縦長の閉じた系の要素を持つ弦楽器において先端部は重要です。

 


 

この写真のロシア人ヴァイオリニストである アドルフ・ブロツキー( 1851-1929 )は 1881年12月4日に チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をハンス・リヒター指揮の ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と初演したことで有名です。

この初演は酷評を受けますが ブロツキーは それにひるむことなく様々な機会にこの作品をとりあげ続け、それにより次第にこの作品の評価があがっていきました。 このためにこの協奏曲は普及に尽力した恩人アドルフ・ブロツキーに献呈されています。

また‥ 初演を断ったことが知られている アウアーも後にはこの作品を演奏するようになり 弟子の ジンバリストや ハイフェッツ 、エルマンなどにこの作品を指導し ‥ 彼らが名演奏を繰り広げることで 四大 ヴァイオリン協奏曲と呼ばれるまでに評価が高まりました。 このアドルフ・ブロツキーはウィーン音楽院に学び ヨーゼフ・ヘルメスベルガーが率いる ヘルメスベルガー四重奏団のヴァイオリニストでした。

彼は 1883年にライプチヒ音楽院教授に就任し 1884年には四重奏団を結成します。 このころ ブロツキーのクリスマス晩餐会で ブラームスとチャイコフスキー、グリーグが出逢ったことで 特にチャイコフスキーとグリーグの間で互いへの尊敬と友情が芽生えるきっかけとなったとの逸話が残っています。

この後 ブロツキーは 1891年にアメリカに渡り ニューヨーク交響楽団と チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏するなどの活動のあと 1895年に マンチェスター王立音楽大学の教授にまねかれイギリスに渡り大学教授の仕事と ハレ管弦楽団の指揮者、そして ブロッキー四重奏団での演奏活動を続けたのちに 1929年にマンチェスターで 亡くなりました。

 

 


Isaac Stern( 1920 – 2001 )