8. オールド・ヴァイオリンの製作技法 ( How to make “High performance stringed instruments”. )

 8.  ヘッド部と”響き”の因果関係

■  2つの渦輪を楽しむ  “Fun with Vortex Rings in the Pool”

この動画は、『すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。』が視覚的に感じられるので、私の お気に入りです。

さて、ヴァイオリン属も、ヘッド部と響胴部は 弦とネック部を介して 同様にエネルギーのやり取りをやっていると、私は 考えています。

その仮説の入り口は、オールド弦楽器のヘッドに残った振動痕跡にありました。

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

私は、2003年から、弦楽器に塗られた厚く柔らかいニスや、極端に硬いニスなどに入った”ニスひび”などの検証を始めました。

Arthur Richardson( 1882-1965 )  Cello,  Crediton – Devon  1919年

それは、ヘッド部と響胴を目視で確認しながら 写真に赤線をいれていく地味な作業でした。

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

ところが 枚数を重ねるうちに、ヘッド部に入る”ニスひび”には、年輪などの木理と “対”となる部位の関係性、中心軸の位置取り、そして表面形状などが 反映したパターンがあることが分りました。

 

“Karl Hofner” Cello, Erlangen  1970年頃

そして、それらは オールド弦楽器の非対称性や複雑な表面形状とも合致していることを確認するに至りました。

ストラディバリウスを用いた振動データー動画で、ヘッド部は グラフィック化された上部1/4辺りの黒線より上側にあたり、指板端側、ネック部とともに”ねじり”が確認できます。

“ねじり”は”力のモーメント”とも言いますが、回転軸を中心に力が伝わる現象のことを指しています。

弦楽器では これが不可欠で、例えば エジプトにおける古い時代のキリスト教徒である”コプト教徒”の間で受け継がれた 西暦500年頃の弦楽器”Coptic lute sound board” のように、素朴とも言える構造の弦楽器ですら、ナット角度や 糸巻きの位置設定で工夫された軸線が ネックに対して傾けてあります。

“Coptic lute sound board” ( Similar in shape to the long lutes of Egypt and Mesopotamia )  西暦500年頃

これにより 弦の振動が持続し易くしてあると言うことを、ご理解して頂けるでしょうか。

“Mandora” 1420年頃  L 360 W 96 D 80 ( 83 )  /   Weight 255 g  /  The Metropolitan Museum of Art

Mario Brunello

Giovanni Paolo Maggini( 1580- ca.1633 ) “Mario Brunello” Cello head,  Brescia
Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello, “Jean-Guihen Queyras”  Saluzzo  1696年頃

Gioffredo Cappa ( 1644-1717 )  Cello,   “Jean-Guihen Queyras” Saluzzo  1696年頃

Matteo Gofriller ( 1659-1742 )  Cello,  “Jacquard Bergonzi”  Venice 1710年頃

Matteo Gofriller ( 1659-1742 )  Cello “Jacquard Bergonzi”  Venice 1710年頃

このように ヘッド部は”ねじり”を生じやすいように工夫がなされていますが、それはペグの取り付け角度まで 及んでいました。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

例えば、このチェロは 響胴も含め、 ヘッド、ネック部、指板の他に A線ペグとG線ペグまで 1890年頃に作られた時のままでした。

その上に 特記すべきは、ペグを取り付ける為の “ペグ・ホール”まで 原型をとどめていたことです。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

このために、ボリュート( Volute )部だけでなく、ペグの取り付け角度まで “ねじり”に貢献する工夫が この頃までなされていたことを証明する大切な実例となりました。

“Neuner & Hornsteiner”   Ludwig Neuner( 1840-1897 )  Cello,  Mittenwald 1890年頃

Andrea Guarneri ( 1626-1698 )  Violin,  Cremona 1690年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 ) Violin,  Milan 1740年頃

Carlo Antonio Testore ( 1693-1765 ) Violin,  Milan 1740年頃

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Nicola Gagliano ( ca.1710-1787 )  Violin,  Napoli 1737年

Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) ‘Guarneri del Gesù’ Violin, “Kochanski” 1741年

The angle of the top of the peg box is great.

