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“オールド弦楽器”の 特徴について

弦楽器の最上の響きは・・  サウンド・ホールで変換された弦の振動と、響胴の ねじりによる「ゆるみ」から生じた共鳴 ( レゾナンス )によって生まれていると考えられます。

このために優れたオールド弦楽器は ねじりが生じやすいように工夫がしてあるようです。

この、ねじりに関しての条件設定は 響胴内部や素材特性のように簡単には判断できない範囲までおよんでいますが、外見上からも それに繋がる要素を見いだす事は可能です。

それが 非対称条件を観察する理由です。

Antonio Stradivari 1673年Harrell - Du Pre - Guttmann - C LAntonio Stradivari  1673,  Violoncello ” Harrell, Du Pre,  Guttmann ”

例えば チェロを観察する場合に、上図で A とした コーナー部に大きな摩耗が見られるようでしたら、それほど判断に迷う必要はないと思います。

それらが単純な摩耗ではなく 製作時に人為的な左右差として設定された可能性を見つければ済む訳ですから。

では、このストラディヴァリが 1673年に製作したチェロはどうでしょうか?

Giovanni Baptista Rogeri cello 1695年頃 - C L
また 、これは、ロジェーリ作とされていますが、コーナー部の左右差は どのように考えられますか。

Grancino cello made around 1690 cooper-collection - A LGiovanni Battista Grancino ( 1637-1709 ) Milan 1697年 - A L 次は 左右の面積差が見えやすい グランチーノと ストラディヴァリのチェロです。

Antonio Stradivari cello 1707年 Boni-Hegar - G L
そして、私自身が 摩耗説が誤りであることに気づく きっかけとなった『 オールド・チェロ 』を見てください 。

Old Italian Cello c1680 - 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 ) - 1 LOld Italian Cello    1700年頃
( F 734-348-230-432,  B 735-349-225-430, stop 403 ff 100 )

また、有名な楽器で 参考例を挙げるとすると、エドゥアルド・ウルフソン( Eduard Wulfson 所有し、グートマン( Natalia Gutmanさんが使用している グァルネリ・デル・ジェスによる このチェロが 思い浮かびます。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - A L

” Guarneri del Gesù ”
Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )
Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

私はこのチェロを 知らなかった8年ほど前に 共通の知人から ウルフソン( Eduard Wulfson 氏が グートマン( Natalia Gutman )さんたちと美術館のなかでトリオで演奏している DVDをいただき拝聴したのですが 、このチェロがもつ深い響きには衝撃をうけました。 

この グァルネリ・デル・ジェスのチェロでも 裏板高音側コーナーに施された摩耗加工を見ることが出来ます。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - C L

Guarneri ‘del Gesù’   Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

Bach :  Suite for solo cello No. 3 in C major
( Paris, Musée du Luxembourg,  2002/11/16 )
Natalia Gutman,Violoncelle

【Bach, Mozart, Schubert 】”La Société Stradivarius”
Yvietta Matison, Alto ( instrument )
Eduard Wulfson, Violin


それから、 Francesco Ruggieri が 1675年に製作したとされるチェロでも同じ景色を見ることができます。

Francesco Ruggieri cello 1675年 - A L

Francesco Ruggieri  ( ca.1645-1695 ),  Violoncello 1675年

確かに、チェロは A コーナーにひざを添えたり グリップしたりする際に触れることがあるので 摩耗痕跡は それにより生じたように思えます。

Joseph Thomas Klotz Violoncello piccolo Mittenwald 1794 ( 1743-1809 ) Sebastian 1696-1768 - C LJoseph Thomas Klotz  ( 1743-1809 )  Violoncello piccolo  Mittenwald 1794年

ところが 摩耗痕跡をよく見ていくと、それが不自然である事に気がつきます。

上のクロッツで これを見ると コーナーである A 部の塗装は多少はがれていますが、それよりも Q 部の方がもっと 剥がれています。問題なのは この Q 部に 演奏時にチェリストが 触れることは まず無いということです。

これは R 部についても言えますが、 実際にチェロの肩にはさわりますので 判断しにくいのですが、上のクロッツでいえば 摩耗したようになっているゾーンの中でも特に Q 部と S 部はアーチの不連続面の間にある谷状にくぼんだ部分ですから 自然な摩耗ではないことが分かります。

Giovanni Battista Genova ( warked ca.1740-ca.1770 )
Cello,  Turin  1770年頃

Nicolò Amati ( 1596-1684 )  Cello, “Herbert”  1677年

Girolamo Amati Ⅱ ( 1649ー1740 )  Cello,  “Ex Bonjour”  1690年

Carlo Ruggeri ( 1666–1713 )  Violoncello,   1706年

このように、演奏によって出来たとは思えない Q 部の摩耗痕跡は、オールド・チェロでは めずらしくはありません。

Guarneri del Gesù ( 1698-1744 )   Violin, “Enescu – Cathedral”  1725年頃

また、当然のことですが・・  この位置は オールドヴァイオリンでも意識されていることが確認できます。

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ) Violoncello 1850年 - D L
もし仮に、これらを 演奏や運搬による摩耗であるとすると、それなりの期間使用される必要があります。

とすると・・・『オールド』より使用された期間が短い『モダン』の弦楽器はどうなっているでしょうか。

170年程前のことですが、厳密な意味で最後の名工である ヨーゼフ・アントニオ・ロッカ( Giuseppe Antonio Rocca 1807-1865 )は、トリノで 弦楽器製作をおこなっていました。

彼の作品は、非対称条件に  摩耗痕跡の要素も取り込まれ あたかも”様式化”されたかのような工夫がなされています。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - A LGiuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ) Contrabass,   1850年頃

その端的な例が、彼が製作した摩耗や打撃痕跡があるコントラバスです。チェロと違ってコントラバスは A コーナーをグリップしませんので、これらの傷跡は 製作時の加工である状況証拠となっています。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - B L

Giuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ) Contrabass,  1850年頃

このように観察をしていくと『オールド弦楽器は、コーナー部などの 摩耗痕跡も駆使して 非対象( アシンメトリー )なバランスで製作されている。』と定義することが出来ます。

 

 

 

