裏板ボトムブロックの端付近も確認してください。

ご存じな方も多いように 弦楽器製作を取り巻く環境は 1980年代後半からとても良くなりました。

デジタルカメラの高性能化、データ処理技術の向上、そしてインターネットの普及などによる情報交換の高速・広域化は 私にとってめまいを感じるほどのスピードでした。

そして 気がつけば  “オールド・バイオリン” などについての資料が容易に集められる時代となっていました。

Giuseppe Guarneri del Gesù  /  The back thickness
VIENNA micro-CT LAB

こうして‥ グアルネリ・デル・ジェズとされるヴァイオリン裏板の厚さをながめたり、ヤコブ・シュタイナーのそれを知ることができる訳ですから 時代とはいえ 不思議なものだと思います。

Jacob Stainer   /  The back thickness

これらの追い風もうけて‥  私は “オールド・バイオリン”の表板、 裏板にみられる響きにつながる要素と そのへりのオーバーハング部に特徴的な加工がしてあること、そしてコーナーブロックの形状は 音響的目的のために関係( Relation )させてあると考えるようになりました。


私は この連続性こそが “オールド・バイオリン” の発音システムの “失われた技術”の正体であると思っています。

左図では 左側角が振動の起点となり奥の角がリレーションすることで「  ゆるみ 」が生まれます。また右図は対称型で 左側角の起点と手前の角がリレーションします。

ヴァイオリンやチェロ、ビオラなどは F字孔周りの振動と 共鳴部の響きによって独特の音色を生みだしています。私は この発音システムが その時に共鳴部に十分な “ゆるみ”を発生させる役割を果たしていると考えるようになりました。


そこで “オールド・バイオリン”などの高性能型を区別するためのチェック・ポイントとして、私は上図 a. の裏板ボトムブロックの端付近( 高音側 )の剛性差を確認することを皆さんにおすすめしたいと思います。

この例として アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられるヴァイオリンと ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) の 1651年製、そして アントニオ・ストラディヴァリの 1733年製から その部分の画像を並べてみました。
左側の アンドレア・アマティ ( ca.1505-1577 ) のヴァイオリンにおける 点 A の剛性差については異論がないと思います。

そして‥ もし判断が分かれるとすると、あとの二台ですね。

これが意図的な剛性差のための加工と確信するには 下図の 赤線辺りが 響胴のねじり軸として機能するとスムーズにゆるみが生じることを理解する必要があるのではないでしょうか。

“Thickness”   G.B. GUADAGNINI ( 1711-1786 )  Cellos
1743年頃 & 1757 年

そのために‥ 少し話がそれて恐縮ですが 下に私の過去の投稿をあげさせていただきます。

【 ヴァイオリンの音は聴くほかにも “見て‥” 知ることが出来ます。】

弦楽器の表板は スプルース材の年輪がたてになるように使用されています。そのため縦に割れやすい特性があり それが影響してこのチェロの魂柱部には縦方向の割れ( Sound post Crack )が入っていて 表面のニスにも 縦方向のひび割れがはいっています。


私はこのニスに入った縦ひび( a. )はバランスが調和していなかったことで歪みが溜まり 表板が疲労した過程できざまれたものと思っています。

では b. c. そして d. のひび割れはなぜ入ったのでしょうか?
私は この年輪に直交するひび割れは チェロやヴァイオリンに設定された音響システムによって入ったものと考えます。

因みに‥ 私がこのように ニスのひび割れと響きを関係づけて考えるようになったのは  2003年 9月29日 の 16:45頃からです。

長くなりますが、ここで その時のお話をさせて下さい。

それは 2週間前まで 11歳の長女が使っていた 1/2サイズのヴァイオリンを 7歳の二女が使いたいと言い張ったので 、その準備として 弦などの交換を検討するために 工房の入り口に立ってこのヴァイオリンを私がチェックしている時のことでした。

風もなく空が晴れわたったおだやかな夕方で 私が立っている工房の入り口には まだ日差しがさしこんでいました。

そのときニスのひび割れが 『 キラッ ! 』と蜘蛛の糸のように光ったのが 私の目にとびこんできました。 それで私は このヴァイオリンの表板と側板にはいった ニスのひびを確認してみました。 はじめは 『  なるほど。 分数ヴァイオリンでも フルサイズとおなじ入り方をするんだ‥‥ 。』と思いながら観察していたのですが、 当時 私が記憶していた他の事例とあまりにも合致していたので 『  これは‥ もしかして! 』と思ったときに 私の顔色は変ったと思います。

それまでニスのひび割れを特に重大なことと思っていなかった私でしたが、このときヴァイオリン響胴の振動モードとそれが きちんと繋がったのです。 私はこのとき『  ヴィジョンが降りてきた‥‥ 。』感覚のなかで 『  いま自分の頭のなかにうかんでいるヴァイオリンのヴィジョンは本当なのかな? 』と 戸惑いながらも楽器の角度を変えたりしながら観察して、もう一度 頭にうかんだ ヴァイオリンの振動モードに誤りがないかを検討しました。

その最中のことです。  私が表板側と側板に気をとられてよくみていなかった 裏板がレイヤー映像のように頭のなかに浮かんだのです。 『  表板がこう振動して側板はブロックによって こう動き‥ということは裏板のここら辺りにこういう形状のニスひびが‥‥ 。』と 私は 独り言をいいながら 裏板を見るために ヴァイオリンをひっくり返しました。

いまでも その瞬間をときどき思い出します。
とにかく感動しました。  私が予測したとおりの形状の小さなニスひび割れが 裏板の推定した位置に 入っていたのです。 おかげさまで 私は 鉱山技師が鉱脈を発見したような 歓びを経験しました。

