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○  パティーナ( Patina ) 加工について

○『 ヴァイオリン製作 』という仕事について

○  私は 弦楽器製作者を目指す人に “デッサン” を推奨します。

○ ”不安定( 自由度 )”によって得られる豊かさについて

○  ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

○  『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

○  ヘッドは “ネック端上の構築物”であるということ

○「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

○  弦楽器のヘッド端に与えられた役割について

○   スクロール基礎部のキズについて

 

○    弦楽器製作者として ペグホール位置について思うこと

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○  “オールド弦楽器”の 特徴について

○  オールド・ヴァイオリンのコーナー側線角度は 75%以上の確立で傾斜させてあります。

○  コーナー部側線角度の自由さは どこからくるのでしょうか?

○  弦楽器のコーナー部には “音響技術”が 集積されています。

  コーナー部差異の検証実例

○  パティーナ( Patina ) 加工について

○  表板、裏板のふちの特徴を知るには

〇  弦楽器を研究し見出したこと ( ネック部についての考察 )

○  弦楽器を研究し見出したこと( 誤った修理事例について )

 

○  弦楽器を研究して見出したこと。( スクロール基礎部キズについて )

○   弦楽器を研究して見出したこと。( ペグボックス内側上端部について )

〇  弦楽器の性能を確認する方法






○   弦楽器の鑑定について

Antonio Stradivari ( c1644-1737 ) violin 1699年 Auer - V L改訂版 高等学校 物理Ⅰ - 数研出版株式会社 平成23年12月印刷 - B L

 

【  “オールド・チェロ” の 特徴について 】
【  弦楽器において非対象が 常識だった時代 について  】
【  “バイオリンの秘密 “を生んだ 複雑な音響メカニズム  】
【  グスレという弦楽器について  】
【  ヴァイオリンの誕生につながった重要な技術  】
【  本物の弦楽器を確認する方法  】

 

○   弦楽器製作における 失われた情報について‥はじめに

Violin Made in West Germany - Antonius Stradivarius 1713 - 1950年代 - 5 LUmgegend von Flensburg gebraucht Bredebro 1909 Verlag Th Thomson Flensburg - A L

 ピアノの弦数について
『 オールド・ヴァイオリン 』の時代と 自然科学

  弦楽器製作における 失われた情報について ‥ その確認方法
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○   あなたの楽器と ビニールテープ 0.4g を使って 『 オールド・バイオリン 』の響きを疑似体験してください。

sandro-asinari-violin-2000%e5%b9%b4-11-lVIENNA micro-CT LAB - D L

   弦楽器製作者として ペグホール位置について思うこと

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○  
非対称楽器であるバイオリンの “名器的響き” を楽しんでください。

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○   あなたは 三角フラッグ現象を ご存じでしょうか?

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○   自作弦楽器

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弦楽器の『響』の話

ヴァイオリンと能面の類似性について    –   前編
ヴァイオリンと能面の類似性について    –   後編

● 立体的形状により剛性を高める技術について
● 18世紀の音楽ホール事情
● 残響と干渉について
パイプオルガンの 『音の数』について
● ピアノの弦 ( ミュージックワイヤー) の本数 について

 

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3

○   更新前の 2015年までの  “自由ヶ丘ヴァイオリン” ウエブサイト

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メメント・モリ

古い思い出話しで恐縮です。

私が 18歳だった頃、近所の喫茶店でのことでした。
常連客の一人のファゴットの多田さんが 「プロと アマチュアの差はなんだろう?」とつぶやきました。

すると、カウンター席の中央で コーヒーを飲んでいた 鈴木公平さんが すぐに小さく手をあげて「俺、それに答えられる。」と応じました。

彼は その場のみんなに話し始めました。「 ヴァイオリンの演奏で例えると‥ 演奏の結果は同じ奏者でも毎回違うので幅がある。この幅の上端をトップラインで下端をボトムラインと表現すると、アマチュアは『いつの日か 最高の演奏をしたい。』と夢をみる。それは トップラインに心が向いている状態といえる。

そして自分もそうだけど‥プロはいつもボトムラインを意識して下げないように、毎日 努力する。たとば 体のコンデションが悪くて納得のいく演奏が出来なかった時にボトムラインが下がったとしても‥ それを受入れ、一旦下がってしまった自分のボトムラインを 今日を使って 少しでも上げようとする。

