このバイオリンは、わずか12年で‥ なぜここまで壊れたのでしょうか?

2013-8-28

これは私が修理を依頼されたヴァイオリンのラベルです。
ご存じの方も多いでしょうが 国内メーカーが製造しているピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズの 4/4サイズのヴァイオリンとして 2001年に製造されました。


表板は中の状態を確認していただくために持ち主の目の前で私がヘラを使ってはずしました。作業に取り掛かるまえに弦をはじくとはっきりノイズがしていましたのでバスバーの剥がれは予想していましたが‥ ここまでとは !!

 

写真でわかるようにバスバー両側が完全に剥がれていて、なお且つ指板下の表板ジョイント部が 140mm程( 表板全長 354mm )の長さにわたって剥がれていました。


そして表板ジョイントの剥がれを撮影しようと私が表板をさわっていたら『 パキッ 』という音とともにバスバーが外れてしまいました。

そしてこの景色となった訳ですが、私の経験ではそもそもバスバーが脱落するケースはほとんどありません。このようにバスバーがはずれたのは私の30年間の経験のなかで3例目の事例となりました。



これが脱落したバスバーをE線側から見たものでバスバー長さが 275.0mm 上下スペースがネックブロック側 39.0mmのエンドブロック側 40.0mmで厚さが写真向かって左のネック側端が 5.5mmで 駒部 6.4mmのエンドブロック側端が 5.8mmとなっています。

そしてバスバーの高さは駒部が 11.6mmで両端が 4.5mmとしてありました。
また F字孔間距離の最狭部は 39.8mmにしてあり、これに対しバスバーは 0.1mm内側に取り付けてありました。

因みにこのヴァイオリンのあご当て無しでの重さは 410g程で、そのうちバスバーの重さは 5.9gで バスバーがない状態の表板は 73.0gでした。

このピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのヴァイオリンは魂柱( Soundpost )が立っていた部分が表板、裏板ともすでに窪みができていました。


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ヴァイオリンは疲労破損が進行するときに 魂柱が立つ位置の表板と裏板の空間( 高さ )が少しずつ狭く( 低く )なっていきます。 しかし魂柱は圧力が強くなってもほとんど縮まないので、結果として表板や裏板にめり込むかたちになります。 これを私は 『 慢性的自殺 』と呼んでいますが 緩慢なスピードで窪みが深くなっていきますので、初期から中期にかけては下の写真 e. ( チェロ )と f. ( ヴァイオリン )のように表板の割れにならない場合が多いので、楽器の外見を調べても発見できない場合が多いようです。
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ヴァイオリンのアーチの条件などにもよりますが 表板の魂柱部の窪みは下写真のヴァイオリン f. のように魂柱部の厚さが 3.2 mm で、魂柱位置の厚さは 1.9 mm になることすらあります。 ( 1.3 mm めり込んだようです。)

この段階でも このヴァイオリンは魂柱割れ( Soundpost crack )は入っていませんでした。

 

下の2枚の写真は 参考のために上のヴァイオリン f. の内側にサランラップを貼り 四角い木の台座に厚塗りした粘土状樹脂で 魂柱部の窪みの型をとったものです。 サランラップですこし不明確にはなりましたが直径 8 mm 程の窪みが凸型で確認できると思います。

 

     

 

表板の疲労変形が生じているヴァイオリンは ちょっとしたことで魂柱が倒れたりします。 下の型は上の楽器とは別の5年ほど使用された新作イタリー製ヴァイオリンから同じくサランラップ越しにとったものですが、過去に調整を依頼された楽器屋さんが 魂柱を外に引っ張ったり‥ 場所を変えてたてた跡が10ヶ所ほど残っていました。

あまりに頻繁に魂柱が倒れるのでかなりきつくいれたようでよく見るとサランラップ越しなのに表板のスジ状の年輪と直交するかたちで魂柱の断面にあった年輪のあとがクッキリ残っています。私はこの写真を弦楽器工房の関係者すべてに 心にとめておいていただきたいと思っています。

      
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残念ながら魂柱窪みに関してはストラディヴァリウスも例外ではありません。
表板魂柱部の割れをサウンドポスト・パッチで何度修復してもその後に再び窪んでしまうものが少なからず存在します。


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さて冒頭のピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのバスバー剥がれについてのお話しに入りたいと思います。まずバスバー剥がれの同様な事例を見て下さい。