下の図は そのニスひびを 2005年になって 私のノートに記録したものです。


この時に私がはじめに気がついたのは下幅広部に真横に入っているニスひびが テールピースの下で繋がっておらず 魚のウロコ状のニスひびとなっている事でした。

それで私は このニスひびは ボトムブロックの端付近( 高音側 )の点 a. から ゆれがはじまる”ねじり”によるものと判断したのです。

その証拠に反対側のネックブロック部をみると 点 b. 辺りからブロックのねじりによるニスひびがはいっています。

【  弦楽器のニスに入ったヒビが物語ること‥。】


このような ネックブロックのねじりは上の動画で確認できます。
おそらく撮影の都合だと思いますが鏡像になっていますので ネックブロックは手前側が高音でその奥が低音側となっています。

“Varnish crack”   1970年製     Karl Hofner Cello( 2006年撮影 )

Cittern  /  English  (  Length 616mm – String length 340  )  1600年頃


Cittern by Gasparo da Salo  (  ca.1542 – ca.1609 ) Brescia  1570年頃


Jacob Stainer  ( Absam, Tyrol  )  Bass Tenor Viola da Gamba 1673年

Cello –  Joseph Naomi Yokota ,  Tokyo  2014年

それから 私が上図で – 7.0° としているねじりの軸線は 下にあげさせていただいた アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) が 1679年に製作したヴァイオリンの “サンライズ”の裏板年輪の木取を参考にしました。


私はこれらの仮説と状況証拠によりその楽器が “オールド・バイオリン”の音響システムに基づいているかを確認するために 裏板ボトムブロックの端付近( 高音側 )の”意図的”な剛性差の痕跡を確認することは重要と考えています。


最後に実例として アンドレア・アマティ ( ca.1505-1577 ) が 1566年頃に製作したと考えられるヴァイオリンをあげると‥  裏板へりのオーバーハングの差異は小さかったとしても、点 B. のひび割れを この楽器の特質のひとつと見ることが出来ると思います。

これにより 少なくとも 下に並べた 1555年頃のヴァイオリンと同じ製作者によると考えても違和感はないのではないでしょうか?

このように音響システムの視点を持ちながら 弦楽器を観察すると “オールド・バイオリン” と贋作の違いは 意外と見分けやすいのではないかと 私は思います。

 Gasparo da Salò  /   Violoncello

 

2017-2-09                 Joseph Naomi Yokota

裏板 右回転 21°~23°位置 のオーバーハングについて

 

私は “オールド・バイオリン”の特徴である、へり部分の側板からオーバーハングする設定が “意図的”に少なくされている部分があることは音響的に重要と考えています。

 

Andrea Amati  ( ca.1505-1577 ) ,   Violin “Charles Ⅸ”  1566年頃

これは 裏板の焼いた針などでつけられた痕が明瞭なヴァイオリンで確認すると、オーバーハングする設定が “意図的”に少なくされている部分は 直線状の軸線に対応している事からも同意していただけると思います。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

例として アンドレア・アマティのヴァイオリンで確認してみましょう。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

このヴァイオリンは 裏板 右回転 22.4°位置の下端部オーバーハングがかなり削り込まれているようです。

このように “オールド・バイオリン”では ライニングのすぐ近くまで削られたヴァイオリンが何台も存在します。

但し、ここまで削り込む加工がされたものは 16世紀から 19世紀までの弦楽器においてその存在は貴重です。

上図のように ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) や アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) のヴァイオリンでは オーバーハング部の削り込みは外見上の違和感が少ない仕上げとなっています。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin  1555年頃

Nicolò Amati ( 1596–1684  ) ,  Violin 1651年

Antonio Stradivari ( 1644-1737 )  Violin  “Rode – Le Nestor”  1733年

いずれにしても下図のように左下コーナー部で パフリングの外側の幅を確認したあとで 左下部のパフリングの外幅を見てみると、あきらかに差異があることが分るのではないでしょうか。

Francesco Goffriller ( 1692–1750 )    Violin  1719年頃








Francesco Goffriller ( 1692–1750 )    Violin  1719年頃

2017-2-04                 Joseph Naomi Yokota

それが本物の”オールド・バイオリン”でしたら 裏板の マークを確認してください。

 

私は”オールド・バイオリン” の特徴を確認 するときは 裏板駒下部と その左下に焼いた針などでつけられた マークが無いかを調べます。

例えば アントニオ・ストラディヴァリが製作したとされるヴァイオリン “ローデ” の裏板には下写真のような位置に それが見られます。
Antonio Stradivari ( 1644-1737 ),  Violin  “Rode / Le Nestor” 1733年

参考にして頂くために‥ このストラディヴァリウスと クレモナ派の始祖と伝えられる アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられるもの、そして その孫である ニコロ・アマティが その 100年ほど後に製作したヴァイオリンの画像を並べました。

A、点 B は3台とも同じ座標です。

これを観察すると ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) の弟子である アントニオ・ストラディヴァリ ( 1644-1737 ) が アンドレア・アマティ( ca.1505–1577 )の 170年以上も後に、その製作方法を誠実に受け継いでいたことが感じられると思います。

私はこのようにして比較対象をしながら”オールド・バイオリン”の研究を進めました。

そのなかで 、参照のためにあげた アンドレア・アマティが 1555年頃に製作したと考えられる このヴァイオリンが 非常に重要な意味をもっていると考えるようになりました。

Andrea Amati ( ca.1505–1577 ) ,  Violin 1555年頃

なぜなら、この楽器は “オールド・バイオリン” に多数入っている焼いた針などでつけられた痕が直線状の軸線として用いられたことを暗示しているからです。

これらのピン・マークを 高解像度の画像で確認していくと、下の参考写真のように それらが連なる軸線を何本も見出すことができます。

Antonio Stradivari ( 1644-1737 ),  Violin  “Rode / Le Nestor” 1733年

この作業は‥ 満天の星空をながめながら星座を探すのに似ていますが、細かい “点” ではなくもっとはっきりした “工具痕跡” として加工された マークをもつ楽器を参考にすれば ニコロ・アマティ ( 1596–1684  ) が 1651年に製作したとされるヴァイオリンのように 拡大すると細かい “点” が多数見られる楽器でも それほど難しくはありません。