2016-10-22      Joseph Naomi Yokota

グスレという弦楽器について

Gusel - 1 L

グスレはバルカン半島地域(ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、クロアチアなど)に伝わる一本弦の弓奏楽器です。
楓材などの木をくり抜くように削り出して製作され、胴体部のくぼみを覆うように皮が張ってあり、ネック部やヘッド部はシンプルな形状のタイプや 馬や猛禽類の鳥などの彫刻がされているタイプなどがあります。

弦はネックから距離をおいて張られていて、音程を変える時はネックに弦を押さえ込まずに音程を変えるようになっています。
この楽器の伝統的な演奏者(guslar)は、英雄や歴史の物語・抒情詩を語るときに伴奏楽器として用いるそうです。


グスレは 54分20秒から出てきます。
( セルビア語:2010年にモンテネグロの村で撮影されたようです。前半は村の教会でのミサが入祭から聖体拝領までほぼすべてが記録されており、その後 集会所で奉献祭の食事会がおこなわれています。そして その終盤でグスレが登場します。)


クロアチアの独立記念日の祝いとして クロアチア共和国の首都ザグレブ(ヤルン)で 数千人の観客のまえでグスレが演奏されています。

Gusel - 2 L

私が このグスレという弓奏楽器に着目したのは 響かせるのが難しい 一本弦( 例外もあります。)という条件に加えて、 彫りおこしの響胴の関係から使用するためには “コツ” が必要と考えられたからです。

おなじ一本弦の弓奏楽器であっても 14世紀から18世紀半ばまでドイツなどを中心としたヨーロッパで流行した トロンバマリーナのように 響胴が板材で箱状となっていれば極端な “コツ”は必要なかったと 私は推測しています。

Canon Francis Galpin (1858-1945) - 1 L

Trumpet Marine Switzerland c1675-1750 - 1 L
Trumpet Marine Switzerland c1675-1750 - 3 L

Trumpet Marine Switzerland c1675-1750 - 4 L

 

このトロンバマリーナの駒部です。 この駒は ヴィヴラート・ブリッジと説明されています。
Trumpet Marine Switzerland c1675-1750 - 5 L

さて、グスレという楽器の特徴についてお話しすると、バルカン半島のそれぞれの地域で製作されるときに音響上の理由で 表皮部のサウンド・ホール( 一組型と二組型が基本です。)が選ばれ、また 響胴部の裏側中央に穴をあけるかどうかが考慮されているようです。

Gusel - 8 L

しかし最後は演奏者が 駒をどの位置にどの角度でたてるかが問われ、 その判断により 楽器の響きに極端な差が出ていると‥ 私は思っています。

Gusel - 7 L
そのいくつかの実例を下にあげたグスレ奏者( Guslar )の写真で ごらんください。

GUSLAR - 1 L

因みに さきほど 私が「  演奏者が使用するときの “コツ” 」 といったのは、ネックに対する 駒の角度と 位置を意味します。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

私は グスレという楽器は 左右の非対象性( アシンメトリー )が大きいタイプと、そうでないものに大別できると考えています。

そして非対象性が小さい楽器では『 ねじり 』の不足を補うために正中線に対して駒を極端に斜めにたてたり、響きを聴きながら 駒位置を微妙に左右にずらすことで 残響を保つ工夫をしながら演奏されていると私は推測しています。

一組型のサウンド・ホールをもつ グスレはこの工夫が 顕著です。

Gusel - 9 L

また、二組型の場合は表皮部のサウンド・ホールを 左右非対称とすることで『 ねじり 』の不足が補えるために、一組型よりも 駒の角度が正中線に直交するイメージに近い立てかたで演奏されていることが確認できると思います。

GUSLAR - 3 L私は 表皮部サウンド・ホールが 二組型で左右非対称タイプを このグスレ奏者の楽器のようなイメージとして捉えています。

the traditional Montenegrin gusle - B Lそれから この表皮部で駒がたてられた跡を見てください。

私は このグスレという弓奏楽器は バランスを変えないで連続使用をすると、演奏することで生まれるひずみにより 結局 響かなくなってしまうという特徴があると思っています。

ですから この駒跡にみられるようにグスレ奏者はこれを解決するために 駒位置と角度を時おり移動しながら使用しているはずと推測しています。
the traditional Montenegrin gusle - C L

 

私は グスレの専門ではありませんが 弦楽器がゆれ続ける条件について検証した結論として、これらの問題は 左右の非対象性( アシンメトリー )が大きいタイプでは生じにくいと考えています。

Gusel - 3 L
私はこの左右の非対象性( アシンメトリー )が弦楽器における古典的技術の特質だと考えています。

Gusel - 4 L

Gusel - 6 MONO L

たとえばルネサンス期の弦楽器で非対象性をみてください。
多くの部位で『 ねじり 』を生むために工夫されていることが解ります。
Gasparo da Salo - Cetera Brescia c 1560 ( c 1542-c 1609 ) L
Cittern by Gasparo da Salo ( c 1542 - c 1609 ) Brescia c 1570  L

これにより残響が確保され それにより独特の響きがうみだされていると 私は理解しています。

 

Cetera di anonimo - Ashmolean Museum L

Cittern c1600 English ( Length 616 - String length 340 ) National Music Museum - 1 L

Cittern c 1600 English ( Length 616 - String length 340 ) National Music Museum L

 

 

 

 

 

 

Bass viol  - 1    L

Hieronymus Brensius  -  Testudo theorbata  in Bologna    -  L

Hieronymus Brensius  -  Testudo theorbata  in Bologna   -  L
Ottavio Smidt    Liuto ( Tenore ) Parma 1612年  - 1     L
Magno Stegher  -  Gran liuto basso   Venezia 1607年  - 1     L

Magno Stegher  -  Gran liuto basso   Venezia 1607  - 1
Hieronymus Brensius  -  Testudo theorbata  in Bologna    - 1    L

私は “オールド・バイオリン”などの弦楽器も この左右の非対象性( アシンメトリー )が揺り籠となり 誕生につながったと考えています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
H F - Liuto tenore in Bologna - 1 L

