼が初期に製作した作品ですが 装飾加工も含めて製作時の状況がよく保存されていることでも知られています。

このヴァイオリン・スクロールにもクレセント・カットが入っています。ところがその周りには他に摩耗したような痕跡はあまり見られません。私は このヘッドにみられる摩耗部とその周りの’落差’ を不自然と感じます。

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これは オーストリア国立銀行が ウィーン・フィル( Wiener Philharmoniker )のコンサートマスターに貸与している 1709製ストラディヴァリウス ”ex-Hämmerle” の ヘッド写真です。

2008年に定年退団するまで ウェルナー・ヒンク氏( Werner Hink  1943 – ‥ )が使用し、その後 1992年から コンサートマスターに就任していた ライナー・ホーネック氏( Rainer Honeck 1961- ‥ )が 演奏に用いている有名な楽器です。

このヴァイオリンで摩耗部とその周りとの’落差’ を ご説明したいと思います。下画像のように 私はスクロール部を 1段目、2段目、3段目と区別していますが、摩耗痕跡が 1段目のエッジ部でみとめられるのに 2段目、3段目のエッジ部は 完成時のままであるかのように フレッシュです。

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もし チューニングでスクロールに触れたことが“摩耗”の原因だとしたら 「 この景色 」はあり得ないのではないでしょうか。

これらを検証した結果、私は ストラディヴァリは 摩耗加工を 多少不自然になるのを承知のうえで 音響上必要とおもわれる最低限にとどめた弦楽器製作者だと考えています。

さてヴァイオリン族のなかでも ヴァイオリンと ビオラは 演奏者がスクロールに触れることがある訳ですが、チェロのスクロールは人が触れることは殆どありません。  ところがオールド・チェロの中には 制作者が 前出のストラディヴァリウスのヴァイオリン・スクロールと同じように 二、三段目はそのままで一段目を”激しく摩耗させた” チェロが存在します。

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私も プロのオーケストラで2列目に座っているチェリストから 『 演奏の最中に目の前のチェロのヘッドをいつも眺めているけど”激しくすり減った” 理由が何度考えてもまったく解からないんだけどどうして?』 と聞かられた時には 『 うぅーん…。』でしたが、同じような質問を何人かから受けて本腰をいれて調べました。 オールドのチェロは本当に現存する台数がすくないですから結構大変でした。

 

 

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この写真は 1997年に ヴェネチアの南西80㎞程の街 Lendinara で開催された展示会カタログ ” Domenico Montagnana – Lauter in Venetia ” Carlson Cacciatori Neumann & C. の 109ページに掲載されている 1742年に Domenico Montagnana が制作したチェロのヘッドです。

クレセント・カットの意味が解かりやすいので引用させていただきました。  十六、十七世紀にヴァイオリンやチェロを製作した人は イタリア語 Liutaio やフランス語 Luthierであるように リュート製作者でした。 つまり リュート 、シターン や テオルボ 、キタローネや ヴィオラ・ダ・ガンバ をよく知っている弦楽器製作者だったのです。 右側に1993年に ボローニャの博物館カタログとして出版された ” Strumenti Musicali Europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” John Henry van der Meer の105ページに掲載してある十七世紀に製作されたと考えられる テオルボのヘッド写真をおきました。 後ろから見たときに中心軸が右側に曲がっていくのが特徴です。

左右の写真を見比べれば同じ軸取りがしてあるのが理解していただけると思います。 下に資料映像をならべておきますが古楽器からヴァイオリン族まで胴体の中央軸線とネックの中心軸線ははじめから 『 く 』の字に組まれていました。

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[ 恐縮ですが ここからは 書いている途中です。]

”クレセント・カット”は制作者が スクロールを後ろから見たときの右曲がりの中央軸の傾きをより「 強化 」するために手を加えたものです。

 

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このように 弦楽器は 響きの立ち上がりのすばやさや 持続性、そして響きの豊かさを達成するために、徹底した音響条件の集合体となっています。

このため 16世紀から18世紀末までに製作されたクオリティの高い弦楽器は、あまりにも複雑な設定がなされているために19世紀後半になるとその音響機構を理解できる人がほとんどいなくなりました。

 

フランス、ボルドーの高名なメドック地区にあるポイヤックのシャトー・ラフィット・ロートシルトの赤ワインは、フランクフルトに発し200年以上金融界に君臨するロスチャイルド家のひとつのフランス・ロスチャイルドが1868年より保有するクラレットなのはよく知られています。 そしてもう一つの シャトー・ムートン・ロートシルトは 1853年にイギリス・ロスチャイルド家の所有となった為に 1855年のランクインが見送られ1973年 シラクによって正式にクラレットとなりました。  このように彼らは 金融、鉱業、鉄道、保険、石油、マスコミ 、製薬 、ワインなどの他にも 鳥類標本を集めれば一つ博物館 ( ウォルター・ロスチャイルド動物学博物館 )ができる収集家があらわれるほどのこだわり方と 『 目利き 』が知られています。  このロスチャイルドの一人 バロン・ナタニエル・ロスチャイルドは 1890年に ストラディヴァリの 1710年作といわれているチェロ “Gore – Booth ” を購入しました。

ペグホールの位置を考える場合に「 非常に興味深い 」そのスクロール写真を 1987年にクレモナで開催された 「 ストラディヴァリ没後250年祭 」の展示会資料集として1993年に Charles Beare がロンドンで出版した ” Antonio Stradivari – The Cremona Exhibition of 1987 ” の 165ページより引用させていただきました。

これはどういう事かを少しお話しすると‥  たとえばこれを研究したとします、私事で恐縮ですが 私の場合は 実験考古学の考え方で解明しようと 2004年11月11日に 独自に研究をはじめました。

 

先程お話しした ヘッド部の非対称加工については、その4カ月後である 2005年3月16日に下記の実験をおこないました。

弦楽器の特質上その条件変更の評価は最終的に響きで確認するしか方法がありません。

そこで私は 自分の娘4人が使用していた 4/4、1/2、1/4、1/8サイズの ヴァイオリン・スクロールで 試奏と削りを 五つの確認工程に分け実施しました。最終の補修工程は翌日でしたので 一台につき 四つの確認工程が終了すると、下の写真のような状態になりました。

実験結果が分かりやすいように 意図的な削りとしていますのでケガをしてるようですね。翌日違和感がないよう成形してニスの補修をおこない このヴァイオリンの実験痕跡が 他の方がご覧になっても分からない仕上げとしましたが、私の感覚としても いやなものでした。

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それはさておき、実験目的の方は 予想していたように「 一カ所ずつ 鑿(のみ)を入れて すぐに試奏する。」ごとに、この日 実験に立ち会った5人とも 感激のショックを受けるほどすばらしい響の変化が確認できました。

あまりにも劇的な効果でしたので 「こんなに簡単に ヴァイオリンの響きが改善できるのであれば 私の研究の完成は そんなに遠くないのでは‥ 。」と思ってしまった程でした。余談ですが 実際にこの研究が最終的な結論が得られ終了したのは 2015年12月26日でした。
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ともあれ‥ ヘッドの非対称加工の結果に意を強くした私は 翌日から数カ月に渡って、不都合な事情がないヴァイオリンやチェロに この加工をおこないました。その総数は30台ほどにおよびました。

しかし その試みは この年の秋には一旦 中止することになりました。なぜなら 重要な情報が この加工を加えたチェロを使用している人からもたらされたからです。

それは『 この加工による劇的な効果が3カ月程したら薄くなってしまった。』というものでした。非対称加工をする前より 状態が悪くなったわけではありませんが、すばらしい響きを一度自分の楽器で体験していると その喪失感は辛いものです。

このため私は 原因を徹底的に検証し ヴァイオリンもチェロもその響きは響胴が “ゆるむ” ことで生じている‥ という点から考えて 、一般に使用される弦楽器によくみられる ‘つり合いの破れ’ が生じ響胴にひずみが溜まったことが原因との結論に達しました。

この実験では ‘十分条件’ となり得る 響をうみだす響胴の音響条件の変更ではなく ‘必要条件’ のひとつを改善しヴァイオリンの響きを良くできました。しかしスクロールで私が試みた “まね”では すぐに限界が露呈するという事がわかりました。

着目は正しかったのですが、私は「 はじめから豊かな響きを持ち それが弦の交換だけで 何年間も安定した性能のまま使用できるヴァイオリン 」を作るために研究をはじめた訳ですから 立ち止まってはいられませんでした。

私が経験したように 弦楽器製作者が  ヘッド部の非対称性を検証しようとすると おそらく同じような一喜一憂があり、それは果てしない道のりに続いていると思えます。

18世紀中期から19世紀はじめにかけて産業革命により 社会構造の変革がおこり時代が 近世から近代に移行するなか 、弦楽器製作者も その流れのなかで立ち止まるのがむずかしくなったということだと思います。

さて話を戻しますが‥ このような事からも分かるように 弦楽器のもっとも重要な特性は響胴部の条件にあります。ピアノなどの鍵盤演奏する弦楽器もふくめて すべての弦楽器は 弦が加える圧力を支えきり、振動板の条件を安定的に維持するのが 最難関の課題となります。

歴史をながめると 多弦楽器において この問題を解決するための研究は 結局‥  弦数を減らしながら 低音域の共鳴音をとりこむ試行錯誤のなかで それぞれの完成形に達したようです。

例えばこれを コントラバスで見てみると 3弦型に行き着きます。

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黎明期には 合奏で低音域を担当する弦楽器は 5弦や 6〜7弦の バス・ガンバが 一般的だったのですが、 それが現在の 4弦ないしは5弦のコントラバスとなる手前の19世紀前中頃には 3弦のものが 主力として活躍していました。

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ハイドンや ベートーヴェンとの親交で知られる ドメニコ・ドラゴネッティ ( Domenico Carlo Maria Dragonetti  1763-1846 ) の晩年である 1840年代の写真や、コントラバスにフランス式運弓法を取り入れ この楽器が多様な音色をもった立派な独奏楽器たり得ることを示した ジョヴァンニ・ボッテジーニ ( GIOVANNI BOTTESINI  1821-1889 ) の 1865年頃 といわれる写真には どちらも3弦のコントラバスが写っています。

3弦のコントラバスは 楽曲演奏に対しての適合性は 別として、より明瞭な共鳴音が見込めるので、ある意味では「 響の完成形 」だと 私は思っています。

これは低い音域の響きを生むには 振動部の面積がどうしても広くなってしまうので システム損失が生まれやすく、この変換効率が落ちる条件のもとで振動部に 30.9~41.2ヘルツあるいはそれ以下の音高につながる運動をさせるエネルギーが要求され、その最終的な解答として製作されたのが 3弦の弦楽器だったからです。

もちろんこれには 幾何剛性を変化させるチューニング( 低い方から A、D、G の四度調弦と G、D、Aの五度調弦が一般的だったようです。 )など 演奏家の工夫に支えられた側面も大きかったと思います。

因みに ボッテジーニは後年 4弦コントラバスにシフトして通常チューニング [  高い方から 中央ハの1オクターブと完全 4度下の ト( G )、以下完全4度ごとに 二( D )、イ( A )、ホ( E )]より 長2度高くする ‘ソロチューニング’ を考案し通常チューニングとともに普及させたそうです。

ともあれ 物理学で最も基本的な法則とされるエネルギー保存の法則( 変換前のエネルギーの総量と変換後のエネルギーの総量は変化しないこと。)があるわけですから、 コントラバス響胴の剛体運動のためのエネルギー総量を弦のゆれのみで 調達するのは至難の業だと私は思います。

 

 

こうした弦楽器製作の繁栄は 残念ながら 19世紀になると急激に変化します。そしてこの時期以降の弦楽器を検証すると これらの音響設定を理解できる人が激減したことがわかります。

また演奏環境の変化( 18世紀の音楽ホール事情 )も影響して 弦楽器製作は『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器が製作された時代が終わり、『 モダン・イタリー 』などと呼ばれる弦楽器を中心とした時代となりました。

そして現代では「写し」の特徴である 弦楽器の傷跡状の加工や 製作時の工夫の多くが「 工具痕跡 」と呼ばれるようになりました。これはどうやら 刃物使いなどを失敗したと考えた方の命名のようですが、名工がこんな失敗をするでしょうか?。

そういうことで 弦楽器の特徴を理解するために ここから 私が これを 意図的につけてあると考えた理由をお話ししたいと思います。
Domenico Montagnana( 1686-1750 )  Cello   Venezia   1739年