私は それらの マークが連なる線が 正中線に対して右回転、あるいは左回転で何度にあたるかを画像ソフト上で確認して資料化しています。


Nicolò Amati ( 1596–1684  ) violin 1651年

例えば このヴァイオリンの高解像度画像では上のストラディヴァリウスと同じ 右回転 21.6度の位置に 14個の焼いた針痕を見ることができます。

また 私は下図のように 右回転 14.8度と 28.2度にも軸線を見出しました。

同じように観察をしていくと 下写真の アンドレアの息子たちである アントニオと ジローラモの兄弟が製作したとされるヴァイオリンでも 21.6度 には 10個の針痕があるようです。

 Antonio and Hieronymus Amati        Cremona 1629

私は このようにして基礎資料を増やしていきました。
そしてその後の研究により 結局これが”オールド・バイオリン” の発音システムに繋がっていることが解明できました。

Gasparo da Salò  /  Violoncello

そういう事で、これは 弦楽器を鑑定する場合にも強力な状況証拠となり得ますので 私は皆さんにヴァイオリンなどを調べる際は 高解像度の写真を撮影し‥ それを 拡大して焼いた針などで付けられたマークの位置関係を検証することをお奨めいたします。

T

2017-2-03                 Joseph Naomi Yokota

混同しそうな表記のヴァイオリン教室があります。お気を付けください。

自由ヶ丘ヴァイオリンは 4年前に現在地の 目黒区 自由が丘 1丁目に移転しました。この移転前の場所( 自由が丘 2丁目 )から 1分ほどにある貸しスタジオ  Sound Studio NOAH( サウンドスタジオ・ノア  )を レッスン場所としている教室が ウエブサイトで ” 自由が丘ヴァイオリン教室 ” との 表記をしています。

 このホームページでは

ヴァイオリンを習いたい、受験を考えてる
プロを目指したい!
自由が丘ヴァイオリン教室の講師が上達の秘訣を教えます!

などと書かれています。

この教室は 自由ヶ丘ヴァイオリンとは無関係ですので
お間違いのないよう お願いいたします。

自由ヶ丘ヴァイオリン  横田 直己

私は 弦楽器製作者を目指す人に “デッサン” を推奨します。

芦田直樹 | Facebook

2026年 3月 13日
とても、興味深い投稿でした。引用させていただきます。

AI モリエール   1

AI モリエール   2

モリエール像(石デッサン)

AIで「石膏デッサン」は作れるのか?
~美大の講評とプロンプト設計から見えてきた意外な発見~
AI画像生成で石膏デッサンを作る――。
最初はある方の書き込みからヒントを得た単純な思いつきでした。
「石膏像の写真をデッサン風に変換するだけなら、簡単なのでは?」
ところが実際にやってみると、すぐに壁にぶつかります。
AIは確かに「上手い絵」を描くのですが、石膏デッサンにはなかなかならないのです。
ここで初めて気づきました。
石膏デッサンというのは、単なるモノクロの写実ではない。
むしろ 非常に特殊な描画言語なのだということに。
AIが最初に間違えるポイント
AIが生成した最初の画像は、ぱっと見はかなり上手でした。
しかし美術の講評の視点で見ると、いくつか典型的な問題がありました。
まず一つ目。
顔がリアルすぎる。
AIは「人の顔」を描こうとします。
しかし石膏デッサンでは、顔は人物ではなく 面の集合体です。
例えば
• 頬
• 鼻の側面
• 口周り
• 顎
これらはすべて「面」として理解されます。
ところがAIは、
目・鼻・口を「顔のパーツ」として処理してしまう。
つまり
portrait logic
で描いてしまうのです。
最大の落とし穴「髪」
もう一つ、AIがほぼ確実に失敗する部分があります。
それは 髪の毛です。
AIは巻き毛を見ると、どうしても
• カール
• 毛束
• 流れ
を描こうとします。
しかし石膏デッサンでは髪は
mass(塊)
です。
極端に言うと
大きな形
大きな形
大きな形
だけで処理します。
細部は説明しません。
ここで初めて、AIの特徴が見えてきます。
AIは
「見えるもの」を描くのが得意です。
でもデッサンは
「削ること」が本質なのです。
石膏デッサンの核心は「影」
実際にプロンプトを研究していくと、
石膏デッサンには明確な構造があることが分かります。
その一つが
Shadow Family
です。
影は基本的に
一つのグループ
になります。
つまり
• 明るい部分
• 中間
• 影
という構造。
AIはここでも間違えます。
影の中にさらに明暗を作ってしまうのです。
でも石膏デッサンでは
影はまとめる
これが非常に重要です。
デッサンは「線」ではなく「空気」
もう一つ大きな気づきがありました。
それは
エッジ(輪郭)の扱いです。
普通の絵は
輪郭線
で形を作ります。
しかし石膏デッサンでは
• hard edge
• soft edge
• lost edge
• recovered edge
という階層があります。
特に面白いのは
lost edge
輪郭が消える場所です。
彫像の一部が背景と溶けることで、
空間が生まれる。
つまりデッサンは
線ではなく空気で描くのです。
プロンプト設計で一番重要だったこと
色々試した結果、
一番効果があったのは次の三つでした。
① Plane reduction(面分解)
② Shadow family compression(影の統一)
③ Edge hierarchy(エッジ階層)
この三つが揃うと、
AIの画像が急に「デッサンらしく」なります。
逆に言えば、これがないと
リアルなモノクロ画像
になってしまう。
そして見えてきた意外な結論
この実験で一番面白かったのはここでした。
AIは
描くこと
が得意です。
でもデッサンは
描かないこと
が重要です。
つまり
AIの本能とデッサンの本質は逆方向にある。
だからこそ、プロンプトには
detail suppression
つまり
細部を抑制する設計
が必要になるのです。
AIと美術教育
今回の実験で感じたのは、
AIは意外な形で美術教育の本質を浮き彫りにするということでした。
石膏デッサンはよく
「古い訓練」
と言われます。
しかし実際には
• 形を見る力
• 光を見る力
• 編集する力
を鍛える、非常に合理的な方法です。
AIを使っていると、
逆にその意味がよく分かります。
まとめ
AIで石膏デッサンを作るには、
単に「デッサン風」と書くだけでは足りません。
必要なのは
彫刻として理解する
形を整理する
影を統一する
細部を削る
という構造です。
言い換えると、
石膏デッサンとは描く技術ではなく、
「見る編集術」なのです。
AIでそれを再現する試みは、
意外にもデッサンそのものを深く理解する
面白い方法なのかもしれません。