常に演奏のボトムラインに留意し下げないように‥ 努力をするのがプロフェッショナルだと思う。」彼は そう言い切りました。

この時の 私に とって ほぼ同年齢の彼のことばは戦慄を覚えるほど衝撃的でした。

それから数年後のことですが‥ 私は『 ヴァイオリン製作を仕事にしよう!』 と考えるきっかけを 彼から貰いました。

1983年のことでした。当時 22歳の大学生だった私の住むアパートの扉が真夜中にノックされました。私は 眠っていましたが  びっくりして目を覚まし 時計を見たら夜中の 2時20分 でした。扉越しに『 誰?』と聞くと『 あの ‥、鈴木公平ですが ‥。』との声。

彼のお願いは『 今からバッハを聴いてもらいたいのですが‥。』 でした。それから彼の住む羽沢 2丁目のマンションで朝まで 彼の演奏するバッハの「無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ」を聴きました。

私は幸せでした。おかげさまで 「 彼らの役にたてる人間になりたい。」と思った 私は 程なくしてヴァイオリン製作の修業をはじめました。


それから時がたち‥ドイツのオーケストラでヴァイオリン奏者を続けていた彼と、私が再会したのは 2013年 6月の終わりのことでした。私たちが 最後に会ってから 30年近くが経っていました。

この時は 7月の演奏会までに ヴァイオリン調整と弓の毛替え、そして飲み会‥で 自由が丘と新宿で三回だけ会いました。

そして 7月の演奏会は 彼らの演奏を‥ 当然ながらそのあとの打ち上げも十分に楽しむことが出来ました。

この日、終電が過ぎた時間に別れる際には一年後の再会を約束して‥  私も家路につきました。


ところが、その約束は果たされることがありませんでした。
一年ほど過ぎて そろそろ演奏会の連絡があるはずと思っていたある日、訃報が届いたのです。

彼は 桜の舞う 2014年4月7日に 55歳で帰天しました。


彼の告別式は 4月10日に東京でおこなわれました。

私は彼をほんとうに”マコトの人”であったと思っています。
今日は、彼の三回目の命日です。

.

.

2017-4-07                      Joseph Naomi Yokota

『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

ヴァイオリンの表板や裏板に見られる『巾接ぎ(はばはぎ)』より、概して チェロのそれは 大胆です。

Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan “表板6枚接ぎ合わせ”

Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1696年

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

 

因みに 下写真は、現在 私が『巾はぎ ( 平はぎ ) 』で製作しているチェロの 表板と 裏板です。

   

オールド・チェロに使用されている木材を観察してみると、チェロ用として幅が足らない材木を使用した様子はほとんどありません。

その点から考えても・・・『巾はぎ』は、”木伏”せとして用いられたと考えるのが妥当だと思います。

Amit Peled (born 1973 – )

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, “Pablo Casals” 1700年頃

しかし、分かっていても・・そのままで使用できるヨーロピアン・スプルースを切り落とすのは、多少 覚悟が必要です。

私の場合も 熟慮の末に、 現在製作しているチェロの『巾はぎ』外側材として、ヴァイオリン用ヨーロピアン・スプルースで 635gの比較的に軽やかで年輪のキャラクターが立っているものを選びました。

   

   

Wolfgang Boettcher(1935-2021)
Cello / Matteo Goffriller(1659–1742) 1722年

私が受注製作しているこのチェロは”オールド”の製作技術を参考にしており、特定ものをコピーしているものではありませんが あえて言えば、表板は ヴォルフガング・ベッチャーさんが使用していた マッテオ・ゴフリラーの 1722年製のイメージに近いかもしれません。

判断したのには いろいろ理由がありますが、このチェロでは 表板は アッパー端、ロワー端の両側、裏板はロワー両端で『 巾はぎ 』を施しました。特に、裏板両端の楓材は 長期間( 50年間程 )寝かせてあった古材を用いています。

   

●1  “Brothers Amati” ( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●2  Andrea Guarneri(1626-1698) Cello, “David Soyer” 1669年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●3  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello ( LOB 765 – 369 – 265 – 473 ), “Harrell – Du Pre –  Guttmann” 1673年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Cello, “Herbert” 1677年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●5  Francesco Rugeri ( ca.1645-1695 ) Cello, Cremona  1678年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●6  Girolamo Amati Ⅱ (1649-1740) Cello ( 739mm ) “Ex Bonjour” Cremona 1690年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●7  Giovanni Grancino(1637-1709) Cello ( LOB 703mm )
Milan, 1701年

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●8  Giuseppe Guarneri “Filius Andreae” ( 1666-1740 ) Cello,  Cremona  1700年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