例えば 1739年に製作されたこのチェロヘッドの背中下側の “工具痕跡” に着目してみましょう。これは 4番線のペグ取り付け位置より少し下についています。

まず ドメニコ・モンタニャーナが 1742年に製作したチェロ・ヘッド後部をまっすぐに撮影した写真 ①を下に置きます。

その下の②は 上の斜め写真の1739年製で ③は フランチェスコ・ルジェーリが 1695年に製作したものです。 三台のチェロに共通するだけでも偶然ではないと理解していただけると思いますが、この位置に同じ ” 工具痕跡 ” をもつオールドの弦楽器はめずらしくありません。

①  Domenico Montagnana( 1686-1750 ) Venezia   Cello 1742年

②  Domenico Montagnana( 1686-1750 )Venezia    Cello  1739年

③  Francesco Rugeri( 1626-1698 )Cremona   Cello  1695年

但し、すべてのオールド弦楽器についているわけでもありません。 下に例として4台のチェロをあげさせていただきました。④のベルゴンツィは上と同じ “工具痕跡” をもっていますが ⑤の “工具痕跡” は中央尾根の真上ですし ⑥と⑦のガダニーニはジグザグを強くしこの位置の軸の中央尾根の高さをさげることで同じ効果が得られるように工夫してあります。

 ④  Carlo Bergonzi( 1683-1747 )Cremona   Cello  1731年

 ⑤  Domenico Montagnana( 1686-1750 )Venezia  Cello  1739年 ” The Sleeping Beauty ”

⑥  J. B. Guadagnini( c.1711-1786 )Cello  1743年頃製作  ”Havemeyer ”

⑦  J. B. Guadagnini( c.1711-1786 )Cello  1777年   ” Simpson ”

それから上の画像を検証すると中央尾根だけでなくチェロ・ヘッドのヒールが楕円を基本型としている事がご理解いただけると 思います。 私はこれを ヘッドのゆれ( = 剛体運動 )の ふたつの運動のうち 回転運動をふやす( = ゆれる時間を長くする )工夫と考えています。

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cittern-%e3%80%80-english%e3%80%801600%e5%b9%b4%e9%a0%83-1-l 説明は省きますが  私はこのような軸組が分かりやすい弦楽器の特徴から 考察して、非対称の楕円部は ねじりを生じさせる仕掛けとなっていると思います。

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Antonio and Girolamo Amati    Violin  1595年頃製作  ” The King Henry IV ”

そして アマティ兄弟が 1595年頃製作したとされる ヴァイオリンです。このスクロール・エッジ部にある段差も  “工具痕跡” とよぶのは無理があると、私は思います。

 

上のスクロールと この 1603年頃に製作された アマティ兄弟のスクロールを比較すると『 段差加工 』は 8年後の方が 少しなめらかな削りとされていることが ご理解いただけると思います。

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Matteo Goffriller (1659–1742)    Violin,    Venezia 1702年

また、 このヴァイオリン・ヘッド右側( Bass side )にも段差加工を見ることができます。

それから 1742年製 とされるドメニコ・モンタニャーナのチェロでも ヘッド右側( Bass side )にも段差加工を見ることができます。

 

domenico-montagnana-vc-venezia-1742%e5%b9%b4-1686-1750-1-lDomenico Montagnana( 1686-1750 ) Venezia   Cello 1742年

私は 性能的に優れた弦楽器のヘッドは ゆれやすいように斜めに不連続面を構成して「 ねじり軸 」を設定していると考えています。
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『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器では、その軸がエッジをまわりこむ位置に 下の写真の 点 A, 点 Bのような傷跡状の加工をみることが よくあります。

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Jacob Stainer ( 1617-1683 )  Violin  Absam Tirol   1678年

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Jacob Stainer ( 1617-1683 )  Violin  Absam Tirol  1659年
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Nicola Gagliano ( 1675-1763 )  Violin Napoli 1725年頃
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彼らは弦楽器の発音メカニズムを熟知していたため 中には下のカルロ・ベルゴンツィ( Carlo Bergonzi  1683-1747 )が何台か製作したヴァイオリンのようにヘッドのヒール部分を切り取ることで その条件を調整したものがあるくらいです。



イヤハヤ‥ 頭が下がります。 私は カルロ・ベルゴンツィを本当にすばらしい弦楽器製作者だと思います。そしてパリで活躍した J.B.ヴィヨーム( Jean-Baptiste Vuillaume  1798 – 1875 )もそう考えたようです。カルロ・ベルゴンツィ( 1683-1747 )が亡くなって100年程のちに 下写真のヴァイオリンを製作したくらいですから‥ 。


Jean Baptiste Vuillaume    violin
( Nippon Violin )


この世の中の『 名器 』と呼ばれるすべての弦楽器を検証した訳ではありませんが 私の経験では ヘッド・ヒール部に弦楽器製作の名工達は ” 必ず ” 細やかな工夫を施していました。この事を知っていると『 オ-ルド・バイオリン 』の見分け方としても役立つと思います。

これをおおまかな言い方で表現すると ヘッド・ヒールの A部とB部をまず確認してください。とくに A部( 縁薄部 )は重要ですので焼いた針などの工具痕跡や段差の有無などもみていただきたいのですが‥ もっとも見分けやすいのは縁の厚みを薄く設定してあるかどうか? だと思います。これは B部の意図的に厚みが残してある部分と比較するとなおさら判りやすいと思います。

それからネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方向( これらの画像の白い点線もそうですが 私は 33°を標準と考えています。)に『 ゆれ軸 』が設定されていないか?を確認します。この C部には焼いた針などでつけた工具痕跡がある場合が多いと思います。そして その上端にあたるD部は 縁がすりへったような加工により高さを低くしてあることが多いでしょう。また『 斜めゆれ軸 』の中央付近に 先ほど『 ヴァイオリンの工具痕跡 (  tool mark )について。』で私が指摘した 工具痕跡がある場合にはなおさら このラインの存在が確認しやすいと思います。

では参考のために 2011年の ” Masterpieces from the Parma 2011 Galleria Nazionale Exhibition ” に関連した研究書として 2012年に SCROLLAVEZZA & ZANRÉが出版した ” Joannes Baptifta Guadagnini fecit Parma ferviens  /  Celsitudinis Suae Realis ” ISBN 978-88-907194-0-0 より  J.B.ガダニーニ( 1711 – 1786 )のヴァイオリン・ヘッド写真を引用させていただきましたので観察してみてください。

①  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Franzetti ”  Piacenza   1742年

②  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Baron Knoop ”  Piacenza   1744年

③  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Dextra ”  Piacenza   1747年

④  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Zuber ”  Milan   1752年

⑤  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Curci ”  Milan   1753年頃製作

⑥  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Wollgandt ”  Milan   1755年

⑦  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Burmester ”  Milan   1758年

⑧  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Lamiraux ”  Parma   1763年

⑨  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Merter ”  Parma   1769年

 ⑩  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 )  violin  ” Millant- Levine ”  Parma   1770年

これらの画像により J.B.ガダニーニのヴァイオリン・ヘッドには  A部の 縁薄部 、B部の意図的に厚くしてある部分と、ネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方 D部までのライン上に『 ゆれ軸 』の要素となる特徴がみとめられるものが複数存在していることがご理解いただけると思います。

これらの特徴は『 オールド・バイオリン 』ではよく見られますので、私はヴァイオリンを精査する際のチェック・ポイントとしてきました。下に別の製作者事例としてジロラモ・アマティⅡ( ヒエロニムス・アマティ )が クレモナで 1710年に製作したヴァイオリンのヘッド・ヒール部の画像を貼らせていただきました。

⑪  Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 )   violin   Cremona  1710年

さすがアマティ家の製作者ですので 景色に調和する配慮が感じられますが、J.B.ガダニーニとおなじように音響上の設定はきちんと踏まえて製作していたという事がご理解いただけるでしょうか?

Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 )  violin


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 Stradivarius   1715年   “Lipinski”  / Giuseppe Tartini’s
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『 オールド・バイオリン 』を見ていると似たような ” 修復 “がおこなわれているのをよく見かけます。例えば上写真は判断ミスでヴァイオリン・ヘッドが ” 修復?”された事例です。

 

Matteo Goffriller (1659–1742) Cello Venice 1705年 - 1 L
Matteo Goffriller Cello Venice 1705年 MONO - 1 LT
Matteo Goffriller (1659–1742) Cello Venice 1705年 - 3 LT
Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - C LT
Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - B LT
Domenico Montagnana Cello 1730年 - A LT
Domenico Montagnana Cello 1730年 - C MONO L
Domenico Montagnana Cello 1730年 - B LT
Domenico Montagnana Venezia ( Yo-Yo Ma ) 1733年頃 - A LT
Domenico Montagnana Venezia ( Yo-Yo Ma ) 1733年頃 - A MONO L
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Old Italian Cello c1680 - 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 ) - A LT
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ヴァイオリンと能面の類似性について – 前編

 

私は『 オールド・バイオリン 』が製作された 1500年代前期から1800年頃までの製作状況を検証した結果、それが能面の製作と重要な部分で共通していることに気がつきました。

それは 本物のヴァイオリンやチェロを理解する助けとなり得る事柄であると 私は考えています。

ところで 一般に知られていない能面についてお話しすることはとても難しいと 私は以前から思っていましたが、幸いなことに 2014年の年末に この内容を理解するのに適した展覧会が東京で開催されました。

そこで、まず この展覧会カタログを引用させていただきます。

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能面 創作と写し

能面の造形的側面に関する研究は活発とは言えず、彫刻史における位置づけははっきりしていません。能面の製作年代の判定、作者( 面打 )の特定が困難であることが大きな障害になっています。

なぜ困難か。それは、非常に精密な写しが大量に作られたからです。面の形式、表情だけでなく、面裏の様子、さらには傷まで写すことが広く行なわれました。面打特定の手掛かりになるはずの刻銘、焼印なども写したのです。

しかし、創作の時代の面には写しにはない個性が見られることも少なくありません。華やかさ、力強さ、艶めかしさなどが際立って、彫刻作品としても魅力的です。が、その突出した表現力が、演能において用いられる機会を狭めることもあるようです。

写しは、忠実に作っているようでも個性を減少させることが多いので、能楽師にとっては幅広い演目に使いやすいという評価につながります。

美術品の世界では模造は原品より価値の低いものになりますが、能面の場合は それとは異なる独特の文化があると言えるでしょう。

写しの名手として豊臣秀吉から「天下一」の称号を授かった是閑( 出目是閑吉満 / でめぜかんよしみつ  ca.1526 – 1616 )、名工として名高い河内( “天下一河内”の焼印を用いた 河内大掾家重 = 井関家重 / いせきいえしげ  1581 – 1657 )を始め、その評価の高さは創作の時代の面打に劣りません。

この展示でご覧いただきたいのは二点です。まず、創作面の彫刻作品としての魅力です。日本の彫刻史上で、室町時代は衰退期とされています。それは仏像を見ると否定できませんが、能面に目を向ければ彫刻史を書き換える必要を感じます。

次に、写しのあり方です。原品の良さだけでなく、普通なら減点の対象となる傷や剥落、面裏まで写す様子にご注目ください。そこに能の特性を探る鍵がありそうです。

ここで展示するのはもちろんごく一部です。各地に伝来している面の調査、研究によって能楽、あるいは日本文化史の未知の世界が眼前に開けてくる可能性があります。

能と面

能の歴史は まだ明らかになっていない点が多く、その成立までの過程については諸説あります。奈良時代( 710 ~ 794年 )に中国から伝わった、大衆芸能「散楽」が寺社の余興として庶民に広まり、さまざまな変遷を経て能と狂言の要素を持つ「猿楽」となります。

この猿楽に、豊作祈願に端を発するといわれ、庶民の間で親しまれてきた歌舞音曲(田楽)や寺社で行なわれた延年(えんねん)翁舞(おきなまい)などを、南北朝時代( 1336 ~ 1392年 )から室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )のはじめにかけて集大成したものが能狂言であると考えられています。

大成したのは南北朝時代、春日神社と興福寺の猿楽を務めた 大和猿楽四座のひとつ、結崎座(ゆざきざ = 観世座 )の観阿弥( 1333 – 1384 )・世阿弥( ca.1363 – ca.1443 )父子でした。

能は足利将軍家( 室町殿 = 足利義満  1358 – ‘1368-1394’ – 1399 鹿苑寺 – 1408 )、豊臣秀吉( ca.1537 – 1598 )、徳川家康( 1542 – 1616 )ほか諸大名などに愛好されました。