この 弦楽器における古典的技術の特質といえる 左右の非対象性( アシンメトリー )は『螺鈿紫檀五弦琵琶』にもその要素を見いだす事ができます。

「螺鈿紫檀五絃琵琶」(長さ108㌢ 幅31㌢) - A L

この『螺鈿紫檀五弦琵琶』は知られているように 聖武天皇の崩御にともない 765年に光明皇后が天皇遺愛の品を 東大寺に献納したことにより北倉に収蔵され今日に至っています。

この校倉造りの倉庫には ほかにも 四弦琵琶,四弦阮咸(げんかん),七弦琴(きん),十二弦新羅琴,六弦和琴(わごん),大破した竪型ハープの箜篌(くご)があり,この他に箏に似た二十四弦瑟(しつ)の残欠などが残されているそうです。

この五弦の琵琶はインドが発祥とされ,中央アジア天山南路(西域北道)のほぼ中央で栄えたキジル(亀茲)国,現在のクチャ(庫車)を経由し,北魏に入り,唐を経由して日本にもたらされたとされています。

私はこの『螺鈿紫檀五弦琵琶』の画像に丁寧にコンパスをあててみたことにより、非対象性( アシンメトリー )が調和した見事なバランスで製作されていると理解しています。

ともあれ グスレという弓奏楽器を考察することで 響かせる条件をととのえるために『ねじり』が用いられていることが 皆さんに理解していただければ幸いだと私は思います。

これらの経験をするたびに 私は本当に弦楽器の世界は奥深いと感じます。

この投稿は以上といたします。

 

2016-8-04    Joseph Naomi Yokota

 

彫刻技術においての 優劣の見分け方

Giovanni Paolo Maggini ( 1580- ca.1633 )   Cello,  Brescia   the 1600s

私は ”オールド・ヴァイオリン” や、”オールド・チェロ” などの弦楽器で高度な彫刻技術を目にするたびに 本当に感動します。

そこで、そこにある豊かな世界を分かち合うために『 彫刻技術という視点から優劣を見分けることで その弦楽器を評価できます。』というお話しをしようと思いました。

そこで、先ずは「彫る」技術をヘレニズム時代の大理石像でイメージしてください。

● 盛期ルネサンスに影響を与えた ヘレニズム時代の彫像について
なお、これらの大理石彫像の本質について‥ 特に、比率についての意識を知りたい方には 下の投稿リンクをお勧めします。

● エーゲ海 キクラデス諸島の “偶然”について
(  長文で恐縮です。)

“De la statue”  1464年刊,  Leon Battista Alberti ( 1404-1472 )
『 デ・スタトゥア 』から復元された計測器

彫刻技術に関してさかのぼって調べてみると‥『 ルネサンス期に理想とされた”万能の人” 』と評されたアルベルティが、1464年に発表した『 彫刻論 』で、 彼が考案した計測器を使用することを提案しているのが目に留まります。

デフィニターまたはフィニトリウムとよばれ、回転する目盛り付きロッドが固定された円形ディスクをもち、そこから垂直錘が下がったものです。

これによって、極座標と軸座標の組み合わせで モデル上の任意のポイントが規定でき、現代のパンタグラフのようにモデルから大理石に移す事ができます。

“Measuring sculpture for reproduction”
Francesco Carradori(1747-1824),  Firenze  1802.

また、フィレンツェの彫刻家であったカラドーリが 1802年に出版した『 彫刻を学ぶ人のための基礎教育 』には、大理石彫刻のための計測方法や器具などが紹介されています。

“Measuring sculpture for reproduction”
Francesco Carradori (1747-1824),  Firenze  1802年

このように、彫刻家にとって対象物を計測することや 大理石を削ることは 昔から難問に等しいものでした。

しかし それでも‥ 私たちは、時代によって計測方法や 削り方の違いはありますが、残された彫像でわかるように モース硬度が 3~4 の「岩石」で作品を制作し続けてきたのです。

たとえば、下の動画では “Pointing machine” を計測に用いる彫刻技法による大理石彫刻が 紹介されています。

ポインティング・マシンは、その名前を イタリアのマキネッタ・ディ・プンタに由来しており、本質的には 任意の位置に設定して固定できる ポインティング・ニードルです。

この器具は、石膏、粘土、またはワックスの彫刻モデルを、木材や岩石に正確にコピーするための測定ツールとして使用されています。

発明者は フランスの彫刻家の ニコラス・マリー・ガトー ( 1751-1832 ) と 英国の彫刻家 ジョン・ベーコン ( 1740-1799 ) であるとされており、後にカノーヴァ ( Canova ) によって普及しました。

上の動画のように石膏モデルで 凹凸の基準点の位置と深さをニードル先端で取得し、その基準点を大理石に移します。エンピツの下に見えるのがニードルの先端です。大理石彫刻では、このように「 窪みの底 」として基準点を先に彫り込みます。

そして、座標となるそれらの基準点の印が消えないように凸部を削っていくのです。それから 最後の仕上げ段階の削りで 再度、くぼみ部を慎重に彫り込みます。

このように、素材としてはハードルが高い大理石彫刻ですらこの細やかさですから、木彫の分野においては 繊細さがより一層発揮されたのは当然といえるかも知れません。

たとえば‥『 北方ルネサンス 』と呼ばれていますが、ミケランジェロ ( 1475-1564 ) が活動していた頃に、ドイツで素晴らしい彫刻作品を作った ティルマン・リーメンシュナイダー( ca.1460-1531 ) の木像にそれを見ることができます。

『 Hl. Sebastian ( 聖セバスチャン ) 』 製作年 : 1515年頃  /  菩提樹 ( Tilia miqueliana ) シナノキ科
Tilman Riemenschneider ( ca.1460-1531 )

“Self-portrait” ( in the Predella of the Altar of Creglingen )   
Tilman Riemenschneider ( ca.1460-1531 )

この彫像に近いレリーフは、ティルマン・リーメンシュナイダーが 自らをモデルとしたと伝えられています。その彫刻技術を駆使した表現を、私は 本当にすばらしいと思っています。

そして、彼が亡くなった頃に開発された  ”オールド・ヴァイオリン” や、”オールド・チェロ” などを含めた木製弦楽器の場合も同じように細やかな工夫を見ることができます。