●9  Giovanni Grancino ( 1637-1709 ) Cello, Milan 1710年頃

 

●   ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

ヴァイオリンや チェロの、豊かな響きについての考察

ヴァイオリンや チェロの 豊かな響きについて知りたいと熱心に調べてみても、ルネサンス以前は弦楽器に関する直接的な資料は 楽器以外ではほとんど残っていません。

たとえば 13世紀では カスティーリャ王国の アルフォンソ10世の宮廷で出版された頌歌集に、挿絵として何種類かの弦楽器があるのを確認できるくらいにとどまります。

聖母マリアの頌歌集 (Las Cantigas de Santa Maria)1221年~1284年頃

そして、15世紀になると オランダ、ツヴォレ出身で フランス宮廷で活躍したアンリアルノー( HenriArnaut de Zwolle ca.1400 Zwolle–1466 Paris)の「楽器の設計と構造に関する論文集」などが出てきます。

Henri Arnaut de Zwolle(ca.1400, in Zwolle-1466 in Paris)

ただし 残念なことに、この資料は 楽器においての比率に関しては意味深いものですが、それ以外の弦楽器の特質には 踏み込んでいません。

Henri Arnaut de Zwolle(ca.1400, in Zwolle-1466 in Paris)

また、ヴェネツィアの音楽家で器楽に関する重要な論文の著者となった Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)が、1542年に Viola da gambaに関する研究書として出版した”Regola Rubertina”と、1543年刊の”Lettione Seconda”にも、振動比に関して興味深い事柄があらわされています。

Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)

Silvestro di Ganassi dal Fontego(1492-1565)Venice, 1543年頃

しかし、この資料も比率に関しては素晴らしいのですが、弦楽器の具体的特質については ごくわずかな知見が得られるだけです。

結局、現存する楽器を細かく検証する以外に 製作に関しての具体的な知識を得る方法は見いだせませんでした。

そのため、私は弦楽器制作者として、ルネサンス期を中心に ヴァイオリン属だけでなくヴィオールや リュート、マンドリン、ギターなども含めた研究により、いくつかの仮説をたててみました。

ここでは、そのなかでも特に大切と考える『巾はぎ材』の使用について少しお話したいと思います。

●『巾はぎ ( 平はぎ )材』が用いられた弦楽器について

表板、裏板を作るために直径60~70cm以上の原木が必要なチェロだけでなく、小さいので材木が入手しやすいヴァイオリンでも、ロワー・バーツ端や アッパー・バーツ端に別の板を接着した『 巾はぎ( 平はぎ)材』で製作された弦楽器がいくつも残されています。

 

●1  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Tartini” 1715年

このヴァイオリンは、ヴァイオリン・ソナタ『悪魔のトリル(Devil’s Trill Sonata)』で知られるジュゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Tartini1692-1770)が使用したとされるストラディバリウスです。

個人的なことで恐縮ですが、このヴァイオリンのおかげで 私は巾はぎ材』に着目するようになりました。

●2  Andrea Guarneri(1623-1698) Violin, Cremona 1662年

●3  Jacob Stainer(1617-1683) Violin, Absam-Tirol 1665年

●4  Nicolò Amati(1596–1684) Violin, Cremona 1669年

●5  Shop of Amati ( Smithsonian Institution ) Violin 1670年頃

●6  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, Cremona 1675年頃

●7  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, Cremona 1680年頃

●8  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Ex Stephens – Verdehr” 1690年

●9  Antonio Casini(1630-1690) Violin, Modena 1690年頃

さて、このヴァイオリン裏板は『巾はぎ 材』ではなく、楓材の一枚板です。でも 何もしていない訳ではありません。

なんと・・・8枚組の『巾はぎ』で作られた表板を支えています。

●9  Antonio Casini(1630-1690) Violin, Modena 1690年頃 

●10  Francesco Rugeri(ca.1645-1695) Violin, “anno 1672” 1690年頃

●11  Girolamo Amati II(1649-1740) Violin, Cremona 1693年

そして、フェラーラのAlessandro Mezzadri (fl.1690-1740)は 裏板を4枚接ぎで作りました。

●12  Alessandro Mezzadri ( fl.1690-1740) Violin, Ferrara 1697年

●13  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Thoulow” 1698年

●14  Giovanni Grancino(1637-1709) Violin, Milan 1702年頃

●15  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, Cremona 1705年頃

●16  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “La Cathédrale” Cremona 1707年