木炭デッサンは「柔らかい石膏」ではなかった
AIで変換を詰めるほど見えてきた、“描く”より先にあるもの
AIで画像を変換するとき、多くの人はまず「何風にするか」を考える。
油彩風、水彩風、鉛筆スケッチ風、木炭デッサン風。
言葉としてはどれもそれらしい。
そして実際、ある程度まではそれっぽい結果も出る。
でも、その「それっぽさ」は案外もろい。
少し見れば、ただの白黒化だったり、ただの質感変換だったり、あるいは写真の情報を残したまま表面だけを汚したようなものだったりする。
つまり、見た目だけは近いが、描画の思考が入っていない。
今回、自分はもともと持っていた「石膏デッサン風」の変換プロンプトを土台にして、そこから「木炭デッサン特化」の方向へ再設計していく作業をかなり深くやってみた。
最初は単純に考えていた。
石膏デッサン風の整理された構造をベースに、少し柔らかくして、少し空気感を出して、少しエッジを溶かせば木炭になるのではないか、と。
でも、結論から言うと、その考えは甘かった。
木炭デッサンは、柔らかい石膏ではなかった。
むしろ逆に、石膏デッサンとは別の判断体系で成立するものだった。
この発見は、思っていた以上に大きかった。
最初の誤解は、「木炭=ふんわりした描画」だと思っていたこと
木炭という言葉から連想しやすいのは、やはりあの独特の質感だと思う。
柔らかい。
ぼける。
グラデーションが作りやすい。
シルキー。
空気感がある。
たしかにそれは間違っていない。
実際、木炭は濃淡や調子を扱いやすく、塗って、ぼかして、消して、また描くという往復運動に向いた画材だ。
だから、鉛筆とは違うやわらかな表情が出やすい。
ただ、今回あらためて見えてきたのは、そこは本質ではないということだった。
木炭デッサンの核心は、「柔らかさ」ではなく、
情報をどこまで残し、どこで消し、どこで構造を感じさせるかという選択の強さにある。
この認識に変わった瞬間、プロンプト設計の方向も一気に変わった。
石膏デッサンは「整理する」
木炭デッサンは「選びながら成立させる」
最初に使っていた石膏デッサン用のプロンプトは、かなりよくできていたと思う。
大きな量塊を読む。
面を整理する。
影を一つの family として圧縮する。
エッジを制御する。
素材感を石膏として統一する。
これらは石膏デッサンとして非常に正しい。
そして実際、出てくる結果もかなり安定していた。
破綻しないし、構造は崩れないし、学習用・観察用のアトリエデッサンとして見ても筋が通っていた。
ただ、そのままでは木炭にはならなかった。
なぜなら、石膏デッサンの強みは、見えるものを整理して、正しく読めるようにすることにあるからだ。
対して木炭デッサンは、全部を均等に読ませる方向には向かわない。
むしろ、見えている情報の一部をあえて失わせながら、なお成立させる方向へ向かう。
この差は大きい。
石膏デッサンは、言ってしまえば「整理の芸術」だ。
一方で木炭デッサンは、「取捨選択の芸術」だと思う。
ここを取り違えると、どれだけ表面を木炭っぽくしても、出てくるのは結局「柔らかい石膏」になる。
最初の変換結果は、上手かった。でも木炭ではなかった
実際に変換してみると、その差はかなりはっきり出た。
最初に木炭方向へ寄せたバージョンは、確かに雰囲気としてはかなり良かった。
柔らかさは出ていたし、背景にも少し空気が出たし、輪郭も多少溶けた。
一見すると「木炭デッサン風」と言ってしまいたくなる。
でも、見ているうちに違和感が残る。
なぜか。
答えは単純で、全部見えていたからだ。
布の折れも、盾の存在感も、顔の構造も、周辺物も、まだ丁寧に保存されていた。
つまり、描画としてはうまい。
でも、木炭として必要な「捨て」が起きていなかった。
ここでかなりはっきりした。
木炭デッサンに必要なのは、質感の追加ではなく、
“何を読ませないか”の設計なのだと。
AIは「整理」は得意だが、「削除」は意外と苦手
この作業をしていて特に面白かったのは、AIの得意不得意がかなり見えたことだった。
AIは、全体を整えるのがうまい。
面を揃えるのも、ディテールをきれいにするのも、情報を均質にするのも得意だ。
要するに、全部をちゃんとやる方向には非常に強い。
でも、木炭デッサンに必要なのはそこではない。
必要なのは、
ここは残す、
ここは沈める、
ここは存在だけ残す、
ここは読めなくしていい、
というような、不均等な判断だ。
AIは放っておくと、つい全部をそれなりに成立させてしまう。
その結果、「上手いけど、全部ある」絵になる。
だから今回のプロンプト改定では、単に「木炭っぽく」と書くのではなく、
• 全情報を同じ強度で描いてはいけない
• 主役のみ fully readable
• secondary は reduced
• tertiary は lost
• 見えていても描かない
• 削除は必須
• 外周の一部は消失させる
といった形で、削除と主従をかなり強制的に埋め込んでいった。
このへんから、結果が明確に変わり始めた。
変化の第一段階は、「全部見せない」が効き始めたこと
プロンプトを改定していくと、ある段階で画面の空気が明らかに変わる瞬間があった。
左側が沈む。
背景に吸収される部分が増える。
外周が消える。
フクロウの存在感が下がる。
布の折れが全部は読めなくなる。