端的にいえば、弦楽器では 弦の振動がヘッド部をねじりながら 揺らし その応力により下のX線動画のように ネックブロックの回転運動が起こり、これが反復されます。

X線によるヴァイオリン鏡像ですから 手前がE線で 奥がG線側となっており、ネック・ブロックがねじりを反復しているのが 確認できます。チェロも同様な揺れ方をします


● ハンマーで打撃音を楽しんだら ボリュート( Volute )が折れた!

若気の至りでスクロールを破損させた動画から拾ったもので、”木理”が アウトラインより重要であることが分ります。このヴァイオリン・ヘッドが割れた位置は、水平方向の 重要な軸線となっています。

結果として、その後のスローモーション・カメラの普及により 動画として それを見られるようになりましたので、私の仮説が正しいことを重ねて知ることとなりました。

私は、オールド弦楽器の ヘッド部と 響胴部が振動しているとき、そのエネルギー量は 全く等しいと思っています。

Nicola Albani ( Worked at Mantua and Milan 1753-1776 )  Cello, Milan 1770年頃

お陰さまで それ以降は、例えば ヴァイオリン・スクロールを削る時には、 オールド・ヴァイオリン達から 私が採取したモデルの1つである「 非対称スクロール渦部 “N型”パターン」を 迷うことなく用いています。Cello made in 2025.  Joseph Naomi Yokota, Tokyo.

スクロール渦部 ( side ) “N型”

ところで、”対”を成している・・ということを応用すると、ヴァイオリンやチェロの響胴はそのままでも、 振動特性に優れた ヘッド部に替えれば より豊かな響きにできる。という整備が成り立つことになります。

着手まで紆余曲折はありましたが、私は、この究極の裏技が成り立つことを “望外の依頼”によって、結果として 実証させていただきました。

2014年2月に、私は 顧客のバイオリニストから、1922年頃に製作されたヴァイオリンのバスバー交換整備を依頼され、喜んでいただきました。

ところが、この方は”直感力”が優れていて、その直後から『私は、響胴やネックなどには あなたのお陰で満足しています。ただ、私のヴァイオリンに取り付けられたヘッドは 響胴のキャラクターと合っていないと感じます。』と言い出されました。

2021-4-24   Alcide Gavatelli ( 1874-1950 ) Violin, Riobamba 1922年頃

それは、ヘッドやネックも 1922年頃のオリジナルである このヴァイオリンを演奏していて 浮かんだイメージだそうで、この頃から 私の工房に立ち寄る度に、この響胴に”調和するヘッド”を作る仕事を相談されるようになりました。

2021-4-26 17:29   “New head, neck and fingerboard” made by JIYUGAOKA VIOLIN.

この提案は どの工房でも、当然 お断りしますよね。私も そうしました。

それでも、4年間程に渡り、度々 お願いされて、2018年頃に、『今は、時間的に受けられないのですが、どこかで予定が入れられる状況になったら、そこそこ費用が必要なのを承知の上で 強く希望されるのであれば・・ご相談できるかもしれません。』と応えてしまいました。

それからの3年間も、度々 催促され続け 遂にですが 2021年4月に今月後半までに 取り替えるヘッド、ネック部を製作する約束を交わしました。

2021-4-27 17:09

そして、不幸なことに適合しなかった場合も考慮して オリジナルのヘッド、ネック部はそのまま保存し、”接ぎネック”ではなく 写真のようにネック、指板も一括で製作して この整備を仕上げました。

ヘッド部で変更した条件は沢山あるのですが 1つだけ言うと、元のヘッドは ボリュート基礎部の幅広過ぎる設定が “ねじり”を呼び込めない状況を招いていたので改善しました。

先ほど、“境界線”あるいは”基準線”としてご説明した、渦部( Volute )と ペグボックス部の接続位置の条件が、響胴の設定条件と対応するように スッキリさせた訳です。

因みに、私は これにも”非対称スクロール渦部 “N型”パターン”で彫ったスクロールを適用しました。

2021-4-30 10:11   Alcide Gavatelli ( 1874-1950 ) Violin, Riobamba 1922年頃    “New head, neck and fingerboard” made by JIYUGAOKA VIOLIN

この仕事は、自作ヴァイオリンを作るよりも難易度が高く 多少スリリングでした。

しかし、響胴側はそのままで、ヘッド部の振動条件を向上させれば 共鳴現象が豊かになり、ヴァイオリンの響きは格段に良くなる。という仮説の実証事例となり、とても良い学びがありました。

▶   9.  ヘッド背面の 不連続面設定について