これは 1992年5月に私の工房で撮影したバスバー剥がれのヴァイオリンです。
この1/2 サイズのヴァイオリン( SUZUKI VIOLIN No.280 )は 私が 1ヵ月前に販売したものでした。

このヴァイオリンは新品で使い始めてわずかな期間しか経っていないのにバスバー剥がれによって鳴らすと すごいノイズ ( お子さんのお母さんもビックリするような 『 ダダダーッ!』という音がしました。)がしました。 当然ですが修理が必要なことがすぐに分かりましたので、 私は購入されたお客さんのショックが深くならないように翌日に仕上げて納品するためにすぐに修理に入りました。

私はこのヴァイオリンのバスバーが剥がれたのはメーカーの製造不良が原因でバランスが調和していなかったためと考えています。 具体的にいうと 1/2サイズなのに表板の厚さが アッパー・バーツ側が 2.4~2.7mmに対して、テールピース部分で 3.0~3.2mmで ロワー・バーツのライニングぎわで 2.8~3.0mm となっていてロワー側が過剰に厚く、 バスバーの厚さ 6mm で高さもあるフルサイズ用のような強いバスバーを左回転させない( センター・ジョイントと平行 )で取り付けてありました。このために響胴のロワー側の剛性が高くなりすぎバランスがくずれバスバー上端の疲労破損につながったと私は思っています。

 

それからこの写真は 1998年に同じくバスバーが剥がれた コントラバスを私の工房で撮影したものです。

このコントラバスはビオラを弾かれる顧客の方が支援しているオーケストラに貸し出していたものでエンドピンを固定してある部分が陥没変形したということで相談をうけ 修理することになりました。

 

   

 

私はまず サドルをはずして エンドピンを固定しているブロックの剥がれを確認しました。 これは結構 強いひずみがこの場所に長期間たまっていた痕跡でした。
下右側に私が側板とブロックをニカワで接着するために クランプで絞め込んで固定した写真をあげておきましたが これくらい圧力を加えてやっと元のように隙間なく接着できました。

 

    

 

そしてもう一つの破損が ロワーブロック側バスバーのはがれです。それと表板の割れには至っていませんでしたが、 ピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズと同じように魂柱が表板に 1.0mm程めり込んでいたのを薄いニカワを浸みこませて修復することになりました。

 

 

 

私はこのコントラバスのバスバー剥がれやブロック剥がれなどの『 疲労破損 』も駆動系の不調和が原因と考えています。

これらのバスバー剥がれのメカニズムを理解するのには 不調和の状態なのにバスバーが剥がれず『 つりあいの破れ 』が発生して表板が陥没した弦楽器との比較をみなさんにお奨めしています。

.ヴァイオリンは 響胴内の空気を振動させるために エネルギーを供給する弦の揺れから
私は ヴァイオリン属は『 古楽器 』といわれる弦楽器、たとえば トレブル・ヴィオールや ヴィオラ・ダ・ガンバなどの仕組みを発展させて生みだされたと考えています。そこでまず『 駆動系 』の『 たて、よこ 』を下のトレブル・ヴィオールで見て下さい。

 

 

この楽器は 弓で鳴らすと弦がC部とD部に圧力をくわえるのと同時にA部とB部がおされます。そしてモードが反転してC部とD部が離れる力がはたらくとA部とB部もおなじく遠ざかる動きをします。

 

 

これは 上のように 逆にティシュ・ペーパーの箱でA部とB部分を指で変形させても同じことが起こります。 指でA部とB部に圧力をくわえるのと同時にC部とD部が近づく動きをするので、それを横から見ると平行だったC部とD部が 『 ハの字形 』となるのが確認できます。
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ヴァイオリンを含めた多くの弦楽器は 下図のように指で押されて膨らんだ ティッシュペーパーの箱の表板中央ゾーンに駒をたてて 表板が膨らむ動きを E部とF部にふりわけて響胴内の空気が共鳴するように変形していると私は考えています。
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このときにA部とB部のそばの適当な位置にカッターなどで 6 ~ 7cm のまっすぐな切れ込みを2筋入れて指で圧力を加えてみてください。 指の圧力に対して『 閉断面 』と『 開断面 』では劇的な 違いがあることが理解していただけると思います。
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こうしたことからヴァイオリンなどの弦楽器では 駆動系の『 たて、よこ 』が同調しなかった場合のつり合いの破れによる『 疲労破壊 』のはじまりはニスのひびで確認できることがあります。

 