この変化はかなり大きかった。
なぜなら、ここでようやく画面が「均等に説明された画像」ではなくなったからだ。
つまり、木炭デッサンらしさの第一歩は、
上手く描くことではなく、均等に見せることをやめることだった。
これは自分にとってかなり大きい気づきだった。
多くの人は、描き込みが多いほど完成度が高いと思いがちだ。
AIを使うと、その傾向はさらに強まる。
でも木炭デッサンではむしろ逆で、残すべきものだけを残した結果として、他が失われていくことに価値がある。
ここを超えると、画面がやっと呼吸し始める。
ただし、「消す」だけではダメだった
次に必要だったのは、影の中で形を作ること
ところが、ここでまた次の壁にぶつかった。
削除は効いてきた。
主従も立ってきた。
外周も溶けてきた。
なのに、ある種の“物足りなさ”が残る。
そのタイミングで、実際に最近懇意にして頂いているプロの目からもらったコメントがすごく良かった。
要点はこうだった。
• 右側から背景に溶け込む描写はデッサンらしい
• ただし、顔のディテールはシャドーの中の塊として、まだ描ききれていない
• 講評会ならそこを指摘されそう
これを読んだとき、かなり腑に落ちた。
こちらは「削除が足りない」と考えていた。
でも実は顔の部分で起きていた問題は、単に描き込み不足ではなかった。
影の中で構造が成立していないことだった。
これはかなり重要な分岐だった。
木炭デッサンは、ただ曖昧にするものではない。
ただぼかすものでもない。
ただ消すものでもない。
本当に必要なのは、
影を“情報の墓場”にしないことだ。
暗くなっている場所の中にも、
• eye socket の塊
• cheek plane
• jaw shadow
• nose underplane
のような構造が、トーンの差として立っていなければならない。
ここで初めて、「消す力」の次に必要なのは「影の中で作る力」だと分かった。
ここまで来ると、プロンプトは「画風指定」ではなく「判断設計」になる
最終的にやっていたことは、もう単なるスタイル変換ではなかった。
何風に見せるか、ではなく、
どこを最初に読むか、
どこを最後に読むか、
何を読めなくしていいか、
影の中でどこまで構造を立てるか、
副要素をどれだけ気配化するか、
そういう判断の順序そのものを設計していた。
つまりプロンプトは、表面の命令文ではなく、
描画の思考回路をどう並べるかの仕事になっていった。
この過程でかなり大事だったのが、長くて理念的な「説明プロンプト」を、そのまま使わないことだった。
理論としては正しくても、実行時に重すぎると、モデルは全部守ろうとしてかえって鈍る。
だから途中からは、
1. 解釈
2. 個性保持
3. 焦点設計
4. 構造・情報階層
5. 崩し/解放
6. マテリアル
7. エッジ
8. 禁止事項
というふうに、人間の制作順に近い順序へ再構成した。
この圧縮版はかなり効いた。
結果として、過剰な暴走は減り、
削除は安定し、
影の中の構造も少しずつ立ち上がってきた。
ここであらためて感じたのは、
良いプロンプトは長いプロンプトではなく、判断が強いプロンプトだということだった。
最終的に見えてきたのは、「完成」とは改善が止まることではなく、選択の問題になること
最後の段階では、もう技術的な改善というより、どこまで攻めるかの選択になっていた。
盾をもっと沈めるべきか。
布をさらに削るべきか。
顔の輪郭をもう少し壊すべきか。
副要素を気配だけにするべきか。
でもこのあたりまで来ると、もはや「正解」はない。
あるのは好みや方針や個性だけだ。
つまり、ここから先は改善ではなく、選択になる。
ここで「もう完成でいい」と思えたのは、たぶんそのせいだと思う。
未熟だから止めるのではなく、目的が達成され、そこから先は別のフェーズに入るから止める。
この感覚はかなり大事だ。
実際、今回できあがったものは、
• 石膏デッサンとは明確に違う
• 木炭らしいトーンの呼吸がある
• 削除が画面の中で機能している
• エッジが部分的に消失している
• 影の中に構造を立てようとする意志がある
という意味で、もう十分に完成している。
少なくとも、「木炭デッサン変換エンジン」としては、かなり高いところまで到達したと思う。
AIで絵を作るというより、「どう見るか」を設計していたのかもしれない
今回の一連の作業で、一番印象に残ったのはそこかもしれない。
自分はAIで画像を加工していたはずなのに、気づいたらやっていたのは
どう見るかを設計する仕事だった。
全部を見せるのではなく、
最初にどこを読ませ、
どこで止め、
どこを失わせ、
どこを暗がりの中で立たせるか。
木炭デッサンは、単なるモノクロ表現ではない。
それはたぶん、
情報を削ることで、逆に見えるものを強くする技術なのだと思う。
そしてAIは、描くことには強いが、描かないことはまだ人間の設計を必要とする。
逆に言えば、そこにこそ、今のAI時代の面白さがある。
出力して終わりではなく、
何を残し、何を捨てるかを考える人がいるからこそ、画面に意志が宿る。
今回の木炭デッサン化の試行錯誤は、
ただ一つのプロンプトを作ったというより、
「描画とは何か」を少し言葉で掴み直した時間だったような気がしている。
そしてたぶん、こういう回り道こそがいちばん面白い。