●17  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Stella” 1707年

●18  Girolamo Amati II (1649-1740) Violin, Cremona 1710年

●19  Vincenzo Ruggeri(1663-1719) Violin, Cremona 1710年頃

●20  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “De Barrou – Joachim” 1715年

●1  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Tartini” 1715年

●21  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Smith” 1727年

そして、ストラディヴァリウスの 裏板5枚接ぎがあります。

●22  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1745) Violin, “Ex Zukerman” 1730年頃

●23  Camillo Camilli(ca.1704-1754) Violin, Mantova 1735年頃

●24  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1744) Violin, Cremona 1737年

 

●25  Carlo Bergonzi(1683-1747 ) Violin, “Appleby” 1742年頃

●26  “Guarneri del Gesù” Bartolomeo Giuseppe Guarneri(1698-1744) Violin, “de Bériot”  1744年

●27  Camillo Camilli(ca.1704-1754) Violin, Mantua 1750年頃

●28  Lorenzo Storioni(1744-1816) Violin, Cremona 1769年頃

●29  Tommaso Balestrieri(ca.1735-ca.1795) Violin, Mantua 1770年

●30  Giovanni Baptista Guadagnini(1711–1786) Violin, “Kochanski” Turin 1774年頃

●31  Interesting 18th century violin

●32  Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, Cremona “Ex Havemann” 1791年   BOL 355mm-163mm-113mm-208mm / “Wurlitzer collection” (1931年)

このように 接ぎ材の大きさは色々ありますが、ヴァイオリンの裏板を多数観察すると、ロワー・バーツ端やアッパー・バーツ端に別の木材が接着されたものはいくつも確認できます。

また、『巾接ぎ』は 表板でも同様にみられます。

Carlo Bergonzi(1683-1747) Violin, “Appleby” 1742年頃

Andreas Ferdinand Mayr(1693-1764) Violin, Salzburg 1750年頃

Tommaso Carcassi( worked 1747-1789) Violin, “EX STEINBERG” Firenze 1757年頃

Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, “Ex Havemann” 1791年

これらを観察すると、『巾はぎ』で製作されたヴァイオリンや チェロは 表板と裏板が『対』として考えられていることが見えてきます。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Lipinski-Tartini” 1715年

Carlo Bergonzi(1683-1747) Violin, “Appleby” 1742年頃

Giovanni Battista Ceruti(1755-1817) Violin, “Ex Havemann” 1791年

私は、『巾はぎ』で製作された弦楽器は、そうでないものと比べて より音響的にこだわって製作されたと考えています。

なぜなら、1300年ほど前に製作された 五弦琵琶の最高傑作とされる「螺鈿紫檀五弦琵琶」( 響胴の幅 30.9cm )まで『巾はぎ材』の使用は容易に遡れるなど、多くの弦楽器でそれを見ることができるからです。

「螺鈿紫檀五弦琵琶」700年~750年頃(全長108.1cm、最大幅30.9cm )

●「螺鈿紫檀五弦琵琶」の “工具痕跡” が 意味することについて

“Vihuela de arco” ( around the mid-16th century ) The collection of the Encarnación Monastery in Ávila.

1500年代中頃の製作とされる、スペイン、アビラの修道院にある “Vihuela de arco” の表板は 5枚接ぎのようです。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Guitar, 1679年 & 1680年

これは、ストラディヴァリが製作した有名なギターですが、どちらの裏板も 4枚接ぎで製作されています。

   Mandolin, Antonio Stradivari(ca.1644-1737) 1700年~1710年

そして、彼は その後にマンドリンも作りました。

Andrea Guarneri(1626-1698) Viola, “Josefowitz” 1690年頃

Andrea Guarneri(1626-1698) Viola, “Primrose” 1697年

Matthias Albani(1621-1673) Viola( 436mm )

Giovanni Francesco Leonpori( The work of a little-known 18th-century maker ) Viola, Rome 1762年頃

また、『巾接ぎ』で製作されたビオラは、どれも知る人ぞ知る・・・ といった名器です。

“Brothers Amati”( Antonio Amati ca.1540-1607 & Girolamo Amati ca.1561-1630 ) Cello, Cremona 1622年

Steven Isserlis

そして、チェロの『巾接ぎ』は 弦楽器製作者にとって、ある意味で頼りがいのある加工技術だったようです。

Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Cello, “Marquis de Corberon” 1726年

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, Venice 1710年頃 ( Paris, “COLLECTIONS DU MUSÉE” )