“Cittern”   possibly by Petrus Rautta, England,  1579年

“Cittern”   possibly by Petrus Rautta, England,  1579年

これを見分けるには『窪みの彫り方 』を観察してください。

窪みは一見したときに なんの違和感も感じませんが、彫刻技術として考えれば”窪みを彫り込む技術”は 難易度が最高度の領域となります。なぜなら彫り込む製作者が 3次元的に見切る力を持っていないと、精緻な音響プランであっても 実際に落とし込めないからです。

 

TT

 

 

 

 

この観点で上のヴァイオリン裏板画像をながめてみてください。
ヴァイオリンなどの観察のはじめは、『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という点に着目し観察することが 見極める基本だと私は思います。

残念ながら ヴァイオリンなどの弦楽器において扁平にみえるものは未熟な人が製作した可能性が高いと 私は思っています。 木彫で使用する道具は考えないでもちいると‥ 出っ張ったところが削れます。これが単純化をまねき全体としてでこぼこが少ない扁平な印象の弦楽器の出現につながります。

 

 

 

 

まず参考のため2台のヴァイオリン裏板画像をごらんください。

この ヴァイオリンは 1620年頃 ブレシア( Brescia )で マッジーニ( Giovanni Paolo Maggini  1580 – c.1633 )  が   製作したものとされています。

Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c1633 ) Brescia 1620年頃 - A MONO

それから、もう一台は   Antonio Stradivari ( c.1644 – 1737 )が  1703年に製作されたとされているヴァイオリンで ” Alsager “と呼ばれているものです。

Antonio Stradivari violin 1703年 Alsager - B L
私は これらを観察するときに大切なのは 着目点としてなにを観察するかだと思います。

たとえば ヴァイオリンの演奏技術の優劣を判断したければ 音楽の特性から考えて一つの響きを『 音の始まり( 音の入 ) 』と『 音の終わり( 音の出 )』とに 意識的に聞き分ければ、十分に 優劣の判断ができると思います。

私は 上質な演奏は『 音の入 』を完全にコントロールできると達成できる可能性が高いと思っています。しかし、真の意味での音楽的に完成された演奏を達成するためには 『 音の出 』のコントロールが必要になって来ると考えています。

つまり演奏技術においては 演奏者が 『 音の入 』をコントロールするより、『 音の出 』( ” 音の始末”とも言います。)をコントロールするほうが はるかに難しいということを念頭において聴けば演奏技術としての優劣判断はほとんどの皆さんが 判断できると私は信じています。

ただし、これは『音楽的であるか』や、それが『ゆたかな音楽であるか』という観点ではありませんのでご理解のほどをお願いいたします。

 

さてヴァイオリンや チェロなどの木製品の場合です。
重要なのは 彫刻技術の能力は『くぼみを彫る技術 』に現われるということです。

この観点で上のヴァイオリン裏板画像をながめてみてください。
ヴァイオリンなどの観察のはじめは、『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という点に着目し観察することが 見極める基本だと私は思います。

残念ながら ヴァイオリンなどの弦楽器において扁平にみえるものは未熟な人が製作した可能性が高いと 私は思っています。 木彫で使用する道具は考えないでもちいると‥ 出っ張ったところが削れます。これが単純化をまねき全体としてでこぼこが少ない扁平な印象の弦楽器の出現につながります。

5 Antonio Stradivari Schreiber - da Vinci 1712 ( c 1644-1737 )

そもそも弦楽器は あの響きがするように工夫されています。
たとえばこのストラディヴァリウスを用いた共鳴モードで裏板部の動きを観察してみてください。

409hz star0409hz 680hz star0680hz817hz star0817hz1690hz star1690hz

私は 多様な音色をもつヴァイオリンは その構成要素となる『 音の数 』を確保するために、複雑なゆれをするように作られていると考えています。

そのために”オールド・ヴァイオリン”などでは 薄板状に加工しても 立体的形状 によって剛性を高める技術として凹凸が『 木伏技術 』として用いられていると私は推測しています。

剛性 立体的形状 - 1 MONO L
この剛性を高める技術は めだちませんが たとえば 現代でも このコーヒー缶のように 用いられています。

さて、私たちは大量生産に適した 単純化されたフォルムをもつ工業製品にかこまれて生活していますので、ともすると 上に参考例としてあげさせていただいたヴァイオリンの裏板を見て 削りそこねた結果と思う方も多いと思います。

果たして それは事実でしょうか?

私は  ”オールド・ヴァイオリン”などを見る際は ”合目的性”ということを念頭に置き『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という視線でそれを観察すると 本当に豊かな世界が見えて来ると信じています。

 

以上、ありがとうございました。

2016-7-21    Joseph Naomi Yokota

 

 

 

振動板について

 

1. 平面振動板

この平面振動についてはモーツァルトと同じ 1756年にドイツでうまれた物理学者 エルンスト・クラドニ( Ernst Chladni  1756年 – 1827年 )さんが 1787年に出版した音響学の著書  ” Entdeckungen ueber die Theorie des Klanges( 音響理論に関する発見 )” で発表した平面の振動を可視化する方法でつくられる “クラドニ図形 ” を意識するだけで十分だと思います。 これは振動している膜や板の上に砂を撒くと振動の” 節 “の部分に砂が集まりパターン( 模様 )が出来上がるものです。ご存じない方は次の動画をごらんください。

私は 弦楽器の響きが倍音特性にたよって説明されているのを耳にすると 少し心配になります。 それが重要なのは言うまでもありませんが ‥ 弦楽器は音色をゆたかにするために複数の波源が生じるように工夫されるなど、いくつかの条件の合わせ技でその響きが生みだされているからです。 私はこれらの技術の端緒は 古の弦楽器製作者の日常のなかにあったと考えています。 そこでその一例として皆さんに 硬貨を落としてしまったシーンをイメージしていただきたいと思います。 最初に百円硬貨でいきましょう。 さて‥ どういう音がするでしょう? そして次に五円硬貨を落としました。これはどうでしょうか? これらの音の差をご存じ無い場合は、恐縮ですが 下の動画を参考にしてください。 https://youtu.be/32QUhJjBsx8 この動画でも分かるように 百円硬貨は震え方の違いによりいくつかの振動モードがその響きを生みだしますが、それは主に”外側のへり”から発生しているようです。 ところが穴があいている五円硬貨は”外側のへり”に加えて “内側のへり”も 音を出しているのでそれぞれの振動モードが生みだす二つの音が同時に聞こえると思います。 私は こんなに単純な形状の違いでも 思った以上に明瞭な響きの差につながっている事実が大切と思っています。 https://youtu.be/_X72on6CSL0 https://youtu.be/6JeyiM0YNo4 https://youtu.be/osFBNLA7woY