 

以上が、芦田直樹さん投稿の引用です。

 

 

古い投稿の続きで恐縮ですが、私は 2014年8月27日の
” 私はバイオリン製作者にも “デッサン力” が必要だと思います。”
の文中で デッサンを始めた四女のことをお話ししました。

彼女が初心者としてデッサンをはじめて 2年半ほど経過し、最近は 多少の成長がみとめられるようになりましたので 参考にしていただくために近作を公開することにしました。

先の投稿は私の妻が 18歳だったときのデッサンから話をはじめさせていただきました‥ 。


木炭デッサン (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

デッサンは古くから絵画や彫刻、デザインや工芸などの創作活動においての基本として大切にされてきました。 これは人間の ” つくる力 “を向上させる‥ すぐれた教育効果が知られているためでした。

この場合の” つくる力 “には 観察する力、考える力、伝える力が含まれています。
つまり 物事を客観的に観察し、その構造を読みとることで課題を見つけ出し、細部にこだわりつつも全体を俯瞰しながら自らのしなやかな感性によった美的なかたちとして答えを導きだし‥ それを展開させる人間力をさします。

私は『 オールド・バイオリン 』を製作した人々も 同じように ” つくる力 “を磨く努力をいとわず、強い意志をもって弦楽器製作に取り組んでいたと信じています。

(  上記の” つくる力 “の定義は 平成27年度入試 東京藝術大学美術学部デザイン科の アドミッション ポリシーより引用させていただきました。)

   

 

デッサンの参考例として 私の妻がまだ 18歳だった 1978年に美術大学受験の訓練として描いた木炭デッサン( 上部 4枚 )と鉛筆デッサン( 下部 4枚 )を あげてみました。

一般社会では 絵が描けると その技術的な要素が着目され それを『 才能 』という言葉で捉えられがちですが、私は デッサンは 強い意志をもって基本から誠実に取り組んでいけば多くの人が上達することが可能と思っています。敢えてその言葉を用いるとすると デッサンが思ったように描ける人は 一定の努力を怠らなかったという点において『 才能のある人 』と言えるかもしれません。


静物 / 木炭デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

私達は デッサンの経験を通じて培われた 物の本質を読み解く能力を “デッサン力” と呼んでいます。

鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 9月 30日  )
    

静物 / 鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 1月  )

これらのデッサンを描いた私の妻は 美大への進学者としては後発組で、 高校 3年になってから志をたて受験準備のために鎌倉のアトリエに通いはじめたそうです。

因みに 私の場合は、なぜか‥ 小学3年生の秋に親類と家族があつまっていた場所で 『 決めた!僕は将来、画家か彫刻家になる。』と宣言した上で、中学1年生になると石膏像の木炭デッサンに猛烈にはげみました。

お陰さまで私にとって生涯の師である 彫刻家 松永正和先生との幸せな出会いなど、 人とのめぐりあいにも恵まれ ここまで物作りの道を歩んで来ることが出来ました。

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さて本題にもどりますが‥ ヴァイオリンやチェロを製作するためにはアーチのなかに組み込まれた複雑な立体的形状を読み解くために、その特徴を観察し理解する必要があります。

 


Hendrik Jacobs ( 1629-1699 ) violin  1690年頃製作

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私は 現代の弦楽器製作者はある意味では『 オールド・バイオリン 』が製作されていた時代以上の注意深さがもとめられていると感じています。

 



ここで弦楽器製作者の私見として教育論をのべさせていただくと‥ ひとりの人間がどんなに知識を持っていたとしても 実際の仕事の現場で『 気づき 』がなくては『 知恵 』として用いることができません。 私は 物作りの現場で大切なこの『 気づき 』は、学習者が 徹底的な模倣の体験を通じてのみ習得できる能力だと考えます。

私は 若者が大胆にも弦楽器製作者をめざすとしたら‥ それは 結構なことだと思います。しかしそれが果たせるかは 実際の行動にかかっています。大きなことばかりしたがり 小さなことをしたがらない人は‥ 結局、何もできずに終わるでしょう。大きなことを成し遂げる力は小さなことに誠実に取り組み、小さなことから学んだ人だけに与えられるものなのです。

これは ヴァイオリンの誕生と発達をルネサンス後期からの歴史のなかで検証してみると、ギルド制度の枠組みのなか 親方の工房で『 徹底的な模倣 』が誠実におこなわれ、それによって 多くの弦楽器職人が育ったという事実で証明されていると思います。

そういう理由で 私は 物作りを目指す心が定まった人に時間が確保しやすく、感性がやわらかい中学生や高校生などの年齢で 『 小さなこと 』として  “デッサン力” をつけるため近辺のアトリエ等をリサーチのうえで木炭デッサンの初心者コースを受講することをお奨めしています。

因みに‥ 私の高校2年生の娘が はじめてデッサンを体験するために受講したお茶の水美術学院では 2014年度の夏期講習  7月28日から8月2日( 6日間 )の入門コース( 夜間基礎入門 17:00~20:00)の場合で 17,000円 で、次いで8月11日から8月16日に受講した初心者コース( 基礎初心者 A   9:00~16:00 )は 33,000円の受講費で 18名程のクラスで指導をうけました。

ここは東京藝術大学のデザイン科、工芸科の合格実績が全国的に有名で東京芸大受験希望者が多く‥ 木炭デッサン、鉛筆デッサンの経験がまったくなかった私の娘は高校1年生、2年生を対象とした基礎科の初心者・入門コースとはいえ一緒に受講しているまわりの受講生のデッサンにも良い刺激をいただいたようです。

お茶の水美術学院
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/K00100/
基礎部 – 夏期講習
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/L00002/

そして‥ 高校生だったその四女は2年半後の現在 18歳となりました。

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彼女が デッサンを始めて2年後の 今年 7月に描いた鉛筆デッサンがこれです。

この頃から 彼女はデッサンについて 多少は考えられるようになったようです。

そして、それから 4か月程経過した現在は 下の構成デッサン( 鉛筆デッサン    所要時間 8時間15分 )のような段階まで成長しました。

当日の朝に 彼女は 自由課題として 軍手と柿 そして紐を 身近なものからモチーフとして選び、画中でイメージとして構成しました。

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彼女には 描写の上では軍手などの攻め残しは残念だけれど、大胆な構成と鉛筆の特性の使い分けによって空気が描けていることが すばらしいと講評をしておきました。