秀吉は金春安照、家康は観世忠親(身愛)を贔屓(ひいき)にしたように、諸大名家ごとに採用する流派が異なり、武士自らも能舞台に立ちました。やがて武家の式楽(公の儀式で行なわれる音楽や舞踏のこと )となります。

禅宗をはじめとした仏教の影響による、主に霊が主役となる幽玄な内容で、人間の哀しみや怒り、恋慕の想いなどを表わす能。そして さまざまな世相をとらえて風刺する笑いの台詞劇である狂言。明治時代に両者を合わせて能楽と呼ぶようになりました。

能楽で使われる面( おもて )がいつ、どのように生まれたかも詳らかではありません。技法では、翁面の切顎は舞台面の技法を継承するなど、ほかの仮面との共通点を持つ一方、目や歯に鍍金した銅板を貼るなど、能面独特の手法もあります。

平安( 794 ~ 1185年 )から鎌倉時代( 1185 ~ 1333年 )の舞楽面(ぶがくめん)、行道面(ぎょうどうめん)については、仏師が製作したことがわかっています。しかしながら仏像を造る仏師と、能狂言面を作る面打(めんうち)の関わりは不明です。

いずれにしろ南北朝時代から室町時代は、あらたな曲がつぎつぎ作られ、面の種類も増えた、言わば 能の「創作の時代」です。この時期に作られた面は造形的な魅力に富み、きわめて尊重されています。

能楽シテ方宗家には 能楽の演目と演出にあわせて工夫された面が備えられました。中には宗家が「本面(ほんめん)」と決めて別格の扱いをしてきたものもあります。

近世( ’1568 ~ 1867年’ )以降は型を伝える「写しの時代」です。諸大名が能面を備えるために面の需要が大幅に増大し、写しを作るようになります。

そして面打(めんうち)を世襲する家系が三つ現われました。越前出目家(えちぜんでめけ)、大野出目家(おおのでめけ)、近江井関家(おうみいせきけ)です。

彼らの仕事は、能楽の宗家である観世、金春、金剛、宝生等をはじめ、各地に秘蔵された名作を写すことでした。

模作は形や彫りだけでなく傷や彩色の剝がれた様子までも写しとることがありました。面の造形だけでなく、その歴史までも貴んでいたのかもしれません。面は 自分ではない何かに扮するための単なる道具という域を超え、能楽師の体の一部となる重要なものとして大切にされています。 [ 川岸 ]

Noh Masks - 能面 P3 L

面を打つ    面打

面(おもて)を作ることを「 面を打つ 」、能面作家のことを「 面打(めんうち)」といいます。面が完成するまでのさまざまな工程のほとんど全ては、ひとりの面打が 担います。

面打に関する文献は非常に少なく、その歴史はいまだ不明な点も多く残されています。世阿弥の『申楽談義(さるがくだんぎ)』には 日光、弥勒、近江の赤鶴(しゃくづる)、愛智(えち)、越前の石王兵衛(いしおうひょうえ)、竜右衛門(たつえもん)、夜叉、文蔵、小牛(こうし)、徳若(とくわか)、千種(ちぐさ)の名が挙げられていますが、彼らの実体はほとんどわかっていません。

近世に、面打 三光坊( さんこうぼう  ‘‥ – ca.1532’ )を祖とする 越前出目家、大野出目家、近江井関家が興り、面打の世襲が始まります。寛政七年(1795)、能役者 喜多古能(きたふるよし)が面打を七種類に分類する『仮面譜』を著しました。 [ 川岸 ]

鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)

鼻瘤悪尉は、鼻梁(びりょう)の途中に瘤(こぶ)があり凄味のある形相の老人の面(おもて)。「悪」は、強く激しいという意味。目と歯に鍍金した銅板を貼る。これは 人間を超えた存在であることを示すもので、荒ぶる神の役に用いる。額(ひたい)の深い皺(しわ)と浮き出た血管、瞳を上に寄せた容貌が特色である。

1 能面 鼻瘤悪尉  室町( ‘1336 ~ 1573年’ )から 安土桃山時代( 1573 ~ 1603年 )・16世紀 木造、彩色  20.9cm × 17.8cm
面裏(めんうら)に金泥(きんでい)で「文蔵作 / 満昆(花押)」と極書(きわめがき = 鑑定書)がある。

文蔵(福原文蔵  15世紀頃活躍 )は世阿弥の『申楽談義(さるがくだんぎ)』に名の挙がる面打で、南北朝時代頃の人らしいが詳細は不明。満昆は江戸時代の面打の家系である 大野出目家五代 洞水満矩(でめみつのり  ‥ – 1729 )のこと。

能面の極書は信憑性が低く、製作を文蔵の時代まで遡らせるのは難しい。しかし 血の通った彫に写しとは歴然とした差がある。

1 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう) - 1 L
2 能面 鼻瘤悪尉  江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  21.5cm × 17.5cm
面裏に「文蔵作正写杢之助打」と記す。杢之助は 面打の家系 大野出目家の七代、友水康久(ゆうすいやすひさ   ‥ – 1766 )のこと。これを信じれば、満昆が文蔵作と極めを書いた面を孫が写したことになるが、この銘文の真偽は不明。表も裏も形は忠実に写しているが、肉付きにやわらかみがない。彩色は後補(こうほ)。

2 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう) - 1 L
1 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)裏面 - 2 L2 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)裏面 - 2 L
1 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)裏面 - 1 L
2 能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)裏面 - 1 L
【   裏まで写す  –  1  】

「写し」と呼ばれる面を、もとになった面と比べると、表情はもちろん、舞台では見えることのない面裏の 鑿跡(のみあと)や修理跡までもよく似ていることが あります。つまり面裏まで 写しているのです。

能面 鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)裏面 - 1 L

文蔵作と記す面( 1 )と それを写した面( 2 )では、額裏側の鑿跡もよく似ていますが、特に注目すべきは布を貼っている部分です。

漆を塗って仕上げる面裏に布を貼ることは通常ありません。おそらく面 1 が割れたか、亀裂が入ったため、布を貼って修復したのでしょう。2 の面は同じところが割れたのではなく、1 の面の修復跡までも忠実に写したのだと考えられます。 [  川岸  ]

鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう)

鼻先が鷲(わし)の嘴(くちばし)のようにとがった鷲鼻で、強い表情の老人の面。額に四条の皺(しわ)があり、目に鍍金した銅環(環状の銅板)を貼る。鼻瘤悪尉が 銅板で目全体を覆うのに対し、この面は瞳だけに用いる。歯は根元に墨、先に金泥を塗る。

能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう)   室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )・15~16世紀 金春家伝来 木造、彩色  21.2cm × 15.5cm 重要文化財
「行者」という名称で伝わったが、鷲鼻悪尉と同じ顔である。額、頬骨、頬に刻まれた皺の上下あるいは左右の肉の部分のやわらかさが、生気のある表情を作っている。目に鍍金した銅板(後補)を貼るが、瞳の孔が小さいため迫力が減退しているのが惜しい。

3 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう) - 1 L
4 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう) - 1 L
能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう) 「 甫閑打 」朱書  江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・18世紀 木造、彩色  20.6cm × 15.7cm
「 甫閑打 」の朱書により、大野出目家第六代 甫閑満猶(ほかんみつなお)の作と示す。

5 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう) - 1 L
5  能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう) 「出目康久」焼印 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・18世紀 木造、彩色  21.2cm × 15.7cm
「出目康久」焼印により、大野出目家第七代 友水庸久(ゆうすいやすひさ)の作と示す。

【   豪快な面裏  】

3 ・鷲鼻悪尉(行者)の裏面はきわめて起伏に富んでいます。額を深く刳り(くり)、両目の下と鼻の刳りの上端で山の字状の稜線を作り、鼻と両頬、顎を深く刳っています。

写しの二面は両目と鼻の裏しか刳っていません。これが一般的な面裏です。その差は歴然としており、3 は裏だけで室町時代の作と判断できます。こうした起伏に富む面裏を写す場合もありましたが、これほど豪快にはなりません。実際に着けた時に、山の字状の稜線が邪魔だったかもしれません。
3 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう)裏面 - 1 L 4 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう)裏面 - 2 L5 能面 鷲鼻悪尉(わしばなあくじょう)裏面 - 1 L

 

【   面打特定の手がかり  –  焼印、知らせ鉋  】

能面の裏側(面裏  めんうら)には、その面を知るための さまざまな情報が残されています。「焼印」、「知らせ鉋(かんな)」、「銘(めい)」、「極め」、「鑿跡(のみあと)」などがそれにあたります。

自らの名前の印を焼付ける焼印、裏面に固有の刀の跡を刻む知らせ鉋は、面打が、その面が自分の作であることを示すための方法として面裏に残したものです。ただし、焼印や知らせ鉋まで写し取った写しも存在し、面打を特定する決定的な判断材料にはなりません。

銘は その面の作者名、写しの場合にはオリジナルの面の作者や名称のほか、伝承や制作の目的、面の名称などが記されています。こちらも後世に書き込まれたものも多く、やはりこれだけで面打を特定することはできないのです。面打の特定は今なお大きな課題となっています。 [  川岸  ]

面打特定の手掛かり - 1 L
小面( こおもて )

若い女性の面。「小」は初々しく美しいことを示す。
金春流では 小面、観世流は 若女(わかおんな)、宝生流は 増女(ぞうおんな)、金剛流は 孫次郎(まごじろう)が それぞれ象徴的な女面である。小面は清楚で気品が高い。

能面 花の小面 - 1 L参考  1
能面 花の小面( はなのこおもて ) 室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )・15~16世紀 東京 三井記念美術館所蔵    重要文化財

参考  2
能面 雪の小面( ゆきのこおもて ) 室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )・15~16世紀 京都・金剛家所蔵    重要文化財

伝 竜右衛門作( たつえもん = 石川重政、室町時代の面打。越前大野から京都四条に移ったといわれる。 )の 小面三面を入手した豊臣秀吉( ca.1537 – 1598 )が それぞれ “雪”、”月”、”花” と名付けて愛蔵していたが、後に “雪”は 金春善勝(こんぱるよしかつ = 笈蓮 ぎゅうれん 、六十一世宗家 で  六二世となる次男の 金春安照 やすてる 1549 – 1621 は 秀吉の能指南役をつとめるなど 絶大な庇護をうけた。)に、”月”は 徳川家康( 1543 – 1616 )に、”花”は 金剛家に授けた。

“雪”の小面は流出し、現在 京都の金剛家の所蔵である。”月”は江戸城炎上と運命を共にしたと伝える。”花”は 東京 三井記念美術館蔵。”雪”の写しは多いのに “月”と”花”の写しは見ない。

能面 雪の小面 - 1 L
能面 雪の小面 - 2 L6  能面 小面( こおもて )「天下一河内」焼印 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17世紀 木造、彩色  21.2cm × 13.6cm 金春家伝来 重要文化財
6 能面 小面 - 1 L

7 能面 小面 - 1 L

7  能面 小面( こおもて )「出目満昆」焼印 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  21.2cm × 13.6cm 金春家伝来 重要文化財

8  能面 小面( こおもて ) 「竜右衛門作ヲ似  /  宝来写作  /  宝来作  /  満昆(花押)  /  康久(花押)」金泥書  江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  21.2cm × 13.6cm

8 能面 小面 - 1 L

9 能面 小面 - 1 L

9  能面 小面( こおもて )「出目満昆」焼印 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  21.0cm × 13.4cm 和歌山・根来寺所蔵

面裏に「金春本面  正」と記す金泥銘があるが、いつ書かれたものか不明。若く華やいだ美貌は 若い女面の中でも際立っている。クスノキ材製。

金春家には河内と洞水満昆( 大野出目家五代 洞水満矩 でめみつのり  ‥ – 1729 )が作った写し( 6、7 )があるが、あまり似ていない。むしろ河内の写しを写したと見られる面が多い。

8 は面裏を写していないが、頭髪の剝落の形が酷似していること、「竜右衛門作」を 宝来が写したと記すことから、”雪”の小面の写しとみて良い。

能面 雪の小面 裏面 - 1 L

6 能面 小面 裏面 - 1 L

7 能面 小面 裏面 - 1 L

8 能面 小面 裏面 - 1 L

9 能面 小面 裏面 - 1 L

【   裏まで写す  –  2 】

京都の金剛家に伝わる 雪の小面( 参考 1 )と、東京国立博物館と 和歌山 根来寺所蔵の 四つの写しの面裏を比較してみましょう。

まず、「金春本面」と記す 雪の小面には 両頬に焦げたような色が見られ、鼻の右側に肋骨状の鑿跡(のみあと)が確認できます。どちらも偶然できたものではなく、意図をもって作られたものに違いありません。

