ヘンリー Z. スタインウェイ ( Henry Z. Steinway )さんは とても好い人だと思います。

4年程前の音楽雑誌の広告ページの写真です。 広告文は次のように書かれていました。

『  ヘンリー・Z.スタインウェイ 限定モデル3機種発表  』

53歳で ドイツからアメリカに渡った創立者、 ヘンリー・E.スタインウェイ ( 1797 ~ 1871 ) の 曾孫にあたる ヘンリー・Z.スタインウェイ ( 1915 ~ ) の 91回目の誕生日と、 スタインウェイ家の音楽界への永きにわたる寄与を記念して、 スタインウェイでは 「 ヘンリー・Z.スタインウェイ記念限定モデル 」 3機種を発表した。
H.E.スタインウェイ は、 1955年に父セオドアから事業を引き継ぎ、 さまざまな改善・革新を行って、スタインウェイ・ピアノの地位をさらに不動のものとした。 77年に初めて創業家以外に Steinway & Sons を委ねたあとも、 スタインウェイホールで執務を続け、 スタインウェイにはなくてはならない人物として、 人々の敬愛を集めているという。
今回 発表されたのは B-211と O-180の2タイプ。 世界で 91台ずつが、ニューヨーク工場で熟練工による手作業で製造されるため、完成までに1年を要する。 ( 中略 )
B-211 ローズウッド( 1680万円 )、 O-180 黒色 ( 997万5千円 )、 同・ローズウッド ( 1312万5千円 = いずれも税込みメーカー希望小売価格 ) 各1台のみ。

私は 写真の中の 『 コロニアル調の脚部 』に目が釘づけになりました。 私は直感で『 この限定製造は 技術伝承のために企画されたのでは? 』と 思ったからです。 これを理解するには 『 節と腹の関係 』と 『 楽器での節の使い方 』を知る必要がありますので少し書いてみます。

     

http://www.musashino-music.ac.jp/gakuen/facilities/museum/index.html

http://www.steinway.co.jp/piano/steinway/index.html

現在普及した型のピアノが製造される前は ピアノの脚部は 『 だいこん足 』です。 それはピアノの ″ 響 ″を守る工夫でした。 ピアノの重さは スタインウェイ( D-274 / 157 × 274 / 88鍵盤 )で 約480㎏、 ベーゼンドルファー・インペリアル ( Modell 290 / 168 × 290 / 97鍵盤 )が 約570㎏ など かなりの重量があるため置いてある床と一体化しやすいので 床からの ″ 反射波 ″が 響を乱しやすく、 それを防ぐための設計でした。 振動は 『 密から疎に』 伝わりやすい特性をもっています。 脚部の本体側が太く ( 密 )床に接触する側が細く ( 疎 )してあるのは、 ピアノの振動で床は鳴らすものの その床の振動が反射波として床側から本体側にもどって 本体の振動を妨げないための工夫なのです。 この太い部分が ″ 節 ″ です。

現在普及したタイプは脚部の節のすぐ上の ″ 反射波 ″ のいたずらを防ぐためにあった 『 くびれ 』 を無くしてしまっているために脚部と本体の接続部分に工夫がしてあるはずと私は推測していました。 6、7年前のことですが私は 思い立って スタインウェイの日本総代理店であった『 松尾楽器商会 』 ( 1990年代に並行輸入妨害で公正取引委員会が調査に入り、 97年に 卸し業務のために スタインウェイ・ジャパン株式会社が設立され現在は販売店として運営されています。) に電話で 『 スタインウェイの脚部の固定のしかたについて。』 問い合わせを入れたことがあります。 電話で応対された営業の方は 非常に親切でした。

営業の方は『 さすがですね。』 といった後に『 ご想像のとおりです。スタインウェイは 脚部を完全固定すると鳴りが悪くなるのを知っていて、 脚部側と本体側にジョイント金具を埋め込み それを利用して脚部を本体側にはめ込んだあとネジ2本で完全固定にならずグラグラもしない微妙にゆるやかな固定をしています。』 とのことでした。

実はこの電話をかける前の晩に私はある実験をしていました。
話は古くなりますが 『 能 ( おのう )』 が好きな私は 23年程前に 知人である観世流 能楽師の 梅若基徳さんから 『 能管 ( のうかん) 』 を借りて吹いていた事があります。

その練習の合間に 笛をながめていて 『 全部の孔と孔の間に籐が巻かれそれが漆で仕上げてあるのはどうしてだろう? 』 と 疑問を感じた経験がありました。 それが 気柱共鳴による孔の縁の振動を守るために ″ 節 ″ として設計されたことに 6、7年前のこの頃 気がついたのです。 ( 笛の材料が振動を左右に伝えやすい竹なので、この数が巻かれている訳です。 尺八の 竹材の節も同じことを考えて間隔がえらばれています。)

1700年代初期に製作された上の二本のクラリネットの中央部の孔が上側は3個と3個に分けてあり、 下側は 6個のグループとして製作されています。 管の材木の性質にも関係しますが、 ″ 節 ″ で護ったほうが 孔の縁の振動は整いやすくなります。

そこで 『 松尾楽器商会 』 さんにお電話をした前の晩に下の写真の実験をしたのです。

ツゲ材でつくられたドイツ製 アルト・リコーダーに輪ゴムを『 簡易的な節 』 として 6個の孔グループを 3個づつに分けるように巻きつけ、 音階を鳴らしその直後にハサミで輪ゴムを切って外し その状態でまた音階を鳴らして 差を比較するものでした。

私は これを2回繰り返し確認しましたが 予想以上に明快でした。 この実験では『 簡易的な節 』として輪ゴムが巻いてあると ″ 基音 ″ が明瞭になることが分かります。 輪ゴムでこの差があるということは 『 能管 ( のうかん) 』 のように籐を巻いたらなおさらでしょうし、 管を削るときに彫り起こしで ″ 節 ″ を設けても同じなのがわかります。

冒頭の写真で  『 コロニアル調の脚部 』 をもつ 「 ヘンリー・Z.スタインウェイ記念限定モデル 」を担当するニューヨーク工場の熟練工は、 300台ほどを製作するこの仕事で 『 得難い経験 』 をしたと思います。 私は当事者ではないのでこの企画がだれの発案によるものかは正確にはわかりませんが、 すくなくとも ヘンリー・Z.スタインウェイ ( 1915 ~ )さん自身の 『 意向 』 が重要であったのは間違いないと思っています。