ともあれ、 私はこれが 四女の仕事としては やっと第一作にたどり着いたものと評価しています。

デッサンの訓練を彼女がはじめたときに 私が予想したように 成長には時間がかかりましたが、お陰様でこれからの成長がより楽しみになりました。

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2016-11-19                Joseph Naomi Yokota

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構成デッサン( 鉛筆デッサン )
モチーフ   :     りんご 1個、アルストロメリア、トレッシングペーパー  1枚

そして、1ヶ月が経過しました。
現在も四女は 鉛筆デッサンでは なかなか 思ったように表現できず苦闘中といったところです。

結局、彼女は このデッサンに 21時間を費やしましたが‥ まだまだ ‥ といった感じですね。でも、これらの試みは「種まき」としては十分ではないでしょうか。

私は これらの試みが 10年後の彼女をささえてくれると信じています。

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2016-12-18          Joseph Naomi Yokota

●  ルネサンス期までの “比率”が意味すること

2025-9-13       Joseph Naomi Yokota

糸巻きの長さは 弦楽器の響きを左右します。

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Marco Gandolfi,   violin  Cremona  1994年

これは先日 整備のために私の工房に持ち込まれたヴァイオリンのヘッド部です。

私は、この挑戦的なペグは 製作時のままだと判断しました。

なかなか面白いアイデアでしたが 残念ながら 彼が製作した響胴とは調和していませんでした。

それでも‥ 私は このように糸巻きの長さを意識して弦楽器を製作する人を すばらしいと思います。

 

2013-5-04-hところで、糸巻きの役割を皆さんご存知でしょうか。

私は ペグ機構は 単に弦をチューニングしながら固定する役割のほかに、響胴のゆれに積極的に影響をあたえる仕組みとして考案されたと考えています。

これは下の写真のように糸巻きをはずした状態と 4本とも取り付けた状態、それから左側の D線、G線ペグ 2本を取り付けた状態と その逆に右側だけなど いくつか条件を変えて揺らしてみると 響胴部の固さが変わったり 重心位置が移動しますので ‥ 可能な方は 実際にゆらしてみることをおすすめします。

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参考としての実験は こういう感じとなります。

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2013-5-04-h-l
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糸巻きでヴァイオリンのゆれ方が変わることを確認したら、最後に エンドピンを差し込んでから 同様にヴァイオリンを揺らしてみてください。

ヴァイオリンの重心が手元近くに移動するので、ヴァイオリンが軽くなったように感じるはずです。

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それでは‥ そもそも歴史の上で 糸巻きの長さはどういう変遷をたどったのかをすこし見てみましょう。

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この写真は 1909年頃にユトランド半島の 小さな町 ブレデブロ( Bredebro of Southern Denmark )で撮影されたようです。ここは 1866年にドイツに併合されたドイツ北端の都市フレンスブルク( Flensburg )から北西に30㎞ほど離れた場所です。

下の拡大写真のように 左側の 2人は短い糸巻きで右側の男性は長い糸巻きの楽器を使用しています。写真は 実にわかりやすいですね!

umgegend-von-flensburg-gebraucht-bredebro-1909-verlag-th-thomson-flensburg-i-lこのように 1900年代の初頭に撮影された弦楽器の写真には 長短の糸巻きが混在しています。

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Still-Life with a Violinist      1620年頃

ヴァイオリンの黎明期にさかのぼりますが 1620年頃に製作されたこの油画にも 短い糸巻きを見ることが出来ます。

また 私は 下のような版画にも 十分資料としての価値があると考えています。

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John Gunn   “The Theory and Practice of Fingering the Violoncello”   1789年

それから、この 著名チェリストの肖像画でも糸巻きが短かったことがわかります。

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Bernhard Romberg ( 1767-1841 )  1815年

結論としては‥ 私が調べてみた限りでは 現在のように長い糸巻きが一般化したのは第一次世界大戦以降のようです。

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さて、音響上の証明は残念ながら 実際に設定してみるしかありません。

因みに 私が先日整備のために お預かりしたヴァイオリンの糸巻きは下の写真の設定に変更し響胴の共鳴が起りやすくなりました。

興味がある方は この糸巻きの長さ設定を試してみてください。

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この投稿はここまでです。

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2016-11-09                Joseph Naomi Yokota

 

弦楽器のニスに入ったヒビが物語ること‥。

viola-2002%e5%b9%b4-a-l395mm Viola  /  Pygmalius   anno 2002
F.    393.0 – 186.0 – 126.7 – 238.5
B.    395.0 – 187.5 – 126.8 – 239.5

このビオラは  所有者の方が 今から 14年程まえに大学のオーケストラ部に所属する際に購入され  6年ほど使用したのちに休眠状態だったものです。

この楽器には 写真でもわかるようにニスにヒビ割れが入っています。

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そして、このニスのヒビ割れを確認しやすいように 私がトレースしたのが下の画像です。

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これらを検証すると響胴の運動のしかたが理解できます。

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たとえばこの画像は上の二枚を駒側から見たようにレイヤー処理をしたものです。

私の経験では ニスのひび割れが確認できるヴァイオリンやビオラ、チェロでは、楽器としてのグレードが違っても いくつかの共通するパターンが見られました。

このことから 普及型であっても これらの弦楽器は 基本となる弦楽器システムの一部は設定出来ていると 私は考えています。

言い方を変えれば こういう普及型の弦楽器こそ、達成できなかった条件設定を確認するのに適していると私は思っています。

 

2016-11-06               Joseph Naomi Yokota

【  裏板ボトムブロックの端付近も確認してください。】

指板の面取りは 興味深い設定だと思います。

cello-fingerboard-1

1701 ~ 1714年  War of the Spanish Succession
“France : Louis XIV ( 1638-1715 ) × Habsburg : Karl VI ( 1685-1740 )”