続いて写しの面裏を見ると、頬の焦げたような色、肋骨状の鑿跡が認められる面と、そうでないものがあることに気付きます。

8 では、頬の特徴の有無は判然とせず、鑿跡については明らかに表されていません。ところが それ以外の写しの面では、多少の違いはありますが、雪の小面の特徴を意図した表現が確認できます。面裏を写すもの、写さないものの差は、どのように生ずるのか興味深い問題です。

雪の小面( 参考 1 )と 6は クスノキ材製で、河内が雪の小面を写す際、材も忠実に用いたことが知られます。

一方、今回取り上げる ほかの写し 7、8、9は ヒノキ材製です。写しの製作における材の選定にも注意する必要があります。  [  川岸  ]

裏まで写す - 2 L
雪の小面を写した、河内の焼印のある小面にはこのほか面白い特徴があります。

鼻の頭に円形の傷です。
この傷は今回展示している「出目満昆」印と根来寺所蔵、二つの雪の小面の写しにも見られます。

(左) 重要文化財 能面 小面(鼻部分) 「出目満昆」焼印 金春家伝来  江戸時代・17~18世紀
(右) 能面 小面(鼻部分)  江戸時代・17~18世紀 和歌山・根来寺蔵    浅見龍介氏  ( 京都国立博物館列品管理室長 )


万媚
( まんび )

万媚は、媚(こび)を含んだ若い女性の面で、越前出目家三代の 古源助秀満( こげんすけひでみつ  ‥ – 1616 )が能役者の下間少進( しもつましょうしん 下間少進法印仲高  1551 – 1616 )とともに安土桃山時代( 1573 ~ 1603年 )に創作したのが始まりと言われる。

目がぱっちりと開いて、上瞼は強い弧を描く。頬の肉付きは丸みがあり、可愛らしさが強調された表情である。

10  能面  万媚( まんび )「長能(花押)」金泥書 「万媚  /  (花押)化生  / □ / □□(花押)」陰刻 安土桃山時代( 1573 ~ 1603年 )から 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・16 ~ 17世紀 木造、彩色  21.2cm × 13.5cm

10 能面 万媚 - 1 L

11 能面 万媚 - 1 L
11  能面  万媚( まんび )(花押)金泥書   江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17世紀  上杉家伝来 木造、彩色  21.2cm × 13.9cm

10 の面は面裏に「 万媚 」と異名の「 化生(けしょう)」、三種の花押が陰刻され、能役者・喜多長能(きたながよし 1586 – 1653 )の名と花押の金泥による署名がある。さらに亀裂部分を補強したような ペースト状のものを充填した跡がある。

11 の面は 喜多長能の花押だけが金泥で記される。10 の丸みのある肉付きが 11 では引き締まっている。

10 能面 万媚 裏面 - 1 L
11 能面 万媚 裏面 - 1 L
曲見( しゃくみ )

曲見は、しゃくれた顔を意味する。生き別れた子を探し歩く 中年の狂女の役などに用いる。頬の肉は削げて、やつれた表情である。中年女性の面にはほかに 深井(ふかい)があり、曲見は金春流、金剛流で用い、観世流は 深井を、宝生流は両方を使う。

12  能面  曲見( しゃくみ )  「本」(針書き)室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )・15~16世紀 木造、彩色  21.2cm × 14.2cm 金春家伝来 重要文化財

額の左右に打痕、顎の左側にX字を連ねたような擦り傷がある。この面を写した面は多く、この面が傷まで写されるほどきわめて尊ばれたことがわかる。うつろな目に疲れた表情がよく表されている。面裏は 下地を作って厚く光沢のある黒漆を塗る。

12 能面 曲見( しゃくみ ) - 1 L
13  能面  曲見( しゃくみ ) 「天下一是閑 」焼印 安土桃山時代( 1573 ~ 1603年 )から 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・16~17世紀 木造、彩色  21.2cm × 14.2cm 金春家伝来 重要文化財
13 能面 曲見( しゃくみ ) - 1 L
14  能面  曲見( しゃくみ ) 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )17世紀 木造、彩色  21.2cm × 14.2cm 金春家伝来 重要文化財

14 能面 曲見( しゃくみ ) - 1 L
【   傷まで写す  】

面は舞台で使用されるため傷がつくことがあります。製作当初の姿でなく、年月を経た面についた傷まで写すことも珍しくありません。金春座に伝わった曲見の面 12 と、その写しを例に見てみましょう。

12 には、額の左右と顎の左側に傷があります。額の左の傷は丸みのあるもの、右は角ばったものによる圧迫痕です。是閑印のある 13 には顎の傷はなく、左右の額の傷は同じ位置にありますが 左の傷の形状は 異なります。

14 は、12 の傷を忠実に写そうとしているのがわかります。傷は その面の刻んだ歴史ともいえるものです。写しを製作する際に、傷を写すことに どんな意味を見出していたのか。興味深い問題のひとつといえるでしょう。  [  川岸  ]
傷まで写す - 1 L

12 能面 曲見( しゃくみ )裏側 - 1 L

13 能面 曲見( しゃくみ )裏面 - 1 L
14 能面 曲見( しゃくみ )裏面 - 1 L

長霊癋見 ( ちょうれいべしみ )

長霊癋見は、「熊坂」「烏帽子折(えぼしおり)」などに用いる。牛若丸一行を襲って逆に討たれる盗賊 熊坂長範(くまさかちょうはん)が着ける面である。鍍金した銅板を貼った瞳が 上目遣いに表わされる。

観世流、宝生流で用いる面・熊坂や、金剛家伝来の長霊癋見は、この金春家伝来の面に比べてもう少し自然な顔であるが、金春型の写しが 世に流布した。

16  能面  長霊癋見 ( ちょうれいべしみ )「 キヒノ  /  ケンセイ 」(陰刻)室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )・15~16世紀 木造、彩色  20.9cm × 16.4cm 金春家伝来 重要文化財

16 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 1 L16 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 2 L

17  能面  長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  21.2cm × 16.3cm 上杉家伝来
17 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 1 L18 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 1 L
18  能面  長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) 「天下一近江」焼印 江戸時代( 1603 ~ 1868年 )・17~18世紀 木造、彩色  20.9cm × 16.4cm 金春家伝来 重要文化財

長霊癋見は眉間(みけん)の皺(しわ)、眉から目の周辺の彫りに人間にはあり得ない作りこみがあるため、良さは一見しただけではわかりにくい。

この面は「天下一近江」の焼印のある面( 18 )と比べると造形の素晴らしさが理解できる。眉間の W字状の皺のやわらかさ、一文字に閉めた口の下唇下方の隆起、耳と鼻の間の頬のふくらみの自然な表現などである。

近江印の方は よく写しているが硬い。彫りだけでなく、髪、ひげの毛描きも勢いがあり、先端が蕨(わらび)のように丸まり、あるいは渦を作るなど剽軽(ひょうきん)な顔に似合って面白い。面裏に「キヒノケンせイ」と陰刻するが 意味は不明。

16 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 3 L

17 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ ) - 2 L18 能面 長霊癋見 ( ちょうれいべしみ )裏面 - 1 L

【  造形の美  】

能面は舞台で使われてこそ生きる、博物館に展示された能面は眠っている、と言われることがしばしばあります。たしかに舞台で役者が着けている時には、顔の向きによって照明の当たり方が変わるたびに表情が微妙に動く、ということがあります。本来能の道具として作られたものですから、舞台を離れるのは面にとって惜しいことではあるでしょう。

しかし、彫刻的に優れた能面が非常に多い、ということも間違いありません。鬼神系の面のような立体感に富むものだけでなく、起伏の少ない女面などでも息を呑むような造形の美しさが感じられます。能面を彫刻として評価することで日本の彫刻史が書き換えられます。これまで彫刻の衰退期とされていた室町時代にも 豊かな想像を続けていたのですから。

引用カタログ : 東京国立博物館
『 特集 日本の仮面  –  能面  創作と写し 』展
会期 2014年11月5日~2015年1月12日
執筆 浅見龍介氏(京都国立博物館)、川岸瀬里氏(東京国立博物館)ISBN 978-4-907515-07-2 C1071

 

江戸時代の面打について 詳しく書き記した人に、喜多古能(きたふるよし 1742 – 1829 )がいます。古能は 能役者で、喜多流を率いる9代目の大夫(たゆう)でもありました。彼は能面の目利きであり、鑑定にも携わっていたそうです。

彼が著した「仮面譜」( 1797年 )などによれば、面打(めんうち)の家には、越前出目家、大野出目家、井関家があり、さらに越前出目家から児玉家、弟子出目家という2つの家系が分かれたことになっています。これだけでも そこそこの人数がいたという事から考えると、能面にはどうやら私たちが知る以上に多くの面打が 写しを作り続けた深い歴史があるようです。

私は  この『 特集 日本の仮面  –  能面  創作と写し 』展のような機会に面(おもて)を観察することで、 それらの多くの面打が 創作の時代の面を尊びながら 写しの製作に取り組んだ様子を 感じることができ、彼らと同じくもの作りの一人としてほんとうに励まされました。

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また、能面の非対称性については‥ 本来、人の顔は左右非対称で 正面に向かって左側が人間の顔(迷い)、右側が神仏の顔(悟り)という考え方が能面に取り入れられた。という解釈があるくらい大胆に意図されると共に、舞台で人の想念の移ろいを表現したりするために 細やかに調和させる努力がされていることを本当にすばらしいと私は考えています。

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ところで‥ 個人的なイメージで恐縮ですが 創作の時代の能面を見るたびに ルネサンス期の画家 ボッティチェッリの テンペラ画 『 ヴィーナスの誕生 』を思い出します。

このテンペラ画が描かれたときに 私たちの国は 室町時代( ‘1336 ~ 1573年’ )でした。遠くはなれてはいますが イタリアのサンドロ・ボッティチェッリ ( 1445-1510 )と 面打 三光坊( さんこうぼう  ‘‥ – ca.1532’ )は 概ね同時期の人なのです。

そして、私は二人が非対称性を重要と考えたと信じています。

 

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少し話がそれますが‥ この貝殻は スペイン・マラガに滞在した 9歳の男の子からお土産でもらいました。3週間ほど滞在した海岸を離れるさいに足もとの砂浜でひろったものだそうです。

気がついている方が少ないようですが 二枚貝の片側は 巻貝のように渦巻きの形をしています。 ヨーロッパ・ザルガイのような二枚貝だと 美しく渦巻くようすを見ることができます。

ボッティチェッリの このテンペラ画では ヴィーナスの顔が非対称であるのみでなく、彼女がたたずんでいる貝は種類は違いますが ヨーロッパ・ザルガイのように渦巻いているのです。

私は『 オールド・バイオリン 』を製作した 弦楽器製作者の感性は こういうものに育まれたと信じていますが、これは能面を製作した面打と相通じるものがあるのではないでしょうか。

私が この投稿の冒頭で 能面の製作と弦楽器製作が重要な部分で共通していると申し上げたのは「クオリティーの高い作品を製作できる人が 一定数 育ち、結果としてそれが伝承され、また時代の要請によりあらたな “創作” も おこなわれる。」という歴史を 能面の “写し” や 弦楽器製作の黄金期にみることができるからです。

これは “志のある人”が 修業過程で「 写し= ていねいな模倣 」をおこなうことで知識と気づきを得ます。そしてそれをくり返す事で、製作者としての成長があり、当然ながら それが作品に反映されたと考えられるということです。

そして‥ どちらの国でも 社会状況が急激に変化するなか 人々は翻弄され “写し”と ”まね”の違いが分からない人が増えたことによりこれらの黄金期は終わったようです。

ヴァイオリンと能面の類似性について    –   後編

ヴァイオリンの誕生につながった重要な技術 について

Mandora 1420年頃 L 360.0 W 96.0 D 80.0( 83.0 ) Wt 255 g - L L

Mandora 1420年頃 L 360.0 W 96.0 D 80.0( 83.0 ) Wt 255 g - J LMandora 1420年頃 L 360.0 W 96.0 D 80.0( 83.0 ) Wt 255 g - F L

Mandora 1420年頃 L 360.0 W 96.0 D 80.0( 83.0 ) Wt 255 g - K L

 