 

弦楽器の鑑定について

● 本物の弦楽器を見分ける方法

1.   “オールド弦楽器” の 特徴について
2. コーナー部差異の検証実例
3. パティーナ( Patina ) 加工について


4.   表板、裏板のふちの特徴を知るには


5.  ヴァイオリン属と 改変の歴史

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  Niccolò Paganini ( 1782-1840 )
1827年7月12日( 木曜日 )プログラム

イタリア・ジェノヴァ 生まれの パガニーニは ナポレオンの妹のエリーザ・バチョッキ( Elisa Baciocchi ) が 1805年にトスカーナ大公妃として設けたルッカの宮廷における独奏者として演奏活動をはじめます。

そしてナポレオンが失脚するとパガニーニは独奏者としての活動をはじめました。彼は 1809年より北イタリアからはじめた演奏会の開催場所をイタリア全土にひろげました。

その後の 1828年にはウィーンでも成功をつかみ、ついでプラハ そしてドイツ各地で開催した後である 1831年には 3月から4月にかけて有名なパリ・デビューを成功させ 5月にロンドンに渡り翌年にかけて イギリス、スコットランド、アイルランドでも大成功をおさめました。

 

 

 

1848年  :  ウィーン体制が崩壊しヨーロッパの不安定化が進みます。

たとえば イタリアでは 1861年にヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア統一をおこない、プロイセンは 鉄血宰相ビスマルク( 1815-1898 )の指導のもとクルップ社の鉄鋼製品( 鉄道、大砲 )を背景として 1866年の普墺戦争に勝利して 1867年に北ドイツ連邦に領土を拡大します。

そしてその後 の普仏戦争により 1871年には ワーグナーを擁護するとともにノイシュヴァンシュタイン城を建設させたルートヴィヒ2世( 1845 – 1886 )のバイエルン王国( Bavaria )やフランス領だったロレーヌ・アルザスを併合してドイツ帝国が成立しました。

また 1842年にアヘン戦争に勝利したヴィクトリア女王( 1819 – 1901 、在位 1837 – 1901 )のイギリスも植民地拡大をすすめ大英帝国を構築し繁栄します。 こうして帝国主義を国是としたヨーロッパ列強( ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、オーストリア、ロシア )が世界地図を分割していったことで『 諸戦争を終わらせる戦争( War to end wars )』と言われた1914年の第一次世界大戦( 1914 – 1918 )が発生することになりました。

 

正しさを競うと戦争が起きますが、美しさを競うと感動が生まれ、人が幸せになります。奇異な表現かもしれませんが・・ 私は、古の弦楽器制作者が究極に求めたものは  “The violin is a singing instrument, not a stringed instrument.” ということではないかと思っています。

そして彼らの思想の根底をながれていたのは、「美」や「調和」「利他の心」であったと信じています。

しかし、残念ながら それは1800年代の半ばを境とするかのようにして薄れていったようです。

STRADIVARI’S FABLED “MESSIAH” THREE CENTURIES ON: THE MOST CONTROVERSIAL VIOLIN IN HISTORY?

It was donated to the Ashmolean Museum in 1940 by the firm of W.E. Hill & Sons to become a benchmark for future makers.


The world’s most valuable violin? The Messiah Stradivarius
0:57 ” 1716 ‥ It is the only as new Stradivarius ‥”

Violin   1854年頃

●  Eugène-Auguste Ysaÿe ( 1858-1931 ),  Liège / 1886 ‘Royal Conservatory of Brussels’  / 1918 Cincinnati  /  Brussels :   Violinist

●  Jenő Hubay ( 1858-1937 ),  Pest / Berlin / Paris / 1882 Brussels / 1886 Hungary, ‘Budapest Quartet’ / Hubay’s main pupils Joseph Szigeti.   :   Violinist

▶  1870年  Großer Musikvereinssaal( Wien )1680席,  48.8m  ×  19.1m  (  H 17.75m  )

1861年 Wilhelm I ( 1797 – “1861 – 1888”  / “Deutscher Kaiser 1871 – 1888” ) : Otto von Bismarck ( 1815 – 1898  / “Eiserner Kanzler 1862 – 1890″ )

▶  1870年9月2日 普仏戦争
[ 投降したナポレオン3世とビスマルクの会見 ]

Napoléon III ( 1808-1873 / 1848 -“1852 -1870” )

▶  1884年  Neues Concerthaus – “Leipzig Gewandhaus ”

 

 

 

Violin   1854年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

● 響胴の観察ポイント


Hendrik Jacobs (1639-1704)     Violin,  Amsterdam 1690年頃

真の意味で‥ 完成度が高いヴァイオリンなどの弦楽器は その響きと操作性を達成するための工夫がなされています。

そこで 私は、ヴァイオリンや チェロで それを「 識別 」する際には 響胴低音側の 肩口から観察をはじめます。

Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 )
Violin “Ex Havemann”,  Cremona 1791年

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 )
Violin, Torino  1845-1850年頃

Giuseppe Leandro Bisiach ( 1864-1945 )
Violin,  Milano 1910年

Nicolas Lupot ( 1758-1824 )
Violin,   Paris  1807年

その参考例として 4台のヴァイオリンを並べましたが、観察ポイントは 下図の 点A、点Bの辺りです。

では、拡大写真でご覧ください。

そして これらのポイントは、チェロにおいても検証が可能です。

Domenico Montagnana ( 1686-1750 )
Cello,  Venezia  1733年頃

Old Italian Cello,  1680-1700年頃
(  F 734-348-230-432 / B 735-349-225-430 / Stop 403 / ff 100  )

Antonio Stradivari (ca1644-1737 )
Violoncello,   “Stauffer – Ex Cristiani”   Cremona  1700年

ヴァイオリンや チェロの響を生みだす響胴は木製の箱ですから、共鳴現象を誘発する 表板などの瞬間的な「 緩み 」は、正中線を挟んだ左右の非対称性や 弦の張力差による「 ねじり 」により発生していると考えられます。