このヴァイオリンは 2010年にクレモナで製作されたそうです。
私が 上写真で『 ニスひび割れ 』と指摘した 白いスジは 表板の疲労で入ったと考えられます。
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そして反対側の 『 ニスひび割れ 』も 縦ひびであることから表板の自在性が不足した状況で 演奏者が楽器をしっかり鳴らしたことで 緩慢に疲労が進行している状況と私は考えます。

この新作イタリーのヴァイオリンは ブロックなどの内部設定の主原因のほかに、響胴の自在性の不足を補うために選ばれたテールコード と ピラストロのパッショーネのどちらもが ロワーブロックに影響を与え過ぎたために『 駆動系 』の『 たて、よこ 』のタイミングが なおさらずれたようです。

比較するために良好な振動をしたヴァイオリンの『 ニスひび割れ 』の例として 1910年に レアンドロ・ビジャッキさん(  Giuseppe Leandro Bisiach   1864 – 1945  )がミラノで製作したヴァイオリン写真をあげておきます。
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This violin received awards  at the World Exhibition of Brussels 1910.

 

    

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私は 閉じた構造のヴァイオリンで 響きをゆたかにするために1次系振動と2次系振動が互いに悪影響をおよぼさないように 分離部としてサドルやエンドピン、テールピースそしてテールガットが取り入れられたと考えています。
入れられたと考えています。

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これにはいくつかの選択肢がありますが ‥ 私はサドルのエッジ部分から上が 弦振動から直接 駒を通じて表板に関与する1次系のはたらきをして、それより下が ブロックのゆれがつかさどる2次系として動くのが もっとも安定しやすいと思っています。 ですからこの新作イタリーは1次系がブロックに作用し過ぎる設定になっていると私は思います。

 

注) テールコードは ハイテク・マルチファイバーを編み上げたもので スティールワイヤーと比べて9倍の強度があるそうです。

 

さて この新作イタリーのヴァイオリンは バランスが調和していないこのような状態で鳴らし続けるとどうなるでしょうか?

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私の経験では そのままおなじ状況で使用を続ければ表板の疲労が進行して 下のコントラバスとおなじ割れがはいると思います。ただし この『 疲労破壊 』が進行したコントラバスの状態になるには あと5年くらいは必要ですから‥ 実際には これからあご当ての下ゾーンが窪み ひび割れが入る3年以内に 修理のためにバランスをとりなおす努力がなされると思います。

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コントラバスは大きな楽器なので この楽器のようにアマチュア・オーケストラで練習場の置き楽器として使用されていて修理や調整のタイミングがなかなか取れずに こういう破損につながったものをたまに見かけます。 それから 悲しいことですが チェロも同じレベルの 『 疲労破壊 』で修理の相談を受けることがよくあります。

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ただし ヴァイオリンはこの段階になる手前で鳴りが悪くなったり『 音ムラ 』がひどくなるので 一気にここまで至ったケースは 私も数例しか遭遇していませんが 疲労のメカニズムは ほぼ同じと考えています。

この表板模型は下写真のコントラバスの『 つり合いの破れ 』による疲労破壊を再現したものです。
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上で例として挙げさせていただいた 2010年製の新作イタリー・ヴァイオリンも このコントラバスも疲労の原因は駆動系の 『 たて 』が弦の振動を受け『 みかけの剛性( 幾何剛性 ) 』が高くなってしまったあとで、遅れて来た 『 よこ 』の圧力が バスバー・ラインではじかれてしまい本来の合流点 に到達できなかったことで表板バランスの不調和が生じたためと私は考えています。

これによって最後は バスバー下端の『 低音振動板ゾーン 』がもとの状態に復帰できない物理で言う『 つり合いの破れ 』が表板の疲労を加速して ついには『 破壊点 』に集まったヒズミによって表板が割れながら響胴全体の変形が進み 表板に立つ駒を安定して支えきれなくなり演奏不能となります。

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私は 下の ストラディヴァリのチェロも同じようなメカニズムによって割れてしまったと思っています。


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ヴァイオリンはヒズミが溜まりやすいバスバー下端付近を あごあてが隠すかたちになっているので楽器の不調には気付きながらも、割れが入ってしまうまで表板の変形を見落とす方も多いようです。 しかし チェロの場合は あご当ても付いていないですし面積も4倍以上ですから、表板のバランスがくずれて変形が起こったことが確認しやすいと感じています。