 

 

 

私は ヴァイオリンなどの コーナー部の非対象性‥  特に A コーナーと B コーナーの剛性差を 音響システムと考えています。

私の考えでは ヴァイオリンの響胴はF字孔端が弦の直接振動により内部の空気に疎密波を生じさせ( 一次振動 )、それがヴァイオリンの “駆動系”により表板の波源部にうまれた「 ゆるみ 」を共鳴振動させる( 二次振動 )仕掛けとなっていると考えています。

コーナー部の剛性差について単純モデルとして考えると 静止状態では 四角形 ABCD の重心が点 G にあるととらえます。それが 響胴のねじりによって 点 A 部が他の剛性に負け、それにより 三角形 ABD が一時的に機能しなくなり 相対的に剛性を保った 三角形 BCD の重心点 H に重心が移動するというイメージとなります。

因みに、コーナー部の剛性差については表板の設定と裏板のそれが違っていることも留意すべきだと考えます。

私は 裏板側 A コーナー部に剛性をさげる工夫がしてある場合には 表板のコーナー部では 裏板 B コーナー部にあたる 表板 Bass side – Lower corner に同じような工夫がしてある可能性が高いと思います。

左図では 左側角が振動の起点となり奥の角がリレーションすることで「  ゆるみ 」が生まれます。また右図は対称型で 手前の角がリレーションします。

私は 裏板の初動として ご説明した ねじりが 確実にすばやく起こるように工夫することで『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器は すばやい音の立ち上がり( レスポンス )を確保していると考えています。これには “一定の剛性比”をふくむ 非対称性が重要な条件であると言えるのではないでしょうか。

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“バイオリンの秘密 ” を生んだ 複雑な音響メカニズム

これは 中央下部に黎明期のヴァイオリンが描かれている カラヴァッジオ作の油彩画『 リュートを弾く若者 』です。現代では ヴァイオリンという楽器の初期の状態は こういった絵画などによる検証が重要となりました。

カラヴァッジオ リュート奏者 ( 1595年頃 ) - 1 L
Michelangelo Merisi da Caravaggio  1571-1610
” Suonatore di liuto”  1590年頃    エルミタージュ美術館

 

私は この絵画に描かれた ヴァイオリンのネックと指板の設定、ネック角度と駒の低さなどは、当然ですが響胴の規格に調和するように選ばれたと推測出来ますので 音響システムとして量的にとらえることを助けてくれると私は思っています。

さてバロック・ヴァイオリンではプレーンガット弦を用い、多くの場合A線を415Hz(バロック・ピッチ)あるいは392Hz(ベルサイユ・ピッチ)に調弦する。

さて‥ 私は ここまで ヴァイオリンを見分けるために、コーナー部分の左右の非対象性‥  特に A コーナーと B コーナーの面積差異に注意しながら観察することをお勧めしました。

ここはストラディヴァリが使用したと考えられている F字孔位置を設定するテンプレートでも重要な基準線として書き込まれています。

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) F - HOLE placement template G violin ( MS No 117 ) - 1 Lまた、このテンプレートにより 『 オールド・バイオリン 』における響胴の基本設定が ヴァイオリンの表板や裏板の輪郭ではなく側板のアウトラインによってコントロールされていたことを知ることが出来ます。

VIENNA micro-CT LAB - C L

私は 弦楽器を観察するときには、まず側板から表板や 裏板がオーバーハングした幅をおおよそ把握します。

それから表板や 裏板が正対するように ひっくり返して パフリング位置との関係をめやすに 真正面から裏板や 表板をながめ、非対称性を”一定の剛性比”として観察するようにしています。

 Antonio Stradivari 1720年 Ex Bavarian - J L
Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - M L
また私は この時、表板と裏板の大きさ( 幅 )の差も大切な観察ポイントとしています。

Matteo Goffriller Venice 1710 (1659-1742 ) X-ray - A L
実際に厳密に計測してみれば分かることですが 『 オールド・バイオリン 』の左右の長さや 幅の差は およそ 1.0 ~ 2.0mmほどの場合が多く、板厚に関しては 0.1mm以下の違いまでが 音響システムとして利用されていると考えられます。

VIENNA micro-CT LAB - D L

ですから 表板や裏板の輪郭線をたよりに見分けようとされる方達の試みは、 このわずかな差を視きることが出来ないことで 確信を持って判断できないという状況に陥ってしまうのではないでしょうか。

また、2次元の画像でそうであった方が‥ 実際に現物を手にもって観察した場合には その上に 左右2つの眼球の視覚差異がかさなり、なおさら混乱が起こっていると 私は推測しています。

ところが‥ 私の場合もそうでしたが 音響上のしかけとして観察すると面白いほど弦楽器の見分けができるようになるようです。ここまで指摘させていただいた4つのコーナー部は関係性をもっている 言わば 4桁ないしは 8桁のパスワードの様なものと私は思っています。

ここまでその具体例としてコーナー部の非対象性‥  特に A コーナーと B コーナーの面積差異に気をつけて観察するのをおすすめしたのは この 4つのコーナー部の剛性バランスの選ばれ方で その弦楽器の製作者の 音響的技術力と その時代性が判断できるからです。

私が資料として手元においている都立高校の 物理 Ⅰにこういう趣旨のことが書かれています。

【  複雑に見える運動でも‥ 】
物体の”重心”は、その物体全体に広がっている質量の代表点です。物体の運動を考えとき 一見複雑に見える運動でも その重心の動きとしてとらえ観察すると、すべてに共通する一定の規則性が浮かび上がってくることがあります。これこそが力学の基礎的な概念を形づくる根源となるのです。

私は 『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器を研究した結果、古典的技術に基づいたヴァイオリンは 4つのコーナーブロック部の内で  ひとつのコーナー部の剛性が意図的にさげられた設定とされている事に気がつきました。

私は これをヴァイオリンが鳴り続けられる‥ つまりゆれ続けられる工夫で、『 オールド・バイオリン 』の特質の一つだと考えるようになりました。

また、私は これらのヴァイオリンは演奏時には 弦の振動によって ねじりが加わることで 1:3 として分割され ヴァイオリン弦の振動によって “一対”でスムーズに ゆれ始められるように 非対称の形状が選ばれたと理解しています。

Andrea Amati ( c1505–1577 ) Violin ( 1555 ) - F L

ヴァイオリンの響胴のゆれは 表板側が駒部からで 裏板側は 鳴らす弦にもよりますが上下ブロックに近い Dライン辺りが折れ曲がり両側C字コーナー部が表板側にある F字孔にむけて倒れこむように揺れることからスタートする場合が多いと私は考えています。

因みに、この時にみられる響胴の動きは ティシュ・ペーパーの箱でA部とB部分を指で変形させることで再現できます。

下の写真のように 指でA部とB部に圧力をくわえると 同時にC部とD部が近づく動きをするので、それを横から見ると平行だったC部とD部が 『 ハの字形』に動いているのが確認できます。

実際のヴァイオリンでは 弦のゆれが C部とD部に力を加えるかたちとなり、その作用でA部とB部がゆれている訳です。

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ヴァイオリンを含めた多くの弦楽器は 下図のように指で押されて膨らんだ ティッシュペーパーの箱の表板中央ゾーンに駒をたてて 表板が膨らむ動きを E部とF部にふりわけて響胴が共鳴しやすいように変形していると私は考えています。

このときにA部とB部のそばの適当な位置にカッターなどで 6 ~ 7cm のまっすぐな切れ込みを二筋入れて指で圧力を加えてみてください。 指の圧力に対して『 閉断面 』と『 開断面 』では劇的な 違いがあることが理解していただけると思います。

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BOX-3-300x211

この駆動システムは実際のヴァイオリンの破損痕跡でも確認できます。

たとえば このヴァイオリンは製作されてから わずか12年後に バスバーの両側が完全に剥がれ、なお且つ指板下の表板ジョイント部が 140mm程( 表板全長 354mm )の長さにわたって剥がれていました。

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 2 L

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 3 L
ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 4 L
ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 5 L (2)
そして表板ジョイントの剥がれを撮影しようと私が表板をさわっていたら『 パキッ 』という音とともにバスバーが外れてしまいました。

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 6 L
そしてこの景色となった訳ですが、このようにバスバーがはずれたのは私の33年間の経験のなかで3例目の事例となりました。

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - 7 L
これが脱落したバスバーをE線側から見たものでバスバー長さが 275.0mm 上下スペースがネックブロック側 39.0mmのエンドブロック側 40.0mmで厚さが写真向かって左のネック側端が 5.5mmで 駒部 6.4mmのエンドブロック側端が 5.8mmとなっています。

そしてバスバーの高さは駒部が 11.6mmで両端が 4.5mmとしてありました。
また F字孔間距離の最狭部は 39.8mmにしてあり、これに対しバスバーは 0.1mm内側に取り付けてありました。

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 MONO - A L
このピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのヴァイオリンは魂柱( Soundpost )が立っていた部分が表板、裏板ともすでに窪みができていました。

ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - B L

Violin Sound post MONO - 1 L
ピグマリウス REBIRTH(リバース) 2001年製 2013年8月23日撮影 - C L
ヴァイオリンはバランスが合っていない状態で使用すると、疲労が進行し魂柱が立つ位置の表板と裏板の空間( 高さ )が少しずつ狭く( 低く )なっていきます。

しかし魂柱は圧力が強くなってもほとんど縮まないので、結果として表板や裏板にめり込むかたちになります。この破損につながる疲労の原因が  “つり合いの破れ” という現象です。

破損 - 2 L

この疲労破損がまねいた 最悪な事例です。

私が取り扱った事例ではないので推測ですが、疲労破損がすすみ表板や裏板に変形がおこり 上下ブロックの接着部などもゆるんだ状態だったところで、最後に楽器を落としてしまったのだと思います。

単純な原因でヴァイオリンが真っ二つに割れることはおこりませんので、これは言わば『 競合破損 』と言ったほうがいいかもしれません。

破損 - 1 L
ヴァイオリンを “強制振動楽器”と表現する方がいらっしゃるくらいで 弦をゆらすと思った以上に響胴は動きます。残念ながら、『 新品のヴァイオリンを買って間もないのに‥ 』という破損事例を 私もいくつか経験しました。

SUZUKI-1
たとえば バスバー剥がれの次の事例となりますが、この写真は 1992年5月に私の工房で撮影したものです。この1/2 サイズのヴァイオリン( SUZUKI VIOLIN No.280 )は 私が 1ヵ月前に新品で販売したものでした。

SUZUKI-2-231x300
このヴァイオリンは 新品で使い始めてわずかな期間しか経っていないのにバスバー剥がれによって鳴らすと すごいノイズ ( お子さんのお母さんもビックリするような 『 ダダダーッ!』という音がしました。)がしました。

当然ですが 私も持ち込まれた直後に修理が必要なことが分かりましたので、購入者のショックが深くならないように翌日に仕上げて納品するためにすぐに修理に入りました。このバスバーも 表板の動きにまったく合わない設定となっていました。

そして、このように バスバーが表板からはがれるプロセスが分かるのが下にあげさせていただいた写真です。

この Eugenio Degani (1842 – 1915) が 1910年に製作したとされるヴァイオリンの バスバー剥がれをごらんください。

Eugenio Degani (1842-1915) - 1 L上の2台のバスバーはがれと違って バスバーの先端部はまだ剥がれておらず表板のロワーバーツ部にあたる位置だけが剥がれているのが分かります。

Eugenio Degani (1842-1915) - 2 LBOX-3-300x211

さて‥ 私はこの投稿を ヴァイオリンの見分け方のお話しをするために記述しています。その話のながれで響胴のゆれかたに ふれていますが ここで重要な事実を再確認しておこうと思います。

実際に『 オールド・バイオリン 』で達成されたことは独特の響きが生じるように、 響胴をすばやく 且つ、はげしく揺らし続けられる条件設定であったということです。

本物の弦楽器は 木工製の置物である箱状のものと違い 製作技術は

①  ゆれの初動がスムーズに生じる設定。
② 音高が明確で多様であること。

そのポイントとして 冒頭から例示させていただいたコーナー部の非対象性‥  特に A コーナーと B コーナーの面積差異を 私はヴァイオリンの音響システムの第二段階と捉えている関係で、まず響胴の 第一段階の動きについて説明いたしました。