Matteo Goffriller(1659–1742) Cello, Venice 1710年頃 ( Paris, “COLLECTIONS DU MUSÉE” )

https://fb.watch/ihSOpziGjq/

●21  Antonio Stradivari(ca.1644-1737) Violin, “Smith” 1727年

『巾接ぎ材』が使用された理由を「材木幅が狭くてたらなかった。」と説明をされる方がいますが、チェロや ギターのような幅の広い弦楽器だけでなく、わずか20cm~21cm位しかないヴァイオリンでも、ダブルで幅接ぎをしてあるものがあり、その最外部の木理を観察してみると、後世の修復による可能性がほとんど無いという状況証拠は重要だと思います。

このように考察した結論として、私は ヴァイオリンや チェロの『巾はぎ』は、豊かな響きを生み出すための“木伏”として用いられたと判断しました。

もっと言えば、『巾はぎ材』で製作された弦楽器は、その境地まで達した人間の豊かさを象徴しているように 私には思えます。

実に、すばらしい事ではないでしょうか。

 

●  『 巾接ぎ( はばはぎ ) 』で製作されたチェロが、教えてくれること。

 

2022-2-07       Joseph Naomi Yokota

“サドル割れ ( Saddle Crack )”の原因は 表板の変形です。

ヴァイオリンや チェロの表板下端に取り付けられたサドル付近の ひび割れを、弦楽器業界では『 サドル・クラック 』と言います。 この破損の原因が、サドル端の影響と考える方が多いからです。

なお、このサドル・クラックは ヴァイオリンより チェロに発生しやすい傾向が認められ、弦楽器製作者によっては その対策として、サドルの端に 1mm程の隙間を設けたり サドル両端の角切りを選択するなど 知恵をしぼっています。

しかし、それらはあまり役には立っていません。その典型を 下写真の、製作されてから3年程しか経っていない 新しいチェロに生じた ひび割れに見ることができます。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年

このチェロには、製作時に サドル・クラックを予防するためと考えられる 厚さ2.9mm程の それなりに丈夫な補強材 ( 111.0 × 17.2 ) が、ボトムブロックとバスバーの間に 入れられていました。

ラベルでも分かるように この楽器は 2014年に ドイツで製作されたものですが、3年程で 鳴りが悪くなり サドル・クラックも長く伸びてしまったので、所有者の依頼により 私が 2017年に 割れを修理すると共に バスバーを入れ替えバランスを合わせる整備をしました。

写真のように割れの長さは 18cm 程もあり、この補強材が サドル・クラック対策に全く役立たなかったことが分かります。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年 Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年

これは その修理の際に撮影したものですが、魂柱が立てられていた表板には 既にダメージ窪みが出来ていました。

このように バランスが合っていない ヴァイオリンや チェロは、皆さんが想像する以上に『 あっという間に・・』表板が歪んで 鳴りが悪いだけでなく、そのまま使用するとサドル付近から 割れが入ったり、テールピース左側のバスバー下端にあたる表板が沈み込んで割れたりします。

例えば 下写真のチェロは 1994 年にドイツで製作されたもので、私は その年にアマチュア・オーケストラに所属する方に販売しました。

この写真は それから 10 年程たった 2004 年に調整のために持ち込まれた時のものです。 Gustav Franz Wurmer ( Stuttgart )   Cello,  1994年

このチェロには テールピース脇の バスバー下端部の表板に、すでに ヒビ割れが ( 矢印①から②まで ) 入っていました。

そこで私は 表板が割れたのがほかにおよんでいないかを確認するために、クルッと裏返してエンドブロックの裏板側をみました。

そこには下の写真のように 両方のエンドブロック端の位置に35∼40 mmほどの フレッシュな割れが入っていました。

もちろん、表板を外して修理しましたが、私にとっては これが 短期間で生じた響胴変形の典型事例となりました。

Rainer Leonhardt    Cello,  Mittenwald   2014年
Front  760 -345-243-440
Back  760-344-240-440

因みに、はじめに例示したチェロは解決策として この様に バスバーを入れ替えました。上が製作時に入れられたバスバーと補強のための裏打ちで、その下は 私が入れ替えた補強木片とバスバーです。

このように、表板の凹凸が少ない楽器は どうしても縦方向の強さが不足しがちですので、このチェロの 製作時バスバー ( 長さ 578mm 、高さ24.0mm ) より、私が入れたような( L 598mm – H 27.6mm ) 明快な強さがあるバスバーの方が バランスが調和しやすくなります。