私が 表板低音側の 点A、点B としたポイントは 裏板側の軸が回り込むための加工で、完成度が高い弦楽器であれば “意図的” な痕跡を確認できます。

続きを読む 弦楽器の鑑定について

つり合いという現象

私は ルネサンス期の1500年代中頃に誕生した ”オールド・ヴァイオリン” は 1650年から1750年頃ヨーロッパ各地で盛んに製作されたものの、 1800年頃にはその製作者が激減し‥ ついには絶えてしまったと考えています。

そして その状況は、イタリアの ヴァイオリン博物館に遺された ストラディヴァリの木型( モールド )や、型紙などの製作補助具の扱われ方が象徴していると思っています。

これらは、最近も新しい器材を用いた丁寧な再計測がおこなわれており 考古学的な資料としては大切にされてはいますが、実際の弦楽器製作には それほど活用されていません。

ストラディバリウスなどの “オールド・ヴァイオリン”の名器は、音の立ち上がりが俊敏で 倍音の響きがとても良く、指板上だけではなくフラジオレットなども含めて指向性を持った響が作り出せます。そして演奏者自身の耳でも 音程や響きの輪郭が捉えやすく、弾き方によったヴァリエーションが工夫しやすいため豊かな色彩感を生みだすことが可能です。

そのような “オールド・ヴァイオリン”ですので、弦楽器製作者や演奏者にその特質について尋ねると『 音が生みだせる 』という要素に意識が向きがちのようです。

しかし、私の結論は違いました。
私は “オールド・ヴァイオリン” の特質は 端的に言って『 演奏者が随意に音を止められる 』という操作性こそにある思っています。

1700年代の弦楽器製作者にとって、演奏時に レスポンスが良いことはとても大切で、その探求は 最終段階で『 音の始末が良い‥ 』という高難度の演奏が生みだせる操作性能にまで至ったと考えられるからです。

この仮説で 重要な意味をもつのが、ストラディヴァリが 弦楽器を製作するために使用した木型( モールド )や、型紙などに製作時の基準として刻まれた 印しや括弧、あるいは 同心二重括弧 (  Concentric double parenthesis ) などの読み解きです。

Stradivari’s moulds

Form G  Length  347  UB  161  CB  103  LB  201

Antonio Stradivari made his violins by utilising a thick ca.14 mm wooden mould or ‘form’, to which the four C-bout corner blocks, together with the top and bottom blocks, were lightly glued, and around which the thin lengths of rib were shaped and then strongly glued to the blocks. Simplistically, once all the glue had dried, the ‘garland’ of blocks and ribs could be carefully detached from the inner mould, and the front and back plates could then be attached to the garland to create the soundbox. Although Stradivari’s moulds, made of walnut wood, have varying lengths, widths and proportions, these variations are often by no more than a few millimetres and sometimes the difference between a particular measurement on one mould and the same measurement on another is just one millimetre; for example, the three bout-width measurements of the P mould, and those of the PG mould, are identical, while the body lengths differ by just one millimetre: P mould 343.5 mm; PG mould 344.5 mm (Stewart Pollens’s measurements).

Almost all the moulds bear identifying letters, inked or incised in block capitals: for example, the letters P, S, and T, G, PG, and MB. Because there are so few extant documents known to be written in Stradivari’s hand, it is not certain which, if any, of these mould letters were drawn by him. Some of the moulds have dates, also inked or incised into the surface of the wood: the mould marked SL is dated  November 9, 1691 (incised), and one of the two moulds marked S is dated September 20, 1703. The two B moulds are dated June 3, 1692 and December 6, 1692 (both incised), while the PG mould is dated June 4, 1689 (also incised).

弦楽器の音響メカニズムは難解ですが、これらを少し読み解くとすれば‥ まず、上図の点 P が “オールド・ヴァイオリン “の裏板にみられる『 セントラル・ピン 』とほぼ一致するという状況証拠から、点 P を 裏板におけるつりあいの中心点として印されていると考えることができます。

Jacob Stainer ( ca.1617-1683 )  Violin,   Absam ( Tirol )

Underneath the parchment covering the center joint of the back of the violin by Jacob Stainer, five marking points are hidden.Their distance from the lower end of the body can be measured precisely.

ヤコブ・シュタイナーによる このヴァイオリンの裏板では、中央部を縦に覆う羊皮紙の下に、5つのマーキングポイントがあります。余談ですが  現在では、それらと響胴の下端からの距離は正確に測定されています。

Nicolò Amati ( 1596–1684 )  Violin,   “The Brookings”   1654年

“Guarneri del Gesù”  /  Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )

また、グァルネリ・デル・ジェズ や ニコロ・アマティのヴァイオリンのなかには 裏板中央部のピンだけが埋め込んであるものが見られるので、それは『 セントラル・ピン 』、『 背部ピン ( Dorsal Pin ) 』と呼ばれています。裏板の表面に達するまで円錐状の穴を穿った上で、埋め込まれた木片は 皆さんにとっても興味深いのではないでしょうか。

Nicolò Amati ( 1596–1684 )  Violin,   “The Brookings”   1654年

さて、弦楽器の音響メカニズムの読み解きでは『 セントラル・ピン 』以外にも、下図のように 『 同心二重括弧 』から同心円を導きその中心に点 C を置き 点 P との距離の意味や、コーナーブロックとの関係を検討することもできます。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  “San Lorenzo”  1718年

また、それらの モールド と対応している可能性がある楽器‥ この ヴァイオリン製作用木型 “Form G” の場合は、1718年製の ストラディバリウス “San Lorenzo” などと照らし合わせて 駒位置や 魂柱位置の条件設定も学ぶことも可能です。

 

しかし 残念なことに、 現代では このような 音響システムに関する研究はおざなりにされ、”販売”を目的とした “製品”としての “現代ヴァイオリン”が盛んに製作されています。

そのような昨今ですので、ヴァイオリンネック材として ヘッド部がこの状態まで加工されたものを インターネットを検索することにより、私たちは ¥5,000 以下で購入出来たりします。