弦の揺れによって生じさせていると 私は考えています。

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - V L

そして 私は 第二段階で コーナー部 A,B,C,D が ねじれ始めると思っています。このとき 裏板コーナーA部が相対的に小さくするなど 剛性を低くしてあると、三角形 BCD が 一定の剛性を持ったまま 線分BDなどを折れ目として曲がると考えられます。

これは あくまで初動のイメージですが、私はヴァイオリンの響胴はF字孔端が弦の直接振動により内部の空気に疎密波を生じさせ( 一次振動 )、それがヴァイオリンの “駆動系”により表板の波源部にうまれたゆるみを共鳴振動させる( 二次振動 )仕掛けとなっていると考えています。

それを 単純モデルとして表現すると 静止状態では 四角形 ABCD の重心が点 G にあるととらえます。それが 響胴のねじりによって 点 A 部が他の剛性に負け、それにより 三角形 ABD が一時的に機能しなくなり 相対的に剛性を保った 三角形 BCD の重心点 H に重心が移動するというイメージとなります。

改訂版 高等学校 物理Ⅰ - 数研出版株式会社 平成23年12月印刷 - B L

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - U L

表板につきましては 詳しくは これから先の投稿でふれようと思いますが、私は 裏板側 A コーナー部に剛性をさげる工夫がしてある場合には 表板のコーナー部では 裏板 B コーナー部にあたる 表板 Bass side – Lower corner に同じような工夫がしてある可能性が高いと思います。これを図にすると下のようなイメージとなります。

左図では 左側角が振動の起点となり奥の角がリレーションすることで「  ゆるみ 」が生まれます。また右図は対称型で 左側角の起点と手前の角がリレーションします。

 

私は 裏板の初動として ご説明した ねじりが 確実にすばやく起こるように工夫することで『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器は すばやい音の立ち上がり( レスポンス )を確保していると考えています。これには “一定の剛性比”をふくむ 非対称性が重要となるのは言うまでもない事だと思います。

Half Size Violin 1998 - 2000 Varnish crack - B L
  Gasparo da Salò   /   Violoncello

では、ここで一台の 『 オールド・チェロ 』のコーナー部を見てみましょう。

Old cello reference - A L
この楽器は 表板 Bコーナー部( Bass side – Lower corner )に摩耗痕跡と面積差が認められます。

Old cello reference - C L
そうすると‥ 裏板 Aコーナー部はどうでしょうか?

Old cello reference - 2 L
一見したところ左右の面積比はおおきくないように見えます。
ところが 裏板 Aコーナー部をよく見てみると‥ 。

Old cello reference - 3 L
赤色で塗った 点 a.部と 点 b.部に 下の参考写真のような ” 復元加工”が施されていることが認められます。

Old cello - 5 L

私は このチェロも 表板 Bコーナー部と裏板 Aコーナー部にみられるように 響胴全てが 非対称設定で製作されたと 思います。
そう考えて検証すると このチェロのフォルムの歪みが意図されたと理解できるのではないでしょうか。

悲しいことですが、弦楽器を観察するときに踏まえてないといけないのが 19世紀初頭から この 1700年代に製作されたチェロのように 弦楽器工房で 非対称加工などが修復された事例が多数あるという事です。

現在では、弦楽器製作や修復の関係者で コーナー部は8か所とも全て 下の写真のように加工されていたと信じてしまっている人が過半数の状況となっていますので 、弦楽器を観察する場合には その程度が時代性を判断する状況証拠となりうるのではないかと私は思います。

Corner - 1 Lでは 恐縮ですが ここまでの説明を参考に現代のイタリア人製作者が『 オールド・チェロ 』を参考にして昨年製作した新作チェロと その見本で、コーナー部の特徴の差を観察してみてください。

Old cello reference - Contemporary Italian L
私は ヴァイオリンを観察し見分ける場合には “名のある楽器のイメージ”に頼るのではなく 音響システムの到達度や 温存度をヴァイオリンの評価基準とする事が大切と考えています。

 

 

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) 1726年 - B L
Antonio Stradivari ( ca.1644 – 1737 ),   Violin 1726年

Violin Corner block - G MONO L

The middle in the 17th century - F L

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - AAntonio Stradivari ( ca.1644-1737 ),   Violin 1699年 ” Auer ”

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - F L

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - C L

Violin back - C L

Antonio Stradivari violin 1715年 Giuseppe Tartini ( 1715-1770 ) - 1 LAntonio Stradivari,   Violin 1715  Cremona,  “The Lipinski”  .
( Giuseppe Tartini  1692 – 1770  )
Antonio Stradivari violin 1722年 de Chaponay - A LAntonio Stradivari,   Violin 1722  Cremona,  “”

Antonio Stradivari violin 1731年 1715年 1722年 - 1 LT
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弦楽器において非対象が 常識だった時代 について

ここでヴァイオリンなどの弦楽器における時代性について お話ししたいと思います。

私の別の投稿 [ ヴァイオリンと能面の類似性について ]でふれていますが、『 オールド・バイオリン 』を見分けるには おなじ時期に日本で製作された 能面を観察するのと おなじような視点が必要となってきます。

それは『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器を理解するには、当時の弦楽器工房で “創作”と  “写し”が表裏一体としておこなわれたという事実に着目するということです。

Noh Masks - 1 L

Cremona Map - A L

■  Violin maker  ●  Violinist, Teacher, Composer  □  Bow maker

Pythagoras ( BC.582-BC.496 )
Archimedes
( BC.287-BC.212 )

1378 ~ 1417年  “Schisma” Roma : Avignon ( 1309-1377 )
1453年  Constantinopolis /  The Eastern Roman Empire ( 330-1453 ),  Extinction.

Christophorus Columbus ( 1451-1506 ),  1492年 Palos de la Frontera,España – San Salvador Island – 1493  Palos de la Frontera

Leonardo da Vinci ( 1452-1519 )
Vasco da Gama ( ca.1460-1524 ), 1497 Lisbon – Inldia – 1499 Lisbon 55 / 147

1517年  “95 Thesen” Martin Luther ( 1483-1546 )

1538年  Naval battle of Preveza / Turkish Empire
1543年  Nicolaus Copernicus ( 1473-1543 )

■  Andrea Amati ( ca.1505-1577 ) Cremona, Violin maker.
1539年   Established a workshop in Cremona.

Andrea Amati ( c1505–1577 ) violin - B L
Andrea Amati ( c1505–1577 ) violin - E LAndrea Amati ( c1505–1577 )  violin, Cremona   1555 ~ 1560年頃

私は現在得られる情報から判断して、この楽器が ヴァイオリンの完成型としては 最も初期に製作されたものと考えています。

また、クレモナ派において このヴァイオリンと共に重要となのが シャルル9世の 摂政カトリーヌ・ド・メデシスによってフランス宮廷で使用された楽器群だと思っています。

これらの楽器は この後 リシュリュー枢機卿が ルイ13世の宰相となった 1626年ころに 5パートからなる弦楽合奏団である『王様の24人ヴァイオリン隊 ( Les Vingt-quatre Violons du Roi )』の設立につながり、 ルイ14世が親政をはじめる 1761年ころまで この合奏団で用いられたとされています。

つまり これらの楽器達は、ヴァイオリンという楽器の黎明期の性能をさぐるときに 実際に演奏された音楽と連動させることで私たちに気づきを与えてくれる 生き証人なのです。

Catherine de Médicis ( 1519-1589 )
1533年  She married Henry II at the age of 14.

Charles Ⅸ de France ( 1550-1574 )
1561年  He was crowned the king of France.

それから ヴァイオリンにとって ” ガスパロ・ダ・サロ ”の愛称で呼ばれた ガスパーロ・ディ・ベルトロッティを 始祖とするブレシア派の弦楽器製作者も重要だと思います。

私は この ジョバンニ・パオロ・マッジーニが製作したとされる ヴァイオリンなどにみられる 彼らの能力の高さを心から尊敬しています。

■  Antonio Amati ( 1540-1640 ) Cremona, Violin maker.
■  Girolamo AmatiⅠ( 1561-1630 ) Cremona, Violin maker.

“Gasparo da Salò”
■  Gasparo di Bertolotti ( ca.1540- ca.1609 )  Brescia, Violin maker.
■ 
Giovanni Paolo Maggini ( 1580- ca.1633 )  Brescia, Violin maker.

Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c1633 ) Brescia c1620 - 3
Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – ca.1633 ) Violin,  Brescia  1620年頃

Galileo Galilei ( 1564-1642 )
Johannes Kepler (1571-1630 )
Marin Mersenne  ( 1588-1648 )
René Descartes ( 1596-1650 )

 

●  Biagio Marini ( 1594-1663 ),  Brescia / 1615  Venezia ‘ Basilica di San Marco’ / 1620 Brescia / 1621 Parma / 1623 ~ 1649 Neuburg an der Donau / 1649 Milan / 1652 Ferrara / 1654 Milan / 1656 Vicenza  /  Venezia 1663  :   Violinist
Scordatura”,   “double and even triple stopping”,   “Tremolo”   

 

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■  Nicolò Amati ( 1596-1684 ) Cremona, Violin maker.
■ 
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Cremona, Violin maker.
1654年  He founded the workshop in Casa Guarneri .

Otto von Guericke ( 1602-1686 )

●  Maurizio Cazzati ( 1618-1678 ), Luzzara / 1641 Ferrara, Bozzolo, Bergamo / 1657 ~ 1671 Bologna / 1671 Mantova

■  Jacob Stainer ( 1617-1683 ) Absam, Tirol.  Violin maker.

 

ca.1626 ~ ca.1761  ” Les Vingt-quatre Violons du Roi ” ( “The King’s 24 Violins” )  The Royal Palace in Paris  

Louis XIV ‘Roi-Soleil’ ( 1638 – ‘1643-1715’ ),  1661 ~ 1682  “Château de Versailles”

●  Jean-Baptiste Lully ( 1632-1687 ),  Firenze / 1646 France / 1652 The Royal Palace in Paris  / 1653 “Petits Violons” / 1661 French subject , 1661 ~ 1682 “Château de Versailles”  / 1685,1686,1687

●  Giovanni Battista Vitali ( 1632-1692 ),  Bologna / 1666 Accademia Filarmonica di Bologna / 1774 Modena  :   Violinist

■  Giovanni Grancino ( 1637 – 1709 ) Milan,  Violin maker.
■  Alessandro Gagliano ( ca.1640–1730 ) Napoli,  Violin maker.
■  Giovanni Tononi ( ca.1640-1713 ) Bologna, Violin maker.

Christiaan Huygens ( 1629-1695 )
Antonie van Leeuwenhoek ( 1632-1723 )
Robert Hooke ( 1635-1703 )
Isaac Newton ( 1642-1727 )

 

■  Antonio Stradivari ( c.1644-1737 ) Cremona,  Violin maker.
1680年 He founded the workshop in Casa Stradivari .

■  Girolamo Amati Ⅱ ( 1649-1740 ) Cremona,  Violin maker.

Arp Schnitger ( 1648-1719 ),  active in Northern Europe, especially the Netherlands and Germany,  Pipe organ builder.

●  Heinrich Ignaz Franz von Biber ( 1644-1704 ), Bohemia / 1668  Zámek Kroměříž / 1671 Salzburg,  ca.1676 ” Rosenkranz-Sonaten ” ( Scordatura )  :   Violinist

●  Arcangelo Corelli ( 1653-1713 ), Fusignano / 1666 Bologna / 1675 Rome / 1681 München / 1685 Roma / 1689 Modena / 1708 Rome :   Violinist

●  Giuseppe Torelli ( 1658-1709 ), Verona / Bologna / 1684 Accademia Filarmonica di Bologna / 1697 ~ 1699 Fürstentum Ansbach / 1699 Wien / Bologna :   Violinist

 


 

■  Francesco Ruggieri ( 1655-1698 ) Cremona, Violin maker.
■  Pietro Giovanni Guarneri ( 1655-1720 ) Cremona / Mantua, Violin maker.

■  Matteo Goffriller ( 1659–1742 )  Venezia,  Violin maker.

●  Giacomo Antonio Perti ( 1661-1756 ),  Bologna / Parma / Venezia / 1690 ~ 1756 Bologna  :   Violinist

●  Tomaso Antonio Vitali ( 1663-1745 ), 1674 Modena :  Violinist

■  Carlo Giuseppe Testore ( c.1665-1716 )  Milan, Violin maker.
■  Filius Andrea Guarneri ( 1666-1744 ) Cremona, Violin maker.

■  Francesco Stradivari ( 1671-1743 ) Cremona,  Violin maker.
■  Omobono Stradivari ( 1679-1742 ) Cremona,  Violin maker.