Warped violin

それでは ここで「逆反り ( warp )」の メカニズムについて整理したいと思います。

弦楽器は、弦の張力を 6個のブロック*と側板*、 アーチなどの立体的形状( 不連続曲面 )*や それぞれの板厚*、バスバー*魂柱*などによって支えることに失敗すると、表板が 平らに変形して接着部が剥がれながら 響胴が歪んでゆくとともに‥

⦅  この写真の撮影後に “カノン”は 修理されています。⦆

ジェノヴァに展示されている “カノン”のように エンドブロック中央部や、側板のブロック端部が割れ、エンドピン位置にある側板の合わせ目がV字に開いて 変形が進行していきます。

そして、表板の変形により エンドブロックの割れが進行¹しながら サドルが はがれ²て起き上がり、側板内側と エンドブロックの接着部³も剥がれてしまい、エンドブロックが不安定*となり、その穴に差し込まれたエンドピンが テールピースに引きずられるように ブロックを傾けてしまいます。

Arthur Richardson ( 1882-1965 )  Cello,  Devon 1919 年

Arthur Richardson ( 1882-1965 )  Cello,  Devon 1919 年

下は エンドブロック割れなどが修復されたヴァイオリンです。中央部  C   エンドピン の傷は エンドピンの外縁部エッジが 食い込んだものです。

因みに、このヴァイオリンは痕跡をつきあわせると 最初のエンドピン穴は割れた A- B ライン上の中心と表示した位置で、二重に書いた円の 小円の直径6mmから 6.5mmで開けられていたと推測できます。

このように 表板の変形により生じた「逆反り ( warp )」は、最後に 裏板の割れを引き起こします。 その参考として 撮影時点で割れは修復済みの状態ですが、ストラディバリと ヨーゼフ・ガルネリが製作したヴァイオリンに入った割れ痕を赤線で書き込んでみました。

このように、ストラディバリウスや ガルネリ・デル・ジェスであっても響胴が 逆反り変形した場合には、最終的に‥ 例外なく裏板にひび割れが入ります。

現代では 弦楽器の不調や割れなどの破損を、板厚の不足や ”乾燥”などの影響と思う方が増えてしまいましたが‥ 破損のメカニズムを考えれば 実際に何が起こったかが判断することは 十分可能ではないでしょうか。

Aegidius Klotz ( 1733-1805 )  Violin,  Mittenwald  1790年頃

私は これらの不都合は、製作時やその後の”修復”により 板厚、ブロック、ネック、ヘッドなどの 応力バランス が合っていない状態が根本的な原因となっていると思っています。

なお、バランスが調和していない響胴にみられる変形の進行速度は、かなり早い段階‥ たとえば 弦を張ってから数時間後から 数日で、初期症状として レスポンスの遅さや 響きの劣化などから 推測出来ます。

また、変形が緩慢に進行している場合は F字孔に段差が発生しやすいので、私は その確認をおすすめしています。

Cello 1930年頃

   Cello 1930年頃

一般論として言えば、現在 製作されているチェロの表板厚などは 破損を心配して厚くされています。

持ったときに重たいと感じる・・ そのタイプは、多少なりとも演奏技術がある方が鳴らすと、早ければ半年ほどで 表板と側板、あるいは裏板と側板の貼り口や サドル接着部などが剝れてきます。

これは、過剰に厚くされた表板などの動きが悪く、その代りとして 部材どうしの接着部が動いてしまうからと考えられます。

表板変形による魂柱割れ ( サウンドポスト・クラック ) の例

最悪の場合ですが サドル割れが入る弦楽器は、バスバーのボトム側が「つり合いの破れ」を起こし陥没しやすく、その陥没部と対をなすゾーン ( バスバーの反対側 ) ・・・ 特に魂柱年輪に沿った軸に負担がかかり、駒の下を通る魂柱割れ ( Sound post crack ) に至ります。

非常に希な事例ですが、このヴァイオリンのように 響胴にそのような変形ストレスで小さな割れが複数箇所あり、接着部もあちらこちらで剥がれた状態で使用され、その上で 落下事故にあってしまったら 真っ二つになることさえあります。

これは、複数のひび割れが繋がった時の 最終段階としての見本のようなものだと 私は思っています。

ともあれ、”サドル割れ ( Saddle Crack )” が入った場合、表板の変形を 応力バランスを設定しなおすことで、解決することが大切であるということは 納得していただけたと思います。

 

 

2022-1-13      Joseph Naomi Yokota