その参考例として 下に 2台のチェロを挙げさせていただきます。
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ヴァイオリンでもチェロでも 表板のヒズミはF字孔のギャップをうみだすことがよくあります。このチェロの場合は 表板全体の変形がすすみ駆動系の『 よこ 』が 駒方向に倒れ込めないまでになっていました。当然 バスバー下端の陥没もみられました。
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このチェロが『 つり合いの破れ 』をおこした主因はバスバーが大きすぎたこととC線側を向いているネックと表板のバランスが合わなかったからと私は考えています。

さて下の写真は『 つり合いの破れ 』による疲労破壊の典型的なものです。 これは 8年程前に私の工房で修理にとりかかる時に撮影したものですが、 オールド・チェロの表板でバスバー下端にあたるゾーンが陥没しています。 高価な楽器ですから何度も修理がくり返されていますので割れとしてひらいてはいませんが 『 ゾットする‥。』状況でした。
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これが『 駆動系 』の『 たて、よこ 』が同調しなかった場合に発生する『 疲労破壊 』の窪みで 修理をやり直さなければ このあとは表板が割れるだけです。

実際に このチェロは下写真のようにテールピース左側のヒズミにより右側が割れて 私は 15年程前に表板をあけて緊急修理をやったことがありました。
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そういった経緯から このチェロの場合も8年前に私は バスバーを交換してバランスを取り直す修理をおこないました。
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さてここで 先ほど例として挙げさせていただいたコントラバスの修理方法をご説明してみたいと思います。この楽器の疲労の原因は駆動系の 『 たて 』が弦のゆれを受け『 みかけの剛性( 幾何剛性 ) 』が高くなってしまったあとで、遅れて来た 『 よこ 』の圧力が バスバー・ラインではじかれてしまい本来の合流点に到達できなかったことで表板のバランスが崩れて『 つり合いの破れ 』が割れにつながりました。

そこで『 立体的な形状 』により本来の剛性が生じるように 私は 内部の補強やバスバーを削り『 弱く 』してあげました。

 

 

上写真は 割れが開いているところは接着し木片で補強し、過去の修理で全体バランスを崩す過度の補強がされている部分は その厚みをゴッソリ削り落としバランスを合わせたところです。

 

それから修理予算の関係で既存のバスバーを工夫するしかなかったので 両端などを削り込んで表板が動けるように ” 弱く ” しました。 そうして下写真のように仕上げました。

 

これは下の写真のように『 駆動系 』の『 たて 』の圧力軸をうむ上下ブロック( e と h )とアッパーバーツ・ライン( b – a )とロワーバーツ・ライン( d – c )の間にバネ的に柔らかく動くゾーン( g と f )を設けて『 たて 』のスピードを遅くして『 よこ 』が追いつけるようにして『 たて、よこ 』のタイミングを合わせ、ロワーバーツ・ライン( d – g -c )が立体的に動くことで生まれる『 剛性 』により『 つり合いの破れ 』で疲労し陥没したゾーンに強度をあたえるものでした。
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これはティッシュ・ペーパーの箱でお話しした 点Eと点Fの ふくらむ力を利用した‥ ということです。

         

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上写真は このコントラバスに取り付けられていたバスバーを削る前に撮影したものです。 そして下写真が私がこれを削ったものです。

私はこれが古( いにしえ )の時代の技術だと思っています。
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ここまで弦楽器のバランスが不調和の状態であることで発生する『 疲労破損 』の実例を バスバーが剥がれた場合と、バスバーが剥がれず『 つりあいの破れ 』が発生して表板が陥没した事例としてお話しさせていただきました。
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これが念頭にあると冒頭にあげさせていただいた 国内メーカーが製造している2001年製のピグマリウス『 REBIRTH(リバース)』シリーズのヴァイオリンが趣味として12年間使用しただけなのにバスバー剥がれや表板ジョイント剥がれなどの『 疲労破損 』が生じた理由がわかりやすいと思います。

     

この『 疲労破損 』の原因を一言でいえば 設計ミスです。
ブロックやバスバーなどの製作規格の設定が適当でなかったために駆動系が不調和の状態で製造し販売されてしまい、それを気付かなかった購入者の方が一生懸命鳴らしてしまったことにより響胴に激しいひずみ変形が発生し この状況に至ったと私は思っています。

 

2010-12-12 16:20 /  Opening
2013- 8-24 16:08  /  50,000 passing
2013-12-04  13:25  /  60,000 passing
2014- 3-13  01:53  /  70,000 passing
2014- 6-17  22:34  /  80,000 passing
2014-10-10  14:42 /  90,000 passing

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