■  Carlo Tononi ( c.1675-1730 ) Bologna / Venezia,  Violin maker.

●  Antonio Vivaldi ( 1678-1741 ), Venezia 1703 / 1740 Wien :   Violinist
● 
Pietro Castrucci ( 1679-1752 ),  Roma / 1715 London / 1750 Dublin :   Violinist

■  Carlo Bergonzi ( 1683-1747 ) Cremona,  Violin maker.
■  Domenico Montagnana ( 1686-1750 ) Venezia,  Violin maker.

Gottfried Silbermann ( 1683-1753 ) Saxony / Dresden, Pipe organ builder.
Zacharias Hildebrandt ( 1688-1757 ),  Pipe organ builder.

1687年  Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica

●  Johann Sebastian Bach ( 1685-1750 ), Eisenach / 1703 Weimar, Arnstadt / 1705.10 Lübeck 1706. 1 /  1707 Mühlhausen / 1708  Weimar / 1717 Köthen, 1721 Anna Magdalena Bach  / 1723 Leipzig

●  Giovanni Battista Somis ( 1686-1763 ),  Turin / 1731 Paris / Turin
:   Violinist
●  Francesco Geminiani ( 1687-1762 ), Lucca / 1711 Naples / 1714 London  :   Violinist

●  Francesco Maria Veracini ( 1690-1768 ), Firenze / 1711 Venezia / 1714 London / 1616 Venezia / 1723 Firenze / 1733 London / 1744 Firenze  :  Jacob Steiner violin  /   Violinist

■  Andrea Guarneri ( 1691-1706 )  Cremona,  Violin maker.

●  Giuseppe Tartini ( 1692-1770 ), Pirano / 1721 Padova, 1726 Violin School  :   Violinist

●  Pietro Locatelli ( 1695-1764 ), Bergamo / 1723 Mantua, Venezia, München, Dresden, Berlin, Frankfurt, Kassel / 1729  Amsterdam  :   Violinist

■  PietroⅡ Guarneri ( 1695-1762 )  Cremona / Venezia, Violin maker.  1718年  moved to Venezia

●  Jean-Marie Leclair ( 1697-1764 ), Lyon / Turin / 1723 Paris, ‘Palais des Tuileries’  / 1733 ~ 1737  ‘ Louis XV ( 1710 – ‘1715-1774’ ) / 1738 ~ 1743 Den Haag  / 1743 ~ 1764 Paris  :   Violinist

 

“Guarneri del Gesù”
■  Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )  Cremona  :  Violin maker.  1722年頃  He is independent.

弦楽器製作流派である ”クレモナ派”の始祖  アンドレア・アマティ( Andrea Amati  ca.1505–1577 )  からヨーゼフ・グァルネリ( Bartolomeo Giuseppe Guarneri  1698-1744 )の活躍する時期までは、おおよそ 170年ほどです。

そののちに最後の”クレモナ派” J.B. チェルーティ( Giovanni Battista Ceruti  1755-1817 )が亡くなる 1817年までが 約100年、そして厳密な意味でイタリア最後の名工として トリノなどで 弦楽器製作をおこなった ヨーゼフ・アントニオ・ロッカ( Giuseppe Antonio Rocca 1807-1865 )の他界までがまた 50年程 でした 。

 

Giuseppe Guaneri Cremona c1730 Goldberg-Baron Vitta - A L“Guarneri del Gesù”  Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )
Violin  ‘Goldberg-Baron Vitta’,  1730年頃

その ヨーゼフ・グァルネリが 1730年頃製作したとされる このヴァイオリンのコーナー部は挑戦的と 私は感じます。

Bartolomeo Giuseppe Guarneri - del Gesù ( 1698-1744 ) Violin Carrodus 1743年 - A L“Guarneri del Gesù”  Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )     Violin  ‘Carrodus’,  1743年

 

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ) Violin 1845-1850年頃 - C L
Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 )  Violin, Turin  1845 ~ 1850年頃

■  Camillo Camilli ( ca.1704-1754 ) Mantua,  Violin maker.

Carlo Tononi Bologna 1705 ( 1675 Bologna 1717-30 Venice ) - A L
Carlo Tononi  (  ca.1675 Bologna, 1717-30 Venice ) Violin,  Bologna  1705年

私は この楽器の左右のコーナー部に設けられた面積の差が 明解な設定とされていることをすばらしいと思っています。

このヴァイオリンが製作されたボローニャは ヴァイオリン演奏史のはじめに輝く アルカンジェロ・コレッリ ( Arcangelo Corelli 1653-1713 )が滞在していたことでも知られています。

彼は Bolognaから約40㎞ほど Ravenna方面に行った Fusignano の出身で 13歳である1666年にボローニャに移り1670年には わずか17歳でアカデミア・フィルアルモニカに入る事を認められ、1675年にはローマの 聖ジョバンニ・ディ・フィオレンティーニ教会の主席ヴァイオリン奏者となり 演奏活動を終えた5年後の 1713年にローマで亡くなりました。

ご承知のように彼が作曲し厳選して残した“ ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集 ”などのすばらしい音楽は 今日でも演奏されています。 ボローニャはヴァイオリンの演奏でそうであったように、弦楽器製作でも重要な役割を果たしていました。

そして、この街で弦楽器製作者として有名になったのが  Giovanni Tononi ( ca.1640-1713 )と Carlo Tononi でした。

●  Giovanni Battista Martini ( 1706-1784 ), Bologna / 1758 Accademia Filarmonica di Bologna / 1774 “Saggio dl contrapunto”

●  Franz Xaver Richter ( 1709-1789 ), Moravia / 1740 ~ 1747 Kempten i.a. / 1747 Mannheim / 1769 ~ 1789  ‘Cathédrale Notre-Dame-de-Strasbourg’  :  Violinist

●  Jean-Joseph de Mondonville ( 1711-1772 ), Narbonne / 1733 ~ 1772 Paris  :  Violinist

1701 ~ 1714年  War of the Spanish Succession
“France : Louis XIV ( 1638-1715 ) × Habsburg : Karl VI ( 1685-1740 )”

●  Cremona governance countries
España ( 1513 ~ 1524, 1526 ~ 1701 ) – France (  1701 ~ 1702 ) –  Republik Österreich / Habsburg  ( 1707 ~ 1848 )
●  Casa Savoia :  1713年 Regno di Sicilia – 1720年 Regno di Sardegna  / Torino – 1848年 The First War of Independence – 1859年 The Second War of Independence –  1866年 The Third War of Independence

■  Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ), 1711 Cremona / 1729 Parma / 1740 Piacenza / 1749 Milan / 1757 Cremona / 1759 Parma / 1771-1786 Turin, Violin maker.

■  Nicolò Gagliano ( active. ca.1730-1787 ) Napoli, Violin maker.
■  Lorenzo Storioni  ( 1744-1816 ) Cremona, Violin maker.
■  Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 ) Cremona, Violin maker.

●  Johann Wenzel Stamitz ( 1717-1757 ), Bohemian / Praha / 1741 Mannheim / 1754 ~ 1755 Paris / 1755 Mannheim :  Violinist

●  Leopold Mozart ( 1719-1787 ),  Augsburg / 1737 Salzburg / 1785 Wien, Salzburg :  Violinist
1751年  “Versuch einer gründlichen Violinschule”
– – – 
Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756-1791 )

●  Pietro Nardini ( 1722-1793 ), Fibiana / Livorno / Padova / 1762 Stuttgart / 1770 Firenze :   Violinist

●  Pierre Gaviniès ( 1728-1800 ),  Paris /  1744 “The Concert Spirituel”  / 1795 He became a professor at the newly-founded ‘Conservatoire de Paris ‘.  :   Violinist

●  Gaetano Pugnani ( 1731-1798 ), Torino / 1749 Roma / 1750 Torino / 1754 Paris, Nederland, London, Deutschland / 1763 Torino  / 1767 London / 1770 Torino / 1780 ~ 1782 Russia, 1782 Torino :  Violinist

Antonio Stradivari violin 1731年 Lady Jeanne - C LAntonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  1731年  Cremona
  ” Lady Jeanne “

 

Camillo Camilli ( c1704-1754 ) Violin Mantua 1750年頃 - A LCamillo Camilli ( ca.1704-1754 ) Violin,  Mantua  1750年頃

ボローニャから西北西方向に30㎞ほどのモデナ( Modena )を経て、そこから北に60㎞ほどゆくと マントヴァ( Mantua )があります。因みにこの街道は そのまま北上すれば ブレンネロ( Brennero )の峠を越えインスブルックから ミュンヘンへと至る重要な街道です。

このマントヴァは 1708年に スペイン継承戦争の敗北とマントヴァ公カルロ4世の死により公位が廃止されて ハプスブルク家に支配される事になりました。

このヴァイオリンが製作された時期には ピエトロ・ガルネリ(  “Pietro Guarneri di Mantova”  1655-1720 )の流れをくむ 弦楽器製作者が活躍していました。カミロ・カミリは そのマントヴァ派の 有名な弦楽器製作者です。

このヴァイオリンは コーナー部の左右の非対象性がはっきりと読み取れ、また表板と裏板が 強いアーチをもつ名器です。

● Luigi Rodolfo Boccherini ( 1743-1805 ), 1743 Lucca / 1757 Vienna  “The court employed” / 1761 Madrid / 1771 String Quintet Op. 11  No. 5 ( G 275 ) :   Italian cellist and composer 

Marie Antoinette ( 1755-1793.10.16 )
1770年  She married  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  /  ” Louis XVI ( 1774 ) “  at the age of 14.
1793年  ” Louis XVI ” ( 1774 )  /  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  

●  Johann Peter Salomon ( 1745-1815 ), Bonn / Prussia / ca.1780 London / 1791 ~ 1792, 1794 ~ 1795 Franz Joseph Haydn  :  Violinist

□  François-Xavier Tourte ( 1747-1835),  Paris :   Bow maker

●  Carl Stamitz ( 1745-1801 ), Mannheim / 1762 Mannheim palace orchestra / 1770 Paris / Praha, London  :  Violinist

●  Johann Anton Stamitz ( 1754 – ‥ ), Mannheim / 1770 Paris / 1782 ~ 1789 Versailles / ‘ 1798‥1809 Paris ‘  :   Violinist

■  Giovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 ) , Cremona  :  Violin maker.

●  Giovanni Battista Viotti ( 1755-1824 ), Fontanetto Po / Torino, Paris, Versailles, 1788 Paris, London, 1819-1821 Paris,  London :   Violinist

●  Federigo Fiorillo ( 1755-1823 ),  Braunschweig / 1780 Poland / 1783 Riga / Paris / 1788 London  He played the viola in Saloman’s quartet.  / 1873 Amsterdam, Paris

●  Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756-1791 ), Salzburg / 1762 München, Wien / 1763 ~ 1766 Frankfurt, Paris, London / 1767 ~ 1769 Wien / 1769 ~ 1771 Milano, Bologna, Roma, Napoli / 1773, 1774 ~ 1775 Wien / 1777 München, Mannheim, Augsburg / 1778 Paris / 1779 Salzburg / 1781 München, Wien / 1783  Salzburg  / 1787 Praha, Wien / 1789 Berlin / 1790 Frankfurt / 1791 Wien, Praha, Wien

 

●  Bernhard Heinrich Romberg  ( 1767-1841 ),   “The Münster Court Orchestra” / 1790 Bonn  “The Court Orchestra” /  He lengthened the cello’s fingerboard and ‘Flattened’ the side under the C string  :   German cellist and composer 

●  Rodolphe Kreutzer ( 1766-1831 ), Versailles / 1803 Wien “Kreutzer Sonata ” Ludwig van Beethoven 1770-1827,  Paris 1795 ~ 1826 ‘Conservatoire de Paris’ –  1796年 Caprices – 1807 comprises 40 pieces – “42 Études ou Caprices”  / Genève, Swiss :   Violinist

●  Pierre Baillot ( 1771-1842 ),  Paris :   Violinist

●  Pierre Rode ( 1774-1830 ), Bordeaux / 1787 Paris /  1804 Saint Petersburg, Moscow / 1812 Wien ” Ludwig van Beethoven 1770-1827  Violinsonate Nr. 10 in G-Dur, Op. 96 ” / 1814 ~ 1819年  Berlin,  “24 capricci”  /  1830 Lot-et-Garonne :   Violinist

●  August Duranowski ( ca.1770-1834 ), Warsaw / Paris / 1790 Brussels / Strasbourg :   Violinist

●  Ignaz Schuppanzigh ( 1776-1830 ), Vienna /  He gave violin lessons to Beethoven, and they remained friends until Beethoven’s death.  :  “Schuppanzigh Quartet”  :   Violinist

■  Giovanni Francesco Pressenda ( 1777-1854 ),   Lequio Berria / Cremona / 1815 Torino,  1821 was able to open his own firm.    Violin maker.