まあ‥ 機械加工のものや「工場制手工業」タイプなど出来はいろいろユニークですが‥ 。

また、下写真の製作学校系の人達のように、敢えてネック部が全体価格の20%だと換算すると ヘッドを削りあげた状態でそれが おおよそ¥100,000 を超えると考えられる製作者も 大勢います。


しかし残念なことに 音響上の特性において、この両者にほとんど差はないのではないかと 私は思っています。

そこで まずこの点に関する資料として、 レオポルト・モーツァルト著の書籍( 翻訳版 )を紹介させてください。

レオポルト・モーツァルト( 1718-1787 )は 息子のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが誕生した年である 1756年の秋に『 Versuch einer gründlichen Violinschule( ヴァイオリンの基礎的入門の試み ) 』を出版しました。

この書籍は 日本でも 塚原晢夫氏が翻訳したものが 全音楽譜出版社から1974年に『 バイオリン奏法 』として出版されています。

ところがこの翻訳底本は 1951年に出版されたクノッカーの英語版の改訂版であったため、私たちの間では ながらく原典版の翻訳が待ちのぞまれていました。

そうして時が経ちましたが‥‥、 今年5月に 同じ全音楽譜出版社から 原典版である「初版」がついに レオポルト・モーツァルト『 ヴァイオリン奏法 』新訳版( ISBN978-4-11-810142-2  C3073  ¥3800E )として出版されました。

これは音楽学の久保田慶一氏が 初版( 1756年 )、第2版( 1770年 )、第3版( 1787年 )、第4版( 1800年 )などを検証した上で 「初版」を底本として翻訳したものだそうです。

献呈文に続く「はじめに」の部分に書かれたあいさつ文の署名は
” ザルツブルク、1756年7月26日 モーツァルト “ となっており、そのあとに『 ヴァイオリン奏法への導入 』として 第1節が  『 弦楽器、とりわけヴァイオリンについて 』のテーマで 7項目に分けて並べられていて(本文 P.1~P.11)、 全文は 295ページです。

[  Small size violin of Wolfgang Amadé Mozart  ]
Andreas Ferdinand Mayr  1746年頃
Worked for the Salzburg Court ( 1720-1764 ).

少し長くなりますが、18世紀半ばの弦楽器製作を考証するために この翻訳本の一部をここに引用させて頂きたいと思います。

【  第1節    弦楽器、とりわけヴァイオリンについて  】

第3項目

Füssen trained maker.  

(中略)‥‥  ヴァイオリン製作者は、カタツムリのような優雅な曲線や 巧みに彫られたライオンの頭などを最後に装着して、楽器を完成させる。

彼らは楽器本体よりも こうした装飾にしばしば手間をかけるのだ。そのためにあろうことか、ヴァイオリンは 外面的な虚飾という、俗に言うごまかしの犠牲になってしまうのである。


Salzburg,  1713年

 

Ole Bull ( 1810-1880 ) Violin / West Norwegian Museum of Decorative Art

鳥を羽でもって、馬をブランケットでもって評価する人は、きっとヴァイオリンも、色艶やニスの色でもって判断して、本体部分の状態を詳しく調べたりはしないであろう。

またこのような人たちすべてが、頭脳ではなく、 見た目 を判断基準にしているのである。ぼさぼさ髪のカツラをかぶったところで、生身の人間の頭がよくならないのと同じように、美しく彫られたライオンの頭がつけられても、ヴァイオリンの音はよくならないだろう。

こうは言っても、多くのヴァイオリンは見た目のよさだけで評価されるのである。身なりのよさや 金を持っているだけで、そして華やかで巻き毛のカツラをかぶっているだけで、多くの人々は、やれ学者だの、助言者だの、医者だのと思ってしまうのである。

それにしても、私は何の話をしているのだろうか!うわべの見かけだけで判断してしまう習慣を嫌うあまり、脱線をしてしまったようだ。

第5項目

とりわけ嘆かわしいことは、今日の楽器製作者たちが、自分たちの仕事に対して あまり努力していないことである。注( 3 )

では何が必要なのだろうか? ひとりひとりが 自分なりの考えや 想像で仕事をしていて、楽器の諸部分についての確かな基準を持っていないのだ。

例えば、側板が低い場合には、胴は高く湾曲させなくてはならない、しかし反対に、側板が高くても、表板を少しだけ湾曲させて高くするだけで、音の通りがよくなる

【  所有者の依頼により 側板の高さを増やした事例  】

注( 3 )
楽器製作者は今日でも たいていは生活のために仕事をしている。ある点で彼らは批判されるべきではないだろう。それというのも、人々はいい仕事を求めるが、それに対して多くを支払おうとしないからだ。

―― 要するに、音は側板の高さからは それほど悪い影響は受けないという原則を、ヴァイオリン製作者は 経験から得ているわけである。

さらに裏板となる木は 表板の木より強くなくてはいけないこと、そして表板も裏板も周辺よりも中央部分で厚くなっていること、さらに次第に薄くなったり厚くなったりするにしても、木の厚みにはある一定の均一性がなくてはならないことを知っていて、このようなことを 外側カリパス( 訳注:厚みを計測するはさみ尺のこと )を使って検査するのである。

● どうして ヴァイオリンは ひとつとして同じではないのだろうか?

●  どうして あるヴァイオリンは大きな音が出て、別のヴァイオリンは小さな音しか出ないのであろうか?

● どうして ある楽器は、いわば鋭くとがった音がし、別の楽器の音は響かないのだろうか?

●  荒々しく叫ぶような音がしたり、悲しく押し殺したような音がするのは、どうしてなのだろうか?

これ以上 問うのはやめよう。

これらすべては 楽器製作者のやり方の違いに起因しているのだ。ある製作者は目分量で 高さや厚さなどを決めていて、十分な確固とした原則に立っているわけではないのである。

そのために、ある人にはうまくできるのに、別の人には まずい結果に終わるのである。このことこそ、音楽から 多くの美しさを現実に奪っている諸悪の根源なのである。

第6項目

(中略)‥‥ それよりも、私たちがいい楽器にあまりに出会わない、そして出来映えも不揃いで 音質もさまざまであるということを、もっと真剣に考えた方がいいのではないだろうか?