●  Cremona governance countries
España ( 1513 ~ 1524, 1526 ~ 1701 ) – France (  1701 ~ 1702 ) –  Republik Österreich / Habsburg  ( 1707 ~ 1848 )
●  Casa Savoia :  1713年 Regno di Sicilia – 1720年 Regno di Sardegna  / Torino – 1848年 The First War of Independence – 1859年 The Second War of Independence –  1866年 The Third War of Independence

 

● Luigi Rodolfo Boccherini ( 1743-1805 ), 1743 Lucca / 1757 Vienna  “The court employed” / 1761 Madrid / 1771 String Quintet Op. 11  No. 5 ( G 275 ) :   Italian cellist and composer 

Marie Antoinette ( 1755-1793.10.16 )
1770年  She married  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  /  ” Louis XVI ( 1774 ) “  at the age of 14.
1793年  ” Louis XVI ” ( 1774 )  /  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  

●  Johann Peter Salomon ( 1745-1815 ), Bonn / Prussia / ca.1780 London / 1791 ~ 1792, 1794 ~ 1795 Franz Joseph Haydn  :  Violinist

□  François-Xavier Tourte ( 1747-1835),  Paris :   Bow maker

●  Carl Stamitz ( 1745-1801 ), Mannheim / 1762 Mannheim palace orchestra / 1770 Paris / Praha, London  :  Violinist

●  Johann Anton Stamitz ( 1754 – ‥ ), Mannheim / 1770 Paris / 1782 ~ 1789 Versailles / ‘ 1798‥1809 Paris ‘  :   Violinist

■  Giovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 ) , Cremona  :  Violin maker.

●  Giovanni Battista Viotti ( 1755-1824 ), Fontanetto Po / Torino, Paris, Versailles, 1788 Paris, London, 1819-1821 Paris,  London :   Violinist

●  Federigo Fiorillo ( 1755-1823 ),  Braunschweig / 1780 Poland / 1783 Riga / Paris / 1788 London  He played the viola in Saloman’s quartet.  / 1873 Amsterdam, Paris

●  Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756-1791 ), Salzburg / 1762 München, Wien / 1763 ~ 1766 Frankfurt, Paris, London / 1767 ~ 1769 Wien / 1769 ~ 1771 Milano, Bologna, Roma, Napoli / 1773, 1774 ~ 1775 Wien / 1777 München, Mannheim, Augsburg / 1778 Paris / 1779 Salzburg / 1781 München, Wien / 1783  Salzburg  / 1787 Praha, Wien / 1789 Berlin / 1790 Frankfurt / 1791 Wien, Praha, Wien

ドイツのチェリスト  ベルンハルト・ロンベルクは 父親と共に1790年頃に ボンにおいて ケルン大司教の宮廷オーケストラに参加したとされています。そして そこで知り合ったベートーヴェンの ‘ あなたのためにチェロ協奏曲を作曲する。 ‘という申し出を断った逸話が残る人です。

ロンベルクは、チェロの設計と演奏にいくつかの革新をもたらしたことでも知られています。

例えば 1/2 や 3/4サイズのチェロを作るべきであると提案したことやチェロの記譜法の単純化などがそうですが、弦楽器にとってはなんといっても チェロの指板にフラット面を設定したことが重要だと私は思います。

このアイデアに関しては 演奏上の目的などいくつかの説明が試みられていますが、私の個人的な推測としては ネック振り設定と 指板裏加工の考え方を反映したものと思っています。

皆さんは どうお考えでしょうか?

 

●  Bernhard Heinrich Romberg  ( 1767-1841 ),   “The Münster Court Orchestra” / 1790 Bonn  “The Court Orchestra” /  He lengthened the cello’s fingerboard and ‘Flattened’ the side under the C string  :   German cellist and composer 

●  Rodolphe Kreutzer ( 1766-1831 ), Versailles / 1803 Wien “Kreutzer Sonata ” Ludwig van Beethoven 1770-1827,  Paris 1795 ~ 1826 ‘Conservatoire de Paris’ –  1796年 Caprices – 1807 comprises 40 pieces – “42 Études ou Caprices”  / Genève, Swiss :   Violinist

●  Pierre Baillot ( 1771-1842 ),  Paris :   Violinist

●  Pierre Rode ( 1774-1830 ), Bordeaux / 1787 Paris /  1804 Saint Petersburg, Moscow / 1812 Wien ” Ludwig van Beethoven 1770-1827  Violinsonate Nr. 10 in G-Dur, Op. 96 ” / 1814 ~ 1819年  Berlin,  “24 capricci”  /  1830 Lot-et-Garonne :   Violinist

●  August Duranowski ( ca.1770-1834 ), Warsaw / Paris / 1790 Brussels / Strasbourg :   Violinist

●  Ignaz Schuppanzigh ( 1776-1830 ), Vienna /  He gave violin lessons to Beethoven, and they remained friends until Beethoven’s death.  :  “Schuppanzigh Quartet”  :   Violinist

 

 

2016-11-02               Joseph Naomi Yokota


例外としてペグホールを移動した事例です。

数日前に私は投稿でオールド楽器のペグ位置はここのところ移動したことがないという趣旨のことを書いていますが 例外があるのを思い出しました。

私の過去の投稿の 2014-2-10 『 これをバロック・バイオリンに戻せないでしょうか? 』 と ご相談を受けたので、古楽器( ピリオド楽器 )として整備しました。にこの整備の資料写真が貼ってあります。

period-instruments-1780s-1-l

ご依頼でしたので下写真のように 私は まずペグホールを埋めました。
period-instruments-1780s-49-lperiod-instruments-1780s-50-l
そして下写真のようにペグホールをもとの場所に開け直して整備を行いました。また、この他にあと3例ほどブッシングをして 初めの位置に戻したことがありましたので、ここに訂正させて頂きます。

period-instruments-1780s-51-l

 

2016-10-24            Joseph Naomi Yokota