10. サドル : ポジション

さてここで弦楽器の ”響” を古( いにしえ )の製作者がどうやって捉え改良に繋げたのかをお話します。 彼らは 弾き込まれた弦楽器に残っている” 動いた痕跡 ” を分析して弦楽器を製作しました。 これには ”割れ”などの破損も含みます。 これらの痕跡をていねいに読み解くと最後に ”響” を見ることが出来ます。 例として 当工房の顧客の方が1970年に歯科大学のオーケストラに入る時に新品で購入された カール・ヘフナー社製のチェロを、 私の工房で2006年に撮影した写真をあげました。 昔のカール・ヘフナー社製品は塗装が厚くその上に硬いという特徴をもっていました。 このチェロの塗装には 土台の”木材”が弾きこみによって動いた痕が ”ヒビ割れ”として残っています。 その 黒いスジ状の”ヒビ割れ” はネックを中央に 『 X 』 字型に入っているのが見えると思います。 これは弦の揺れによって 『 ネックが胴体をねじった。』 痕跡です。  この楽器に限らずチェロも ヴァイオリンも胴体が ねじれながら振動して “共鳴音” がゆたかになるように設計されています。

さて10ヶ所めの チェック・ポイントです。ヴァイオリン族の胴体はネックの付け根とエンドピン穴が開けてある場所に日本家屋の “大黒柱” にあたるブロックが入っています。 先ほど指摘した胴体のねじれはこの上下ブロックのあいだで起こります。 このために 名器の多くはエンドピンの上エッジにある サドルをエンドピンの位置より少し右側におき テールガット ( テールナイロン )が中央より少し右から表板を押すように設定されたと考えられます。

チェック・ポイントは ” サドルをエンドピンの位置より右側に設定した跡が無いでしょうか?” です。サドルは弦楽器の修理・調整で取り換えられることが多く 上の写真のようなオリジナル状態が保存されている 注)1  弦楽器は稀で、下の画像のNicola Gagliano ( 1675~1763 )が 1725 年頃制作したヴァイオリンのサドルのように表板のジョイントやヒビ割れや周りの状況で推測するしかない楽器が多数派です。 しかし、その下にあげたオールド・ヴァイオリンのようにブロックとサドルは入れ替えてありましたが その他はよく保存されていてオリジナルのサドル位置がエンドピンより右側なのが一見してわかるヴァイオリンなどによる状況証拠から 標準位置があったと考えるのが妥当だと思います。

 

 

このようなサドル位置を右側にずらした痕跡は例えば下の KSH  Holm が 1791年にコペンハーゲンで制作したチェロのオリジナルブロックに残る 黒壇サドル・ベース位置のように弦楽器の修復担当者は よく目にしますが 外見のみで判断するのはかなり注意深さが必要かもしれません。

 

参考資料として ニュルンベルグの 「 ドイツ・ナショナル ミュージアム 」収蔵の オリジナル状態の Leopold Widhalm( 1722~1786  )の1757年製ヴァイオリンのX線画像を見てください。 エンドピンブロックの縁にサドルが右側にずらした位置で取り付けられているのが確認できます。

注)1 左側は 1995年 Egmont Michels さんが ” Die Mainzer Geigenbauer ” のタイトルで Friedrich Hofmeister より出版した写真集の224ページより引用しました。 右側は2000年にガダニーニの研究書として Duane Rosengard さんが ” Giovanni Battista GUADAGNINI  –  The life and achievement of a master maker of violins ” のタイトルで Carteggiomedia , USA より 289ページより引用しました。