そうすれば 学者先生たちの研究の力を借りて、もっと進展だってできるであろう。

○  例えば、どんな種類の木が弦楽器には適しているのか?
○  そのような木をどうすればうまく乾燥させられるのか?
○  製作にあたって、表板と裏板とで木の年齢が違うとうまくいかないのではないだろうか?

これは 1998年にロンドンで Peter Biddulph さんが出版した ジュゼッペ・ガルネリ( 1698-1744 )の原寸大写真集 ” Giuseppe Guarneri del Gesu “の 161ページから引用させていただきました。

年輪年代学の研究者である ピーター·クラインさんが 25台の ガルネリ・デル・ジェスのヴァイオリン表板を研究した結果を表にしたものです。

現代ではヴァイオリンを製作する場合‥ 材木のスプルースを上からみて放射状に切断して、その板の外側どうしをジョイントすることで左右対称の木組みが なされているために、表板の年輪は左右で違ったとしても数本以内で製作される場合がほとんどです。

ところが ピーター·クラインさんの研究では、これら25台のガルネリ・デル・ジェス( ロワー・バーツ部での左右の年輪合計は 131本から 260本です。)のうち 16台が ジョイントされた左右の年輪数が 10本以上( 10~63本 )も違うことが指摘されています。

これに 年輪年代学 の材木の時代考証をあわせて考えると、ガルネリ・デル・ジェスは 積極的に” 木伏技術 ” として左右が非対称の表板によってヴァイオリンを製作したと考えられます。

私は、ジュゼッペ・ガルネリは 表板に” 木理 ”を考慮して別々の時期に伐採された木材をジョイントした” 疑似的な一枚板 ”を 強いねじりを生みだすために使用していたと思っています。

○  どうしたら 木の気孔はうまく埋めることができるのだろうか?
○  そのために内側にもニスを塗るべきなのかどうか、そして どのようなニスが適しているのか?

○  さらに大切なこととして、表板、裏板、そして側板がどのくらいの高さや厚さであればいいのだろうか?

第7項目

とにかく研究熱心なヴァイオリン奏者というのは、弦、上駒、魂柱を改良しては、自分の楽器をできる限りいいものにしようと努力している。

ヴァイオリンの胴が大きければ、確かに太い弦がいい効果を生むだろう。反対に小さければ、細い弦を張らなくてはならないだろう。

魂柱は高すぎても低すぎてもいけないし、駒の足の下の少し右側に置かなくてはならないだろう。魂柱を正しく置くことのメリットは決して小さくない。

かなり大変ではあるのだが、ときどき魂柱の位置を変えるべきだろう。そのつどすべての弦でいろんな音を出して、楽器の響きを調べ、いい音の状態が見つかるまで、これを繰り返し続けてみるとよい。

駒もまた大いに役にたつ。例えば、音が荒々しくて刺すような、言うなれば、鋭くて、心地よく響かないときには、低い、幅広の、いくぶん厚めの、とりわけ下部を少し切り抜いた駒を使うと、少しはましになる。

音そのものが弱く、静かで、沈む場合には、薄い、あまり幅広でない、そしてできることなら、下方だけでなく中央部も大きく切り抜かれた駒を使うとよくなる。

しかも このような駒の材料は総じて、とても木目が細かくて、気孔のない、よく乾燥した木でなくてはならない。この駒は、表板のローマ字のf形に切り抜かれたふたつの孔の間に置かれる。

 

また 音が沈まないようにするために、弦が固定されエンド・ピンにつけられた、一般には狩人たちの言葉で「緒留め」と呼んでいるテールピースを置くにしても、下方の細くなった端が ヴァイオリンの表板から突き出したり、はみ出したりしないよう、表板と同じ高さになるようにうまく調節しなくてはならない。

最後に、自分の楽器はいつもきれいにしておくように。特に演奏をはじめる前には、弦と表板にある ほこりやコロフォニウム( 訳注:松ヤニのこと )は取り除いておかなくてはならない。

ものごとがしっかりと考えられる人には、とりあえずは この程度のわずかなことで十分であろう。やがて私の望みどおりに、私のこの小さな試み( 訳注:この「ヴァイオリン奏法」のこと )を さらに広げて、すべてのことがらを 正しく規則として示してくれる人が、きっと現れるだろう。

( 引用終了 )

[  Concert violin of Wolfgang Amadé Mozart  ]
until November, 1780.
Klotz family of violin makers in Mittenwald.

私は この レオポルト・モーツァルト著『 ヴァイオリン奏法 』において、音楽家の立場から 弦楽器製作者に対し 告発文のような怒りが込められた意見や疑問が提起されているのは、現代の私たちににとっても本当に重要だと思っています。

少なくとも 1756年頃にはすでに 弦楽器製作者達のなかに『 楽器の諸部分についての確かな基準を持っていない。』実力に問題を抱えた人が増えていたことがハッキリと証言されているからです。


話しは変わりますが、これは 私が大切にしている新聞記事です。

「 過去へ 」と題されたこの記事の終わりには
そう考えると、私たちの日常はだんだん貧しくなっているようにも思える。極端な例では、あの輝かしい音を響かせるバイオリンの名器は、18世紀からあと二度と私たちの手から生まれなくなった。今後、あの音は失われてゆくだけだ。と書かれています。

ジャーナリストであり西洋音楽史の研究者でもある 梅津時比古さんは、現在 桐朋学園大学学長でもあるようですが、私はこの記事を目にしたとき『 流石‥。』と思いました。

もう 20年ほど経ちましたが、私はこの頃から ”オールド・ヴァイオリン” の音響システムは『 原則に従うことで ヴァイオリンの諸部分が相互に補完しあうバランスを礎とした仕組 』にあると考えるようになりました。

2003年 9月29日  16:45頃

そして、このように ”オールド・ヴァイオリン” の音響システムに関する検討を経た後の 2004年11月11日 に本格的な復元楽器の製作に着手しました。

Violin –  Joseph Naomi Yokota ,  Tokyo  2008年

この研究は “オールド・ヴァイオリン” や “オールド・チェロ” などを精査し、仮説を立てそれを製作に反映し‥ その結果から 再び検証と仮説を進めるもので、私は あくまで楽器としての性能の復元をめざしました。

因みに、この研究が終了したのは 2015年12月26日 でした。

“オールド・ヴァイオリン”の 音響システム