●  François Antoine Habeneck ( 1781-1849 ), Charleville-Mézières / 1801 ‘Conservatoire de Paris’ / Paris  :  Violinist

●  Jacques Mazas ( 1782-1849 ), Lavaur / 1802 Paris / Bordeaux  :   Violinist

●  Niccolò Paganini ( 1782-1840 )
1802 ~ 1817年  ” 24 Caprices for Solo Violin ”  :   Violinist

●  Louis Spohr ( 1784-1859 ), Braunschweig / 1802 Saint Petersburg / 1804 Leipzig / 1805 ~ 1812 Gotha / 1813 ~ 1815 Wien /  1816,1817 Italiana / 1817 ~ 1819 ‘Oper Frankfurt’  / 1820 England / 1821 Paris / 1822 ~ 1859 Kassel :   Violinist
” Chin rest & Conductor’s stick “

●  French Revolution  1789 ~ 1793年
1791年  Metric system ( metre & kilogram )
Maximilien Robespierre ( 1758-1794 )

Giovanni Battista Ceruti ex Havemann 1791年 Cremona ( 1755-1817 ) 355-163-113-208 Wurlitzer collection 1931 - A LGiovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 )  Violin,  Cremona 1791年   “ex Havemann”  1931 Wurlitzer collection  

●  Joseph Böhm ( 1795-1876 ), Hungarian,  Pest  /  1819 ~ 1848 professor at the Vienna Conservatory,  His many students included Hubay, Joachim, Ernst,  Jakob Dont, Hellmesberger. Sr . :  Violinist

●  Georg Hellmesberger ( 1800-1873 ), Vienna / 1826 ~ 1833 ‘The Vienna Conservatory’ / His students were Joachim, Leopold Auer.  :  Violinist

●  Charles-Auguste de Bériot ( 1802-1870 ), Leuven / 1843  ‘Royal Conservatory of Brussels’ /  ‥ 1852. – 1858 – 1866 Brussels :   Violinist

■  Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ),  Barbaresco / 1834 Turin,   It was during this time that he became acquainted with Luigi Tarisio, a violin dealer  / Rocca won prizes in his craft at a national arts and crafts exhibitions in 1844 and 1846.  / Enrico Rocca ( 1847-1915 ) / 1850 ~ 1865 Genova  :   Violin maker.

●  Auguste-Joseph Franchomme ( 1808-1884 ), 1831, 1833  Paris –  Frédéric Chopin,  In 1843 He acquired the Duport Stradivarius for the then-record sum of 22,000 French francs. He also owned the De Munck Stradivarius of 1730. Franchomme succeeded Norblin as the head professor of cello at the Paris Conservatory in 1846  :  French cellist and composer

●  Joseph Lambert Massart ( 1811-1892 ), Liège / 1829 Paris, 1843 ~ 1890 ‘The Conservatoire de Paris’  :  Violinist

●  Heinrich Wilhelm Ernst ( 1812-1865 ), Moravia / 1825 ‘The Vienna Conservatory’ /  1828 Niccolo Paganini visited Vienna. 1830 He played Paganini’s Nel cor pìù non mi sento. / 1865 Nice :   Violinist

  Risorgimento  ( 1815 ~ 1861 )

●  Jakob Dont ( 1815-1888 ), Vienna / 24 Etudes and Caprices :  Violinist

●  Henri Vieuxtemps ( 1820-1881 ),  Belgium / Liège , Brussels /  1829 Paris /  Brussels / 1833 Germany  /  1835 Wien / 1836 Paris / 1849  ~ 1851 Saint Petersburg / 1850 Paris / 1871  ‘Royal Conservatory of Brussels’ / Paris 1879 / Algeria :   Violinist

●  Joseph Joachim ( 1831-1907), Kittsee / 1833 Budapest / Wien / 1843 Leipzig / 1846 London / 1848  “Gewandhausorchester Leipzig ” / 1850 Weimar / 1852 Hannover  / 1866 ~ 1907 Berlin :   Violinist

●  Henryk Wieniawski ( 1835-1880 ), Lublin / 1843 ‘Conservatoire de Paris’ / 1874 ~ 1877 ‘Royal Conservatory of Brussels’ / Moscow :   Violinist

●  Pablo de Sarasate ( 1844-1908 ), Pamplona / 1854 Madrid / 1855 Paris / 1860 London, Paris, performing in Europe, North America, South America / 1864 Camille Saint-Saëns ‘Introduction et Rondo capriccioso en la mineur’   / 1878 Zigeunerweisen, 1883 Carmen Fantasy  / Biarritz 1908 :   Violinist

●  Leopold Auer ( 1845-1930 ),Veszprém  / Budapest, Wien / Hannover : Joachim / 1868 ~ 1917 Saint Petersburg  : St Petersburg Conservatory / 1918 America / 1824 The Curtis Institute of Music  :   Violinist

●  Eugène-Auguste Ysaÿe ( 1858-1931 ),  Liège / 1886 ‘Royal Conservatory of Brussels’  / 1918 Cincinnati  /  Brussels :   Violinist

●  Jenő Hubay ( 1858-1937 ),  Pest / Berlin / Paris / 1882 Brussels / 1886 Hungary, ‘Budapest Quartet’ / Hubay’s main pupils Joseph Szigeti.    Violinist

●  Lucien Capet ( 1873-1928 ), Paris / 1893 “Capet Quartet”  :   Violinist

●  Regno d’Italia ( 1861 ~ 1946 ) Last Casa Savoia : 1946年 UmbertoⅡ( 1904-1983 )

 

 

Nicolò Amati ( 1596–1684 ) violin 1669年 body L350 W201 - C LNicolò Amati ( 1596–1684 ),  Violin 1669年

Antonio e Girolamo Amati violin 1629年 - G LAntonio e Girolamo Amati,   Violin 1629年

Andrea Amati 1570年頃 ex Ross - D LAndrea Amati ( ca.1505-1577 ),  Violin 1570年頃  ” ex Ross ”
Leopold Widhalm ( 1722- 1786 ) 1769年 - A L
Leopold Widhalm  ( 1722- 1786 ),  Violin 1769年

 

 BALFOUR March 1903 - B L
BALFOUR March 1903 - A L
VOLLER BROTHERS violin 1900年頃 - A L

 VOLLER BROTHERS violin 1900年 - 1 L

 

 

■  William Voller ( 1854-1933 ), Guildford / London   : Violinist,  Violin Maker.

■  Alfred Voller ( 1856-1918 ),  Guildford / London /  Devon  :  Cellist,  Violin Maker.

■  Charles Voller ( 1865-1949 ), Guildford / London / Paignton, Devon  :  Violinist,  Violin Maker.

 

 

 

 

 

 

“オールド・チェロ” の 特徴について

チェロなどを観察する場合に 楽器が『オールド・チェロ』で、その上に A コーナーに加工がされたタイプであれば それほど判断に迷う必要はないと 私は思います。

Antonio Stradivari 1673年Harrell - Du Pre - Guttmann - C LAntonio Stradivari  1673,  Violoncello ” Harrell, Du Pre,  Guttmann ”

このストラディヴァリ 1673年の A コーナーは 摩耗に見えますか?

Giovanni Baptista Rogeri cello 1695年頃 - C L
このチェロは ブレッシアに生まれ、ニコロ・アマティの工房で修行を積み 1670年頃にブレッシアに戻って製作家となったといわれている ロジェーリ作とされています。確かに 私もはじめの頃は このタイプの場合は より注意深さが必要と感じていました。

Grancino cello made around 1690 cooper-collection - A LGiovanni Battista Grancino ( 1637-1709 ) Milan 1697年 - A L A コーナーと B コーナーの差が見えやすい グランチーノと ストラディヴァリのチェロ画像 三枚です。

Antonio Stradivari cello 1707年 Boni-Hegar - G L
そして 私自身が 摩耗説が誤りであることに気づく きっかけとなった『 オールド・チェロ 』の写真です 。

Old Italian Cello c1680 - 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 ) - 1 LOld Italian Cello    1700年頃
( F 734-348-230-432,  B 735-349-225-430, stop 403 ff 100 )

著名な楽器で 参考例を挙げるとすると、ストラディヴァリ・ソサエティのヨーロッパ代表 エドゥアルド・ウルフソン( Eduard Wulfson 所有し、ナターリャ・グートマン( Natalia Gutmanさんが使用している グァルネリ・デル・ジェスが製作したとされる このチェロが『 A コーナーに施された加工 』の代表事例といえるかもしれません。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - A L

” Guarneri del Gesù ”
Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )
Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

私はこのチェロを 知らなかった8年ほど前に 共通の知人から ウルフソン( Eduard Wulfson 氏が グートマン( Natalia Gutman )さんたちと美術館のなかでトリオで演奏している DVDをいただき拝見したのですが 、このチェロがもつ深い響きには衝撃をうけました。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - C L

Guarneri ‘del Gesù’   Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

Bach :  Suite for solo cello No. 3 in C major
( Paris, Musée du Luxembourg,  2002/11/16 )
Natalia Gutman,Violoncelle

【Bach, Mozart, Schubert 】”La Société Stradivarius”
Yvietta Matison, Alto ( instrument )
Eduard Wulfson, Violin


 A コーナーに施された加工 』と指摘している 摩耗痕跡は ガルネリが製作したとされるチェロ以外にも、下写真の Francesco Ruggieri  ( ca.1645-1695 )が 1675年に製作したとされるチェロでも見ることが出来ます。

Francesco Ruggieri cello 1675年 - A L

Francesco Ruggieri  ( ca.1645-1695 ),  Violoncello 1675年

確かに、チェロは A コーナーにひざを添えたり グリップしたりする際に触れることがあるので 摩耗痕跡は それにより生じたように見えます。

Joseph Thomas Klotz Violoncello piccolo Mittenwald 1794 ( 1743-1809 ) Sebastian 1696-1768 - C LJoseph Thomas Klotz  ( 1743-1809 )  Violoncello piccolo  Mittenwald 1794年

ところが 摩耗痕跡をよく見ていくとそれが不自然である事に気がつきます。上のクロッツで これを見ると コーナーである A 部の塗装は多少はがれていますが、それよりも Q 部の方がもっと 剥がれています。そして問題なのは この Q 部に 演奏時にチェリストが 触れることは まず無いということです。

これは R 部についても言えますが、 実際にチェロの肩にはさわりますので 判断しにくいと思われる方のために 次の事実を指摘しておきたいと思います。

版画で使用する版木は 凸部が紙にふれくぼみ部は接触しないことで役割をはたします。摩耗する場合もおなじことで凸部が摩耗することがあっても くぼみ部は摩耗しないのが普通です。

なのに‥ 上のクロッツでいえば 摩耗したようになっているゾーンの中でも特に Q 部と S 部は谷状にくぼんだ部分なのに塗装が剥がれた様になっています。

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ) Violoncello 1850年 - D L
それから、これらを 演奏や運搬による摩耗であるとすると 当然ですが それなりの期間使用される必要があります。

弦楽器製作の黄金期が終わる1750年から 100年後、日本では江戸時代末期なわけですが この時期に製作された弦楽器の 摩耗痕跡は、私が “意図的加工”と考えたことの最終的な証明となっています。

この時期に 厳密な意味で最後の名工である ヨーゼフ・アントニオ・ロッカ( Giuseppe Antonio Rocca 1807-1865 )は トリノなどで 弦楽器製作をおこなっていました。

私は このチェロで コーナー部に設けられた面積の差から 彼も左右の非対象性( アシンメトリー )が弦楽器における古典的技術の特質と考えていたと思っています。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - A LGiuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ),  Contrabass  1850年頃

これは上のチェロと同時期に製作したとされる コントラバスの コーナー部面積の非対称性によって論じる必要がない事実と確認出来るのではないでしょうか。

コントラバスは A コーナーにひざを添えたり グリップしたりする事は 100パーセントありませんので ここの 摩耗痕跡は 当然ながら 製作時の設定と判断することが出来るからです。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - B LGiuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ),  Contrabass  1850年頃

2016-10-22      Joseph Naomi Yokota